第9話 クリスマスイヴに恋文を

 部屋の暖房が効きすぎて、僕は眠気に負けてしまいそうになる。午後九時過ぎ。受験生の僕には、クリスマスイヴであろうがなかろうが、関係ない。とは言え、恋愛に興味がないと言えば嘘になる。

 真面目か不真面目か。この二つに分類するのなら、おそらく僕は前者であろう。高校は高等学校であり、勉学が基本となる場所だという認識である。そういう意味で、品行不良な高校生というのは、そもそも僕の中では理解できない。高校に行かなければ良いだけなのに。あぁ、成人式で暴れる若者というのも不思議で仕方がない。行かなければ良いのに。「行かない自由」を何故に行使しないのだろうか。

 眠気の為か、どうでも良い事ばかりが頭に過ぎる。

 そんなことよりも、もっと大切なことがある。あぁ、そうだ。恋文の書き方は学校では教わらない。気持ちを伝える上手な方法を誰も教えてはくれない。

 僕も淡い恋心を抱いたことは何度もある。でも、それが表に出ることはなかった。恋愛に臆病である。そう言われても仕方がない。

 ただ、と僕は思った。学校中に知れ渡るように告白して、相手の気持ちを確かめることが、自分の好意を伝える最善の手段ではないと思うのである。だから、僕は一度だけ恋文を綴ったことがあった。

 引き出しの中にその便箋はまだ残っている。

 窓の外を眺めると、雪が降り始めたようだ。ホワイトクリスマス。クリスマスに降る雪を何故にこんなに特別視するのだろう。

 恋文を届ける勇気がなかった。それは違う。間に合わなかったのである。昨年のクリスマスイヴ。僕の勇気が最高潮に達して、彼女の家まで行ったのだが。

 不自然なほどに彼女の家は静かだった。インターフォンに手を伸ばし掛けたが、部屋の明かりが全く付いていないことに気付いて、やめた。

 その時も雪が散らついていた。

 勇気は一瞬で燃え尽きてしまう。

 高校二年生の冬休み、僕はもう一度勇気を出すことができなかった。そして、三学期が始まるとすぐに、彼女の突然の転校が決まり、彼女は学校に登校することなく、僕は彼女の顔を見ることなく、いなくなった。

 僕は便箋を手に取り、破り捨てようとしたが、できなかった。僕はまだ彼女のことを思い出すことができる。だから、まだ捨てなくても良い。あともう少しだけ、彼女が思い出になるまで。

 その便箋を引き出しの奥に仕舞って、英語の問題集に再び取り組む。次の英文を和訳しなさいという指示が目に入った。

 "Some people say that love is blind, but I feel love makes me crazy. "

 僕は溜息を吐いて、窓の外をもう一度見る。

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