第2話 片想いはチーズケーキよりも甘い

 僕の高校生活は華やかさに欠けていた。今更、それを嘆いているわけではない。十二月は受験戦争前で、僕もその戦禍の中にいる。高校三年生は必死に受験勉強するらしく、僕もそれには抗えない。

 そして、ここ最近、僕にはもう一つ抗えないことがあった。

 「あれ、寒いのに、こんなとこで、ご飯食べてる」

 「えっ、あぁ、うん」

 僕はぎこちない反応。

 彼女は舞台女優のように僕の傍に腰掛けた。教室棟と職員棟の二階を繋ぐ外廊下。冬空の下でも、陽射しが届くので昼時は幾分暖かい。騒がしい教室よりかは静かな場所を好む僕はこの場所が好きで、三年生になってからは、ここで昼食を済ますことが多かった。

 誰とでも気さくに話す彼女は、物静かな僕とも話すことが何度もあった。小説の話題ぐらいしか、僕には話すことが思い付かなかったが、彼女は楽しそうに聞いていた。

 「ねぇ、どこの大学、受験するん?」

 彼女は大ききな瞳で僕を見た。

 僕は目指している大学名を口にする。

 「頭、ええなぁ」

 「いやいや、たぶん、受からないよ」

 「そんなことないって」

 僕が目指している大学は、正直なところ、努力して手が届くところにはない。それでも、その大学を第一志望にしている。

 「記念受験的な」

 そう言い掛けて、自分の格好悪さに僕は口を閉ざす。

 「えっと、受験しないんだっけ?」

 僕は彼女に質問した。彼女は演劇に興味があって、詳しくは知らないが、その道を模索しているらしい。

 「うん」

 彼女は頷いた。そして、空を見上げた。

 僕はそれに釣られて、空を見上げる。

 青い空。そこには何もない。

 未来など描かれているわけではない。

 彼女は僕に向き直る。

 「舞台女優になりたいなんて、変かなぁ、やっぱり」

 僕は言葉に詰まる。

 素敵な夢である。本当にそう思う。でも、同時に、それが夢のままであるかもしれない可能性が高いという現実を、僕ですら想像できてしまう。

 「小説家になりたいって僕は思っているんだ。」

 「えっ?」

 「でも、勇気が無くて。取り敢えず、大学にって」

 情けない声で僕は言った。

 「だから、格好良いと思う。本当に」

 「ありがと」

 彼女は立ち上がった。

 「そうだ。これ食べて。美味しくないかもだけど」

 小さな手提げ袋から、保存袋を出した。その中には何かが包み紙に巻かれている。僕はそれを受け取った。

 彼女はにっこり微笑む。

 そして、優しく手を振り、教室棟へと歩き始めた。

 僕はただ見送る。

 それが高校生活で最後に見た彼女の後ろ姿だった。

 包み紙の中身はチーズケーキだった。

 甘いのか淡いのか、その時の僕はよく分からなかった。

 

 

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