要塞案内

 ユリーシャを連れて琴音たちがビシュトリアの内部を案内する。最初にやって来た場所を見て、ユリーシャが苦笑した。ここを一番にもってくるとはなんとも琴音らしいと。


「ここが大浴場! また今度一緒に入ろうね!」

「身の危険を感じるのでお断りします」


 広々とした大浴場。真っ白な湯気がほんのり温かい空気を作る空間を眺めながらユリーシャがそう言った。

 お湯に体を浸けると気持ちいいとは思う。しかし、琴音が一緒だと安心して入浴できる気がしなかった。こういった癒やしは一人で楽しむに限る。

 不満そうな琴音は、小声で何かを言いながら大浴場を後にする。後ろから椿が面白そうにその姿を眺め、澪がオロオロしながら付いていく。ルーヴェルとユリーシャが苦笑した。

 大浴場の区画を離れた琴音が次に向かったのは、長机と椅子がたくさん並べられた大きな部屋。美味しそうな匂いが漂い、でかでかと新メニューと書かれた看板には大きなパフェが描かれている。


「じゃーん! 食堂! いろんなメニューがあるし美味しいよ! しかもタダだし」

「安い、とかではなく?」

「タダ! 上層部が食材類は優先的に回してくれるらしいの」


 大型の戦艦や、地上の基地には食堂がもちろんあるが、値段が安いところはあっても無料の所はなかった。美味しい食事が無料だということはありがたい。ユリーシャは一度もないが、給料日前になると金欠で食べられる野草を囓っている兵士も時々見かけるので、そういった人たちが羨ましがるだろうと思った。

 ざっとではあるがメニューを流し見る。様々な惑星の伝統料理や一般的なグルメまでなんでも揃っていた。デザート類も豊富だ。


「どこに力を注いでいるんですか……」

「大輔兄に言ってよ。真っ先に食事の話を進めたんだから」

「お兄ちゃん曰く、腹が減っては戦ができぬ、らしいよ」

「でも、おかげで美味しいものお腹いっぱい食べれて、戦闘に万全の状態で向かえるけどな」

「えと……それに、また美味しいもの食べたいって思えて……死にたくなくなる。諦めなくなる……」


 澪の意見に思わずユリーシャが頷いた。食事など、単なる栄養補給で美味しい食事など栄養補給に華を添える程度に思う節もあったユリーシャだが、食事にはそういう役目もあるのかと思い直した。考えを改めないといけないと痛感する。

 食堂を離れて次の場所に向かう。やって来たのはいくつも部屋が並んだ区画。ドア横の壁には名札が貼られている。


「ここら辺は個人個人の部屋。特にここは女性の区画ね」

「なるほど。で、私の部屋は?」

「私と一緒! って、言いたいところだけど残念ながら違うのよねぇ……」


 琴音が心底残念そうにとある部屋の前に立つ。その部屋の名札にははっきりとユリーシャの名前があった。そして、もう一人。


「花園椿……」

「私が同室。ユリーシャお姉ちゃんが同じでよかった」


 笑顔の椿に部屋へと通される。琴音たちも入ろうとしたが、そこは椿がプライベート空間だと完全にガードした。


「むぅ。でも、案内は大体このくらいかな? ユリーシャ姉! また時間があれば模擬戦の相手してね!」

「ええ。それでしたら」

「じゃあ、僕たちはここらで」

「またあとで……」


 琴音たちが区画を離れる。部屋にいるのがユリーシャと椿だけになったところで部屋を再度確認する。


「この部屋、窓から宇宙が見えるんですよ」

「そうなんですか。……ホント、綺麗……」


 カーテンを引いた窓の外には無限の星の海が広がっていた。小さくてもしっかりとした光を発する星々が美しい。


「外装に接する部屋だから。まぁ、攻撃を受けたら一発でやられそうなのが怖いけど」

「そうならないよう、守らなくては」


 窓から離れ次に内装を見る。

 二段ベッドの二階部分が椿の寝床なのだろう。丁寧に折りたたまれた布団が置かれていて、すこし優しい香りも漂っている。ユリーシャが使う一階は少し荷物が残っていた。可愛いぬいぐるみ類は椿の私物。

 年相応に可愛いものを持っていると微笑ましくなったユリーシャが次に見るのは部屋の中央。白い小さな机とその上に置かれた花瓶。桃色の花が空調の風に揺られている。

 そして、机からちょっと離れると小さな冷蔵庫とお菓子入れもある。食堂まで行かなくても小腹は満たせた。


「快適ですね。中央軍事寮とは大違い」

「大輔お兄ちゃんが建造中にいろいろと口添えしてくれたの。寮と同じ間取りは少年少女には厳しいものがあるって」

「なるほど。また、感謝しておかないといけませんね」


 大輔のおかげで快適な部屋で眠ることができる。純粋にありがたかった。

 椿が部屋を出て行く。廊下でユリーシャにも出てくるよう合図した。


「ユリーシャお姉ちゃんの荷物は第四倉庫に運び込まれているよ。エレベーターを使えばすぐだから搬入しよう」

「はい、分かりました」


 椿にも協力してもらって荷物を部屋に運び入れる。ユリーシャの新生活がここから始まる。

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