episode2 家庭事情と経験人数

「一人に、しないでよ」


 オレが帰ろうとすると腕を掴まれ、唐突にそう言われた。さっきまでの強い口調が嘘のような少し怯えた口調。

なにがなんだがわからないが冷静にいこう。


「岸山さんも早く帰った方がいいですよ」

「ここにいてよ、お願い。理由もちゃんと話すから」


 彼女はオレの腕を掴んだまま下を俯きそう言った。

 彼女の顔はいつもクラスで見ている彼女とは違い、とても寂しそうな顔をしていた。


「よくわからないですけど、一応理由くらいは聞きますよ。」

そしてオレがベンチに座るのを見てようやく彼女は手を離した。


「で、一体なにがあったんですか?そんな頑なに家には帰らないなんて」

「だから、帰れないのよ」

「詳しく聞いてもいいですか?」

「うん。実は──」


 そうして彼女は家に帰れない理由を述べてくれた。

 理由を聞くとオレの想像してたものより遥か上をいき、実に生々しい出来事だった。

まず彼女はこの辺の近くのアパートで父親と二人暮らしだという。


 だがその父親に問題があったのだ。

 彼女の父親はほぼほぼ毎晩アパートに女を連れ込み、邪魔だから出て行けと彼女をアパートから追い出しているという。

追い出されると鍵をかけられ、深夜の一時くらいにならないと家に入れてもらいない。

要するに、父親の女が帰るまで鍵を開けてもらえず、その時間までこうして時間を潰していると教えてくれた。

単なる家出とかなんて思ってたオレがバカみたいだ。


「なるほど、そんなことが……」


 オレは彼女にかける言葉が見つからず重い空気が漂う。


「母親はどうしてるんですか?」


 野暮な質問だとは分かっていたが聞いてみることにした。


「お母さんは、ずっと前に出ていった」


 やはり、聞くべきではなかったか。

 オレの無神経さがうかがえる。

 でも聞いてみたかったのだ、オレも母親がいないから。


「そうですか……すいません、無神経なこと聞いてしまって」

「いいよ別に」

「それにしても、こんなかわいい娘を放り出すなんて酷い父親ですね。」

「かっ、かわいいって、なに、口説いてるの?」

「いいえ、そんなつもりはありませんよ」

「そ、そうなの、でもお父さんが私を嫌うのは明確な理由があるんだ」

「それは、聞いてもいいでしょうか?」

「簡単に言うと血の繫がりがないの。

 本当の親子じゃないってだけ、ただそれだ

 け。

 でもそれが一番重要なんだろうけどね。」


 そう言い、下を俯く顔をなんとも儚げな表情をしていた。


 こんな日々を送っているのにも関わらず彼女は日々クラスの中心として元気に振る舞っている。

そう思うと急に彼女が愛おしく思えてきた。                   高校生の少女がつまらない家庭環境のせいで辛い現状を強いられている。

 晩ごはん替わりにあんぱんを食っているくらいだ、おそらくまともにお金も渡されていないんだろう。

オレはそれが許せなかった。

それでオレは思った。

オレがこの子の事を大切にしてやろう、と。

だとしても彼女の父親に怒鳴り込みにいく度胸がオレにあるはずもない。


 …………………


 いろいろと考えだ結果オレは答えを導きだした。


「よかったら毎晩うちに来るといいですよ、こんな寒い中ずっと公園にいたら風邪ひきますしね。」

「えっ、いいの、?」

「もちろんですよ」

「ありがと、……でもちょっとやっぱりまって」

「どうしました?」

「宮島って経験人数何人なの?」


 唐突になにを聞いてくるんだと思ったが、妙に真面目な顔をしていた。


「経験人数って、あっちの方のですか?」


 さすがに女子高生で"あっちの方"の表現で伝わるだろう。なにしろ、そっちから聞いてきたんだし。


「ええ、そうよ」

「えーと、確か4、5人くらいですかね」


オレは正直に答えた。


「ええっっ!」


彼女は目をかっぴろげ、驚いた様子だった。


「少なかったですか?」

「いや、多いわよ。高校生にしては、多分」

「そう、ですか。でもオレは求められない限りはやらないので安心してください。」

「あ、安心ってなにがよ」

「気にしてたんですよね、家についていったら変なことされないかって。」

「べ、別に気にしてないし、あんたごとき」

「なら良かったです、じゃあ早速行きますかオレの家に。このすぐ近くですので。」

「わかったわ」


 そう言いオレと岸山さんはベンチを立ち上がり歩き始めた。

ヒューッと冷たい風が吹き、彼女は両手で肩を擦り、寒そうにしている。

そういえば、ブレザー着ていないな。

まあ、いきなり家を追い出されるのだから無理もないか。

そしてオレは自分の着ているブレザーを肩からかけてあげた。


「わっ、!」

「ああ、驚かせてすみません、寒そうだったもので。」

「余計なお世話よ……でも、ありがと」


ったく素直じゃないんだから。


 そんな会話をしつつオレ達は公園をでた。


「でも、宮島がモテる理由も分かった気がするわ」

「え、オレ、モテてるんですか?」

「とぼけないでよ、さすがに少しは自覚あるでしょ」


 まあ、確かにそういう意味でいうと女子にふたりきりで遊びに誘われた事もなんどかあるし、その流れで体を交えたこともなんどかある。

 でもなぜかみんなその一回きりで「また誘うね」なんて言っておいて誘われた試しがない。


「ああ、確かにそうかもしれません」

「宮島、結構女子の間では話題になってるのよ、クラスの男子共とは違って大人びてるし、よく見ると顔もかっこいいし勉強もできるしって。」

「つまり、オレは完璧超人ということですか?」

「はぁ?そこまで言ってないじゃない、なに勘違いしてんの、きも」


 冗談交じりに言ったのにかなりの罵倒をされてしまった。


「でも……正直こうやって話してみると、なんか安心するというか一緒にいてホッとするっていうか。って、あああああ何いってんの私、別にあんたの事が好きとかそういんじゃないからね」

「ええ、わかってますよ。」

「む……やっぱりその余裕しゃくしゃくな態度気に入らない!経験済みだからって見下してるんでしょ!」

「いいえ、そんなことは……ってことは岸山さん『まだ』なんですか?」

「う、うるさい!」


 あ、この反応は『まだ』なんだな。

 見た目にそぐわないって言い方は失礼かもしれないけどなんか意外だったな。


「なんならオレがその『初めて』もらってあげてもいいです──いでっっ」


 オレが最後まで言いかけたときに膝裏に中々強烈な蹴りがはいった。


「い、痛いです……」

「宮島が悪いのよっ」


やっぱりこいつには冗談が通じないのか……


「罰としてこれからは下の名前で呼びなさい。」

「それは、どうして?」

「嫌なのよ、上はお父さんの名字だから」

「なるほど、そういうことならいいですよ。

 柚凪。」


 さんをつけるのも変だと思ったので敬称は省いておいた。


「う、うん。翔?」


なんか新婚のカップルみたいでイヤだな……


 いろいろと話しているうちにオレの家に近づいてきた。


「さて、ここを曲がれはもうすぐオレの家に………」


 そうして曲がり角を曲がった。

 すると、オレの目に飛び込んできたのは巡回中の警察官だった。

 ………やばいな時刻はもう23時過ぎてるし制服なら確実に補導される。

 それにオレの右手には吸い終わって短くなった煙草がある。(オレはポイ捨てはしない主義だからな)


 まずいな、そう思った瞬間、警察官と目が合った。


「逃げますよ、柚凪」


 そう言いオレは柚凪の手を取り反対方向へと逃げ出した。



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