第四話
「では、私は家に荷物を置いてから行きますので」
「分かった」
自宅前に着くと持っていた乃愛の鞄を返し、彼女は隣にある家に入っていった。
俺も自分の家に入るため玄関のドアを引く。
「ただい―――グフッ!」
ドアを開けて帰ってきたことを知らせようとした瞬間、絶妙なタイミングで跳び蹴りが飛んできた。それも綺麗にお腹を狙って。
蹴りを食らった俺は後ろに尻もちをついて蹴られた部分を抑える。
「お兄、遅い」
胸の前で腕を組んで俺を見下すように見てくるのは妹の
平均的な身長と体格に眠そうな黒い目、グレーの髪を肩口で揃え、伸びた前髪は片目を綺麗に隠している。
万結は今年で13歳の中学一年生。
とある理由があって学校にはほとんど行っておらず、一日中家の中に籠っている。だからといって飛び蹴りが痛くないわけがない。
「いっつ・・・」
「ごはん早く作って」
こんな感じでよく図々しい態度を取ってくる万結は家事がほとんど出来ない。
掃除をすると部屋が逆に汚くなる、洗濯をすると服をボロボロにする、料理をすると材料が燃える等々の前科を持っている。
出来ることはごく僅かで、外に出している洗濯物を家の中に取り込むことと食器を並べることぐらい。
それ以外のことは絶対にやらせてはいけない。
「分かってる・・・分かっているが、毎回飛び蹴りをするのは違うだろ・・・」
「お腹が空いた腹いせ」
その腹いせのせいで、毎回跳び蹴りを食らっている俺の気持ちも少しは考えてほしいところだ。
そんな俺たちの様子を見に来たのか、リビングからラフな格好の
「お兄ちゃん大丈夫?」
麻奈は万結と双子で、グレーの長い髪をいつもポニーテールにし、俺と変わらないぐらいの身長と中学一年かと疑うぐらいの胸を持っている。
そのせいで同じ双子なのに小さく見えてしまう万結が自分の身体にコンプレックスを抱いているのは言うまでもない。
あとは体を動かすことが好きで、部活でやっているバスケットボールでは上級生がいるにもかかわらず、レギュラーに入っているほど。
麻奈は俺に近づいて手を差し伸べてくれたので、それを掴んで俺は立ち上がった。
「すまん、ありがとう麻奈」
「これぐらいお安い御用だよ」
「お兄、早く。そうじゃないとチョーク―――」
「分かりました。早く準備します」
「う、うわぁ・・・」
万結の言葉に兄としてはあるまじき態度に麻奈が引いてしまったが、万結のチョークスリーパーは本当にヤバいのだ。
背中に飛び乗ってきたと思えばいきなり首を絞めてきて、俺との身長差を活かしてそのまま背中から降りやがる。そしたら首が思いっきり絞められ、息が出来なくなってしまうのだ。
聞いた人は『避ければいいじゃん』とか言ってくるかもしれないが、万結はよく俺の背中に飛び乗ってくる(万結曰く、『動きたくないから運んで』らしい)のだ。
だからこの前、技をかけてくるかと思って避けたらめちゃくちゃ泣かれたことがあり、避けようにも避けられない。
逃げるように俺は素早く靴を脱いで、手を洗ってからリビングに行く。
すると、リビングで帰りを待っていた時雨が俺に駆け寄ってきた。
「お兄ちゃ~ん」
「おー、よしよし」
「フヘヘ~、お兄ちゃん大好き~!」
いつものように時雨の頭を撫でてあげると、目を細めてお腹に抱きついてきた。
ラブリーマイエンジェルこと、黒髪ロングの可愛らしい顔をした時雨は、小学2年生の末っ子である。
だがそのひと時は瞬く間のことで、
「時雨~、お兄ちゃんはごはんの準備をするから離れないといけないよ~」
麻奈によって時雨は引きはがされてしまい、抵抗してみるもそれは叶わず頬を膨らませる。
俺にこうやって甘えてくる妹は引きはがされる運命だから仕方ないが、頬を膨らませてくるのは反則だと思う。
「お兄ちゃん」
呼ばれて顎で指されている方向を見ると、L字ソファーの端っこに座って携帯をいじっている万結がいた。
それも時折こちらを睨むように見てきている。
(「お兄がその気ならチョークスリーパーやる」って目が語っているな・・・。早く準備しよ・・・)
そそくさとキッチンへと向かい晩御飯の準備をする。
準備と言っても今日はありがたいことに、白ごはんを朝のうちからセットしていて、昨日の残り物である肉じゃががかなり残っている。
だから実際することは肉じゃがの入った鍋を火にかけるだけ。
鍋に火をかけ数分待ち、中身が温まったと思って火を切れば玄関から扉が開く音がい、薄着に着替えた乃愛がうちのリビングに入ってきた。
「乃愛、食器を出してくれ」
家に来て早々に仕事を与えるのはどうかと思ってしまったが、乃愛は何も言わずに食器棚から五人分のお皿等々を用意していく。
その音を聞いて妹たちも動き始める。
「時雨、一緒に準備手伝うよ」
「うん!」
「乃愛ねえ、私も手伝う」
「じゃあ、食器を並べるのよろしくね」
妹たちと乃愛による連携はすごいもので、お互いを邪魔しないように動いている。
ちなみに俺は『お兄さん邪魔です』と乃愛に言われ、大人しく椅子に座ってこんなことを考えてました。
(今更だけど麻奈と乃愛、露出多過ぎじゃね?麻奈はスポーツブラとショートパンツ、乃愛はキャミソールにこちらもショートパンツ。麻奈に至ってはそこに目を逸らしたくなるぐらいの破壊力がある・・・。
一応俺は男子なんだし、もう少し考えた服装を着てもらわないと。
ほら、万結を見習え。俺の部屋から勝手に拝借したシャツだけだぞ。って、パンツ履いてるよね?見えないだけだよね?)
現在のうちの双子と乃愛の服装はほとんど下着と変わらないため、からだのラインが強調されて浮かび上がっている。そんな姿は思春期真っ最中な男子高校生にはあまりに刺激が強すぎる。
といっても俺にはあの姉のせいで無駄に耐性が付いているためあまり気にしてこなかったが、年頃の女の子なのでもう少し服装を考えてほしい。
そんなことを思っていると準備が整い全員が食卓の椅子へと座り、『いただきます』の合図でごはんを食べ始める。
「お兄さん」
「何だ?」
二日目の肉じゃがを味わっていると、隣に座っている乃愛が話しかけてきた。
ちなみに俺の正面には時雨、その隣が麻奈、万結となっている。
「なぜここまで肉じゃがは美味しいんでしょうか・・・」
「お、おう」
「また始まった・・・」
「乃愛ねえの肉じゃがへの愛」
隣で幸せそうに肉じゃがを食べる乃愛は無類の肉じゃが好き。
それは異常なほどで、七月上旬でそろそろ夏休みに入るという昨日に「肉じゃが食べましょう!」とか言ってくるのだ。それが年に五十回近くあるのだから、作る側である俺は大変である。
そして毎回さっきみたいな言葉を言うと、急に肉じゃがについて語り始めるまでがいつもの流れである。
それもこっちに話を振ってくることがよくあるため、それを知っている俺たちは適当に返事をするのが鉄則となっている。
「この味の染み込んだジャガイモ、二日目だからこその美味しさ。初日では絶対に味わうことが出来ない・・・そう思いますよね?」
「そうだなー」
「そ、そうだね。ははは・・・」
「それ」
「うん!」
聞き飽きた言葉をみんな適当に返していき、乃愛が食べ終わった時には食べ始めから四十分近く経っていた。
その時には乃愛以外食べ終わっており、妹たちは既にお風呂に入っていた。
「ふぅー・・・ごちそうさまでした、やっぱり肉じゃがは最高ですね。来週もお願いします」
「ん、分かった」
「私はこれでお暇しますね、それではまた明日」
しれっと来週も肉じゃが宣言をした乃愛を手を振って見届け、俺は食器の洗い物や溜まっている洗濯を済ませてからお風呂に入る。
「はぁ・・・やっぱりお風呂は最高だな・・・」
お風呂のちょうどいいお湯は、告白現場に居合わせたせいで無駄に疲れた身体を癒してくれる。
「それにしても何故あんなに居合わてしまうのか・・・」
そう思い返すのは俺が寝ている時に限って毎回起きている告白イベント。
桐谷さんが仕組んでるように思えてしまうが、実際は告白する男子が場所を指定しているらしいから有り得ない。
そうなると偶然としか思えないが、こう何回も居合わせているとそう思えてこない。
「やはり俺は不幸体質・・・いや、もう面倒くさい。さっさと寝る」
思考を放棄してお風呂から上がり、風邪をひかないよう髪をしっかり乾かす。
そして洗濯物を処理し自分の部屋にあるベットで眠りについた。
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