第3話
「あの……、先輩」
「どうしたんだい? もしかしておなかが減っていないのかな? いけないなぁ、食は生きることの根幹に繋がるものだよ」
「ああ、いえ、そうじゃなくて」
先輩がどこに居ようとも人の目が集まる。
僕が人気の有る場所に居れば人の目が集まる。
食堂なんて場所に居れば最悪だった。
理由は異なる二人分の奇異の目は元ひきこもりの僕には耐えがたいなにかだ。ここに先輩が居なければ一秒だって居たくない。
でも、それよりも。
「調査とか、しなくてよいのですか」
色気の欠片もないかつ丼大盛きつねうどんセットを美味しそうに頬張る先輩にどうしても言いたかったのがこれだ。
サークル棟を出た先輩が真っ先に向かったのが食堂だったので聞き込み調査でもするのかと思いきや、普通に注文して普通に食べだしたんだから。
「どうしてだい?」
小皿にかつ丼を少量とりわけてくれながら疑問符を浮かべる先輩はとても可愛らしかった。間接キスとか喜んではいけない。いけないんだ、僕。
先輩は適当な人だが責任感のない人じゃない。
依頼を受けたら出来る範囲で出来る限りをやる人だ。
だから、この言葉の本当の意味は。
「もう分かったんですか?」
調査をする必要がないということになる。
「うん」
嬉しそうに取り分けた小皿を僕に差し出しながら先輩が笑う。
笑顔に見とれて、無意識で小皿を受け取りながら、ああ、もうこのまま先輩を眺めて時間を潰してしまっても良いかな。
からんからんと音が鳴る。
無理やりに現実に戻してくれるありがた迷惑な観覧車。
元気よく時計回りに回転する憎たらしいそれに、更に奇異の目が集まっていくのが本当に面倒くさい。
「え、じゃあ早く教えてあげましょうよ」
「大事にはしたくないと依頼人からのお願い事なんだ。タイミングは見ないといけないだろう?」
「ああ、だからご飯を食べて時間を潰しているんですか」
「それもあるし、単純にお腹が減ったのもある」
先輩からもらったかつ丼は、たまごがちょうどよく半熟で美味しい。
中途半端に食べればおなかが余計に減ってしまうものである。ので、結局僕もメンチカツ定食を購入して先輩と肩を並べて食事する。
「今回は分かり易かったよ。君も少し考えてみると良い」
大胆不敵な先輩の笑顔はさっきと違って男らしい。
生半可なイケメンじゃこの領域に到達することは不可能だろう。同じ男として自信を無くしてしまう……。
「ヒントとしては、部屋の中で感じた違和感を思い出すと良い」
「違和感……、ですか」
違和感どころか、写真を見て盗撮とすら気付かなかったわけですが。
目線が合っていないことを言われて初めて気付いたくらいですよ、僕のぽんこつな脳みそは。
ああ。でも、言われてみれば。
「初対面なのに、二人とも僕に驚きませんでしたね」
頭に観覧車を生やした男。
僕を始めて見た人の態度はいくつかパターン化される。
驚くか、引くか、怒るか。
今回みたいに大事な話が待っている時だと怒られることが多い。
でも、丸縁さんも三屋さんも僕に何か言うことはなかったし、あまりジロジロ見ることもなかった。
「それも大事な要素と言えるね。じゃあ、次はもう一度見てみると良い」
「ちょ、ちょ! さすがにここで広げるのは止めましょうよ」
かばんから例の写真を取り出そうとするのはさすがに止めさせてもらう。
いくら何でも誰が見ているか分からない場所で盗撮写真を広げられたら三屋さんが可哀そうすぎる。別に彼女に興味はないけれど、一般常識的な問題だ。
「そうかい? まあ、君が言うならそうかもしれないね」
普段なら僕以上にこういったことに気付く先輩が珍しい。
もしかして美人は人に見られることに慣れ過ぎているのだろうか。僕も見られることは人一倍だけどね、慣れること? ないよ。
「じゃあ早く食べて二人っきりになれるところに移動しよう。それ一口ちょうだい、あーん」
「分けますから自分で食べてくださいっ」
太陽の加減で先輩の顔が見えなくなっているタイミングで助かった。
先輩のあーん顔を直視しようものなら鼻血を噴く自信がある。
※※※
「うーん……」
穴が開くほど見るとはこのことである。
食堂を後にして、図書室の隅で写真をいくら見ても先輩が言う違和感を見つけることは出来ていない。
写真は全部で二十三枚。
半数以上がローアングルで撮られており、その全てがカメラと三屋さんの目線が合っていない。
ミニスカートを着ている三屋さんの生足が存分に披露されているものとか、あくびをしている無防備なものとか、彼女のファンに売れば一財産稼げそうなものばかりである。
だけど、違和感があるかと言われれば分からない。
そもそも盗撮写真な時点で違和感の塊なわけだしなぁ……。
「彼女がとても美しいことがどの写真から見ても分かるね」
「まあ、盗撮犯はきっと彼女のファンでしょうしね」
被写体を美しく撮ろうとするのはファン心というものだろう。
それが盗撮であったとしてもだ。
「……あ」
「お?」
「もしかして、写真だけが送られてきていることが違和感ということですか? 犯人からの要望がないのは変じゃないですか」
先輩の言葉に、僕は写真の中に違和感を探そうとしていた。
だけど、もしも写真自体が違和感なのだとしたら?
「うんうん。その観点から考えるのも良いね」
「てことは、写真自体にもおかしなところがあるんですね……」
「なにもそれに拘る必要はないさ。ようは、分かれば良いんだから」
先輩の言う通りである。
これは試験でもなんでもない。問題が解決出来るなら手段は関係ないんだ。でも、せっかく先輩が示してくれたのだから見つけたというのが男というものじゃないか。
バイト中の写真。
階段を降りてくる写真。
どこかの犬と遊んでいる写真。
……駄目だ。
そもそも興味のない女性を見続けるほど僕に集中力は備わっていないんだ。……その、えっちな写真ならもうちょっと見る気になるかもしれないけど。それを盗撮写真に求めてしまうほど落ちぶれてもいない。
「やはりどれも彼女の美しさが分かるとは思わないか」
「まぁ、……はい」
「……、被写体が私だったらどうかな」
「え?」
先輩の写真だったら……?
「……ふふ」
からんからんと五月蠅く回る観覧車のせいで、司書さんに怒られてしまった。
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