第4話


 急転直下。

 物事の事態や情勢が突然に変化して、解決・結末に向かうことを指し示す言葉がまさしく相応しいといえようか。


 固まってしまった相手には同情をしてしまうが、いきなりは先輩にとっては当たり前の日常なのだ、我慢してほしい。


「約束通り、盗撮犯に大事にならないようにしながら注意をしにきたよ」


 場所は、家の前。

 大学と比べれば本当に人気のない場所だ。


 先輩は大胆不敵な笑みを浮かべて、


「三屋さん」


 彼女に話しかけた。



 ※※※



「しに、来た? ああ、もしかして犯人を見つけてくれたのかしら、その、それはすごく早いのね。驚いちゃったわ」


 再起動した三屋さんがなんとか言葉を探し出す。

 それはそうだろう。先輩の言葉はまるで貴女が盗撮の犯人ですと言っているように聞こえるものだったのだから。


「何を言っているんだい? 君が犯人だから君に注意をしに来たと言っているんだ」


 まあ、その通りのことを言いに来たわけですけど、はい。


「いったい、いったい何を言っているのかしら」


「そうですよ、先輩。だって、三屋さんは被害者じゃないですか」


 なお、ちょうど良い時間だと先輩に手を握ってもらって連れてこられたので三屋さんと同様に僕も寝耳に水な真相である。


「彼の言う通りよ、悪いけど馬鹿げたことに付き合う気はないの。疲れているからそこをどいてちょいだい、もう休みたいのよ」


 三屋さんが逃げないように、いえ、入らないように扉の前を陣取る先輩だが、どけと言われてどくほど柔な性格をしていない。そもそも、柔な性格なら堂々と犯人に直接言いには来ないだろうし。


「構わないが、その場合大事にしたくないという要望が応えられないが良いんだね」


「…………、話してみなさいよ」


 逃げるなら他人が居る場所で話すぞと脅す先輩に、三屋さんが顔を顰める。

 恨むなら最初に大事にしたくないと要望を言った自分を恨んでください。先輩はただその要望に応えただけです。


「――さて」


 古今東西、探偵に定められた由緒ある言葉を先輩は紡ぐ。


「最初におかしいと思ったのは、写真を見た時だ」


 今の僕は先輩の助手である。

 先輩の言葉を受けてそそくさと写真を取り出して二人に見えるように広げる。


「何がよ、貴女も言ったとおりどれも目線が合ってないし普通の盗撮写真じゃない。……盗撮に普通があるとか知らないけど」


「そう、目線が合っていない盗撮写真だ。だが、盗撮写真だと捉えると二点ほどおかしな点がある。分かるかな」


「知らないわよ」


「君が美しいということだ」


「…………ぁ、りがとう?」


 いきなり三屋さんを褒めだした。

 もしかして、先輩は同性愛者なのだろうか。そうだとしたら、来世に賭けるしかないかな?


「盗撮写真は日常を映すもので、こんなに被写体が美しいものばかりが撮れるはずがないんだよ。これじゃあまるで、日常をコンセプトにしたモデル写真だ」


 そうか。

 だから、図書室で見ている時に先輩が二回も僕に三屋さんが美しいねと言ったんだ。

 あくびをしている時の写真ですら、彼女が様になる写真。普通、そんなことあり得るはずないじゃないか。


「たまたま、綺麗に写った写真を厳選しただけでしょ」


「かもしれないが、もう一つ。この写真には盗撮写真として決定的なものが足りていないんだ。そう、パンツだ」


 ――パンツだ。


 ――パンツだ。


 ――パンツだ。


 リフレインする先輩の言葉。

 うん、永久記憶だ。じゃなくて!!


「ばッ、かじゃないの!?」


 三屋さんが顔を真っ赤にして叫ぶ。意外に純情なのだろうか。遊んでそうなのに。


「盗撮をするものが何を求めるというんだい。仮にこれが君を脅すものだとしてももっと脅す材料が必要だ。下着を写したりといったものは、多方面の欲望を一気に解消するものだろう」


 確かに、三屋さんの下着が写ってさえいればもっと高く売れそうだ。

 階段を降りてくるものも、犬と遊んでいるものも、ミニスカートを着ている時のものも、どれにも危ういものは写り込んでいない。


 それこそ、男の僕が穴が開くほど見ても何も感じないほどに。


「以上を踏まえると、これは写り込んではさすがにまずいものあり、かつ、どのタイミングでどこから撮られるか分かっていないと撮れない写真ばかりなんだ。そんなものは、本人でしか撮れない。ああ、共犯者がいる可能性もありかな?」


「あの、良いでしょうか」


「なんだい」


 黙り込んでしまった三屋さんの代わりに僕が手をあげる。


「仮に、三屋さんが犯人だとしてどうしてそんなことを?」


「そ、そうよ! あたしが自分で盗撮写真を撮る理由がないじゃない! 勝手に言わないでちょうだい!」


「ミスコンで優勝したいからだろ?」


「…………」


 三屋さん。

 そこで黙り込むのは認めたと同義ですよ。


「盗撮騒動はそれなりの人間が知っているという。それは、漏らした者が居ることを意味するが、ミスコン委員会はあれで厳格な組織なんだ。彼らが秘密にしようとしたこと、それもミスコン出場者に関する秘密を漏らすはずがない」


 日本人は判官贔屓だ。

 盗撮騒動で三屋さんが困っていると聞けば、それも去年突拍子もない負け方をしていることも合わされば、票の動きが変わってくることもあるかもしれない。


「以上のことから総合して、盗撮犯は君ということになる。依頼の通り、もうしないように注意しにきた」


 首を突っ込みこそすれ、先輩は探偵でも警察でもない。

 頭脳は大人な小学生もないんだから、そもそもこの推理はただの趣味の範疇のものだ。だから、証拠だってないだろうし、これを問い詰めて三屋さんをどうこうしようと言う気もない。


 本当に言った通り、依頼されたからその通りに動いている。

 まさしく先輩の行動はそれなのだ。


 だから、その。


「ち、違うわよ! あたしじゃない!!」


「……ええ!?」


 こんな感じに逆切れチックに否定されると慌てるんだ……。


「自信あったんだけどなぁ……」


 大丈夫ですよ、これは犯人がよく言う自分じゃないですので、つまりは意訳すると自分が犯人ですという意味です。


「そんなことを言う貴女のほうが怪しいんじゃないの! そうよ! こんなにすぐにわかるはずないもの、きっと貴女が犯人であたしを陥れようとしているのね!!」


「それは斬新な考えだ。ちょっと待って欲しい、どうすれば辻褄が合うか考えるから」


「考えないでください」


 瞳を輝かして喜ぶんだから性質が悪い。

 別にこのまま三屋さんを放置して帰っても良いんだが、あることないことバラまかれて先輩の悪評に繋がるのは嫌だ。僕が。


「先輩は盗撮なんか出来ないんですよ」


「うるっさいわね! 観覧車を生やしている馬鹿はどっか行きなさいよ!」


 ぐッ!

 やめろ、心に刺さるからやめてくれ……!


「だいたいあんたはその女の腰巾着じゃない! いつでもどこでも一緒に居て馬鹿みたい! あんたがそいつを庇っても何の意味もないのよ!!」


「それはそうなんですが、そうじゃなくてですね。先輩、機械が触れないんですよ」


「それともちゃんとした証拠が……、なんですって?」


「ですから、機械が触れないんです、この人」


「失敬だな。触ることは出来るぞ」


「壊しますけどね」


「なにを、なにを……。そんな嘘を信じれるわけな、痛ッ!?」


 バチ。

 先輩が伸ばした手と三屋さんの手の間で聞くだけ痛い音が弾ける。


 あれ痛いんだよなぁ、今朝もばっちり受けた僕はよぉく分かる。


「静電気体質なんです、先輩は。だから、機械とか触ると壊れるんですよ」


「駅の改札を壊してしまった時は焦ったなぁ」


「それより薬品に引火してボヤ騒ぎになったって話の方が肝が冷えましたよ」


 だからといってまったく触れないわけじゃないし、手袋とかすれば良いから僕の意見も先輩が犯人じゃない証拠になるわけじゃないんだけど。

 でもまあそもそもが意味のない逆切れなんだからこの程度で充分。あとは。


「それでもまだ言うようでしたら、それこそみなさんの前で話し合います?」


 困るのはそちらですけど。

 言外に込めたたっぷりの嫌味に、三屋さんが僕を睨みつける。


 あの時、サークル棟で受けた殺気にそっくりの冷たい視線。


 丸縁さんはミスコンの運営を馬鹿にされたから怒ったと分かったけど、三屋さんまでどうしてあの時表情は変えずに殺気を飛ばしてきたのか分からなかったけど、単純に嫉妬と分かれば、はぁそうですか、としか思わないものだ。


 二人して同時に殺気を飛ばしてくるんだもの、やめてよね。ひきこもりはか弱い生き物ですよ。


「~~……ッ! どいて!」


 自分の家に飛び込んで行ってしまった三屋さん。

 鍵がかかる音まで聞こえてしまえば僕らに出来ることはない。


「帰るとしようか」


「良いんですか」


「依頼は達成したしね」


 夕日に照らされてうまく顔は見えなかったけど、

 差し出したもらった手を、僕は急いで握り返した。


「痛っ!」


「さっき発散したからいけると思ったんだが……」

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