冴えない僕のミステリィ

神楽健治

第1話 コーヒーが冷めないうちに

 受験勉強に意味があるのか。僕は数学の問題集を解きながら、そんなことを無駄に考え、「勉強に集中するぞ」と自分を戒めて、再び問題集に取り組む。問題集をこなそうとすればするほど、無駄な思考への扉が開いていく。

 きっと頭の良い人間はこの扉を自由に開閉できるのだろう。僕には、どうにもそれができない。頭が悪いわけではない。否、学校の成績は凡人のそれで、だからと言って、勉強が苦だと思ったことはない。

 ただ、多くの高校三年生は受験勉強という呪縛に囚われ、疲弊していく。受験勉強に励もうと励まなくとも、僕はそれなりの大学には進学できるだろう。僕はそれで充分だと思っている。

 分相応。僕が好きな言葉だ。これは決して怠惰を示唆する言葉ではない。周りの受験生ほど、必死に受験勉強し疲弊して、大学へ進学することに意味を見出せないのだ。

 雑念に囚われている僕を救い出すように部屋のドアがノックされた。返事をしてドアを開く。誰もいない。足元にコーヒーが入ったマグカップとチーズケーキが盆に載せられて置いてあった。母親が用意してくれた夜食だろう。

 盆を部屋に運び込むと、それに手を付けずに、数学の問題集を勢いよく解いていく。雑念がもたげてくる前に。コーヒーが冷める前に。

 チーズケーキに視線を移す。ここで手を伸ばせば、今夜はもう勉強に集中できないだろう。人間の意志とは儚くも脆い。雑念の欠片が僕の頭の中に沸き始める。

 英語の問題集を掴み、文法問題のページを開く。マークシートの試験においては比較的、点数が取りやすい問題であり、それ故に試験での時間配分は削られがちで、スピード勝負と言っても過言ではない。

 何故に試験時間ばかりを意識させるような試験を出題する大学が多いのかは僕には分からない。平等という言葉が大好きな大人たちが篩に掛ける試験を作るのだから、そこに理由を求めても答えは返ってこないだろう。

 文法問題を百問、一気に解く。英語を理解するというよりかは、ただの流れ作業だ。文法的な間違いを指摘できれば良いだけなので、深く文章を読み込む必要はない。

 部屋の時計を見上げた。午前零時を回っている。チーズケーキを頬張ると眠気という魔物が姿を表してくる。

 コーヒーに口を付けた。まだ温かい。

 大学に進学すると決めたのだから、受験勉強の意味を考えるのは大学に入学できてからだろう。雑念と遊んでいる暇はない。

 まだ、もう少しだけ勉強しよう。

 コーヒーが冷めないうちに。

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