頭上で回るは観覧車

大臣

 

 額に水滴が当たったのを感じて、上を向く。錆びついているだろう観覧車の隙間から、雨粒が降りてきていた。雨は嫌いだ。ただでさえ憂鬱な仕事なんだ。せめて晴れていてくれ。青空が自分を嘲ってくれるだろうから、それが私を人間につなぎとめてくれる。

 耳に入れていたインカムがノイズを拾う。通信だ。

「こちらキング。クイーン、何か変化はあったか」

 変声機を使っているわけでもないのに無機質な声。思わず舌打ちをする。やったところで相手は気にも留めないのだろうから関係ない。

「全く。廃園になった遊園地に変化なんて起きるはずもないでしょ」

「対象が指定した場所はここだ。些細な変化でも報告しろ」

 こちらの返事も待たず通信は切れて、それが苛立ちを加速させた。

「クソっ!」

 今度は自分の意志で地面を蹴る。さっき飲んだコーラの空き缶が遠くに飛んで行った。カランカランという音が廃墟に響く。

 確かに、こんな職場じゃ嫌にもなる。仕事内容は人殺し、金銭報酬はそこそこだが、向こうはこちらを人間と見ない。慣れていたはずなのに、あいつのせいで少し嫌になる。

 でもそんなことより嫌なことがあって、私はまた上を見る。観覧車に手は届かない。動くはずもない。

「なんで私に何も言わないでいなくなったんだよ。富永」

 富永雄吾。私の相棒で、数か月前に失踪した、今回の「対象」。

 雨粒が目に入ってきて、顔を背ける。そういえばあの日も雨が降っていたと思い出して、もっと神様ってやつを恨んだ。せめてそこくらいは変えてほしかった。だって、否応なくあいつのことを思いだしてしまうから。

 富永と私が出会ったのは十年前。あいつが小学三年生で、私が世間的には中学一年生の年齢の頃だ。

 私に名前は無い。一応「佐藤美咲」という名前はついているらしいが、それも機械的なもので、私が発見された年の苗字氏名ランキング一位のものがつけられているだけだから、きっとまっとうな暮らしをしている「佐藤美咲さん」はいるはずだし、私が実は田中さんだったり、山田さんだったりしても特に驚かない。

 何せ私は捨て子だ。誰にも拾われず、路地裏に放置されていたらしい。身元を示すものは一切なかったし、それが私にとって最大の不幸だと、あいつなら怒るに違いない。

 でも私は誰とも縁が無くて、だから武器になった。言われるままに人を殺す武器。それでも、意思疎通が取れないと困るからと、一般的な教育を戦闘技術の学習と一緒に受けさせられた。

 ただの武器にしてくれればよかったのにと、心から思う。

 そうすればあの日、富永を拾うことなんてなかったのだ。

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