episode8 ラーメン

 柚凪が浴室から出ていったあと、オレは、なんとか下半身を鎮め、浴室をでた。


「(はぁー、いきなりあれはビビるって…)」

 

 そう、さっきやられた感触を思い出しながら体を拭き、部屋着をきた。

 そして洗面所をでて、リビングに行くと灰色の寝間着を着た柚凪がドライヤーで髪を乾かしていた。


「ドライヤー終わったら貸してくださいね」

「ん」


 柚凪はまっすぐな綺麗な茶髪を手ぐしでとかしながらドライヤーをしている。


「髪の毛、サラサラそうで綺麗ですね」

「うん」


 ………なにやらさっきから柚凪の反応が薄い、というか冷たいというか。

 なんなら、いっかいもこっちを見てくれない。まあ、ドライヤー中ということもあるのか。

 それともやっぱ、さっき柚凪がオレにしたことのやばさに気づいて恥ずかしさのあまり、目も合わせられなってしまったのだろうか。

 ──だがあれはかなり良かった。

 あんなことされて嬉しくない男は男じゃない。


「……」

「……」


 数秒間、ドライヤーの音だけがリビングに響き、なんともいえない気まずさが漂う。


 柚凪のドライヤーが終わり、聞いた。


「髪、触ってみてもいいですか?」

「………だめに決まってるわ」

「え、えぇ……だめ……」


 きっぱりと断られ、がくりと肩を落とす。


「う、うそよ、そんなあからさまに落ち込まなくていいじゃない、ほらっ、好きなだけどうぞっ」

「じ、じゃあ遠慮なく」


 そして柚凪の真後ろに座った。

 近くで見てみると、茶髪と言うよりもミルクティー色に近い感じがした。

 更には、顔を埋めたくなるような、ふんわりとした匂いが鼻腔をくすぐる。


「じゃあ、触りますね」


 そんなえろいことをするような言葉をいい、柚凪の後ろ髪を手ぐしの感覚でサーッと下ろすように触った。


「す、すごいですね」

「そう?まあ髪だけは自慢だからね」

「ところでこの茶髪って地毛なんですか?」

「え……うん、お母さんが地毛が茶髪だったからね」


 やばい、またオレ、デリカシーのないようなことを。


「すいません……なんか」

「別にいいよ、髪褒められるのは嬉しいし」

「柚凪の髪ならずっと触っていられそうです」

「ばっ、騙されないわよ、そうやって何人もの女を口説き落としてきたんでしょうが」

「いえ、比べるつもりはないですけど、柚凪のは別格です」


 そう言い、優しく柚凪の髪を撫でた。


「……なんか人に頭撫でられるの久しぶり」

「オレならいつでも撫でますよ」

「うん……ありがとう」


『グゥ~〜』 


 お腹がなった。

 否、オレじゃない。


「お腹、空いたんですか?」

「え!ちが!もう……せっかくいい雰囲気だったのに、私のお腹ったら」

「雨も弱まってますし、なにか食べにいきませんか?」

「う〜ん、って、これからは私が作ってあげるって昨日言ったわよね」

「そういえばそうでしたね。でも──」

「待ってて!キッチンにあるものでなにか作るから!」


 そう言い、柚凪はキッチンに向かっていった。

 

 ─数分後─

 柚凪が戻ってきた。

 呆れた顔をして。


「翔、あんた、驚くほどなにもないじゃない」

「はい、基本的にうちには米とレトルトカップメンしかないです。すみません……」

「もう、しょうがないわね。今日のところは米炊いてレトルトにしましょ」

「いえ、やっぱり今日は食べに行きましょう、さすがに毎日レトルトじゃ飽きてましたしね、近くにおすすめのラーメン屋さんがあるんですよ、そこに行きましょう。」


「え…あ、うん、でも私……」

「どうしました?」

「その、もう今月分のお金あまりなくて…」

「それくらい、奢りますよ」

「えっ、でもさすがに悪いよ……」

「じゃあさっきのお礼ということでどうですか?」

「さっきのお礼?」

「風呂場のあれですよ、あの感触は忘れられませんね」

「わ!忘れろぉ!」


 ───


 そんなこんなでオレたちは近所のラーメン屋に行くことになった。

 オレの奢りで。

 寒さ対策で柚凪にはオレのコートを着せ、オレはジャンパーで外を歩く。


「いやぁ、ほんとにうまいんですよ、あそこのラーメン屋。オレも月に2,3回は行きますもん」

「ラーメン屋さんのラーメンなんて私久しぶりだなあ、今までずっとカップメンくらいしか食べてなかったから。」


 そんな会話をしながら、用水路のある道を通って、『前略』というラーメン屋にたどり着いた。

 家から大体5分もかからない。


「おぉ、なんかラーメン屋さんって雰囲気」

「でしょう、味も最高なんですよ」


 オレと柚凪がのれんをくぐると、ラーメン屋のおっちゃんが出迎えてくれた。

 スキンヘッド?にタオルを巻いているThe大将って感じのおっちゃんだ。


「おう、翔くん。いらっしゃい!

 おや、今日は彼女を連れてきたのかい?」


 オレが常連ということもあり、おっちゃんは非常にフレンドリーだ。

 ここには、親父と来る以外は一人だからおっちゃんも少し驚いたのかもしれない。


「まぁ、彼女ではないですけどね、そんな感じです」

「なんだい、煮えきらないねえ、彼女だったら味玉でもサービスしようかと思っのにねえ」

「は、はい!彼女です!この子はオレの彼女です!」


 視線を感じ、横を見てみると柚凪は顔をカァーっと赤くして睨みをぶつけてきた。

 そして、オレの後ろに回り、ぎゅっと背中をつねった。


「いだあっ」

「もうっ」


「仲いいねぇ、羨ましいよ、それに比べてうちの女房ときたら…」

「あ"?今なんか言いました?」

 厨房の奥で水を淹れている奥様が怒気の入った声色でおっちゃんを睨みつけた。


「おっちゃんたちも仲いいじゃないですか」

「(ばか言ってんじゃねぇよ、毎日喧嘩ばっかでよぉ)」

「あはは、そうですか。  

 じゃ、注文いいすか?」

「お、おうよ!」

「しょうゆとんこつ2つで」


 オレのおすすめを頼み、二人席のテーブルに座った。

 と、同時に奥様が水をだしにきてくれた。


「旦那のことは気にしないで存分にイチャついてていいからねぇ?」

「えっ、そんな、イチャつくなんて、そんなことしませんっ!」

「あははっ、そうかい」


 柚凪はあたふたと慌てふためき、それを誤魔化すようにゴクリと水を飲んだ。


「なんで、さっき彼女だなんて言ったのよ!」


 奥様が戻ったあと、柚凪は強い視線でそう言ってきた。


「あはは、すいません、目先の欲にかられました」

「もう、別にいいんだけどさ」


 その後、静かに待ち、待望のラーメンが運ばれてきた。

 油の乗った豚骨ベースのスープに食べごたえのある太麺。

 トッピングはネギ、チャーシュー、メンマ、のり。そしておまけの味玉がのっている。


「「いただきますっ」」


 まずは、スープをレンゲで掬い、のむ。

 もう最高。

 これぞ、まさに至福の時間ってやつ。


「おいしいわね!」


 柚凪もスープをのみ、満面の笑みを浮かべている。

 気に入っていただけたようでよかった。


 次に太麺を啜り、メンマやチャーシューも食べていく。

 なにもかも絶品としかいいようがない味だ。この太麺がこってりとしたスープとよく絡み合い、極上のハーモニーを奏でている。

 なんて食レポしてみたが、要するめちゃうまい。


「やばい、やばい、美味しすぎるっ」


 柚凪は感動したかのようにそう言い、俺よりも早いペースで麺を啜っている。


 ───

 

「ふぅー、ごちそうさま〜」


 結局柚凪はスープまでをものみほし、キレイに完食した。

 そして、オレも少し遅れて完食した。


「おっちゃん、ごちそうさまでしたー」

 レジで奥様にお金を払い、奥で新しい客のラーメンを作っているおっちゃんにそう言い、店をでた。


「ありがとね、翔。あんな美味しいもの食べさせてくれて」

「オレもなんかいつもよりさらに美味しく感じました、柚凪がいたからでしょうかね」


 そう言うと、柚凪は立ち止まり、オレの方をみた。


「翔……手繋いでくれる?」

「いいですよ」


 オレたちは雨が降り止んだ寒空の下、温もりのある手を繋ぎながら帰った。




 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る