新しい日常

 ユリーシャがビシュトリアで生活し始めて数日が過ぎた。今や新生活にも慣れ、ビシュトリアの施設も迷うことなく利用している。

 今ユリーシャがいるのはトレーニングルームだ。多種多様な器具が揃っていて、子供用があるのは当たり前だがちゃんと大人用もある。

 マットを敷いたユリーシャが行っているのは腹筋だ。両手を頭の後ろで組んで上体を何度も起こす。額から健康的な汗が飛んだ。

 トレーニングウェアに身を包んだユリーシャの姿は美しい。連邦軍の女性用トレーニングウェアは、下着よりも気持ち布面積が広い程度のものなのでユリーシャの美しい体のラインがよく分かる。適度に割れた腹筋に憧れを抱く者もいるだろう。

 そして、抱かれるのは憧れだけではない。人によっては色情を抱く者もいる。

 最後の一回を終えたユリーシャが側に置いてあったスポーツドリンクのペットボトルを手に取り、中身を飲み干した。そして、軽く勢いをつけて入り口へと放り投げる。


「あたっ!」


 琴音の声が聞こえ、床にペットボトルが転がる。ユリーシャが呆れたようにため息を吐きながら琴音に近付いていった。


「覗き行為は犯罪ですよ。軍規云々以前に連邦共通憲法違反です」

「物投げて相手を傷つけるのも連邦共通憲法違反だと思うな!」


 赤くなった額を押さえながら琴音が立ち上がる。そして、腰に手を当てなぜか自慢げな表情を浮かべた。


「でも、ここは治外法権! どれだけ好き放題やろうともお咎めなし!」


 言って琴音がユリーシャに飛びついた。お腹に抱きつきおへそをペロリと一回舐める。突然の奇行にユリーシャが驚いて変な声を出した。


「えへへ。ユリーシャ姉の体ってエロいよね。汗も美味しいかも」

「ちょっ! やり過ぎです……ひゃうんっ!」

「ほれほれ~。ここがええんか~」


 完全に調子に乗って遊び出す琴音。いい加減どうしようかとユリーシャが困り始めると、不意に第三者の声が聞こえる。


「確かにここでは連邦憲法は適用されないが、軍規違反は人事局に連絡入れたら処分が下るぞ」


 その一言で琴音の動きが止まった。二人が顔を上げると、そこにはトレーニングウェアに着替えた大輔の姿が。大輔は、満面の笑顔で琴音の肩を叩く。


「知ってるか? 中尉が大佐の体で遊ぶのは立派な上官侮辱罪だ」

「え、えと……そのぉ……ユリーシャ姉?」

「……私、人事局の人に伝手があるので。後日楽しみですね」

「わぁぁぁぁっ! ごめんなさいごめんなさい!」


 みっともない琴音の姿にユリーシャと大輔が顔を見合わせて呆れる。とりあえず、琴音をどうにかしようと考えていると、大輔の通信端末が震えた。

 何事かと大輔が端末を確認し、そこに書かれていた内容に顔をほころばせた。


「ルゥたちが帰ってくるぞ。任務を終えたらしい」

「ルゥ?」

「ビシュトリア所属の勇者だよ。ルゥ以外にも何人かいて、皆ちょっと任務に出ていたんだよ」


 すぐに立ち直った琴音がそう言った。ビシュトリアの戦力に改めて驚く。

 ユリーシャたち航空戦力の力も凄まじい上に、連邦軍で陸上戦力最強と名高い勇者までいる。そして、ビシュトリアが敵の戦艦に勝てるほど強力なのだ。あらゆる戦場に対応できる完璧な部隊。

 連邦軍上層部の本気を感じていると、放送が流れてくる。その内容は、ルゥたちを乗せた艦隊が帰還し、ビシュトリアとの接続を求めているというものだった。

 大輔が細かな指示を出し、着替えて迎えに行くためにトレーニングルームを出ていく。今日のトレーニングを終えたユリーシャと琴音も大輔に続いて歩いていくことにした。

 その道中で、ふと疑問に思ったことを質問でぶつける。


「そういえば、ビシュトリア……というか、この部隊コロニー1は極秘の部隊ではありませんでしたか? 機密とかあるなら、接続するのはまずいのでは……」

「あぁ、それなら心配ないよ。ここが極秘とされているのはみんなの年齢だね。ルーサルメア共和国なんかは、事情があるとはいえ子供たちを兵士にしているなんて知ったらいろいろ面倒事を呼びそうだし」

「では、なおさら接続したらそのことが知られるのでは?」

「ユリーシャ姉の心配も分かるけど、ルゥたちが参加した作戦を実行した艦隊は連邦軍じゃないからね。レザリア王国直属の部隊だから、連邦軍とは指揮系統が違うんだよ」


 宇宙連邦といっても、所有する戦力は様々だ。ざっと、各国が共同で戦力を出して運用する連邦軍と、各国がそれぞれ独立してもっている国軍に分けることができるのだ。

 そんな話を交わしながら、三人は第六格納庫にやって来た。格納庫の大窓からは、周囲を航行する多くの船が見える。

 そのうちの一隻から小型の輸送機が飛んだ。格納庫のゲートが開き、受け入れの準備が進む。

 発着場とドッキングし、ゲートのロックを完了したタイミングで格納庫に入っていく。輸送機の扉が開き、五人の人物が降りてきた。

 四人のまだ若い少女。それと、四人よりも年上で元気そうな雰囲気を纏うサイドテールの少女だ。

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