羽を伸ばす
青い海。照りつける太陽。
常夏のバカンスを楽しむことができる、連邦領でも屈指の人気リゾート地であった惑星――アルプス。
そのアルプスの海にビシュトリアが停泊する。海岸に近い、そして要塞の最下層が海底と接触するかしないかのギリギリを狙ったポイントだ。
さすがにホテルエリアなどの施設は砲撃で破壊されてしまっていた。しかし、奇跡というべきか砂浜付近には一切破片が飛んできておらず、白く美しい光景が広がっている。
必要最低限の人数を残し、ビシュトリアから少年少女が降りてきた。久しぶりに屋外で全力で遊べると誰もが大はしゃぎだ。
アルプスが陥落したのはバルム海戦よりも前のこと。そのため、ビシュトリアの子どもたちはこの海を初めて体験する場合も多い。
椿と澪が砂浜にパラソルを立てる。二人とも、今は体の線が目立つビキニ姿だった。服装は自由のため、彼女たちの他にもビキニの少女たちは多い。
俗に言う思春期の年齢の男子たちがはやし立てる。彼らも、フィットネスタイプの水着を着けていて、異性受けを狙っているのは丸わかりだった。
「ほんと、男って……」
「あはは……。椿お姉ちゃんにも視線集まってるものね……」
「家族に色目使うなんて馬鹿なの? それに、ここぞとばかりに第二、第三航空隊の兄さんたちも絡んでくるし。ルーヴェル兄さんを見習ってほしいわ」
「確か、戦術班のユキヒラお兄ちゃんと釣りに行ってるんだっけ?」
ベンチも用意してくつろごうとする。
と、その時椿の後頭部にビーチバレーのボールが直撃する。背後からの不意打ちに椿は頭から砂浜に突っ込んだ。
「椿お姉ちゃん!?」
「にゃはは! 油断したね!」
大笑いの琴音が歩いてくる。
オフショルダーの水着を着た彼女の登場により一層場が盛り上がる。男連中だけでなく、少女たちも可愛いお姉さんの登場に目を輝かせていた。
が、砂から顔を抜いた椿が無言でボールを掴む。ボールはギシギシと音を鳴らし、椿の背後に般若が浮かんでいるような錯覚を覚えた澪が震えながらゆっくり下がっていく。
「あ、あれ……?」
「よくも……よくもやってくれたわね!!」
完全に怒った椿が強く踏み込んでスマッシュを琴音めがけて放つ。
マズいと感じて構えていた琴音は、奇妙な姿勢で椿のボールを躱す。しかし、その直後に後ろで砂を踏む音が聞こえた。
「あ、ヤバい……」
「あ!」
琴音と椿がやってしまったとハッとする中、ボールは琴音の後ろにいた人物の顔に吸い込まれていく。
しかし、その人物は顔の前で右腕を使ってボールを上に弾き、威力を削いでから落ちてきたところを難なくキャッチした。
「危ないですよ。人がいないことを確認してくださいね」
「あっ、ユリーシャ姉ごめ……え!?」
「なんですかその声は」
あまりにも衝撃的なユリーシャの姿に琴音が驚いて妙な声をあげた。
ユリーシャが着ているのは確かに水着ではある。だが、それは水泳訓練用に支給される水着で、教育現場で少女たちが身につけるスクール水着に近いものだった。
それもサイズが微妙に合っておらず、ちょっと運動すればユリーシャの豊満な胸がすぐに自由を求めて解放されそうだ。
「ユリーシャ姉ちょっと」
「はい?」
「一旦帰ろう? ね? 私がちょうどいいもの見繕ってあげるから。ビシュトリアには普通の水着くらいちゃんとあるから」
「普通のってなんですか!? これも普通の水着では?」
「違うんだよな~。それ、小さい子に悪影響だからおとなしく付いてきてねー」
きわどい服装のユリーシャを琴音が連行していく。
数十分後、露出を抑えたきわめて健全な大人の水着に着替えさせられたユリーシャが戻ってくる。
「申し訳ありませんでした。なんせ、海に遊びに来るなど三歳の時以来なので」
「そうなの!? だから水着を持ってなかったんだ……」
「はい。水着は訓練施設でしか着ませんし、サバイバル訓練でレブリゲートの無人島に放り出された時は水着は邪魔だと思い着てなくて……」
「はいはいはいストーップ!」
「――それ、明らかに違法な臭いがするんだが? 今からでも人事局に連絡いれようか?」
ユリーシャの衝撃の告白を琴音が制止し、いつのまにかそこにいた大輔が引いている。
大輔の心配にユリーシャは首を振る。
「大丈夫です。訓練中に重大な事故が起きたのですべてが発覚し、担当の教官は軍を辞めさせられて今は辺境で酔っ払っていると聞きます」
「全然大丈夫じゃないんだよなぁ……」
「ユリーシャ姉もそんな暗いことは思い出さなくていいの! バカンスを楽しまなくちゃ損だよ! この機会を逃したらまたストレスだらけの生活が始まるんだよ!?」
「そうですね。では、楽しむとしましょうか」
にこやかな笑顔を作り、ビシュトリアへと戻っていく。
そして、ユリーシャは格納庫の扉を開けるとそこから美しい姿勢で海へと華麗な飛び込みを披露した。
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