夢幻の魔手

 ユリーシャたちが混乱状態に陥っている頃、ドラムグード王国軍でも同様の事態が起きていた。

 いきなり勃発した連邦軍同士の戦闘に、何が起きているのか理解していない者が多い。罠の可能性も考えて下手に攻撃ができないのだ。

 総指揮艦にはずっと、状況の確認を求める通信が鳴り続けている。オペレーターはずっと各所に連絡を取り続けていた。


「何のつもりだ? 一体……」


 忌々しげに爪を噛む女性。

 ドラムグード王国青の軍第205航宙戦闘大隊大隊長の美空亞里奈は、次々挙がってくる報告に嫌気が差していた。

 連邦軍の動きが読めない。同士討ちで油断を誘う作戦にしては、何機かは有人の機体を撃墜したという報告もあり戸惑いが続く。

 とりあえず、部下たちに鏖殺の命令を下してこれまでの動きを改めて確認することにする。それで導き出すことができる結論があるかもしれないと考えた。

 戦闘が始まってからの映像を再確認する。

 この宙域での戦いが始まった当初は、連邦側も必死にドラムグード艦隊の進軍を止めようと迎撃を仕掛けてきた。が、それもしばらくした辺りからこの異常な行動を取り始めた。

 作戦移行のタイミングにしては不審すぎる。そこから亞里奈が考え得る可能性は……


「魔法による第三者の攻撃……!?」

「――そうか。君たちにはまだ伝えていなかったか。魔戦軍には連絡したから忘れていた」


 ふと聞こえた声に亞里奈が振り返る。

 音もなく部屋に入ってきたのは、どこか薄気味の悪い男だった。

 軍への指揮権を意味するマントを魔戦軍の軍服に着け、狂気が宿る瞳で窓から見える連邦軍の同士討ちを愉快そうに眺めている。頬で輝くⅣの文字に似た青黒い紋章がよく目立っていた。

 両手を広げ、目を細めてクックと嗤う。


「境界は曖昧となり、自分が今どこにいるのかすらもあやふやとなる。目の前に広がるは幻か真実か。今いる世界は夢か現実か。連邦軍の諸君……君たちにこの世界を正しく見破る力量はあるかな?」

「ガージィリア様。この現象は貴方の魔法でしょうか?」

「その通りだ。だから、気にせず攻撃を続行しろと命令して構わない」


 それを聞いた亞里奈が即座にオペレーターたちに男の台詞そのままで通達した。

 男の名は、ガージィリア=ビンデバルス。ドラムグード王国青の軍の親衛隊第四席で、【夢幻の覇者】という称号を与えられている。

 親衛隊はそれぞれの四天龍直轄の戦闘部隊だ。そのために与えられる権限も強く、今回の作戦では大隊を率いる亞里奈よりも臨時で命令は優先される。

 そして、今回ガージィリアが仕掛けた大規模魔法により連邦軍は大混乱に陥っていた。

 敵味方の認識を混乱させる幻覚を見せつけ、精神に干渉して眠らせる凶悪なもの。それも、眠らせた者には現実と類似した、その世界にも幻覚を混ぜ混んだ複雑怪奇な世界に閉じ込めるもののため一度魔法に嵌められると脱出は困難。

 本当に仕留めたかった敵の新部隊に所属する戦闘機には逃げられてしまったが、問題はない。術を破れなければ進軍を止められないのだから。


「亞里奈。龍牙様からの新たな命令を伝える」

「はい」

「これより第四軍のエストニック将軍率いる部隊と挟撃作戦を開始する。既に敵の極左翼防衛軍は壊滅させた。俺は魔戦軍の精鋭を連れて敵司令部を直接潰すため惑星への降下を行う。君の指揮でこの場の敵を全滅させろ」

「拝命しました」


 亞里奈への指示を終え、ガージィリアが部屋を後にする。

 準備を終えて待機していた魔戦軍の兵士たちを引き連れ、降下用の揚陸艇に乗り込む。操縦士たちが各計器の最終チェックを始めた。

 降下すればさすがに宇宙空間への魔法展開と維持は厳しい。懸念すべき点があるとすれば、魔法の効果が切れたわずかな時間で敵に反撃の時間を与えてしまうことだが……


「短期制圧。これで何も問題ない」


 司令部を潰せば統率を失い幻覚魔法など使わなくても掃討できる。時間をかけずに制圧することが重要だ。

 不気味に笑っていると、ガージィリアの端末に通信が入る。

 その相手は、青の軍統括である青の邪神龍。名前を確認して慌てて通信に応じる。


「龍牙様! どうされました?」

『そろそろ敵司令部制圧作戦を始める頃かと思ってな。それで連絡を取った』

「そうでしたか。……何か問題がありましたか?」

『よく分かっているじゃないか。敵の増援が送られてきているから気をつけろ。地上戦ではほぼ間違いなく特祭隊と戦うことになるぞ』


 ガージィリアが露骨に嫌な顔をした。

 連邦の地上戦力の切り札。選ばれたトップクラスの実力を有する勇者たち。

 短期制圧を求められる任務で相手にしたくない存在だった。


『お前の力なら簡単に下せると思うが、警戒は怠るな。どちらのタイプか分からないからな』

「タイプ?」

『仲間を殺されて冷静さを欠くタイプか、想いを引き継いで成長するタイプか。ほら、俺と裂夜が特祭隊の勇者を二人殺してるから』

「あー……そうでしたね。分かりました」


 前者だと楽に終わるため、どうか前者であってくれと苦笑いで祈る。


『さて、では頑張れ。親衛隊第四席の力を見せつけ、連中の希望を根こそぎ打ち砕いてやれ』

「はっ!」

『特祭隊の勇者を始末したその力……久しぶりに見せてもらおう』


 通信が切れた。

 同時に発進準備も整ったため、ガージィリアは攻撃開始の命令を発する。

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