奪還作戦開始

 戦勝会から二週間が過ぎた。

 現在、ビシュトリアはドラムグード王国に奪われた宙域を航行中だ。

 先の戦闘を報告すると、軍上層部は攻撃してきた敵をドラムグード王国の第三軍だと断定した。そして、相当な被害を与えて追い返したためにしばらくは第三軍と戦っていた戦線は攻撃されることがないとも考えていた。

 このチャンスを逃しては、今後一切反撃の機会を手にすることは出来なくなってしまう。そこで、連邦軍は急遽部隊を編成し、第三軍に奪われた惑星の奪還作戦と防衛線の見直し計画を立案した。

 その奪還作戦の第一段階として、ビシュトリアが先行して敵の防衛戦力の調査と撃破を担当する。味方の大艦隊を安全に送り込むための露払いがしばらくの任務だ。

 ビシュトリアの内部で、大輔たちは会議室に入っていた。中央に映し出されたモニターを見つめる面々には披露と苛立ちの表情が浮かんでいる。誰も彼もが疲労と苛立ちの強い表情を浮かべていた。


「防衛線を越えてからこっち、敵との戦闘はまったくありませんね」

「うん。聞いていた話だと、敵地に踏み込んだ瞬間に猛攻撃を受けるはずなのに……」

「ええ戦闘はありませんね。戦闘は」

「ははは……ユリーシャと琴音がすごく怒ってたよ。ユリーシャなんて、感情をあまり表に出さない分余計に怖い」

「あー……娯楽コーナーにあるパンチングマシンの記録であり得ない数値を見たけど……」

「ユリーシャお姉ちゃんだろうね……」


 雑談を交えながら乗組員のメンタル面に関する話し合いを行っている。

 すると、ビシュトリアの内部に警報が鳴り響く。


『総員戦闘配置! 繰り返す! 総員戦闘配置!』

「……またか。もう無視でいいんじゃない?」

「万が一があるから。……敵地で万が一なんて使うとは思わなかった」


 大輔が苦笑いでセントラルルームに駆け込む。ちょうどユリーシャたちが発進準備を整えたところだった。


『こちらユリーシャ。発進準備よし』

「了解。……多分出番はないと思うけど」

『……本当に鬱陶しいですね』


 レーダー情報をユリーシャにも共有する。

 ビシュトリアの前方五十光秒の地点にマシンタイガーの反応が二つあった。間もなく互いの主砲有効射程に入る。

 砲撃手が構え、ユリーシャが発進装置のスイッチに指を添えた。

 だが、射程まであとわずかというところでいきなりマシンタイガーは反転した。速度を上げてビシュトリアから離れていき、ワープしてレーダーの探知圏外へと消えていく。

 ユリーシャのこめかみに青筋が浮かんだ。苛立ちを隠さないにこやかな笑顔に、セントラルルームにいた全員がさっと目をそらす。

 ため息を吐きながら大輔がマイクを手に取る。


「武装解除。いつもの威力偵察だ」


 そう聞くと、ユリーシャは力いっぱいキャノピーを叩いた。映像に一瞬砂嵐が混じる……。


◆◆◆◆◆


「だぁーっ! もうっ! ざっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ゲーム機を置いた区画の娯楽室に轟く絶叫。

 パンチングマシンをひたすら殴り続ける琴音が不満を叫び、その近くで椿が太鼓を叩く音楽ゲームを使用していた。


「琴音姉ちゃんうるさい」

「だって! こうも出たり入ったりで疲れるんだもの!! あのスーツの脱ぎ着はすっごくめんどくさいんだから!!」

「気持ちは分かるけど我慢して。戦闘にならなくて済んだと思えばいいじゃない」

「だったら最初から近付くなぁぁぁぁぁぁ!!」


 全力のパンチは、今週の最高記録まであと少しという数値を弾きだしていた。

 防衛線を越えてからずっと、ドラムグード王国との戦闘はない。

 普通であれば侵攻してきた連邦軍など艦隊を差し向けて叩き潰すのが常であったが、ここまでドラムグード王国は数隻の戦艦による威力偵察だけをずっと繰り返してきた。二日前に到着した惑星など、破壊された町の廃墟で懸命に生きようとする住民がいただけで兵士一人残っていなかったために、一切戦闘することなく奪還に成功したのだ。

 しかし、相手が偵察を目的としているか戦闘を目的としているかなど分からない。そのため、敵が近付く度に戦闘準備を整え、そして敵は去っていくという流れを繰り返していた。

 この流れが一日に最低でも八回はある。そのため、思うように動けずビシュトリア内を走り回らさせられるユリーシャたちのストレスは最高潮に達していた。

 ドガッと鈍い音がした。恐る恐る琴音と椿が音のした方を見ると、スポーツ器具が置いてある区画の娯楽室からユリーシャが出ていくところだった。

 ユリーシャが使っていたリング上には、飛び散った大量の汗と中央で破れて中身がぶちまけられたサンドバッグが放置されている。丸太並みに硬いと噂されるサンドバッグの哀れな末路に琴音が震えた。


「ストレス解消にユリーシャ姉のおっぱいを堪能しようと思ったけど、しばらく控えるよ」

「それが賢明。琴音姉ちゃんが医務室に運び込まれる未来は回避してね」


 そんなことを話されているとはしらないユリーシャが更衣室で軍服に着替える。

 トレーニングウェアを洗濯室に出し、自室に戻っていると、交信室の扉が開いた。出てきた大輔とぶつかりそうになる。


「おっとと」

「あ、すいません」

「いや、不注意だったのは僕の方だから」

「そうですか。では」

「おっとストップユリーシャ!」


 立ち去ろうとするユリーシャを呼び止める大輔。その顔には、少し笑顔が浮かんでいるのが見えた。


「なんでしょうか?」

「いやね。ここ最近戦闘準備ばかりで結構ストレスが溜まってるんじゃない? 君も、琴音たちも」

「そうですね。敵を殺せば少しは憂さ晴らしできるでしょうか」

「怖いよ……。まぁ、とにかく隊員のメンタルケアも上に立つ者の努めさ」

「ですね。空軍時代はブラックな指揮官が多く、根性論を押しつけてメンタルケアなど知らないといった方もいましたが」

「ユリーシャ相当怒ってるでしょ? でね、さっきそのことを報告したんだ。そうしたら、ちょっと危なくていいなら休息を取っても構わないと返答が来たよ!」

「危ない? というか、よく上層部が許可しましたね」

「特祭隊の勇者様がいろいろと便宜を図ってくださってね。で、ここから二光年先にある惑星アルプスで休んでいくよう提案されたんだ」


 ユリーシャが手を打つ。そういえば近かったと思い出したのだ。


「有名なリゾート地でしたよね。近いんだ……」

「施設は壊されているかもしれないし、何より敵地で呑気にリゾートだ。一応、交代で戦闘準備は整えるつもりだけど……」

「いいと思いますよ。あそこなら皆が羽を伸ばせることでしょう。私は賛成です」

「そうか! じゃあ、航海長と相談してまた放送するよ」


 航空隊の皆にも伝えておいてと頼まれ、大輔と別れる。

 ユリーシャは目的地を自室から娯楽室へと変えた。まだ、琴音と椿はあそこに残っているはずだと。

 リゾート地での休息。実は楽しみに思っているユリーシャはそっと口元を緩ませるのだった。

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