「今回の任務は二つだ」

という声が、移動中のワゴン車の中で流れる。このころからキングの声も態度も変わっていなかったと思うが、今と違って苛立つことはなかったはずだ。この時に関しては、飛込みかつ緊急の依頼で、経験したことが無い大規模な任務になったから、緊張していたのかもしれない。

「一つ、本日決行予定の自爆テロの阻止。もう一つは、この遊園地に来園している富永隆一の妻子を保護することだ」

 この内容を遊園地に向かう車両の中で聞かされて、動揺しない者がいるはずもなかったが、任務に参加していた誰もそれを表に出さなかったのは職業柄だろう。私たちが乗っていたワゴン以外にも向かっていた車両はあったはずで、その中も同じようなものだったと思う。

「キング、任務内容に疑問が二つある」

 そう言って手を挙げたのは野暮ったい服装をした痩身の男。当然だが本名は知らない。後になってから「俺にもお前くらいの娘がいたのかもしれないな」と言いながら、無精ひげのがある顔を苦笑させたのは覚えている。

「構わないルーク、質問を」

 私たちは全員、チェスの駒で表される。私はこのころからクイーンと呼ばれていたけれど、実際の決定権はルークにあって、キングの指示を実行するときの部隊長が彼だった。

「では一つ目、対応がやけに遅い。二つ目、後者のほうの任務が不自然だ」

 キングはそう聞かれるのを待っていたかのようにすらすらと答える。

「一つ目に関しては組織内の敵性勢力への内通者のために計画の発覚が遅れたから、二つ目は富永隆一が我々のプレイヤーにあたるからだ」

 簡潔かつ必要以上の情報は与えない説明だったが、それでも私は納得はできた。しかしそうでなかった者もいたようで、唐突にしゃくりあげるような笑い声が聞こえた。

「あなた方とあろうものが情ですか! 面倒な仕事を増やしてくれますね!」

 そう言いながらも終始笑い続けるのは眼鏡をかけた恰幅の良い男で、彼はビショップの役が割り当てられていたはずだ。組織がらみの事件で拾われて、以来任務に従事しているとか、本人がこそこそと教えてくれたのを覚えている。

「それに内通者! あなたがたも一枚いわっ……!」

 唐突にビショップの口が大きな手のひらに塞がれる。そこに座っているのは、まるでランニングに来たような恰好をした筋肉質の男だった。

「ビショップが失礼をしました。どうぞ続けてください」

 と、ビショップを抑えながら頭を下げる。彼はナイトの役を持っており、ビショップと一緒に担当エリアの巡回に当たるのが任務だ。

 普段ほとんどしゃべらない彼からは最後まで何も聞けなかったが、ビショップといるときだけ表情が動くように思う。

「内通者は既に処理済み、富永氏については情ではなく、肉親を道具に組織の情報を引き出されると面倒だからだ。特に非合理性はない」

 なるほどとまたどこか他人事のように思っていた。そんな知恵を使うことと私はかかわりがないし、合理的、というのが何なのかもよくわかっていなかった。

 ただ。

「そっか。家族がいるもんね」

 そんなつぶやきが漏れてしまったのだけが、今回の任務と私をつなぐ象徴だった。このつぶやきだけが、今回の任務を他人事で無くした。

 なぜかルークも、ナイトも、抑えられながらもごもごしていたビショップまで静かになってしまった。

 ただ。

「そうだクイーン。お前が持っていないものを守るんだ」

 キングだけが間髪入れずにそう言った。

「おっけー。わかった」

 あの時は、それだけで十分だったのだ。

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