第79話 第36階深層攻略

「マ、マイちゃんっ。βさんといて何か困ることってない?」

「ナー」

「じゃあ、何か嫌がらせとか?」

「ナー」

「『靴舐めろ』とかも言われてないっ?」

「ナー」

「そ、そう……?」

「まあ、マスターの命令なら従うけど」

「それがよくないんだって!」


 中ボスへ向かう途中。

 マイの状況を決して他人事だとは思えないユキは、心底心配そうに彼女へ問い詰めていた。


 が、やはりマイはβを崇拝している様子。今の質問からも彼から何か嫌がらせしているというわけでもなさそうであり、思っていたよりいい人なのかもしれない。


 とはいえ、ユキとて不安が払拭されたかと言えばそんなことない。

 なんとかして、マイの力になりたいと思っているのだが……。


 その時、「あっ」とマイが何か気がついたように顔をあげた。


「お姉さん」

「ん? ん? なにかな、なにかな?」

「後ろ、敵」


【ハイウルフ Lv.23】


「――ルォォォォォン!」

「ギャーッ!!」


 放つ黒毛狼の咆哮、響くユキの絶叫。


 突然の出来事に対処しきれず、飛びかかってくるハイウルフに固まってしまう。


「――【スピン】」


 しかし、マイは既に動いていた。


 一瞬でハイウルフへ肉薄すると、身体を捻らせコマのように回転させる。


『173』『170』『169』『168』

 『171』『172』『170』『170』

  『168』『169』『170』『172』


「――キャゥン!?」


 怒涛の斬撃にハイウルフが怯む。

 そのおかげで、硬直していたユキの思考が動いた。


「っ! 【鎌鼬】!」


『573』


 一閃。居合い抜きは見事にハイウルフの身体を捉え、横に線が入ったハイウルフは光の粒子となって消えていった。


 戦闘が終わり、「ふぅ」とユキは息をつき、くるりとマイの方を向き直る。



「マイちゃん!」

「なに?」

「とにかく困ってることがあったら、頼りにしてね! 私が力になるから!」

「……いや、既に頼りないんだけど」

「なんで!?」


 ――そりゃ、ねぇ。


 不意打ちとはいえ、マイの方が早く攻撃に転じていた。実力なら、ユキより格段に上だろう。

 そんなユキに何を頼ればいいのだろうか。


「あっ、私のこともユキって呼んでくれていいよ? マイちゃんとは仲良くしたいから!」

「ナー。お姉さんの名前を呼ぶことも仲良くなる必要性も、マイにはない」

「そっかぁ……あっ、でも『お姉さん』っていう呼び方もいい! なんかこう、頼りにされてる感がある! お姉さんでもいいよ、マイちゃん!」

「………………はぁ。やっぱユキって呼ぶ」


 テンションが上がっていくユキを見て、何処にもお姉さんらしさがないと感じたマイは、ため息とともに名前で呼ぶことにした。


「じゃあじゃあっ、私に相談したいこととかないかな?」

「ナー」

「質問でもいいよっ!」

「質問……」


 ユキの言葉に、ふと思い出したかのように顎に手を当てる。


「……や、やっぱり、ないかな?」

「ヤー。一つだけある」

「っ! え、なになに!? なんでも言って!」


 初めての肯定に素早く食いつくユキ。


 マイはちらりと前方を歩くノインを見ると……一言。



「なんでユキはあの人にもっと甘えないの?」

「あの人……? って、ノ、ノインさんのことっ!?」

「さっき抱きついてたじゃん」

「そのことは忘れて!?」


 顔を真っ赤に染めたユキが声を荒げるが、マイとしては首を捻るばかりである。


「どうして恥ずかしがるの? あの人のこと、好きなんでしょ?」

「す、すすす好き!? 私が!? ノインさんのこと!?」

「えっ、もしかして好きでもない相手にハグできるタイプ?」

「ないない! そんなわけない!」

「じゃあ好きなんじゃん。もっと甘えればいいのに」

「だ、だって……!」


 恋愛経験など皆無のユキにそんな大胆な行動に出れるはずもなく、モジモジするばかり。


「ユキ、マスターに似てる。素直じゃないところとか」

「え゛っ……あの人、二人だと甘えてくるの?」

「ヤー。人前じゃ見せないけど」

「マイちゃん、まだ小学生だよね? 流石にまずいんじゃ……」

「ナー」


 と、微妙な顔をするが……マイは首を横に振る。


「愛に年の差は関係ない」

「……! 年の差は、関係ない……!」


 小学生マイに愛を語られ、衝撃を受ける中学生ユキがここにいた。


 ――いや、くだらな。


 片や高校生ユミリンは、二人の会話に呆れかえっていた。



***



 進むこと数分。一行の前に現れたのは大きな扉である。


「よし、じゃあ中ボス攻略行くか」


 一切の躊躇なく扉を開くノイン。

 せめて心の準備を――と言いたいユキだったが、他の二人は迷いなくノインに続いていくので仕方なくついていく。


 大ホールにいるのはリザードマンの親玉でもある存在。


【リザードキング Lv.23】


「……懐かしい相手だなぁ」


 かつて龍矢と三人で戦った相手。まるで人間のようなずる賢さを合わせ持ち、かなり厄介な敵。

 例え二ヶ月前の出来事がつい最近という感覚でも、美しい思い出として懐かしんでいた。


「あぁ、忌々しい思い出が……」


 が……それとは対照的に、かつての思い出にユキは頭を抱える。


 回復アイテム連打でヘイト稼ぎ、勝手に発動されるトリガーハッピー、地獄絵図と化した戦場……常識外れの行動ばかりで、思い出すだけでも胃がキリキリしそうだ。


「まぁ、心配すんなよ先輩。今回、ヘイト稼ぎにアイテムは使わないからさ」

「そういう問題じゃ……」

「よし、いくぜ! 【タウント】!」

「あぁ、ちょっと!?」


 ユキの制止もきかず、ノインはヘイトスキルを発動させながら一直線にリザードキングへと突っ込んでいく。


「グルァァァアアッ!」

「よっと」


 咆哮したリザードキングがノインに拳を振るうが……いとも容易く、彼はジャスガする。


「グルァアアッ!」

「ほいっ、ほいっ、ほいっ」


 爪攻撃、足払い、横薙ぎ。

 鋭利な爪と手足のリーチを生かした攻撃を休む暇なく繰り出されるが、まるでパズルを解くかのように全て見切って防ぎきっていく。


「………………ははっ」


 とてもLv.2には見えないようなノインの動きに、ユキの口から思わず変な笑いが出てしまう。


 ――あの人、今Lv.2だよね? 本当にLv.2だよね?


 本当にLv.2である。

 素早さがたったの24で、素早さ1,000越えはすると言われているリザードキングと対等に戦っているのだ。


 しかもバーサークモード未使用。

 同じような条件で同じような動きをしろと言われても、ユキには「無理です」と即答できる自信がある。


「討伐開始」


 とマイもやる気満々のようで、短剣を両手に構え駆け出す。


 武器を2つ装備できる『二刀流』。盾を除いて『二刀流』が出来る職業など――一つしかない。


「――【バーサーク】」


【名前:マイ

メイン:バーサーカー Lv.23

 サブ:ナイト Lv.21

 HP:557/557

 MP:158/158

 攻撃:719

 防御:217

 魔功:158

 魔防:165

素早さ:668

スキル

【バーサーク Lv.7】【ブラスト Lv.8】【アクセル Lv.8】【エアロ Lv.9】【クラッシュ Lv.10(Max)】【スピン Lv.8】


 メイン職バーサーカー。ユキたちとは似て非なる存在。


『304』『302』『303』『303』


 赤いオーラを纏ったマイは一気にリザードキングまで間合いを詰め、斬撃を与えていく。


「おっ。加勢してくれるのか?」

「ナー、あなたに協力するわけじゃない。『何がなんでもクリアしろ』というマスターの指示に従ってるだけ」

「構わないさ」

「…………」


 冷たい反応を示すマイだが、対して気にしてないかのように笑みで返す。


「それに、お前の実力が知りたいってのもあるしな」

「……言っておくけど、マイとマスターの二人なら、あなたにも負ける気なんてしないから。自分の方が上だと思い込まないことね」

「あぁ、肝に銘じておくよ」


 ノインの言葉に嘘偽りはない。

 『どんな相手でも真剣に』……それが彼のモットーなのだ。


「グルァァァアアッ!」


 リザードキングの横薙ぎを躱したマイは次のスキルを発動する。


「……【クラッシュ】」


 瞬間――短剣が輝きを放った。


「【エアロ】」


 迫り来る攻撃を躱し、剣圧で宙へ浮かぶと……リザードキングの頭部目掛けて剣が振り下ろされる。



 瞬間……が響き渡った。


『452』


「――ルァァアッ!?」


 まるで鈍器を殴り付けられたかのような衝撃に、リザードキングが怯みを見せる。


「――【クラッシュ解除】」


 再び剣が輝きを見せ、マイがリザードキングへ肉薄する。


『306』『307』『306』『302』『306』


 走る斬撃。


「なるほど、打撃技に切り替えるスキルか」


 マイの動きを見ていたノインが楽しそうに笑う。


 そう――今マイが使った【クラッシュ】は斬撃技と打撃技に切り替えるスキル。

 通常、剣は斬撃技であるのだが、このスキルにより打撃技へ変化させることが可能なのだ。


 そしてマイのクラッシュは最大のLv.10。

 故にスキル時間は――無制限。


 スキル解除した際にクールタイムが3分間発生してしまうが、それでも非常に強力なスキルである。


「なかなか強いな」

「当然。マイとマスターは誰にも負けない」

「むぅ………………【バーサーク・妖狐】!」


 と。

 二人の会話を聞き頬を膨らませたユキも、戦闘態勢へ入る。


「おっ、先輩も参加するか?」

「ええ、まあ。私だって、やる時はやるので」


 若干棘のある言い方にノインは首を捻るが、「あぁ」と手を打つ。


「俺がマイを褒めてたから、妬いたのか」

「~~~! は、はぁっ!? 勘違いしないでくれませんか!? 私、ノインさんのことなんて、これっっっぽっちも想ってませんからね!!」

「え? あ、うん」


 ――腕前の話なのに、なんで俺の好感度の話になるんだ?


「で、でも……でもですよ?」

「――グルァァァアアッ!」


 と。

 スタン状態が切れたリザードキングがユキの背後から襲いかかる。


「ちょっと話の邪魔をしないでください【鎌鼬】ぃっ!」

『823』

「グルァアッ!?」

「少し向こうで待ってなさい【天狗】ぅっ!」

『704』

「ルァアアアッ!」


 ユキの連撃により、リザードキングの巨躯はいとも容易く後方へ吹っ飛んでいく。

 相手が吹っ飛んだのを確認したユキは、「でもっ!」と今一度ノインに向き直る。



「……ノインさんの先輩は私だけ、なんですからっ。そこは理解してもらわないと困るんですからっ」

「うん? うん」


 ――先輩が持っている諦めない精神は忘れるなってことか? なるほど、流石は先輩だ。


 よくわからない解釈をしたノインはうんうんと一人でに頷く。


 ――いや、ツンデレー。超ツンデレじゃん、あれー。


 一方のユミリンはわかりやすすぎるユキの態度に心の中でツッコミを入れる。


 ――わかってるのか、あいつは? ……いや、絶対わかってないだろうな。


 表情を見れば、いや見なくてもわかる。縛りプレイで戦闘大好きなヤベー男が、乙女の繊細な恋心を理解できるはずがない。


 ――とりあえず、私も参戦するか。作戦を実行するなら……今夜だな。


「ほいじゃ、私も頑張っちゃったりー? 【スター☆アロー】!」



 そこからは――完全に四人の流れだった。


 後方からユミリンの遠距離攻撃、至近距離と中距離でユキとマイの連撃。


 そして極めつけは――。


「グルァァァアアッ!」

「おっと。させるか」


 相手の攻撃を全て防ぎきるノインのジャスガ。


 ユミリンにヘイトが向けられようが、追いかけて全てガード。

 彼が攻撃を防ぐおかげで、誰一人としてダメージを受ける者はいない。


「よーし、これで終わりっ! 【ブラス――」

「【クラッシュ】【アクセル】【ブラスト】」


 リザードキングも弱ってきたところで、意気込んでトドメを刺そうとするユキだが……それより早く動く、黄金の影。


 相手との距離を一気に詰めたマイは、勢いよく飛び上がると――隙だらけの頭部目掛けて剣を振り下ろす。


『2,205』『2,207』


「ルァァア――ッ!」


 マイのトドメの攻撃に……リザードキングの動きは固まり、膝をつく。


「……ふぅ、討伐完了」


 光の粒子を確認したマイはバーサークモードを解除した。


「あぁっ! 私がいいとこ見せようと思ったのに!」

「そんなの関係ない。マイはマスターの指示通りに動くだけ。ユキの見せプレイなんか待ってられない」

「う、うぅー……まあ、早い者勝ちだもんね。次は負けないから!」

「……別にあなたと争ってるわけじゃないんだけど」


 そんなこんなで。

 第36階深層の中ボス攻略は、なんとも呆気ない形でクリアすることになったのだった。



***



 ――さて。


 全員が寝静まった深夜。ユミリンはそっとテントから抜け出した。


 リザードキングを倒してからキリのいい時間ということで、ボス部屋で寝泊まりすることを決めた四人。

 ユキお手製の中華まん(彼女曰くおにぎり)で軽く料理を済ませた後、テントを張って就寝することになった。


 とはいえ。


「あ、俺は別のテントで寝るから。でっかいのはそっちで使ってくれ」


 流石に女三人に男一人はまずいと思ったのか、彼から申し出てきたのだ。

 ……まあ、そのテントを持たせたのはユキなのだが。


 この状況をユミリンはチャンスと見た。


 ――少なくとも男女を意識している……ということは、ハニートラップが通じる相手。ユキという相手がいるから、望み薄だが……やれるだけやってみよう。


 正直言って、ユミリンには自分が美少女であるという自覚はあった。現実世界でもRROでもよく男に声を掛けられるのだから、間違いない。


 ここで直接的な攻撃を加えなくてもいいのだ。ゆくゆくノインを始末するのに、必要な材料になりうる可能性だってあるだろう。


 ノインが寝ている青いテントに立つと、ゆっくりと入り口を開ける。



 そこには、静かに眠るノインと――彼の身体に馬乗りしているユキの姿があった。




「…………」




 彼の身体に馬乗りしているユキの姿があった。




「……………………」




 彼の身体に馬乗りしているユキの姿があった。




 三度見したが、見間違いなんかじゃなかった。

 

 まさかの先客に、思わず固まってしまう。


 と。


「――っ!?」


 いきなり後ろから口を塞がれる。


「静かに」


 ユミリンの背後から近寄った人物は耳元で囁き、ゆっくりとテントから引き剥がしていく。


 だが幼げが残るその声に聞き覚えがあった。


「……マイ、ちゃん?」


 テントからだいぶ離れたところでユミリンが恐る恐る振り替えると、金髪の猫耳少女が無表情で佇んでいた。


「やっぱり起きちゃったか。ユキがいないから、探しに来たんでしょ?」

「へっ。あー、まぁ……」

「でも今はダメ。折角ユキが素直になってるんだから」

「ダメ、って……もしかしてマイちゃんが仕組んだの、これ?」


 恐る恐る聞き出してみると、マイは「まさか」と肩を竦める。


「ただマイは『いつもマスターと添い寝してる』ってあの子に言っただけ。まあ、本当はあなたに睡眠薬盛るつもりだったんだけど……流石にやりすぎだと思ったからやめた。でもまあ、確かにユキはやる時はやる子ね」

「…………」


 淡々と告げるマイに言葉を失ってしまう。



 ユミリンは裏切り者だ。ノルズの深層攻略を阻む企みがある。

 この中では唯一の悪役――のはずなのに。



 ――こいつら、やべー。


 どういうわけか自分が一番マトモなのではと思い、同時に目の前にいるユキとマイへ戦慄を覚えていた。

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