「そっか、今日はお母さんと二人で来たのか」

 二人でしばらく手をつないで歩いていると、富永雄吾はゆっくりと自分のことを話し始めてくれた。自分の名前や今日ここに一緒にきている人のこと。もちろん、知っていることがほとんどだったけれど。

「うん。ほんとはお父さんも一緒に来るはずだったんですけど、仕事が忙しくて来れなくなっちゃって」

 内通者摘発のことだろうかと、勝手に推測をする。実働部隊であるこちらが知らない情報など山ほどあるだろうが、もしもそうだったとしたらどれだけ肝を冷やしただろうか。まさか自分の家族の行く先が、爆破テロの標的になっていただなんて。

 それがわかっているならこのようなコソコソした手段より公権力として介入したほうが確実だろうにとは少し思う。今回のようなわかりやすい正義の味方のような行動は、私たちのような人間には似合わない。それでも秘密裏に処理したいというのは複雑な事情があるのだろう。

「お父さん、いつも仕事で忙しくて、全然遊ぶ時間も取れないから、今日は楽しみにしてたんだ」

 声はか細く、顔をうつ向かせたまま、富永雄吾は笑った。それが今でも印象に残っている。

「寂しかったな」

 私にはそんなありきたりな言葉をかける以外に何もできなくて、彼が笑っていることにも後で気づいたのだ。だから、彼の強さにも全く気づけなかった。きっと首を縦に振ると思っていたのに、富永雄吾はその逆のことをして、顔を上げた。そこで初めて、彼の顔をまともに見て、息をのんでしまったのを覚えている。

「寂しくはないです。お父さんだって頑張ってるから帰ってこられないんだし、お母さんがいるから。だから……」

 だから僕は強くないとと、小さな声で彼はそう言ったのだ。その言葉に先ほどまであった「お姉さん感」とでも言うような感覚はなくなって、一気に冷静な思考が戻って来た。

 ここでようやく、私は富永雄吾と佐藤美咲が全く違う人間だということに気づいたのだ。何一つかぶることのない世界に生きているのに、私は彼がひとりきりでいる姿に、勝手に自分を映していたのだ。

 そしてここで帰ってきた思考は、私にあることに、目の前を歩いていく風船をもった着ぐるみの何者かに気づかせた。何のおかしな点もなかった。その誰かが着ているのはウサギを模したもので、このテーマパークのメインキャラクターだったはずだ。園内のそこら中にいて、子供たちに風船やチラシを配っている。

 でも、気づかなかったらおかしいのだ。私は自分の甘さに舌打ちしながらインカムの電源を入れなおした。

「つながった! おいクイーン、なにやって……」

 ルークの怒声が聞こえる。今から考えれば無理はない。子供っぽい共感にかまけて仕事をおろそかにした。でも今はそれに対しての釈明をする時間はない。

「ねえ雄吾、あそこに変な着ぐるみがいるよ」

 これだけ言えば、十分だ。

 直前まで怒っていたルークの声が聞こえなくなる。きっと私の現在位置とこの時間の着ぐるみの配置状況を調べているのだろう。本当はそんなことしなくてもわかっているはずだが、ルークは確認を怠らない人だ。

 キョトンとした顔をする富永雄吾が私の指さした方向をみて、「ああ、あれはラビっちってよばれてて……」とはしゃいだ様子で話し始める。それを笑いながら聞くふりをしながら私は次の指示を待つ。ちょうどその時、私の懸念を補足する情報が入る。

「こちらナイト。異変あり」

 彼の声は車内で聞いた時と全く変わらない落ち着いた声だ。でもそれは状況がまずいことを理解していないという意味ではない。誰もが冷静で、それでいて次何をするべきなのか考えていた。それだけの話なのだ。

「先ほど、園内で拘束された男性を発見。男性はここのアルバイトで、着ぐるみを着て風船を配る業務に従事。なお本日の着ぐるみの出勤数は規定数通り。以上です」

「……大丈夫ナイト? ちょっと焦ってるよ」

 私には気づけなかった焦りをビショップが指摘する。冷静でいることとと焦っていないことは同義ではないのかと、後から振り返って学んだ。

「クイーン。確かだな」

 最後の念押しに、私は頷く。見えているわけではないだろうが、それは伝わったらしい。ルークの深いため息が聞こえた。

「総員。クイーンの現在位置に集合しろ。この時間、クイーンの目の前に着ぐるみがいるはずはない」

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