第4話 悪魔たちの陰謀
「あ、あなたたちは…誰なの? いったい何のためにこんなひどいことを…ひ、人でなしだわ…」
男の一人は40歳台に差し掛かった頃だろうか、微かに白髪交じりだ。
「酷いこと…? 人でなし、か…ご挨拶だねぇ、お嬢ちゃん」
男は忌々しげに唇の端を歪める。
「これより遥に酷ぇことをした人でなしなんだぜ、お前さんの祖父さんは」
「ど、どういうこと…?」
「察しもつかないか。もっとも覚えてもいねえかもしれん。まぁ、当然だろうな」
男はせせら笑うと、声音を変える。
「てめぇの爺さんが起こした、新宿暴走事故のことだよ」
数秒の沈黙ののち、亜子の表情が強張った。
「俺の名前は、そう…。宇佐美、宇佐美洋助としておく。なに、別に俺はテロリストでもなけりゃあ、要人のお美しいお孫さんを拉致して身代金を取ろうっていう誘拐犯でもねぇ。単なるしがないホームレス、浮浪者だ。就職氷河期世代で仕事探しもうまくいかなかった社会の落後者だぜ。もっとも、俺だけじゃなく、ここに入る連中全員そうだけど、な」
宇佐美はしゃがみこみ、後ろ手に縛めを受けた亜子の綺麗な顔を自分に向けさせる。
「そ、その…あなたたちが…私に何の用なの?」
「おいおい、爺さんがあれだけの大犯罪を犯したっていうのに、孫のお前さんが『何の用?』はないだろう?」
宇佐美はせせら笑いながら、続ける。
「なに、復讐のお手伝いをしてもらおうっていうだけさ。確かにお前さんがた上級国民にとっては、俺ら浮浪者なんて人間の数に入っていないかもしれねえなぁ。でも一寸の虫にも五分の魂って言葉知っているだろう? お前さんの爺が轢き殺した連中のうちの7人は俺らの仲間だったんだ…かけがえのない、な。もう一人の人間は身元すらわかっちゃいねえらしい。ろくにマスコミも取り上げてくれなかった」
皮肉屋めいた口調の中にも、最後の言葉だけは、情感を籠らす宇佐美からはホームレス仲間の絆とその死への無念さが窺えた。
「で、でも、あれはブレーキとアクセルを踏み間違えた…事故でしょ?」
亜子は声を細めつつ抗議の色を帯びた瞳で見つめてくる。
「だがな、お前の爺さん…鍋島行正は、俺らの仲間を轢いた後、なぜか姿を晦ましているじゃないか? その時すぐに処置をしていれば助かる命もあったかもしれん。被害者が浮浪者ってことで通報する人間も少なかったらしい…」
悲しげに唇を歪めた後、宇佐美は決意を表す様に言う。
「あの時、なぜ鍋島行正は姿を晦ましていたのか、せめてその理由を白日の下に晒してやらなきゃ、死んだ連中も浮かばれんそう思ったわけさ。このボランティアのリーダー東出が、あの鍋島の孫と好い仲だってことを知ったときは驚いたぜ。最大限、コイツを利用してあんたをボランティアに引っ張り出すことを思いついたわけさ」
宇佐美は横たわる東出の頭を靴底でゴリゴリ踏み抜かんばかりに、足蹴にした。
「わ、私を誘拐した以上…警察だって動き出すわ…。あなたたち、絶対捕まるから…」
亜子も、精いっぱい虚勢を張って理不尽な誘拐者を見返す。
「へへ、泣き顔を作っていたかと思えば、結構、勝気じゃあねえかよ。だけど、そんな小生意気な態度がいつまで続くかな」
宇佐美はもう一度、亜子の顎を乱暴に掴むと、逆に威圧するようにその瞳を見つめ返す。
「確かにいつかはサツに挙げられるだろう。が、そんなことは百も承知だ。俺らのネットワークや知恵をなめるなよ。お前たち一家の連中を徹底的に追い詰め、今回の暴走事件の真相を暴いて、世間に鍋島の悪行を白日の下に晒しすことができれば、逮捕されようが本望だぜ…それに」
宇佐美は立ち上がって、女囚となった令嬢を見下ろす。
「俺らが逮捕されるまでの間に、お前さんは想像を絶する辱めを受けるわけだ。それに耐え忍べるかなあ? まぁ、女として生まれてきたことを後悔することだけは間違いねえなぁ。ゾクゾクするねぇ、上級国民の超絶に可愛い孫娘が俺らみたいな底辺族に捕まって、嬲りの宴の肴にされるなんてさ、運が悪かったなあ、鍋島亜子さんよ!」
その残忍な目つきに、亜子は身を強張らせた―――。
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