手詰まり

 ビシュトリアに帰還したユリーシャは、すぐにコックピットから飛び降りた。

 鳴り響く警報が事の重大性を示している。すれ違う弟妹たちの会話から察するに、戦況は最悪という言葉が可愛く思えるほどのようだ。

 大輔なら形勢逆転の作戦を考えているかもしれないと、セントラルルームへと走って行く。


「ユリーシャ姉!」


 通路を曲がったところで後ろから声が聞こえ、振り返る。

 別の格納庫に神型機を置いてきた琴音がユリーシャに合流した。二人でエレベーター前に立つ。

 到着を待っていると、琴音が突然携帯していた銃を抜いた。


「ユリーシャ姉構えて! 敵だよ!」

「ッ!?」


 見ると、通路の奥から銃を持ったドラムグード王国の兵士が三人駆けてきていた。ユリーシャも威嚇で一発射撃し、物陰に身を隠す。

 琴音が牽制で撃ち、ユリーシャが連絡を取る。


「敵兵が侵入しています! 保安部隊を第七エレベーター五階へ派遣してください!」

『装甲を破られた形跡はないぞ? だが、了解した』


 通信を切り、ユリーシャも攻撃に加わる。

 妙なことだが、ドラムグード軍からの反撃はない。撃ち返すことができなくとも、グレネードくらいは投げてきそうだがそれすらもないのが不審に思われた。

 やがて保安部隊も到着する。それで一安心するユリーシャだが、その保安部隊の中にも敵兵が紛れているのを見て慌てた。

 琴音も驚き、これ以上近づけさせないために銃を向ける。


「なっ!? 琴音お姉ちゃんどうして?」

「裏切ったの!? どうして敵と行動を!?」

「え、ええぇぇぇ!?」


 琴音から言われたことの意味が分からずに保安部隊の全員が動けずにいる。

 状況的には挟撃された形のユリーシャと琴音が背中合わせに冷や汗を流した。


「琴音。向こうの三人を突破します。合図で振り返って射撃を」

「分かった。後ろはどうする?」

「左右に振ってできる限り回避を」

「無茶言ってくれるなユリーシャ姉は」


 ユリーシャが目を細め、引き金に添える指に力を込めた。


「お姉ちゃんたちごめん! 痛いよ!」


 引き金を引く直前、ユリーシャの正面にルゥが飛び込んできた。

 ルゥは、ユリーシャの拳銃を蹴り飛ばすとすぐに足を払って地面に引き倒す。その後すぐに琴音の腕に跳び蹴りを当てて銃を落とさせた。

 少し遅れて他の勇者たちが駆けてくる。


「ピーナちゃん! やっぱりそうだった!」

「分かった! “ピュア・マインド”」


 一人が魔法を発動させる。

 淡い桃色の光がユリーシャと琴音の体を包み、体内から紫色の霧のようなものを弾きだした。


「これで大丈夫。やっぱり神型機の異常じゃなかったか」


 ルゥが一安心したように呟いた。

 起き上がったユリーシャが周囲の様子を確認する。

 敵の姿は一つもなかった。困惑で固まる保安部隊だけが背中側に立っている。また、正面には敵の代わりに補給班の制服を着た弟たちがいた。

 琴音も目を白黒させている。と、そんな二人の前でルゥが二人にも聞こえるように大輔と通信を取る。


「お兄ちゃん。やっぱり機体の異常じゃない。パイロットを攻撃されたんだ」

『やはりそうだったか。報告にあった計器の異常も実際には起きていなかったんだな。ここまで徹底されると間違えるよ』

「あの、何が……?」

『ユリーシャたち航空隊は、敵からの直接攻撃を受けたんだよ』

「精神干渉系の魔法だと思う。それで敵と味方の認識をめちゃくちゃに乱されたんじゃないかな? 同士討ちの誘発を狙ったものだと思うよ」


 目を見開いた。

 そんな魔法があり得るのかと驚きを隠せないでいる。広大な宇宙空間で戦う敵だけをピンポイントで攻撃できるなど想像もできなかった。

 そんなユリーシャの意図を察してか、ルゥが宙にホログラムを映して説明する。


「一流程度の魔法使いじゃそんな芸当は不可能だよ。でも、それができる敵がいるんだ」

「そうなのですか?」

「うん。多分、こいつが敵の指揮官だと思う」


 一人の男が映し出された。過去の記録と共に詳細が出てくる。


「ドラムグード王国青の親衛隊で、最後に連邦軍が遭遇した時だとその序列は六位。ガージィリア=ビンデバルス天界兵。もしこいつなら相当面倒な事になりそう」

「親衛隊……」

「ここ百年はずっと遭遇していなかったから、引退したと思っていたのに」

『ないだろうね。向こうで覇王龍の目撃情報があったから多分、ガトランティア戦線に送られていたんだろう。こいつほどの実力なら四天龍から血も与えられているはず。不老の呪いも遺伝していると考えていい』


 通信機の向こうから大輔の悔しそうな声が聞こえてくる。


『他の親衛隊ならともかく、ここでこいつが出てくるのは痛すぎる。これじゃこちらからは手出しができない……』

「私たちが戦おうにも、親衛隊に勝てるかと聞かれたら分からないし何より場所が分からない」

『今は待機だ。増援が送られてきていると情報があったから、そこで改めて対策を練るしかない。最悪これ以上戦線を下げないようにすれば僕たちの勝ちだよ』


 何もできない現状がただ悔しい。

 それでも、諦めなければ夜明けが、光が差すと信じて今はただその時を待つ。

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