第13話 初日の出

 真っ暗な部屋。

 僕は布団の中から手を伸ばし、時計を掴む。時刻はまだ午前五時過ぎだ。

 明けましておめでとう、と心の中で自分に向かって言った。

 今年は両親と一緒に親戚の家を訪れずに一人で家で留守番をしている。高校三年生で大学受験を控えているので、という表向き理由とは別に、正月を一人で過ごしてみたいという思いもあったからだ。

 別に両親が煩わしいわけではない。ただ、一人の時間が欲しいと思っただけだ。これが一般的な思春期の兆候なのかはよく分からないが。

 まだ眠たいし、もう少しこのままベッドの中でごろごろしたいのが本音だが、僕はゆっくりだが確実にベットから出ようとした。

 洗面所で冷たい水で顔を洗うと一気に目が覚める。

 初日の出を見に行こうと思っていた。今まで何度か見に行ったことはあるが、そういう時に限って、曇り空なのだ。

 雨男かもしれないと両親に揶揄されたこともある。

 その汚名返上というわけではないが、僕一人で行って、ちゃんと初日の出を拝んでみせるという想いが少なからずはある。

 ばっちり服を着込み、水筒には甘くしたコーヒーを淹れて、家を出た。バナナを齧っただけなので、空腹だが、問題はない。

 通りはまだ暗闇に包まれていて、すれ違う人も皆無だ。

 小さい頃によく遊んだ小高い丘の上の広場なら初日の出がはっきりと拝めるはずだ。アスファルト舗装の道から、山道へと進んでいく。高校生の僕には何ということない距離だが、小さい頃は、これが大冒険だった。

 完全な荒地ではなく、丘の上に続く道は、手入れされている。

 少し汗を掻いてきた。勾配がきつくなる。

 小さい頃はこの勾配でよくへばっていた。

 でも、今は違う。立ち止まらずに登り切ることができる。

 視界が開け、薄暗い空が見えた。

 腕時計を見る。そろそろ日の出の時間。

 まだ空は暗い。

 ナップサックから水筒を取り出し、コーヒーを注ぐ。

 甘過ぎる、と思いながら僕はゆっくりと飲んだ。

 少しずつ辺りが明るくなってきた。

 適当な大きさの石の上に座り込み、ただ空を眺める。

 どうやら僕は晴れ男ではないようだ。

 明るくなるにつれ、曇り空であることに気付く。

 強く望めば、望むほど、上手くいかない。僕は小さい頃からそうだった。想いが大きければ、何故かしら空回りして上手くいかない。

 だから、いつからか少し冷めた態度、考え方、振る舞いを好むようになった。そちらのほうが好ましい結果を得られたからだ。

 でも、今は、太陽を一瞬でも見たいと強く思っている。昨日と太陽と何かが決して変わるわけではないのだが。

 僕は宙に手を伸ばして、曇り空を振り払おうとした。

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