ビシュトリア要塞
要塞の側面が開き、琴音の戦闘機が格納庫に入る。様々な機材が機体に取り付き、ようやくキャノピーを開放できるようになる。
狭苦しい空間から解放され、喜ぶように琴音が叫ぶ。
「んっはー! ようやく到着だー!」
「それ、普通は私のセリフだと思うのですが」
「細かいことは気にしない! さて、早く降りて? ユリーシャ姉が降りてくれないと私も降りれない」
琴音に急かされユリーシャが降りる。そこでふと周りを見たのだが、またしてもユリーシャが言葉を失った。
今まで、戦闘機の整備員は若い男性やいかにも職人風の男性、つまるところ男しか見てこなかった。
だが、ここで整備員として働いているのはまだ若い少年少女たち。他の基地では絶対にあり得ない光景だった。
琴音が、近くにいた少年整備員と話している。
「琴音姉ちゃんお帰り。新しいお姉ちゃんに迷惑かけてない?」
「ひどいな~。むしろ、私が迷惑かけられたよ。ユリーシャ姉ってばおっぱい大きいんだもん」
「ちょっ! ……柔らかいの?」
「そりゃあもう!」
「……盛り上がってるところ申し訳ないのですが、これ以上は実力行使で黙らせることも検討しますよ?」
腰に携帯しているショックガンに手を伸ばし、冷たい声音で警告するユリーシャを見て黙り込む二人。
この二人、特に琴音をどうしようかとユリーシャが考えていると、格納庫に声が響き渡る。
「何を遊んでるの! 仕事しなさい!」
スパナを持った幼い女の子が、自分よりも年上の少年少女を怒鳴り付けている。まさか、この子が整備員のリーダーなのかとユリーシャは自分を疑った。
幼女ともいうべきその子は、まだ文句をやめない。
「まったく……新入りなんていつものことでしょうに! そんなんで作業を乱さない! 戦時中よ!」
「ほーんと。しっかりしてよね」
「お前が一番の元凶でしょ、琴音姉ちゃん!」
年下に怒られる年上。ユリーシャの中での軍の姿が崩れていくようだった。
と、幼女がユリーシャを見上げる。
「大輔兄ちゃんが呼んでたよ。今は司令部屋にいると思うから、早く行って。邪魔だから」
「あ、うん」
厄介払いされて、格納庫から出ていく。ユリーシャと琴音は、そのまま司令部屋に。
道中、二人で会話する。
「珍しいこともあるもんだ。ルーチェちゃんがユリーシャ姉には怒らないなんて」
「貴女が怒らせすぎなんですよ。というか、いい加減私の胸について話すのはやめてください」
「堅いなぁ。いいじゃん」
「いいのならこんなこと言いません。……ところで、お姉ちゃんお兄ちゃんというのは?」
ユリーシャが気になっていたところだ。それについて、琴音が説明する。
「ここはさ、大輔兄が集めてきた訳ありの子供たちで編成された部隊なんだ。笑うでしょ? この部隊がドラムグード戦線の切り札って」
「いえ。見た限り、ふざけているわけでもないでしょうし」
「うん。ずっと訓練したからね。兵器の扱いから軍の規律、歴史なんかも」
「それは……」
ユリーシャの言葉が詰まった。まだ幼いうちに、兵器の扱いを教え込まれるなんてユリーシャには考えられなかった。ユリーシャとて、最初に兵器に触れたのは十五の時だ。先ほどのルーチェと呼ばれた女の子は、明らかにそれよりも幼い。
琴音がなおも話し続ける。
「だからさ、ここでは皆が家族なんだよ。皆が兄弟姉妹」
「なるほど……」
「皆、望んでここにいるんだよ。小さくても復讐したい、肉親の仇をとりたいって思ってる」
その言葉に、ユリーシャがハッとした。薄々そうではないかと思っていたが、やはりここにいるのは戦争で家族を失った子供たちなのだ。
「さっきのルーチェちゃんは、マリアナ空爆でお父さんとお母さんを亡くした。陸――さっきの男の子はね、第二次イスライト攻防戦でお兄さんを喪ったの。大輔兄も、あのバルム海戦でお姉さんを亡くしてる」
「バルム海戦……!」
「私もそう。バルム海戦で兄さんと父さんが殺された。そのせいで母さんもおかしくなって、遂に自殺まで……!」
琴音が頭を振る。嫌なことを思考から追い出すようにして、元のような笑顔を取り戻す。
「ごめんね。暗い話ばかりで」
「いいですよ。……そうですか、貴女もその大輔さんも、バルム海戦で……」
あの戦いの唯一の生き残りがユリーシャだ。一緒に戦った同胞の家族とこうして部隊を組む。なんの皮肉かとユリーシャが薄く笑った。
琴音が、ユリーシャの顔を覗き込む。
「ユリーシャ姉はバルム海戦の唯一の生き残りでしょ? ……よければ、お話聞かせてくれないかな?」
「私……は……」
「あっ、ごめーん。部屋についたよ。大輔兄もお姉さんの話は聞きたがってると思うから、よければお願い」
琴音が司令部屋の扉を開ける。
室内では、これまた若い青年がユリーシャたちを待っていた。
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