1. 出会い
「いい加減にしなさいよ!」
「何が?」
「何がじゃないわよこの不良幽霊!」
昼休み。自分達以外誰もいない屋上で、私は声を荒げていた。雲一つない青空の下、眼前に立っている男に対して怒りをぶちまける。
眩しい金髪に両耳のピアス。左目の眼帯。そして右手の傷痕。いかにもな見た目をした男はやはり不良であり、そして幽霊である。
「何度やめてって言ったらわかるのよ!せめて授業中くらいおとなしくできないわけ!?」
「だって暇だからさ」
「あんたは暇でもあたしは暇じゃないの!」
「嘘つけ俺が見えるようになる前はお前授業中ずっと寝てたじゃねーか」
「ずっとじゃないわよ!た、たまによ」
反省の色など一向に見せようとしない不良幽霊に頭を抱えること、早二週間。あの日、学校に忘れ物をしてしまったのが運の尽きだった。
あれは、二週間前の夜のこと。
私は忘れ物を取りに学校へ向かっていた。時刻は既に21時を過ぎていたが、その忘れ物が気になっていても立ってもいられなくなった私は、上着と携帯を持って家を出た。
夜はまだ冷える。その日は特に肌寒かったのを、よく覚えている。
しばらく歩き学校が視界に入ってきたところで、私は思った。
(門、開いてないだろうな.........)
当たり前だが、こんな時間に学校の正門は開いていない。ではどうするか。実は裏に自転車置場があり、そこから校内に入ることができる。しかし、裏へ廻るのはちょっと面倒くさい。ということで、ダメ元で最初は正門に向かうことにした。
「まぁ、開いてるわけな.......」
開いた。両手に力を込めると、本来開いてるはずのない門が開いたのだ。
「えー、ちゃんと施錠しとけよ」
不用心だなとは思いつつも、今の私にとっては好都合だったのでそのまま校内に入る。下駄箱の所まで行き、上履きに履き替えスマホのライトを点けた。
普段おばけなどの類いは信じない私であったが、それでも夜の学校というのは不気味である。私は早足で目的地の屋上へと向かった。
屋上へ続く階段を上り、扉を開ける。冷たい風が頬を撫でた。私は今日の昼休み、この場に忘れてきてしまった物を見つけるために辺りを見回した。
忘れ物は案外早く見つかった。屋上の隅っこの方に落ちていたそれを私は拾い上げる。
「良かった」
そう呟いて、それに付着した汚れを指で拭った。
一枚のしおり。アングレカムの花が描かれた、私がいつも読書の際に使っているものだ。たかがしおりのために夜の学校に訪れたのかと思う人もいるだろうが、これは私にとっては特別なものだった。
探し物も見つかったので早く帰ろうと立ち上がった。その瞬間に強い風が吹き、小さく身震いをする。このままだと風邪を引いてしまうので早く帰ろう。そう思い、扉の方へ向かった。
(しおり、飛ばされてなくて良かったな)
風が強いにもかかわらず運が良かった。そう思い、しおりを上着のポケットにしまう。今度からはちゃんと失くさないようにしよう。そう心に決め、半開きのままにしていた扉のドアノブに手を伸ばした。
だが私の手がドアノブに触れる直前、音を立てて勢いよく扉が閉まった。
「え、」
私は驚いて一瞬固まる。だがすぐに風のせいだと理解し、再度ドアノブに手をかけた。この先の階段を下りてさっさと帰ろう。そう思い、驚きで鼓動が早くなった心臓を落ち着かせながらドアノブをひねった。
だが、いくら引っ張っても開くはずの扉が開かない。落ち着けと自分に言い聞かせ、ドアノブを逆の方向にひねったり、扉を押してみたりしたが、それでも開かない。
私はドアノブから手を離し、呟いた。
「...........うそん」
まずい。非常にまずい。一大事だ。はてさてどうしたものか。少し考えて私の中で出た結論は、「もう一度頑張ってみる」。
というわけで、もう一度ドアノブを掴み、捻ってみた。だがやはり開かない。ならばと今度は思い切り扉を引っ張ってみる。ガチャガチャと音を立てながら、力ずくでどうにかならないかと奮闘した。それでもダメだった。
林柚子。この世に生まれて17年。たった今、人生最大の窮地に立たされている。
私は我慢できずに扉をドンドンと叩き叫んだ。
「誰か!誰かいませんかぁ!」
こんな夜に人などいるはずもない。ましてやここは屋上だ。私がどれだけ叫ぼうと、その声が誰かに届くはずなどなかった。
それでも他にどうすることもできず、私は叫び続ける。
「誰かぁ!助けて!ちょっと本当になんなのよもう!」
「落ち着けよ」
「落ち着いてられるか!このままじゃ朝までここにっ、、」
一瞬、心臓が止まったかと思った。扉を叩くポーズのまま、体が固まる。
今、後ろから声がした。
その事実に、とてつもない恐怖心を覚えた。なぜなら、先程までこの屋上には、私以外誰もいなかったからだ。
冷や汗が頬を伝う。しばらくどうすることもできずにいた私だったが、勇気を振り絞って振り返ってみることにした。もしかしたら私が気が付かなかっただけで、もう一人誰かがずっといたのかもしれない。その可能性にかけ、恐る恐る後ろに目をやる。
「そんな慌てる?クソウケるんだけど」
私は驚きのあまり、扉に体を強く打ち付けた。
「いったぁ!」
「ブッハハハハ!!ちょ、マジヤバいその驚きっぷり最高っ!!」
何がなんだかわからない私は、そのまま扉を背もたれに座り込んでしまった。すぐ後ろに立っていたその男は、私を指差して笑い転げている。
(え、なに、この状況。てか誰?ずっといたの?)
軽くパニックになった頭で色々と考えていると、男はようやく笑いが収まったようで、私に向き直った。
「あぁごめんごめん。予想以上に良い反応してくれたもんだからさ~。大丈夫?腰抜かしちゃった?」
「え、あ、いや..........」
まだ驚きの余韻が残っていて上手く言葉が出ないが、やっと頭が冷静になってきたところで気付く。
(制服......)
目の前にいる男が着ているのはうちの制服だった。つまり、この男は私と同じ学校に通う生徒だということだ。そしてさらに観察をする。
金髪に両耳のピアス。そして左目には眼帯。そしてさらによく見てみると、右手の甲には痛々しい傷痕があった。私は瞬時に確信した。
こいつ、不良だ、と。
そして、少しの違和感を覚えた。
こんなにも目立つ見た目をしていて、なおかつ不良で問題児なら、色々と悪い噂を聞いていてもおかしくない。だがこの学校でそのような噂は聞いたことがなかったし、私は目の前の男を見たこともなかった。見た目のインパクトから、一度見たらそう簡単には忘れそうにないことから、完全に今が初見である。
(有名人でもおかしくなさそうなのに。もしかして新入生?入学して早々停学くらったとか?)
私がそのようなことを考えていると、男が聞いてきた。
「ねぇ、名前は?俺はね、
「え?えっと、
「オッケー、
「いや、林柚子です......」
お互い自己紹介をしたはいいもののワケのわからない間違え方をされ、静かに訂正したが男はお構いなしに続ける。
「ところでさ、超ビックリしてたけど、もしかして俺のこと幽霊とかだと思った?」
「え?」
唐突な質問に私は少し戸惑ったが、苦笑いをして答えた。
「いやまさか、幽霊なんているわけないですし」
嘘だ。声が聞こえた瞬間はめちゃくちゃ幽霊だと思った。そりゃもうビビり倒した。だが今は大丈夫だ。目の前の男は幽霊などではないということは明白である。なぜなら透けてもいなければ足もきちんと生えているからだ。
男は私の返答を聞いて、笑顔を浮かべながら言った。
「そっか。それより大丈夫?立てる?」
そう言って男は私に手を差しのべた。立たせてくれるのだろう。座り込んで力が抜けてしまっていた私は、ありがたく手を借りることにした。
「ありがとうござ......」
男の手を掴もうとした私だったが、私の手はフッと空を切った。届かなかったのだろうか。今度は確実に掴もうと、さらに手を伸ばす。
確実に届いてる距離で、手を掴んだ、つもりだった。
だがまたしてもダメだった。今度は届かなかったのではない。私の手は確実に男の手を掴める距離にあった。ではなぜなのか。その答えを、私は確かにこの目で見た。
私の手が、男の手を、すり抜けたのだ。
本日何度目かのフリーズをしている私に、男は言った。
「あぁごめん。俺、幽霊なんだった」
その言葉を聞いて私の口から出たのは、たったの一文字。
「............は?」
不良幽霊がうざすぎる Nana @NanoiNona
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不良幽霊がうざすぎるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます