仲間との時間

 会場いっぱいに並ぶ豪華な食事。肉料理の香ばしい香りが漂い、ジュース瓶の栓が開く気持ちの良い音が次々聞こえる。

 戦争中とは思えない平和な時間が流れるその場所の端っこで、ユリーシャはジュースが入ったグラスを片手に小さく微笑んでその光景を眺めていた。これも、ユリーシャが望む景色の一つだ。

 ビシュトリアの乗組員は、まだ幼い少年少女たち。本来であれば、こんな生きるか死ぬかの世界に駆り出される存在ではない。そんな彼ら彼女らが、今だけでも戦いを忘れて笑顔で楽しめている光景というのはもうすぐ成人を迎える年齢として嬉しいものがある。

 穏やかな微笑を崩さないユリーシャに、大輔が近付いてくる。


「どうだい? たまにはこんな時間もいいだろう?」

「そうですね。最高指揮官がお酒を飲んでいなければ、の話になりますが」

「ははは、これは手厳しい……。今は見逃してくれよ」


 苦笑いを浮かべた大輔がグラスにワインを注ぐ。豊潤なブドウの香りがフワリと広がった。


「飲む?」

「レザリアの法律では、酒類は二十歳になってからです。軍人なら二十歳未満にお酒を勧めないでくださいね」

「オーラシア王国では十六から飲め……冗談だからそんな怖い顔をしないでくれ。美人が台無しだ」

「酔ってますね。没収です」

「心配しなくても大丈夫な理由があるから、没収はやめよう?」

「その理由は?」

「一つ。僕はもう二十歳の誕生日越えてるからね。二つ。このワインは、アルフへイム産の高級ワインで、アルコール度数も少なめさ。三つ。あれだけの大艦隊を動かしたドラムグード王国はすぐこちらにあれと同程度の戦力を回すとは考えにくい。報告では、ガトランティア皇国が攻勢を強めているらしいから、ドラムグードもそちらとの戦闘に戦力を多く投入するだろうね。僕たちと遊んでくれるほど暇ではないだろうさ」

「最後に関しては根拠に乏しい気もしますが……一応筋は通ってますね。なぜか腹立たしいです」


 グラスをぶつけて乾杯の仕草をし、飲み物を呷る。

 お皿に取り分けて持ってきていた骨付きの唐揚げにユリーシャがかぶりついた。塩こしょう強めのちょうど良いスパイスに驚く。

 目の色を変えたユリーシャに大輔が微笑んだ。自分も、ウィンナーを一口食べて壁にもたれかかる。


「変わったね。ユリーシャも」

「そうでしょうか?」

「ああ。君、ここに来た時よりも笑うようになったよ」

「え。……気づきませんでした」

「人間味豊かになったってことだろうね。僕も誇らしい」

「どうして大輔さんが誇らしさを?」


 クスリと笑ってユリーシャが手元の皿に視線を落とす。

 大輔に指摘されたところ以外でも、自分で変わったなと思えるところがあった。


「いつの間にか、誰かと並んで飛べるようになりました」

「あぁ、そうだったね。先の戦いでも琴音たちと上手く連携していたし」

「まだ自分からは無理ですが、一歩ずつの前進です」


 ユリーシャが持っていたグラスと皿をテーブルに置いた。姿勢を整え、大輔に向き直る。

 空軍のきっちりとした敬礼を短く行い、優しい表情で手を差し出した。


「ありがとうございます大輔さん。私を、こんな温かな場所に招いてくれて」

「人事は上が決めることだからね。それに、結果は全て君の努力で掴んだものだ」

「そう、ですか。だとしても、お礼を言わせてください。後で琴音たちにも」

「私たちがどうしたのー?」


 いつの間にか寄ってきていた琴音がユリーシャに飛びつく。勢いの付いた抱擁を抱き留め、琴音の足が床に付くと椿が歩いてきて琴音を引き剥がす。

 澪やレオネスもユリーシャの迎えに来た。いつも通り椿にお説教される琴音に澪が笑い、レオネスが呆れている。

 自分を慕ってくれている部下たちの笑顔。いや、部下ではなく、妹弟たちの笑顔。それが何よりも眩しい。

 ユリーシャの肩を叩いて大輔が他の子どものところに行く。その姿を見送り、琴音たちから顔が見えないように俯いた。


「……ありがとう」

「ん? なに?」

「何でもありません。ところで、何か用でしたか?」

「用も何も、今日の主役はユリーシャ姉だって言ったよね!? 主役はこんな端でひっそりといるものじゃないの!」

「と、琴音姉ちゃんが聞かなくて。ちょっと来てもらえます?」

「というか来い。何か芸でもやってみせろよ」

「レオネスお兄ちゃんまで……! えと、その、気が進まないなら、無理にとは……」


 騒がしい琴音たち。

 可愛い妹たちのためだとユリーシャが気合いを入れる。温めておいた渾身のネタを披露するときだ。


「では、仕方ありませんね。とっておきの芸をお見せしましょう」

「ユリーシャお姉ちゃんも、そんな無理に……」

「話が分かんじゃねぇかよ!」

「さっすがユリーシャ姉! で、何するの?」

「古来より、こういった場ではストッキングを被るのが鉄板だと聞きます。どなたか持ってきてもらえると助かりますね」


 そう言った瞬間、場の空気が凍った。曖昧に笑うしか反応できなくなる。



「あれ、どうしました?」

「あー、別に」

「ちょっとそれは……」

「ユリーシャお姉ちゃん……」

「やっぱりいいよ。私たちが何かするからユリーシャ姉は見て楽しんで?」

「ですが、やはり私も何かしなくては……」

「「「見学!!」」」

「あ、はい」


 琴音たちの圧に気圧され、ユリーシャは首を傾げながら講堂のステージ前まで移動した。

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