第85話 いざ第40階深層へ
――バカな……!?
ユミリンの計画は大きく崩れようとしていた。
攻略もいよいよ大詰めの第40階深層入り口前。降りてきた面々に彼女は焦りを感じた。
「マスター、今回も任務達成」
「そうか」
βの顔を見るなり嬉しそうに駆け寄るマイ、それに素っ気なく返すβ。
「…………」
そして随分と暗い表情で歩いてくるソウタ。
「ひぐっ……うぅっ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「も、もう謝らなくてもいいよRui子ちゃん。ほら、泣き止んで?」
「うぅっ……!」
そして泣きじゃくるRui子に抱きつかれながら降りてくるユキ。疲れているのか、ユキの歩きが若干よろけているように感じる。
ユミリンは少なくとも二人、上手く行けば三人まとめてゲームオーバーできると予測していた、いや確証していた。
だが……実際はまさかの全員クリア。Rui子の雰囲気も明らかに変わっている。何かあったとしか言いようがない。
――全員でクリア、したのか……? いや、そんなはずはない。βは絶対協力しないだろうし、Rui子とソウタは喧嘩中だった。
協力プレイで勝ったわけじゃないのであれば、誰かが一人でボス戦に挑んだという可能性。
考えられるのはβ、それと……。
――ユキ……なのか? あの頼りなさそうで、明らかに表向きだけのリーダーとなっているユキが、やったのか?
「……先輩」
だいぶ疲弊している様子のユキの姿を見て、ノインが声をかける。
「あっ、ノインさん……」
ユキもノインの顔を見ると……ニッと笑ってみせた。
「任された通り……誰もゲームオーバーさせずに、クリアしてきましたよ……!」
「…………」
明らかに無茶をしている。
自分にはさんざん「無茶しちゃダメですからね」なんて言っておいて、言った張本人が身体をボロボロになってまで戦っているではないか。
何かあったことには、間違いない。
「……そうか」
だが、ノインは何も訊かなかった。
なんであれユキは全員を守った……まずはその事を褒めようと思ったからだ。
「さすがは先輩だ」
「んぅ……ちょっ、Rui子ちゃんがいるのに頭を撫でるのは恥ずかしいんですけど……」
「ん、そうか? じゃあ――」
「――ナー。やめちゃダメ」
と手を引っ込めかけたところで、何処からともなく現れたのはマイ。
「今のユキの言葉は照れ隠し。本当はもっとしてほしいのよ」
「ちょっ、マイちゃん!?」
「えっ……そうなのか先輩?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「その証拠に、さっき撫でられてる時、気持ち良さそうに目を細めてた。あと尻尾も嬉しそうに振ってた。そして手を引っ込めかけた時、名残惜しそうな表情をしてた。マイの目は誤魔化せない。」
「マイちゃぁんっ!?」
淡々と告げられる恥ずかしい報告にユキの顔が真っ赤になる。
『ここまで来れたんだね、おめでとう』
と、部屋の中から例の声が鳴り響いた。
『残ってるのはどのくらい? 半分? それ以上? 一人や二人? ……もし、全員生存しているなら大したものだよ。拍手を送ろう』
なんて言っている割には、あまり歓迎してなさそうな乾いた拍手が送られる。
『さて、最終階層の振り分けだけど……』
「……マイ」
「ヤー」
βの呼び掛けにマイは彼の元へ駆け寄っていく。
身を屈めたβの首もとに腕を回し、足を彼の手で固定してもらう。
所謂、おんぶをし始めたのだ。
――よっぽど離れたくないんだろうなぁ……。
一周回って微笑ましさが出てきて、思わずユキの口に笑みが浮かんでしまう。
周囲に他の人がいるのにも関わらず、一切躊躇のない行動。次こそは何がなんでも一緒にいたいという断固たる決意を感じる。
『左右、上下って来たから――』
――高低差か。
しかし既に対策済み。おんぶをすることによって、今マイの高さはβと同じになっているのだから。
位置取りも完璧。左前の端っこ。もうどう来ようが、βとマイが一緒になることは絶対なのだ。
――さあ、分けてみろ。
『――やっぱり最後は全員一緒がいいよね。っていうことで、振り分けはなしってことで』
「…………」
『いやぁ、僕って本当に気が利くなぁ』
「……………………」
彼の悲願は達成された。
今まで別々だったマイと一緒に攻略できるようになったのだ。
だというのに。
「…………………………………………」
壁の隅を恨めしそうに睨んでいるのは何故だろうか。
――まあ……うん、これは可哀想だな……。
恥をかいてまで対策をしたというのに、この始末。最早煽っているかのようにしか見えず、これには流石のユキも同情しかねない。
「……やっとマスターと一緒。マイ、嬉しい」
「………………そう、だな」
まあ、背中にいるマイが実に嬉しそうなのでギリギリ怒りを抑えられているようだが。
『じゃあ、第40階深層の最奥で待ってるよ。頑張ってねー』
「マイ、どうやらこの声のクソ野郎はボス部屋で胡座をかいてるらしい。必ずぶちのめすぞ」
「ヤー」
――動機がほぼ私怨じゃん。
声の主がボスの部屋で待ち構えてることに意欲を示すβ。ちょっと何かが違う気がするが……目的は一緒ということなので、あえて何も言わないようにしておく。
「んー、と。攻略前に、まずは戦力の確認しとこうぜ」
【ノイン Lv.2】
【ユキ Lv.83】
【♰濃藍の天を駆ける『龍矢』は世界の蒼茫さを知る♰ Lv.78.5】
【Rui子 Lv.77】
【ソウタ Lv.76.5】
【βテスト用 Lv.84】
【マイ Lv.82.5】
【ユミリン Lv.85】
「――うん、みんな均等な戦力になってるな」
――いや、お前以外はな。
頭上に表示されているレベルを見て満足げに頷くノインはLv.2。
一体どうしてそのレベルでやっていけるのか、ユミリンにとっては不思議で仕方がない。
「…………」
その証拠に自分とマイ以外はどうでもいいという考えであるβさえも、ノインのレベルを見て奇異な視線を送っている。
ずっと近くでプレイを見ていたユミリンでさえ訳わからないのだから、彼にとってはもっと訳わからないだろう。
ちなみにユキが何も言わないのは、『ノインさんだから仕方ない』と完全に思考停止させているからであり、理解しているわけではない。
――っと。こいつらが動き出す前に……私も動かないといけないか。
「それじゃ、攻略を――」
「ストーップ! ちょっと待ってほしかったりー?」
と。
ノインが仕切ろうとしたところで、ユミリンが手を勢いよく挙げた。
「ん? どうした?」
「どうした、って……いやいやノインくん、忘れちゃった? 私かそこの二人、どっちかは偽物だってこと」
「……!」
そう、どっちかは偽物。
ラヴィ魔王が呼んだ助っ人ではない、別の誰かからの指図により邪魔してきたプレイヤーがまだこの中にいるのだ。
偽物であるユミリンとしては、その点を有耶無耶にするのが安牌だろう。
だがしかし、彼女は敢えて自ら言及した。
「別にノインくんたちがこのまま攻略するってならいいんだけどさ……もし私が偽物だったら、途中で邪魔しちゃうけど。いいの?」
自ら言及することで――疑われにくくなる。
――学生の頃の身だしなみ検査の時にネクタイを忘れた男子学生が二人いた。一人は胸を隠すようにして、一人は堂々と胸を張って検査する風紀委員の前を通った。
――その結果、バレたのは胸を隠すようにして通った生徒のみだった。
つまり、ここで黙っている方が怪しく見える。
だからこそ、敢えて自分が敵だった時のことを話しておくのだ。
ユミリンが期待した効果はあったのかどうかわからないが、ノインは「んー」と顎に手を当てながら答える。
「ま、いいんじゃね? 今のところ偽物の助っ人もそれらしい邪魔はしてないみたいだし」
――悪かったな、それらしい邪魔も認識されてなくて……!
実は色々している。
ハニトラ以外にも、自然な形でフレンドリーファイヤーを狙う、モンスターを押し付ける、戦力を分断する等々……。
ただ、ノインという化け物の実力を見誤っていた為に、全て意味がなかっただけなのだ。
バレないように考えた工作を大したことないような言い方をされ、若干イラッとするユミリン。
「先輩はどう思う?」
ユミリンの質問に一応は答えたものの、ノインはユキ優先派。基本的には彼女の希望に沿うつもりだ。
「…………」
ユキも忘れていたわけではない。
いつ妨害があってもおかしくないとは想定していたし、一応警戒はしていた。
「私は………………このメンバー全員で、クリアしたいです……」
ただ、考えないようにしていただけ。
「マイちゃんも、ユミリンさんも……あと、一応βさんも、悪い人には見えないので……その、全員でクリアしたいです……」
この中に裏切り者がいるとは考えたくない――それだけだ。
「……了解だ」
ユキの回答にノインは頷く。
「先輩がそう言うのなら、引き続き全員ゲームオーバーさせずに続行しよう」
「……ハッ。甘ったるい考えだな」
肯定するノインとは対照的に、βは吐き捨てるように口を挟む。
「偽物を生かすってことは、お前のメンバーの誰かが襲われても文句を言えないってことだぞ。わかってんのか?」
βの意見は
今ここで偽物を排除すれば、襲われる可能性はなくなる。幸いにも全員クリアしているので、決定するなら今この場が最後のチャンスと言えよう。
「……それでも。全員がいいんです」
しかしユキの意志は揺るがなかった。
「………………そうか。ま、お前の意志でそう決定したなら、それでいいんじゃねえか。俺はどうでもいいし」
「あれ、マスター……ユキに甘くなった?」
「うるさい、ちょっと黙ってろマイ」
「照れてる。可愛い」
「黙ってろ」
以前に比べて、幾分かβの態度が優しくなったことをマイは見逃さず。
――βに対する警戒心がかなり薄れてるな。
βに対する敵意がほぼ薄れているユキの態度をユミリンは見逃さなかった。
――じゃあ、ヤツを悪役に仕立てる作戦は無理か。
本来なら先にマイを脱落させるべきだったのだろうが……βのことだ。そんなをしてしまえば、一緒にいたユミリンが真っ先に返り討ちされる可能性が高い。自分が脱落してしまうのは本末転倒なので、ハイリスクは避けていた。
そもそもマイ自身がユミリンのことをほぼ警戒していた。一緒に歩かない、背後を取られない、戦闘時も距離を置く。
……まあ彼女からすれば、ユミリンが偽物だということはバレバレなので仕方ないことだったが。
「みんながそう言うなら――私もそれで構わなかったりー?」
――だが、その甘ったるい考えで助かった。
これで当面は一緒に行動できる。問題は仕掛ける場面なのだが……。
――本当は使いたくなかったが……仕方ない。もうこれを使わない手はないか……。
ユミリンは『タイムメモリーらしきアイテム』を手に持ち、攻略に向けて会議するノインたちを睨み付けた。
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