「クイーンは富永親子の観察を行え。可能なら保護を」
というのがキングから私に与えられた任務だった。今回のメンバーの中では一番遊園地に溶け込みやすいかららしい。
「にしたって、これは慣れないなあ......」
誰も見ていないことをよいことに、私は自分の服装を見ながらくるりと一回転してみる。どこかの学校の制服だとかいう紺色のブレザーとスカートは、いつもの機能性重視の服装と趣向が違いすぎて落ち着かない。渡された武装も、服装の関係でトートバックの中に入っている拳銃だけだ。
「気を抜くなクイーン。親子から目を離すんじゃない」
インカムからルークの声が聞こえる。いつもは邪魔だから束ねている髪をおろして、ばれないように耳元を隠している。回転したときに崩れてしまった箇所を少し直す
「わかってるよ。親子は今も観覧車の列に並んでる。特に連れ出せるような状況じゃない」
私は観察地点である園内の喫茶店に向かいながら、横目で様子を確認する。見るからにおしとやかそうな印象を残したままのご婦人と、それに手を引かれる坊ちゃん。うつむいたままの顔は、胸にプリントされた何かのキャラクターを見ているようにも見える。
「把握した。ビショップ、ナイト、そっちはどうだ」
ノイズとともに、ビショップと通信がつながる。彼は任務中には笑わない。ナイトに聞いたことがあるが、表情すら無くしているという。
「こちらビショップ。現在順路Aを確認中。異常なし」
聞こえてくる声は冷え冷えとしていて、本当に同一人物かと疑ってしまう。
「こちらナイト。現在順路Cを進行中……こら、私は電話中なんだ」
ナイトのインカムから子供の声が聞こえる。「あんな無愛想の巨漢のどこに子供に好かれる魅力があるのさ」と、どこかでビショップがぼやいていた。
「構わん。騒ぎになってポーンでない者に発見されるほうが面倒だ。他の隊に連絡を回しておく。五分で戻ってこい」
「……了解」
そこでナイトが通信から離れる。ポーンというのは潜入調査やこの時のような保護、護衛が任務に含まれる際に、任務地に事前に大量に潜入している下部要員のことだ。この時は従業員として多数が紛れていたはずだ。
そんなこんなで、今日は経費を使って何を飲もうかと思いながら、私は歩き続けていたわけなのだが、
「んな、ちょっと待てよ」
「クイーン、どうした」
進路を変えて観覧車の列のほうへ移動する。経費で飲み食いができなくなったと舌打ちをするが、仕事は仕事だ。
「息子のほうが列を離れた。向かう方向からしてトイレだと思う。どうする?」
と言いながら、指示の内容には予想がついているので、私は息子のほうを目で追いかける。人の多い遊園地だ。見失ったら面倒だ。
「母親のほうは他の人員に要請して見張らせる。息子を追え」
その懸念は見事的中して、ルークは息子のほうを追えという指示を出してきた。もうずっと組んでいるから慣れたものだ。
「それとクイーン。帰りにアイス買ってやるから機嫌直せ」
「……了解」
なんでそんなとこまでわかるんだよと口をとがらせるが、こっちだって慣れたものと思っているのだからお互い様である。
「あぁそういえば、息子の名前、なんだっけ」
ひょっとしたら声をかける事態になるかもしれないと思い、それだけ確認する。ルークがそれは聞いてなかったのかとため息を漏らした音が聞こえたが、それは無視する。
「雄吾だ。富永雄吾君、小学三年生」
はやりのアニメの情報でもいるか、と聞かれたので、うっさいと言って通信を切ってやった。
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