第14話 隠し芸

 能ある鷹は爪を隠す。

 この言葉を聞いて、少し狡いなぁって僕は思った。騙し討ちで勝ちなさい。そんなふうに聞こえるからだ。もちろん、そこまで攻撃的な意味を含んでいるとは思っていない。だが、隠した爪をどうするのかと想像すると、騙し討ちと言っても過言ではないだろう。

 さて、僕には言葉遊びをしている時間はない。受験生なのである。大学受験が目前だ。前哨戦としてセンター試験と呼ばれるマークシートの試験がある。

 爪を隠さずに全力で挑まなければならない。

 僕はそう思いながら朝から勉強に励んでいたのだが、お腹が空いてきて、昼食にしようとリビングのソファでごろごろしている。両親は親戚の家に行っているので、家には僕一人。昼食はどうしようかと思っていたら、母親から電話があり、ピザを注文しといたから、言っていた。その二十五分後にピザが届き、僕はごろごろしながらピザを食べているわけだ。

 お正月なのに。僕はふと思ったが、ピザが嫌いなわけではない。僕の両親は季節の行事や祭事には無関心で、伝統や慣習にも無頓着だ。

 「お節料理でもピザでも、食べたい時に食べられるのが一番の幸せでしょう」以前、母親がそう言っていたことを思い出した。

 何となくテレビを点けると、お正月番組ばかりが放送されていて、無駄に芸能人や著名人が一堂に会している。

 とある番組では、芸能人が何故かしら皿回しをしている。セッティングされた食卓からテーブルクロスを引き抜いたりしている。

 凄いような凄くないような。僕はあまり興味が持てず、結局テレビを消した。芸能人は芸を売り物しているのだから、隠し芸というのは何かしら不自然で気持ち悪い表現だと僕は思った。

 隠す必要がない。

 否、そういう問題ではないのだろう。

 でも、隠すのなら、隠し通さなければ意味がない。

 何か隠していると思われている時点で、不利な状況かもしれないが。

 鷹の爪が鋭いって皆んなが知ってしまえば、能ある鷹もお手上げだろう。

 僕はピザを食べ終え、部屋に戻った。

 隠し芸より、知識や技術が欲しいと僕は思う。

 だから勉強する。

 だから大学受験をする。

 別にその先に何があるのかは分からないけれど。

 あっ、隠し芸って、趣味のことなのか、僕はそう思い至った。でも、それなら隠す必要はない気もするけれど。

 何かあるかな、自分にも、と僕は思った。

 忍足。

 いや、芸ではないし、趣味でもない。

 短歌。

 好きだし、得意なほうだと思うが、隠してはいない。

 難しいなぁ、と僕は思う。

 わざわざ隠すのだから。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る