第82話 伝わらない/誤算

「る、Rui子ちゃんっ! ちょっと一緒にレベリングしないっ!?」

「………………いいけど」


 第38階深層。いつもより上ずったユキの声に、Rui子はいつもより低い声でぶっきらぼうに答えた。


【ユキ Lv.58.5】

【Rui子 Lv.44.5】


「さ、流石だねRui子ちゃん……数時間でLv.10も上げられるだなんて……!」

「……別に。レベル差あるから貰える経験値が違うし、ソロになれば尚更効率いいだけだから」

「ま、まあ……そうだね……えへへ……」


 ――き、気まずい。


 いつもとは真逆の重い空気。別にユキが悪いことをしたわけではないが……あの明るいRui子がこんなにも不機嫌である故に、自然と言葉数が少なくなってしまう。


 ――こ、こんな時は!


「あっ! Rui子ちゃん、右に敵! マッハクラブ!」

「!」


 秘技、戦闘リセット。会話が続かなくなった時に焼き肉を焼くことにより一度空気がリセットされるというあるあるな事を、戦闘に置き換えた技である。

 実際、注意力がモンスターに逸れる為、割りと日常的に使える技術だ。


 ……もっとも、そんな技を日常的に使えるのはこの世界ならではだろうが。


「……【バーサーク】」


 敵が視野に入った瞬間、Rui子が戦闘態勢に切り替える。


「――【ファーストブレイク】!」


 そして一気に加速。風を切りマッハクラブへ肉薄していく。


 しかし、相手もただのサンドバッグじゃない。急接近してきたRui子に鋏を向けた。


「【ドライブ】!」


 更に加速し、マッハクラブの懐へ忍び込む。


「――【レイアップ】!」

『1,802』


 Rui子の強烈なアッパーがマッハクラブを撃ち抜いた。


「ふっ――!」


『1,052』『532』『1,049』『522』『1,050』


 尚も攻撃は続く。

 Rui子の怒涛の拳が次々と襲いかかる。




 ――が。


「――!?」


 Rui子には一つ、誤算があった。



 今相手にしているのはマッハクラブだが――相手が一体ではないということを。


 前しか見えてない、隙だらけのRui子の背後を――鋏が掴まえた。


「しまっ――!」


 ようやく気がついたが……今更遅い。

 挟まれてしまったが最後。今のRui子はバーサークモード、一撃でも受ければ――ひと溜りもない。


 まさに絶体絶命。覚悟を決め、思わず目を瞑る。




 ――が。


「……?」


 いつまで経っても来ない攻撃に、恐る恐る目を開く。


 Rui子を挟んでいる鋏は……閉じられてない。


 いや――閉じられてないというより、閉ざすことを阻まれてるという方が正しいだろうか。


「甘いですね」


 と……ユキがロストバスターを引っ張る。


 それと同時に、マッハクラブの鋏が更に開かれた。


「私達だって――二人なんですよ! 【バーサーク】!」


 そう言い放った彼女は地面を蹴りあげる。

 すると彼女の身体が浮き上がり、マッハクラブとの距離を一気に詰めてきた。


 ――ロストバスターによる、糸の操作。


 糸を巻き取ったユキは鬼斬に持ち替え、斬撃を与える。


『1,206』


「Rui子ちゃん! 三体目も奥にいる!」

「――!」


 ユキの指示に、Rui子はマッハクラブの甲羅を蹴りつけて宙へ逃げる。


「【バーサーク・後半戦】!」

「えっ!? ちょっ、まだ早――!」


 更にギアを上げたRui子……が、それはリスクを伴う行為。三体同時に相手している今では、危険性が増してしまうのは最早分かりきったこと。


「はあっ――!」


 赤い稲妻を纏ったRui子は、ユキの制止をきかずに突っ込んでいく。


 ――仕方ない!


「【バーサーク――九火】!」


 Rui子が止まらないのなら、合わせるのみ。ユキもバーサークモードの段階を上げる。


「【ドライブ】!」

「【鎌鼬】!」


 猛攻を続けるRui子の後ろからフォローを入れる。

 ……もちろん、背後から迫り来るマッハクラブに気を付けながら。


 ――3、2、1……今!


「――【絡新婦】!」

『1,902』


 タイミングを合わせ、後ろから迫ってきたマッハクラブに刀を添える。


 これで敵は三体。普通ならここで一旦引く……が。


「っらぁぁぁ!」


 敵が増えてもお構いなしにとRui子の拳は止まらない。


 ――やっぱり、いつもより荒い……。


 普段のRui子なら二人でもチームプレイを優先する。その方が安定性が増すからだ。


 でも……今の彼女はどうだろうか?

 勝つことしか考えてない、超個人プレイ。たまにスイッチが入って個人プレイに走ることはあるが……いつものRui子じゃないのは確かだ。


 ――っと。そろそろか!


 変化発動のタイミング。消えた火の数は……4つ。


「変化――四尾よんび!」


 一分経過。

 ユキの背中から四本の赤い尾が生えてくる。


 バーサーク九尾は被ダメージとMP消費が多ければ多いほど、強くなるモード。

 かなり強力なスキルなのだが……裏を返すと、攻撃力が弱い敵には100%の力を発揮できないという弱点があるのだ。


 その為、格下の敵のみならず防御力だけが高いモンスターなどには九尾は圧倒的な不利となる。


 だが今回、ユキはそれでもよかった……いや、


 ――モードは1.95!


「【鎌鼬】!」

『1,823』


 マッハクラブに向かって居合い抜きを放つ。が、やはりモード2には届いておらず、ダメージはそこまで上昇してない。


「ふっ――!」


 それでもユキは攻撃を続ける。

 斬って捌いて、斬って捌いて。


 例え相手が二体だろうが三体だろうが、焦ることなく攻防を繰り広げていく。


「【ブラスト】!」


 Rui子は高く飛び上がると、最後の一撃を仕掛ける。


 ――ここ、だね。


 上昇位置、目線の先、敵の位置。Rui子がどこを狙っているのかを把握したユキは、目の前にいるマッハクラブに刀を構える。


「【ダンク】!」


 ――今!


「【天狗】!」


 Rui子の拳の振り下ろし。その落下地点に沿えるようにして、マッハクラブを吹き飛ばした。


『10,623』

『10,632』

『10,627』


 三体全部がRui子の拳を叩き込まれ、一気に光の粒子となって消えていった。


 ――で、出来ちゃった……ノインさんの技、『仲間の攻撃範囲に敵を添える攻撃』……!


 この深層にてノインがやっていた技。敵を弾き、仲間の経験値として稼ぐという支援プレイである。


 ――まだまだタイミング合わせるの大変だし、別に大した技じゃないけど……出来ちゃった。えへへっ……。


 ユキの見様見真似だが……彼と同じプレイができたことに、小さな喜びを感じていた。


【レベルアップ!】

【名前:Rui子

メイン:ファイター Lv.47→50

 サブ:バーサーカー Lv.42→46

 HP:228/670→280/722

 MP:0/0→0/0

 攻撃:1,181→1,272

 防御:477→518

 魔功:0→0

 魔防:365→396

素早さ:1,688→1,815

スキル

【バーサーク Lv.5】【ブラスト Lv.5】【ドライブ Lv.7】【スピンムーブ Lv.6】【レイアップ Lv.7】【フェイク Lv.5】【スティール Lv.3】【ダンク Lv.4】【フェイドアウェイ Lv.4】【ファーストブレイク Lv.6】【ファイトオーバー Lv.4】


 大幅なレベルアップ。格上相手かつレベルが上がりやすいステージのおかげだろう。


 ……が、ユキが気になったのはそこではない。


「ぜぇっ……ぜぇっ……!」


 半分以下まで削られたHP。いつもより息も荒い。


 敵のレベルが高いから? ……いや、第20階深層攻略時には、もっとレベル差があったはず。それでも今のRui子よりは余裕を感じられた。


「Rui子ちゃん、これ……」

「ぜぇっ……いや、大丈夫。自分の、あるから……」

「そ、そう……」


 そっと差し出そうとしたハイポーションも拒否られ、声が小さくなっていく。


「…………」

「…………」



 再び訪れる沈黙。


 ユキの秘技、戦闘リセットには弱点がある。

 確かに一度空気をリセットできる技だが……最初から空気が悪い状態では、なんの意味も為さないのだ。


 結果、最初に振り戻しである。


 ――ば、万事休すか……!


「……あの、さ」


 諦めかけたその時、会話を切り出したのは意外にもRui子だった。


「その……ユキちゃんの方は、大丈夫?」

「えっと……?」

「いやほら……ユキちゃんのことだからさ、ソウタくんと一緒にいるんでしょ? ボクの方にいて、大丈夫なのかなって……」

「……!」


 どうやらユキの頑張りは決して無駄ではなかったようだ。


「う、うんっ! 大丈夫大丈夫! ソウタさん、――」


 ここでユキは悪手を打ってしまった。

 Rui子から心を開いてくれた嬉しさのあまり、先走り過ぎたのだ。



「……それ、ソウタくんじゃなくてさ、あいつがでしょ」


 ユキの言葉を聴いた瞬間、Rui子の顔が険しくなり声も一段低くなる。


「えっ……あっ……!」


 ここでユキも地雷原を踏んだことに気がついたが……もう遅い。


「あーあ、結局あいつ一人なんじゃん。みんなが助けようとしてもさ、自分のことしか考えてないんじゃん」

「る、Rui子ちゃん……あ、あの……」

「……ごめん。ユキちゃんが悪いわけじゃないんだけどさ、今ボク苛ついてるみたい。多分ユキちゃんにも当たっちゃうかもだから……しばらく一人にさせて」

「…………」


 今の彼女にとって、精一杯の優しさなのだろう。

 関係のないユキにまで怒りをぶつけたくないから、こうして突き放すような言い方をしているのだ。


「……う、うん、わかった。気をつけてね」

「ありがとう。ユキちゃんも気をつけて」


 故にユキの選択肢は一つしかない。

 見送ってくれるRui子に片手を上げ、一人で進んでいく。


「……はぁ」


 Rui子と別れた後、独りでにため息をついた。


 一応は納得した形をとったものの……本音は納得したわけじゃない。

 このままでは何の解決にもなっていないからだ。この深層をクリアするまでに、この問題をなんとかしなくちゃいけないだろう。


 ――でも、どうやって?


「おい」

「わひゃぁっ!?」


 突然声をかけられ、ユキの肩が大きく跳ね上がる。


 慌てて顔を上げると、そこにいたのはβだった。


「何処見て歩いてるんだお前は。前を見て歩け、前を。ボーッとしてたらモンスターどころか、人にも狙われるぞ」

「す、すみません……」


 至極全うな注意に、素直に頭を下げる。


「ったく、特に耳持ちは一段と注意すべきなんだからな。お前だけじゃねぇ、マイもいつも危なっかしいというかな」

「……心配してるんですね」

「あ?」

「マイちゃんのこと、心配してるんですね」

「……当たり前だ。あいつは俺のモノなんだから。自分の所有物を心配しないやつなんていないだろ」

「…………」


 以前のユキなら「マイちゃんはモノじゃありません」と即座に激昂してただろう。


 だが、今は……。


「……怒らないんだな?」


 何も言わないユキにβは思わず訊いてしまう。


「……貴方がマイちゃんを大切に想ってるってことは、もう知ってますから」


 たった二日間だが、マイと一緒にいることでわかったことだ。


「本来、人をモノ扱いするだなんて断じて許せません。ましてや奴隷のように扱う人なんて、万死に値します」

「…………」

「でも……あなたたちは違う気がします。そういった人達とは、別の意図を感じるんです」

「……そうか」

「……むしろ、今はそれが羨ましいです」

「あ?」

「私、喧嘩って苦手で……するのはもちろん、仲介に入るのも。どっちもいい人だって知ってるから……」

「……ハッ。くだらねぇな」


 ユキが何に悩んでいるのか、どうしてそう思っているのか――大体の事情を知っているβは、吐き捨てるように言い放つ。


「人同士なんてぶつかり合うもんだろ。喧嘩しないでみんな仲良く? ……それは逃げってもんだ。同じ仲間なら逃げるんじゃねぇ。クランのリーダーなんだろお前」

「…………」


 βの正論に言い返せない。


 だが……解決策も見つからないのも事実。


 ――こんな時、ノインさんなら……。


 ふと思い返すのは、このメンバーを集めた男の存在。


 ――ノインさん……私、どうすればいいですか?



***



 ――どうすればいいんだ、こいつら!


 ユキが仲間割れに悩んでる一方、ユミリンもまた、別の悩みを抱えていた。


 ……というのも。


「ほいっ、ほいっ、ほいっ」


 Lv.2でありながら、Lv.60の敵の攻撃を難なく防ぐノイン。


 最初はただの縛りプレイ、後にボロが出るだなんて考えていたが……ここまで来ると、最早常人の領域を完全に超えている。



 そしてもう1つ。


「きゃっ……!?」


 マッハクラブの攻撃をわざと受け、尻もちをつくユミリン。


 誰がどう見ても絶体絶命のピンチ。助けを求めるように、近くにいる龍矢に潤んだ瞳を向ける。


 龍矢もユミリンがピンチなことに気が付いたようで、チラリと彼女の方を向き――





「――っ!!」



 ――秒でそっぽを向いた。


「【その一矢は地を穿つドラゴンテイル】!」


 そして、速攻で別の敵に向かってスキルを放っていた。



 そして、ユミリンも黙ってやられる訳でもなく……即座にクロスボウを構え、連射する。


「さすが龍矢。ベストタイミングだ」

「ふっ……当然だ。何せ、俺とノインは誇り高き盟友だからな」

「いぇい」

「いぇいいぇーい」


 男同士の熱いハイタッチを交わした龍矢は、ようやくへたり込むユミリンに目線を戻した。


「おぉ、さすがだ。あの体勢からでも倒せるんだな」

「っ……。と、当然。Lv.80台は伊達じゃなかったりー?」

「ふっ……やはり相当な実力者だ。俺の蒼き瞳に狂いはないのだな」


 意味深な発言を放ちニヒルに笑う龍矢に対してニコニコしているユミリンだが……内心は穏やかじゃない。


 ――あ、あいつ……! 今度は見た上で無視しやがった!


 そう、この行為をするのは初めてじゃない。第37階深層を攻略開始した時から、何度も行ってきたが……結果は全て同じ。


 ――けど……これで確信した。


 龍矢に――ハニートラップは一切通用しない!


 男なんてチョロいものだと思っていたが……まさか唐変木を越えた無関心の男がこの世に存在するだなんて夢にも思わなかった。


 そしてなにより……ユミリンのハニトラが失敗する度、どこか同情するかのような目で見てくるマイに堪えられない。


 ――落ち着け私。焦るな私。この頭おかしい男二人が無理でも、あっちの三人なら簡単に始末できる。ユキもゲームオーバーにしてしまえば、ノインにだって隙はできるはず。


 願わくは第39階深層に到着するまで、向こう側の全滅。取り乱しそうな気持ちを必死に抑えながら、Rui子たちの喧嘩に期待を寄せていた。


「さて……龍矢、まだまだ行けるだろ?」

「ん? あぁ、まだ暴れ足りないな。こんなんじゃ、俺の蒼き欲望は満たされない」

「だよな。じゃあ――そろそろ第37階深層の中ボスに挑んでみようぜ」

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