第81話 再振り分け
「……ここ、合流ポイントですか?」
「あぁ」
どうやら第37階深層は攻略できたらしく、出現した階段を下りた先にあったのは狭めのホールだった。
床下は左に赤いタイル、右に青いタイルが敷かれている。
「ここで再振り分けされるんだ。まあ、俺たちは振り分けされてすぐリタイアしたが」
「なるほど」
ということは向こう側のメンバーも現れるはずなのだが……。
「……来ませんね、あっちの四人」
「ありりー? もしかして、ボス戦で全滅しちゃってたりー?」
「ナー。マスターはこの程度で負けたりしない」
「うーん、他の三人も簡単に負けやしないと思うんだがな……」
なんて呑気に会話していると、向かい側の階段から足音が聞こえてきた。
「……ん、マスター」
一番最初に出てきた白髪の男を見るなり、マイはすぐさま駆け寄る。
「マスター、命令通りクリアしてきた」
「……そうか」
ぶっきらぼうに答えながらも頭を優しく撫でてくるβにマイは目を細めた。
続いて降りてきたのは……。
「お、龍矢」
「ん……あぁ、ノインか。無事だったか……?」
「まぁ、こっちは……って、なんか疲れてる?」
「……ノイン、ちょっとこっち来い」
「えっ? あっ、うん」
「……?」
いつもと様子が違う龍矢に、ユキは首を捻る。
普段なら「ふっ……この程度の壁など、蒼茫の先へ行くことに比べれば苦労しないさ」だなんて言い出しそうなのに。
――なんだか少し疲れてたみたいだし……何かあったのかな?
それは龍矢自身にだろうか、それとも……。
……そして。
「「……………………」」
見るからに空気の重い最後の二人が降りてきた。
特にRui子に至っては顔に出ていて、額に皺を寄せながらずんずんと降りてきている。
それに対して、ソウタの表情はいつもより暗い。暗いというより……絶望しきった顔と表現した方が正しいだろうか。
第38階深層の床の色を見たRui子は、ソウタを一睨みすると、奥の端っこへと行ってしまう。
ソウタは肩をびくりと震わせ……真逆の壁に座り込んでしまった。
「ちょ、ちょっと、Rui子ちゃんっ?」
ただならぬ雰囲気にユキは慌ててRui子についていく。
「ど、どうしたの?」
「………………別に」
「別に……って、そんなわけ――」
「いいの。これはボクと……あいつの問題だから」
――おっ? これは……。
いつもとはかなり雰囲気の違うRui子にユミリンが目を付けた。
『やぁ。ここまでたどり着いたようだね』
と。
全員揃ったところで、どこからともなく例の声が聞こえてくる。
『ここまでの脱落者はどのくらいかな? まあ、クリアできてる君たちだけにも拍手を送ろう。おめでとう』
パチパチと嬉しそうな声と共に拍手が送られるが、そんなものどうだっていい。
『さて……見てわかる通り、チームを再編成するよ。じゃあ――』
「……マイ」
「ヤー」
βの掛け声にマイがβの前に立つ。
Rui子は一歩左に移動し、ソウタは右の壁から動かない。
『――さっきと同じにするのもつまらないから、上下で分けよう』
「「…………………………は?」」
男の掛け声と共に、上下で透明の壁が出現する。
上メンバーはノイン、龍矢、ユミリン、マイ。
下メンバーはユキ、Rui子、ソウタ、β。
『同じメンバーになるのもよくないからねー。ミックスさせてもらうよ』
――じゃあ左右に分かれてる赤と青の床タイルはなんなんですか。
と心の中でツッコミを入れたのはユキだけじゃないだろう。
「…………………………………………」
事実、マイとの間を裂くようにして現れた透明の壁を恨めしそうな目で睨む男が一人。
――あ、なんか既視感。
またしてもパートナーと離ればなれになってしまったβに、ちょっとばかし同情の念を抱き始める。
とはいえ、今回はユキもノインと別チーム。まあ少し寂しいものの、彼女はその点に関しては特に気にしてない。
気にしてる点はどちらかというと……。
「「………………………………」」
βと同じように黙り込むメンバーが二人。
ただし――意味合いが正反対である。
「ユキ先輩」
「えっ、は、はいっ!」
「こっちは任せろ。そっちは任せた」
「…………」
ユキを信用しての声かけだろうが……当の本人はなんとも返答しづらかった。
「……先輩?」
「あっ……はい! 任せてください! ノインさんも無茶しちゃダメですよ?」
「平気平気」
「ほ、本当にダメですからね? 徹夜して延々と敵を倒したり、リスポーン地点を突き止めて高速で戦闘し続けたりとか、そういう無茶はダメですからね?」
「え、それは無茶じゃなくね?」
「ほら、そういうとこぉっ! まったく……やっぱりノインさんは、私がいないとダメなんですからっ。私の方よりそっちが心配ですよ、まったく」
なんて明るく振る舞ってみせたが……正直なところ、ユキの方が不安でいっぱいである。
今までノルズのリーダーとして活動してきたので、自信が全くないわけではない。
ただ……既に目の前で起こっている問題を対処できるか、その自信がなかった。
「マイ、命令だ。次も生き残れ」
「ヤー」
「もし、そいつらに何かされたら絶対言えよ。まだ完全に信用しきれないんだからな」
「ヤー……あ、でも」
「ん?」
「そっちにいるユキは信用していい」
マイからそういうことを言うのは極めて珍しく、βは少し驚きつつもユキを見つめる。
「あー……そこの白髪の奴か。根拠は?」
「可愛いから」
「……あ?」
「可愛いから。可愛がってあげて」
「…………」
――マイより年上……だよな?
まるでマイがお姉さんかのような物言いにβは首を捻りつつも、そこまで彼女から信用を得たユキに興味が少し湧いた。
――チャンスだ。
仲間割れしているRui子とソウタ、離ればなれになったユキとノイン。ノルズがバラバラになったこのタイミングこそ、ユミリンにとって最大の好機だった。
あの内気そうなソウタが、どうしてRui子と衝突する羽目になったのか……その理由はわからないが、とにかく険悪なムードになっているのは確かだ。
――Rui子とソウタの方についたのがユキで良かった。ノインなら二人をフォローしながらプレイしそうなものだが……ユキは大した実力じゃない。
先ほどまで一緒に戦っての分析である。やはりノルズがこの前のスタンピードに優勝したのは、ノインの圧倒的な実力があってこそ。
――ということは、向こうは放っておくだけで確実に二人……上手くいけば三人まとめて葬れる。じゃあ、後はこっちの二人だな。
「……ところでノイン。なんでお前さ、Lv.2なの?」
「え? ……いや、これで十分だから?」
「いやいやいや! どう考えてもおかしい! どうしたらそんなレベルでここに来れたんだよ!」
「やろうとすれば出来るって。そうだ、今度龍矢もLv.2縛りやってみるか?」
「いや、いい! 遠慮しとく!」
全力で首を振る龍矢に、ノインは「そうか……」と少し寂しげに肩を落とす。
――できる。第40階深層にたどり着くまでに……始末できる。
それぞれの思惑が交差する中……第38階深層の攻略が開始された。
***
「ここからは個人でレベル上げしよう」
「えっ……」
第38階深層に入った瞬間、そんな提案をしだしたRui子にユキは言葉を詰まらせた。
「い、いいの? みんなで動いてた方が効率がいいんじゃ……」
「いいんだよ。だってトドメを刺したプレイヤーにしか経験値得られないでしょ? だったら、一人でレベル上げした方が効率いいじゃん」
「それは……そうなんだけど……」
――Rui子ちゃんらしくない。
いつもの彼女なら経験値効率よりも絶対団体行動を推奨するはずなのに。
「でも、その……個人で動いたら、危ないかも……ほら、ソウタさんは
「大丈夫でしょ」
ユキの言葉をばっさり切り捨てたRui子は、ジロリともう一人を睨む。
「ボクたちがいなくても……あいつがいるんだし」
「――っ」
びくりと、ソウタの肩が震えた。
「じゃ、そういうことだから。ボクもう行くね」
「あっ、ちょ、ちょっと!」
ユキの制止も聞かず、Rui子はさっさと進んでしまう。
「…………」
βもそんな様子を眺め、一人で歩いていく。
結局残ったのは……ユキとソウタのみ。
「……ソウタさん」
Rui子は話をしてくれない。となれば、訊けるのは……。
「教えてください……何があったんですか?」
「…………」
ずっと視線を床に向けているソウタは少し黙った後、その重い口を開いた。
「……ごめんなさい。全部……僕が悪いんだ」
***
「……なるほどな」
龍矢から事情を聴いたノインはうんうんと相槌を打つ。
……相槌を打ちながら、クリムゾンバットの群れの猛攻をジャスガし続けていた。
「あいつら二人がまた同じチームになったのは幸か不幸か、なんだよな……この攻略で和解してくれればいいんだが、そうじゃなかった場合は……お互い頭を冷やす為に、やはり離れさせた方がよかったような……」
どう転ぶにもあの二人次第なのだが、同じクランのメンバー。攻略とか関係なく、どうにかしたいと思っている。
とはいえ……現状何も出来ることはない。
……だが、頭を悩ます龍矢とは対照的に、ノインは短剣を振るいながら爽やかな笑みで答えた。
「いや、あの編成で正解だ。なんてったって、あっちにはユキ先輩がいるんだからな」
「まあ、確かにユキさんなら相談に乗ってくれそうなものだが……大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だ」
龍矢の不安を即答する。
それほどまでに自信があるのだ。
「っと。龍矢、そろそろ準備」
「あっ、お、おう! 朱く燃えろ――【バーサーク】! 【ブラスト】!」
「3……2……1……今!」
「【
ノインの合図と共に光線を放つ。
『7,523』『7,522』『7,520』『7,524』『7,525』『7,520』『7,521』『7,524』『7,522』『7,521』……
バラバラに散りながら攻撃していたクリムゾンバットたちが一点に集まっており、龍矢の一撃により、全て塵と化していく。
あのクリムゾンバットの動きを全て見切るノインのセンスに改めて感心しつつ、何処にそんな自信があるのかと疑問に思う。
「なあ、ノイン。どうしてそう言い切れるんだ?」
「え? そりゃあな」
――その答えはただ一つ。
「だって――あの人は俺の先輩だから。理由はそれだけで十分さ」
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