第7話 早起きは三文の徳

 冬休みに入り、僕は朝寝坊の誘惑に負けないように、早起きを心掛けている。午前六時。学校に行く時と同じ時間に起床する。まだ両親は眠っているだろう。忍足でキッチンに向かいコーヒーメーカーのスイッチを入れる。コーヒーが出来上がるまでに、顔を洗ったり、歯を磨いたりする。鏡に映る自分はどうしようもないくらい眠そうだ。

 砂糖とミルクをたっぷり入れた甘いコーヒーを持って、部屋に戻る。ちゃんと早起きしたのだから、勉強をしようと思うが、頭が回らない。

 中学校の先生がよく言っていた言葉を思い出す。早起きは三文の徳。僕は、眠たい朝に、その言葉のありがたさを噛み締めることができない。とは言え、一日の時間を効率的に使うには早起きが最も良いということなのだろう。

 現代においては、昼夜の区別が非常に曖昧になっているとは言え、人間はそもそも早起きするしかなかったのだろう。

 僕は眠気に包まれたまま、思考の海に溺れていく。甘いコーヒーが身体中に染み渡るような錯覚を感じながら、でも三文の徳は少ないよなぁ、と捻くれたことを思った。

 「あれ、起きてるの?朝ご飯食べる?」

 母親の声が掛かった。

 僕は返事をして、部屋を出る。意外そうな顔をしている母親と目が合う。

 「珍しいわね」

 「早起きは三文の徳らしい」

 僕は朝食を食べ始める。

 「三文くらいの徳じゃあ、誰も早起きしないわよね」

 母親も僕と同じようなユーモアを持ち合わせているようだ。

 スーツ姿の父親が食卓に付く。

 「毎日三文なら、一年で千文を超える。そう考えるなら、悪くないだろ」

 父親は、地元ではそこそこ大きい企業に勤めていて、そこの経理部に所属している。でも、確か、数字は苦手だと言っていた。

 「でも、もう一声って感じやなぁ、三文じゃなくて」

 僕はふざけた。

 「三百文くらい?」

 母親もさらにふざける。

 「おいおい、それって、早起きできなかった時の損失だと考えると怖いな」

 「確かに」

 僕は笑いながら言った。

 和やかな朝食を終えて、部屋に戻った。

 午前中は気合を入れて勉強し、昼食を済ますと、眠気が襲ってきた。確かに三文の徳したような手応えはあったが、昼間の睡魔に負けてしまったら、三文の徳が帳消しになってしまう。

 そもそも、損得勘定で早起きをしているようでは何も得られないのかもしれない。

 僕はふと父親の言葉を思い出した。

 「早起きできないと、企業に勤めるのは辛いかもな。多くの人はなんだかんだで何処かに雇われて、勤めるわけだから」

 三文の徳の起源も世知辛い現実の映し絵だったのだろう。そんなことを思いながら、少し昼寝をすることに決めた。

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