凶報

 泳ぎ終わったユリーシャは、他の皆と一緒にバーベキューを楽しんでいた。

 多くの肉や魚介類が香ばしいソースを浴びて美味しそうな匂いを漂わせながら焼ける。幼い子たちは目を輝かせて楽しみに待っている。

 焼けたお肉の争奪戦が始まり、後ろからユリーシャがその光景を微笑ましく眺めていた。


「ユリーシャ姉は食べないの?」

「私は野菜をもらっていますから。肉類は後で余ったものをいただきます」

「えー、損する生き方」


 などと琴音が言っているが、彼女も先ほどから葉野菜を炙ったものにソースをかけて食べているだけ。お肉は小さい子に譲っていた。

 口元にソースを付けて幸せそうな顔をしている子たちを見るのが本当に幸せで、心が満たされていく。

 微笑ましい光景に笑顔なのはユリーシャと琴音だけではない。ノンアルコールのカクテルを飲みながら近付いてくる大輔も同じ気持ちだった。


「ほんと、ここが敵地だとは思えないね」

「そういえばそうでしたね。こんな時こそ奇襲すれば勝てそうなものですが」

「だね。なんだか不気味だよ」


 ここのところずっと不自然な動きをしているドラムグード王国の動向が今になって怖く思えてくる。

 だが、攻撃してこないなら休息として羽を伸ばそう。そのくらいは許されるべきだ。

 一人の男の子がユリーシャの紙皿にお肉を置いて走って行った。自分へのプレゼントかなと思ったユリーシャが優しく笑って一口食べる。

 男の子の行動を可愛いなと琴音と大輔が思っていると、大輔の胸ポケットにいれた通信機が震えていた。


「ん、ごめん。通信らしい」

「水を差さないでほしいね! 任務だったら怒るよ!」

「確かに、あと一日くらいは休暇が欲しいですがね」


 クスッと笑うユリーシャと琴音。

 しかし、離れて通信機を耳に当てている大輔は様子が違った。みるみる顔色が青ざめていく。

 通信が終わったらしく、胸ポケットに通信機をしまう。そして、どうしようかといった感じで迷う素振りを見せた後、意を決したように顔を強張らせて歩く。


「各部隊の隊長と副隊長、そして班の班長は至急集まってくれ」


 真剣なその声音に、何かあったことを察した隊長たちがすぐに大輔の元に集まる。

 ユリーシャも該当していたので付いていき、さすがに琴音もふざけることなく後を追った。

 大輔は、ユリーシャたちを第五会議室へと連れて行った。そこで外に声が漏れないように部屋を閉じると、ホログラムを中央に映す。

 映ったのは二人の少女だ。その場にいるほとんどの者が、片方の少女に見覚えがありなんだろうかと騒ぐ。それは、ユリーシャと琴音も同じだった。

 そして、最も面識が深いであろう勇者部隊の隊長ルゥが疑問を口にする。


「特祭隊の沙羅お姉様だよね? 何かあったの……?」

「……

「……え?」


 部屋が静まりかえった。誰もが、大輔が言ったことの意味を理解できずにいる。

 勇者は連邦軍の陸上戦力における切り札。それも、特祭隊となれば一人でドラムグード王国の強敵を討ち取れるほどに強い。

 もちろん、戦争である以上兵士は死ぬ。それは勇者も同じこと。

 しかしここ百年以上もの間、特祭隊の勇者が入れ替わるのはすべて年齢による引退ばかりだった。戦死で入れ替わるなど百年以上前の話なので、特祭隊の無敗話を信じる彼ら彼女らがすぐに理解できるはずもない。

 悔しげに拳を固めた大輔が、先ほど通信で聞いたことを伝える。


「惑星ダーマバルパでの戦いで、特祭隊のサブリーダー副隊長であるガレッド=エリンバラ様が……四天龍、青の邪神龍と交戦し戦死。同時刻に同惑星で、特祭隊のメインブロッカー主防御手楠沙羅様が……ドラムグードの紫の親衛隊隊長と交戦し、討ち取られたとのことだ……」

「紫の親衛隊長……噂は本当だった、ということですかね……」


 ユリーシャが忌々しげに口にする。

 聞いた噂によると、ドラムグード王国には数百年前から紫の親衛隊を率い、紫の邪神龍を補佐しながら多くの勇者を討ち取っている悪夢のような存在がいるとのことだった。過去に殺された特祭隊の勇者たちも、何人かが紫の親衛隊長との交戦で戦死したと記録にあることから、その実力は特祭隊をも圧倒すると言われていた。

 そんな化け物が現れた。そのことに誰もが少なからず怯える。

 大事にしてもらった沙羅の戦死報告に耐えきれず勇者部隊のルゥたちが泣きながら部屋を飛び出した。

 大輔とユリーシャが琴音に側にいてあげるように言い、琴音が退室したところで大輔が話を続ける。


「そして、こちらがやけに被害が少ない理由が分かったよ。本当にやってくれたな」

「何が?」

「ここら辺を支配しているのはドラムグード王国の第三軍だ。奴らは、主力をまとめて僕たちとは遠く離れた戦線に侵攻し、そこで敵の第四軍と合流。さらに青の軍と紫の軍も合流して連邦領に侵攻しているらしい。すぐにレザリア王国が調べたところ、戦闘地域関連の情報だけが僕たちに届く前に徹底的に妨害されていたそうだ」

「そんな……!」

「それに加えて連日の威力偵察だ。あれは、恐らく偵察じゃなくてこちらの神経をすり減らして異変に気づかせないようにするための策だろう。これを考えた敵の指揮官は相当悪質だぞ」


 苛立ちを隠さずに大輔が壁を叩く。

 そして、端末を操作して航海情報のホログラムを映し出した。


「新たな指令が下った。ビシュトリアはこれより急いで引き返し、これ以上の侵攻を阻止するために防衛戦に加わる。情報によると、強力な敵艦隊や青と紫の親衛隊もいる可能性が高いらしいから、地上戦空中戦どちらも覚悟して臨むように!」


 全員が力強く肯き、急いで持ち場に走る。

 海岸でバーベキューをしている人たちにも簡潔に伝え、すぐにビシュトリアへと戻ってもらった。

 そのまま緊急発進。来た道を最大ワープで急ぎ引き返していく。

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