第86話 取り返すのはいつ?
いよいよ第40階深層攻略。ノインたちは二手に分かれて攻略することにした。
「この深層の今までのマップを思い出してくれ」
切り出したのはノインだ。
「左右分かれたマップになっていたが……おそらく線対称になっていたはずだ」
と取り出したのは、今までの階層の自作マップ。
「先輩、どうだ?」
「……確かに第38、39階深層はこれの正反対の形をしてましたね」
「さすが。ちゃんとマッピングしてたんだな」
「も、もちろんっ! これくらいはっ!」
――い、言えない……本当はバラバラで行動する三人の元を駆けずり回ってて、なんとなく地形がわかってただけだなんて……!
ほぼ偶然の結果を褒められ、本音を言えなくなる。
「……つまり、二手で攻略していってもお互いはぐれることなく進めるってことか」
「あぁ、そういうことだ。レベリングもするなら、その方がいいだろう?」
ノインの提案を聞き、βは「ふーん」とそっぽを向いて一言。
「ま、好きにしろ。俺たちは俺たちで攻略進めていく……マイ」
「ヤー」
どうやら否定的ではないが、そこまで協力的でもないらしい。
さっさと攻略を始めようとする二人の背中に、「あっ」とユキが声をあげる。
「私とRui子ちゃんもそっち行きます!」
「……足手まといになるようなやつは必要ないんだが?」
「……!」
『足手まとい』というワードにビクリと肩を震わすRui子。
「大丈夫です、足手まといになりません」
「ハッ、どうだか。口ではなんとでも言えるよな」
「むしろ――あなたたちこそ、私とRui子ちゃんの足を引っ張らないでくださいよ?」
「「――っ」」
ユキの挑発的な態度に……二人の顔が変わる。
「ナー。マイとマスターが足を引っ張るわけがない」
「うん、私もそんなことはないと思ってるんだけどね。βさん曰く……口ではなんとでも言える、らしいから」
「……へぇ。面白ぇじゃん」
ニヤリと笑うβのその瞳は……まるで飢えた獣が餌を見つけたかのようにギラついていた。
「なら、勝手についてこい……自信があるならな。行くぞマイ」
「ヤー」
「ユ、ユキちゃん……」
「……大丈夫だよ、Rui子ちゃん」
ぎゅっとユキの袖を掴むRui子の頭を優しく撫でると、ノインに視線を向ける。
「ということで、Rui子ちゃんのことは私に任せてもらっていいですか?」
「ああ、先輩が決めたことに異論はないよ。ソウタの方は任せておけ」
「はい、任せました。行こ、Rui子ちゃん」
「う、うん……」
チラリとソウタの方に視線を向けるも……ユキに手を引かれ、二人は先に行ったβたちを追いかけていく。
「んじゃ。こっちも攻略始めるか」
残った四人もノインを先頭に逆方向から攻略を開始した。
***
ユキ班の攻略は順調である。
「――マイ、次だ」
「ヤー」
……というのも、βとマイが次々と敵を倒しているからだが。
βのジョブはHe/Ta。この組み合わせ、普通なら攻撃に秀でた部分がなく完全後衛に回るのだが……彼は自ら前に出ていた。
そうでないと意味がないのだ。
彼はマイを支援するために選んだのではなく――守るために選んだのだから。
【名前:βテスト用
メイン:ヒーラー Lv.86
サブ:テイマー Lv.82
HP:1800/1800
MP:2052/2052
攻撃:3725
防御:2952
魔功:7011
魔防:2544
素早さ:1722
スキル
【テイム Lv.10(Max)】【ヒール Lv.10(Max)】【リフレッシュ Lv.10(Max)】【バースト Lv.9】【メタル Lv.8】【フレイム Lv.9】【ガトリング Lv.8】【猫の気まぐれ Lv.10(Max)】
】
「ふっ――!」
『2,544』
全身が銀色に包まれたゴーレム、メタルゴーレムに一閃が走る。
「斬撃じゃダメージ通らねえな……マイ!」
「ヤー!」
βの合図にマイが前へ飛び出す。
「【ハイパーバースト】――」
「――【クラッシュ】!」
攻撃バフがかかったマイはメタルゴーレムへ剣を振るう。
『12,056』
『12,057』
繰り出される打撃。メタルゴーレムがやや後ろへ下がる。
「このまま押しきるぞ」
「ヤー!」
だが、活躍しているのはこの二人だけではない。
「Rui子ちゃん、次来るよ!」
「っ! うんっ!」
βたちが大物の敵を相手している間、ユキとRui子は他の雑魚敵を相手にしていた。
「【鎌鼬】!」
『1,522』『1,524』『1,530』『1,527』
「フ、【ファーストブレイク】!」
『2,036』『2,039』『2,038』『2,038』
――純粋な火力ならRui子ちゃんの方が上か。それなら……。
「【バーサーク・妖狐】!」
ユキから赤いオーラが弾け、一気に攻撃力のステータスを引き上げる。
「【天狗】!」
『2,104』『2,102』『2,103』『2,104』
――お、おぉっ……!
あまり攻撃力が高くないスキルでこのダメージ。Lv.80台という到達したことのないステータスに、思わず感動してしまう。
一方……Rui子の頭の中では、それどころじゃなかった。
――ユキちゃんの……ユキちゃんの足を引っ張らないようにしなくちゃっ……!
足手まといはいらない――βの発言は誰のことを指していたのか。
言わずともわかっていたからこそ……Rui子は必死なのだ。
「【レイアップ】!」
『2,652』
「――っだぁぁあ!」
『2,025』
隙だらけの一体にアッパー。続いて攻撃しようとしてきた拳を躱し、カウンターを食らわせる。
――よし、ボクも!
「【バーサー――」
満を持してバーサークモードを発動しようとしたところで――ピタリと開いた口が止まった。
――バーサークは攻撃力を引き換えに防御力を格段に落とすスキル。
――もしも……もしも、ここで失敗したら?
――ボク、本当に足手まといになる……!
次は失敗できないプレッシャーがあるからこその躊躇い。
動きが止まったその行動自体が――この場においてのミス。
「――ぁっ!?」
砂人形の手がRui子の手首を掴み上げて、動きを封じる。
「こ、このっ!」
慌てて蹴りを入れるが――ミスは新たなミスを生む。
「んぐぅっ!?」
大したダメージを受けてない砂人形が開いている手でRui子の顔面を掴み、宙へ持ち上げた。
「んむっ……んんーっ!」
必死に抵抗を試みるが……まるで効果がない。むしろジタバタしている姿は実に惨めである。
砂人形の顔がガトリングのようなものへ変形した。
――ヤ、ヤバいっ!
まさに絶体絶命。
今、レベルが低いRui子がまともに攻撃を受けてしまえば……浮かび上がるのは『失敗』の文字。
――足手まといなんかに、なりたくないのにっ……!
もうダメだ――そう思って目を瞑る。
そして砂人形のガトリングがRui子に向かって放たれる――
「――させるかぁぁぁっ!」
「――!」
その瞬間、割って入る小さな影。
【ユキ
HP 825/1417
MP 425/425】
「――ぐ、ぅっ!」
「ぷはっ――!」
砂人形に体当たりしたことによって、Rui子の拘束が解かれる。
その代わりに……ガトリングの餌食を受けたのは、ユキとなってしまった。
「ユ、ユキちゃ――」
「Rui子ちゃん、今!」
慌てて声をかけようとするRui子だが――ユキが今、求めているのはそうではない。
「ラインは整った!」
「――!」
ハッと顔をあげる。
ユキが吹き飛ばしたことにより……砂人形たちは、直線上へと集まっていた。
「――【バーサーク】、【ブラスト】!」
こうなれば、もう迷いはない。
頭より先に身体が反応した。
拳を構え、向かう先は――真っ直ぐ!
「【ドライブ】【ダンク】ッ!!」
本来、【ダンク】は上から下へ打ち付けるパンチ。
が、その前に【ドライブ】をかけることによって――ストレートへと動きが変わる!
『23,556』
『23,558』
『23,561』
『23,564』
Rui子の拳が砂の胴体に風穴を開けた。
渾身の一撃を受けた砂人形たちは、人の形が崩れていき……光の粒子となっていく。
「はぁっ……はぁっ……!」
「やったね、Rui子ちゃん!」
「あ、うんっ……! なんとか……!」
――本当になんとか、倒せた。
ユキの助けがなければ勝てなかっただろうと思うと、素直に喜びづらいRui子だった。
「――よし、こっちも終わらせるぞ」
「ヤー!」
ユキたちの戦闘が終わったのを確認したβは、マイと共にメタルゴーレムへ肉薄していく。
「――舞い踊らせてあげる」
「「【フレイム・ブラストスピン】!」」
『60,056』『60,062』『60,068』
『60,055』『60,063』『60,060』
『15,328』『15,329』『15,332』
『15,330』『15,325』『15,335』
目に止まらぬ高速スピン。炎を纏ったβとマイの刃がメタルゴーレムへ襲いかかる。
とてつもないダメージ量をまともに受けたメタルゴーレムは片膝をつき、そのまま地面へ倒れた。
「……ふぅ。とりあえず終わったか」
「ヤー。やっぱりマスターとマイが揃えば最強。誰にも負ける気がしない」
「そうだな……ところでマイ」
「?」
と、なにか訊きたそうなβに小首をかしげる。
「俺の気のせいだったら悪いんだが……お前、技出す前にそんな台詞つけてたっけ?」
――それ、私も気になってた。
とユキも二人の会話に聞き耳を立てる。
少なくとも第36、37階深層ではそんなことなかったはず。
てっきりβと戦う時だけそんな風になるのかと思っていたが……?
「ナー。これは昨日一緒に考えた決め台詞。かっこいい」
「あぁうん、そこはお前の好きにしてもらって構わないが……一緒に、というのは誰なんだ?」
おそらくその一緒に考えた人物こそが、マイに影響を与えたプレイヤー。
しかし、ユキにとっていちいち決め台詞をつけるプレイヤーなど……一人しか心当たりがない。
「龍矢」
「……そうかそうか、龍矢ってやつだな? 龍矢龍矢……うんよし、覚えた。明日、ちゃんとお礼……しないとな?」
――あ、龍矢さん終わったなこれ。
声を必死に震わせながら全身から殺気を漂わせるβを見て、ユキは静かに仲間の武運を祈った。
「――む」
「ん? どうした龍矢?」
「いや、なんか向こうのチームから呼ばれた気が……」
「あー、あっちは中・遠距離攻撃のプレイヤーがいないからな。お前がいて欲しいって思われたんじゃね?」
「なるほど。ふっ……やれやれ、俺としてはこうも人気者になるのは性に合わないんだがな。いや、陰に生きる者だからこそ、陽に目立ってしまうのか……本当にやれやれだ。ふへ、ふへへへ……」
一方……そんなことも露知らず、龍矢はノインと暢気な会話劇を繰り広げていた。
***
「Rui子ちゃん」
「……ユキ、ちゃん」
夜も更けり――いや、洞窟内だから昼も夜も変わらないのだが、とりあえず夜も更けり――一人体育座りをしているRui子に声をかける。
「大丈夫? 夕食もあんまり食べてなかったみたいだけど……」
「う、うん……ごめんね? せっかくユキちゃんが作ってくれた
「生姜焼きね?」
「回鍋肉、あまり食べられなくて……」
「いやまあ、謝らなくてもいいんだけど……あと、生姜焼きね?」
なんとしてでも生姜焼きと言い張りたいユキだが、Rui子のみならずβとマイも回鍋肉だと認識しているだろう。
――そんなことはともかく。
「……やっぱり、さっきの戦闘のこと、気にしてる……?」
「…………」
答えないRui子だが、それ自体が答え合わせである。
「大丈夫、誰にだって失敗はあるよ。後から取り返せばいいんだって!」
「後から……」
懸命に励ますユキ……しかし、Rui子はますます顔を埋めてしまう。
――その後からって……。
「……まあ、その後からって、いつになったら来るんだろうって話なんだけどさ」
「――!」
Rui子と同じ考えを言われ、思わず顔をあげた。
「実はさ……これ、この前私がノインさんに言われた台詞そのまんまなんだよね。でね、思ったの」
『後から』というのはいつからなのだろう――と。
「結局後回しにしているだけ、失敗した時の言い訳に過ぎないじゃん? もしくは……失敗をどうフォローしたらいいかわからなくて、とりあえずそれっぽい言い方をしただけ」
「…………」
「でも――ノインさんはそういう意味で言ったわけじゃないと思う」
かつて――ノインも弱かった時代があったという。
彼の思い出だけの、不確かな情報なのだが……もし本当ならば、こんな無責任な意味を込めた発言をするだろうか?
「そりゃ常識外れの行動ばっかするし、時間感覚バグってるし、人にできないことを平然とやってのける変な人だけど……ノインさんはそんなことを言う人じゃない」
「うん……それは、ボクも思う」
Rui子だってノインとの交流は浅くないのだ。
常に何か行動してないと気が済まないし、意外と慎重派だし、他人を最優先するような男だが……ユキに向かってテキトーな発言をするような人には見えない。
「っていうことはさ、ノインさんは取り返すタイミングは必ず来るって意味で言ったんだと思うんだ」
「必ず来るって……いつ?」
なんとも曖昧な答えにRui子が首を捻ると、ユキは「それはね」と優しい笑みを溢す。
「今――だと思うんだ、私的には」
「……!」
「だってそうじゃない。失敗なんてさ、気がついた時には過去のことなんだから……じゃあ、今こそが取り返す時間なんじゃないかなって」
――あぁ、そっか。同じなんだ。
ユキにとっては何気ない言葉だったが……Rui子にとっては、既視感を感じていた。
――走りなさい、瑠依子。
それは忘れもしない思い出。
――なんで……? もうボクが走ったところで、なんにも変わらないよ……。
――……はぁ。何か勘違いしてないかしら?
――勘違い……?
――あのね……。
「この試合で走れる時間は、『今』しかないんだ……」
「ん?」
「あ、いや……これ、ボクにバスケを教えてくれた同級生の言葉」
さっきまで黙っていたRui子がポツポツと話し出す。
「ボク、最初はすぐ諦めちゃう子だったから……ほら、バスケって身長高い人が絶対的に有利じゃん?」
「あー、まあ……そうだね」
前々から不思議ではあった。
Rui子はユキよりも身長が低い。そんな彼女が、何故こうもバスケに執着するのだろうか、と。
「小学生の頃、クラス対抗のバスケ大会があったんだ」
「へぇ、うちの小学校にはなかったな……」
「その時は完全に初心者で。『早く終わってくれないかな』って考えてた……でも」
――そこであの子にあった。
「すごいバスケが上手い子でさ。身長もクラスでダントツに高かったし、運動神経も抜群だったんだ」
「へぇ……」
「諦めて走るのをやめちゃった時、何度も言われたんだ。『この試合で走れる時間は、今しかない』……って」
「……いい言葉、だね」
「うん……今でも、ボクの憧れなんだ」
――そっか。その人のおかげで、今のRui子ちゃんがいるんだ。
謎が一つ解けて納得していると、「あの」とRui子が続ける。
「ボク、明日は一緒にいてみるよ。ソウタくんと……あいつと」
「……うん。私もそうしてくれた方が嬉しい」
まずは一歩踏み出してくれた。
明日の二人はどうなるのか……そんなのは誰にだってわからない。
けど、それでも変わろうとしているRui子に、ユキは安堵の笑みを浮かべたのだった。
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