episode9 時間限定の恋人

 ラーメン屋から帰ってきた後、柚凪との距離が物理的に異様に近くなった、ような気がする。

 帰り道にコンビニで買ったアイスをソファで食べていると、柚凪がオレの真横に座り、肩が触れ合い、寄り添うようにして一緒にアイスを食べたり、二人でゲームを始めると、またもや、真横にひっつくようにしてゲームをしている。


 ──まるで仲良しカップルみたいだ。


 ゲームを終え、スマホを見ていると、スマホを操作していないほうのオレの手を柚凪が重ねるように握ってきた。


「ん?どうしました?」

「別に、握りたいから握ってるだけ」

「そう、ですか」


 そしてオレはまたスマホを目を戻す。

 すると柚凪は手にぎゅっと少し力を入れ、口を開いた。


「ねえ」

「はい」

「やっぱりさ、嘘をつくのはね、よくないと思うのよ」

「んん?いきなりどうしました?」

「だから、その、さっきさ、ラーメン屋さんで私のこと彼女って言ったじゃん?」

「ああ、まあ、言っちゃいましたね」

「それでさ、結局、味玉サービスしてもらったじゃん?」

「もらいましたね」


「だからね、今日だけでも私たちは恋人になる必要があると思うの。」

「………え?」

「だって……嘘はよくないじゃない、今日だけでも恋人なら別に騙したことにはならないじゃない?」

「ああ、たしかに」


 柚凪はなんて誠実な人なんだろうか。

 まあ、嘘をついたオレが悪いんだけど。


「……だから、今の9時15分から夜の0時00分の2時間45分の間は私たち恋人ね」

「わ、わかりました」

「恋人なんだから、その敬語もやめて」

「わかりま──わかった、柚凪。」


「うん、翔………好き」


 そう言い、オレの肩にもたれ掛かってきた。

 いくら時間限定の恋人だからっていきなり、ど直球すぎないか?いや、まあ恋人なら普通なのか。


「お、オレも好きだよ」


 照れくさかったけど、恋人同士なのでそう返事をする。

 すると、柚凪の顔が一瞬で真っ赤になった。

 ラーメン屋で見たときよりも数倍赤い。


「顔、真っ赤だよ」 

「うっ……仕方ないじゃない、嬉しかったんだから。」


 やばい、そう言われるとオレも嬉しい。

 でも、これは本心?

 恋人という設定上で言っていることなのどろうか。

 聞くか、とも思ったが恋人の雰囲気が壊れると思ったのでやめておいた。


 そしてオレは、もたれかかってきた柚凪の腰に手をまわして更に密着させ、もう片方の手で髪を撫でた。

 柚凪は完全にオレに身をあずけ、気持ちよさそうに目を閉じている。

 まるでゴロにゃんと甘えてくる猫みたいだ。


「ねえ、キス……したいな」


 柚凪は目を開けて、オレを顔を見上げそう言った。


「キス………か」

「嫌だ……?」

「別に、嫌じゃない」


 まあ、帰ってきてから一応二人とも歯は磨いたし、そっちの方は大丈夫だろう。

 

「今しかできないんだからさ、しよ?」

「うん」


 現在、柚凪との顔の距離はいつ唇が当たってもおかしくない距離にある。

 でも、ここでふと思った。

 どんなキスをするのがいいのだろうか。

 普通の唇を重ねあうだけのキス?

 それとも舌を入れて絡め合うようなキス?

 恋人なら一体どっちが相応しいのだろうか

 今までキスをした際、例えば結菜とキスしたときは後者のキスをした。

 というか、結菜の方から積極的にそうしてきたのはあるが……。


『チュッ』


 なんて考えていると、柚凪が下から唇を合わせてきた。

 唇を合わせて、すぐに離れた。

 

「次は……舌を絡み合うキスしてみたい」


 柚凪は真っ赤な顔で舌を俯むいてそう言ってきた。


「ああ」


 やっぱりここは男がリードしていかないとな。

 オレは柚凪の顎を手で上げた。

 柚凪は目を瞑って、真っ赤な顔でキスを待っている。


 そして、再度、唇を重ねた。

 さっきはそれで終わったが、次は舌を入れる。

 柚凪の温かい舌とチュッ、チュッと音をたてながら絡み合う。


 10秒くらい舌を絡めあって、柚凪が苦しそうな表情をしていたので一旦離した。


「あっ、ああ……もっと……」

「そんなによかったか?」

「うん……キスってすごいね」

「でも、苦しそうにしてたからな」

「あれは気持ちいい苦しいなのっ!

 だから平気なの、だからさ、もう一回して?」

「うん、わかった」


 その後オレたちは15分くらいずっとキスをしていた。

 柚凪をオレの目の前に抱き寄せて、腰に手をまわして何度も同じことを繰り返す。

 二人とも体も顔も火照っていて途中から意識が何度も飛びそうになる。

 だけど、濃厚なキスでまた意識を取り戻す

 そんな好循環ができていた。


「はぁ、気持ちよかったけど、ちょっと疲れたね」

「うん、あんな長いキスは始めてだよ」


 すると柚凪はムッとした表情をした。


「今は私が翔の恋人なんだから他の人と比べないで」

「あ、うん、ごめん。」

「いいよ、恋人だから許してあげる」


 そう言い、ばふっと抱きついてきた。

柚凪の大きな胸の感触がオレの胸に伝わってくる。

オレも柚凪を抱きしめ、お互いの顔を見つめ合う。


「柚凪はかわいいな」


 そう言うと柚凪は照れくさそうな顔をして、オレの胸に顔をうずめた。

 つい本音が漏れてしまった。

 でも、今は恋人だからいいのか。


「翔、私ね……ずっと、ずっと寂しかったんだ。お母さんが出ていってから、お父さんがおかしくなってね、それからぞんざいに扱われるようになって、暴力も奮われるようになってすごく、すごく苦しかったんだ」

「うん」


 柚凪の声は若干震えて、泣きそうな声をしている。

 と同時に柚凪の心臓の音もドクンッドクンッと次第に強まってきている。

 オレは柚凪の頭を優しくなでながら話を聞きつづけた。


「だから、せめて学校だけは居場所がほしくて友達も作ることができたんだ。

みんな優しいし、一緒にいて楽しい。

でも、相談はできなかった……」

「それはどうして?」

「多分、同情されるのが怖かったんだと思う……今までのように接してくれなくなるんじゃないかって……」

「そうか」


 柚凪を更にぎゅっと抱きしめた。


「辛かったんだな」

「うん」


 人は言葉を上手に使うから、ある程度、相手の気持ちの側まで近寄れるかもしれない。

 だけど決してその人の気持ちを正確に理解することはできない。

 相手がどんなに苦しくて、辛い状況でも自分は同じ思いにはなれない。

 オレも今、そんな感じだと思う。

 相手の気持ちを分かった気になって優しい言葉をかける。

 オレにはそのくらいしかできない。

 

「これからはオレに頼ってくれ、いつでも助けるし、いつでも抱きしめる。」

「うん、うっ…うっ…」


 柚凪は泣きながらオレの胸に顔をこすりつけた。

 オレはその背中を優しく撫でた。


 そして、泣き止んですっきりしたのか、そのままオレの胸元で寝てしまった。

 そして、起こさないように床に寝かせ、ブランケットをかけた。


 時計を見みると、恋人終了の時間まで1時間を切っていた。

 そして、柚凪が帰る時間までの間、オレも横に並んで、手を握って眠ることにした。

 

 

 






 

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