第76話 偽物は誰だ

「えっ、あれ……?」


 予想だにしない事態に、ユキは言葉を詰まらせる。


 助っ人は一人――のはずが、三人も集まってしまっているのだ。


「あー……ちょっと訊いていいか?」


 固まってしまったユキに代わり、口を開いたのはノインだった。


「ラヴィ魔王は助っ人を一人呼んでくるって言ってきたんだが……お前ら三人の中で、誰か増員として呼ばれたのか?」

「……あ? 増員?」


 ノインの質問に白髪の男が眉をひそめる。


「ううん、魔王様は私だけを助っ人として呼んだはずだよー。増員なんて聞いてなかったりー?」


 ユミリンも首を振って否定。

 どうやらラヴィが気を利かせて、助っ人を増員したという可能性はないようだ。


「二人はだーれ? 魔王様の助っ人じゃないよねー?」

「………………ちっ。そういうことかよ」


 やや強気な態度のユミリンに、男は舌打ちをする。


「……なるほどな。つまり、この中に偽物がいるってわけだ」

「……!」


 ――偽物!


 ようやく思考が追い付いたユキは目を見開く。


 前回の鷹隼騎士団『蝦の爪』のように妨害してくるのかはわからないが……別の目的を持った人物が紛れ込んでいるのだ。


「なら、これを見せれば証拠になるだろ」


 白髪の男が手のひらサイズの黒い直方体アイテムを見せつけてきた。

 普通は見たこともないようなアイテムだが……ユキたちはこの存在を一度目にしたことがある。


「『タイムメモリー』……!」


 第20階深層を攻略した際にリナが使用したアイテム。以前、深層を攻略したパーティーのログが見れるという代物だ。


「ありりー? それ、よく出来た偽物だったりー?」


 と。

 ユミリンもまったく同じモノを見せてきた。


「……!」


 『タイムメモリー』が――2つ。


「これ、魔王様しか作り方を知らないアイテムなんだよねー。つーまーりー? どっちかは何も発動しない偽物だったりー?」


 ――でも、『タイムメモリー』の発動条件って……!


「深層を攻略しないと、どっちが本物かわからない……ってことか」


 ということは……どっちが偽物なのか、今わかる術はない!


「ふむ……ノインよ、既に答えは出ているのではないか? 魔王は『助っ人を一人』と言ったのであろう? ということは、二人組で来た彼らが――」

「ナー。マイとマスターのβベータは二人で一人」


 龍矢の推論に金髪の少女マイが首を横に振る。


「魔王ラヴィニールにもそう伝えてほしいと言った。よって、マイたちが本物」

「えっと……二人で一人っていうのは?」


 決して他人事に聞こえないソウタが、おそるおそる聞いてみる。


「マイはマスターの所有物」

「……所有、物?」

「ヤー。これが証拠」

「おい馬鹿。やめ――」


 白髪の男、βが制止するその前に……マイはマフラーを引っ張り、自分の首を見せつけてきた。



 か細く白い首元に付いているのは――


「――っ!」


 


 それはユキにとってトラウマに近いアイテム。


 テイムされているという証である。




 彼女の判断は早かった。


「鎌た――」


 一気に間合いを詰め、柄に手を掛ける。


 今まさにスキルが発動される――その瞬間。



 βの姿がブレた。


「――っう!?」


 一瞬の恐怖。

 ユキは攻撃をやめ、大きくバックステップする。


「……ほう?」


 先程ユキがいた場所に手を伸ばしていたβは、彼女が避けたことに意外そうな声を溢した。


 ――動きが見えなかった……!


 ユキは彼の行動が読めていたわけではない。ただ、嫌な予感がしたから躱しただけなのだ。


 今の動きだけで相当な実力者であることが伺えるが……そんなことで怖じ気づくユキではない。


「あなた――自分が何してるのか、わかってるんですか?」


 敵意丸出しにβを睨み付ける。


「こんな……こんな小さな子供をテイムしてるんですよ!?」

「あぁ……そうだな」

「よくこんな酷いことできますね!? 犯罪者と同じことしてるってこと、自覚してますかっ!?」

「……あぁ。自覚してる」

「――っ!!」


 淡々と答えるβにユキはもう一度柄に手を掛ける……が。


「――マスターに手を出さないで」


 ユキとβの間に、短剣を2本構えたマイが割り込んできた。


「危害を加えるつもりなら――マイも容赦しない」

「なっ……!」


 マイに攻撃を加えるつもりはなく、動きが固まってしまう。

 一方のマイは躊躇うことなく、一歩進み――


「……武器を下ろせマイ。そいつは間違ってない」


 その瞬間、彼女の手を後ろから掴んだのはβだった。


「お前だってわかってるだろ? 俺はプレイヤーをテイムする……最低最悪のプレイヤーなんだ」

「ナー。マスターは最低最悪なんかじゃない」


 マイは武器を仕舞い、くるりとβの方を向く。


「何度も言ってる。マイを救ってくれたヒーローがマスターだって」

「……俺だって何度も言ってるが、そんな大層なものじゃねぇよ」

「でも救ってくれたのは事実。もっと自信を持って」



 ジッとβを見つめたマイは――そっと、彼の左頬に口づけをした。



 口づけをした。


 口づけをした。


「な、な、なっ……なななななっ」



 ――キスをしたのだ!



「なぁぁぁああーっ!!」


 リンゴのように顔を真っ赤にしたユキの絶叫が響き渡る。


 βとマイの行為に周囲が唖然とする中、特に過敏な反応を示したのはユキだった。



 少女ユキ14歳。成績やや優秀、性格超真面目。校則違反をしたことは一度もなく、自転車が反映される道路交通法もきっちりと守っている。


 だが、彼女の恋愛の知識など0に等しい。恋人同士でする行為で知っているのは恋人繋ぎとハグのみという、現代では珍しい純情っぷりである。


 そんなユキにとって都市伝説級であるキスなんて行為を目の前で見せられたら――過敏に反応してしまうことなど、仕方ないだろう。


「なっ、なっ、なっ、なっ、なっ!」

「落ち着け先輩。壊れたロボットみたいになってるぞ」


 ひたすら「なっ」を繰り返すユキの背中を優しく叩くノイン。


「だ、だだだだって! だってだって! 今、チューしましたよ!? あの二人、チューしたんですよ!?」

「そうだな。まあ、頬にだけど」

「どこにしたのかなんて関係ありません! チューはチューです! それを公衆の面前で……超破廉恥です!」


 ――キスを『チュー』って表現する先輩、可愛いな。


 一方、注目の的であるマイはきょとんとした顔で首を捻る。


「……? キスなんて、ただの挨拶。どこも破廉恥じゃない」

「挨拶っ!? キスがただの挨拶っ!!? る、Rui子ちゃん、キスって挨拶だったのっ!?」

「え? あ、あはは……さあ、どうなんだろーねー……」

「キス……挨拶がキス……」


 年下の少女によって、ユキの常識が崩壊しかけていた。



 それはともかく……これでは偽物がどっちなのか、迷宮入りである。


「ちっ……仕方ねぇな。一度魔王のところへ行って、どっちが本物かを確かめてもらうしか――」

「あっ、それは超絶反対だったりー」


 その場を離れようとしたβにユミリンが手を挙げる。


「理由は?」

「考えてもみなよー。この場を離れた時点で、偽物が有利になることは明らかじゃーん? 戦力を分断させて別の仲間を呼べば、最悪の展開になったりー?」

「……全員で行動すればいい」

「はい、それもダメー。深層は誰かが一度入っちゃうと、他のパーティーは入れない決まりがあるのー。ってことはーこの場を離れた隙に誰かが入っちゃえば、全員入れなくなったりー」

「……俺ら3人で向かえば」

「もし途中で襲われたらー? 残って帰ってきた方を無条件で信頼しちゃうでしょー?」

「…………」


 ユミリンの意見は正しい。

 必ずそういう展開になるとは断言できないが……もし分断が相手の策略ならば、確かにノルズは深層攻略が不可能になってしまうだろう。


「………………はぁ。もっと手っ取り早い方法があったじゃねえか」



 βはため息をつくと……手元に短剣を装備する。


「――RROここじゃ、強い方が正義だ。マイ、いくぞ」

「ヤー」

「えっ、なっ、ちょいちょいちょい――!?」


 問答無用で迫るβとマイ、慌ててクロスボウを装備するユミリン。



 突如として戦闘が勃発し始める――その瞬間。


「まあまあ。三人とも、ちょっと落ち着いて」

「「「――っ!」」」


 三人の間に割って入ってくる影が一つ。

 迫り来る全ての武器をいとも容易くジャスガしたノインが、穏やかな口調で語りかけてきた。


「なぁ、このまま全員で深層に入らないか?」

「……なに?」


 ノインから提案され、βが眉をひそめる。


「もし仮に俺たちが入れば後続の連中が入れない深層なら、偽物にとってはかなり苦しい環境になると思うんだ」

「……あー。増員を呼べないからってことー?」

「そういうことだ」


 ポンと手を打つユミリンに頷く。


「いくら強かろうと、この人数なら手の出しようがないだろ」

「……随分自信があるんだな。お前らが束になったところで、俺とマイに勝てるっていうのか?」


 挑発するかのように問いかけるβだが、対するノインは「あぁ」と笑ってみせた。


「勝てるよ。うちの先輩を舐めてもらっちゃ困る」

「え゛っ!? わ、私ですか!?」


 突然の指名にユキの肩が跳ねる。


「……まぁいいだろう。そこまで言うのなら、俺は構わない」

「いやっ、あのあのっ、私はそんなことないんですが――」

「心配するな。先輩さえいれば敵なしだって」

「バカ、ノインさんのおバカっ! どうして、そうやって私のハードルを爆上げするんですか!?」

「え? いや、事実を言ったまでだが……」

「私がLv.80台の方たちに勝てるとでも!? さすがに無理だと――」

「おっと。そろそろ時間だ」


 と、まだまだ文句が言い足りないユキの言葉を遮るようにノインが花畑の方に視線を向けた。


「これ、『ルリ・サファイア』だろ? 多分、ネモフィラがモデルの花なんだろうが……この花の特徴といえば、日没になると――」


 ――ポツ、ポツと。


 太陽が隠れ、辺りが暗くなっていくと同時に……青いルリ・サファイアが白く変化し、花弁に光が灯り始める。


「光魔法の代わりとしてランタンが売ってるが……原料がこの花ってことは、先輩も知ってるだろ?」

「え、えぇ、まぁ……」 


 有名な話だ。

 ここ第36階層はちょっとした夜景スポットとなっており、夜になるとルリ・サファイアの花畑を目当てに観光してくるプレイヤーが多い。


 もっとも、ここに来るまでの山々に咲いてる方が綺麗なので、今ノインたちがいる場所には誰も来ないが……。


「で、重要なのは光を灯した順番」

「……ん? 順番?」

「ああ。今、目の前で順番に灯っていっただろ? ここにあるのは全部で30輪だから――」

「ま、まさか、ノインくん……一目見ただけで、これ全部順番を数えたとか?」


 ソウタがおそるおそる訊いてみると、ノインはきょとんとした顔をする。


「え? ……見ればわかるだろ?」

「「「いや、わかるわけないでしょ」」」

「――だよねぇ!? みんな、やっぱボクと同じ意見だよねぇ!?」


 口を揃えて否定する三人に、Rui子も大きく食いついた。


「これを『割りと親切な速度だな』とかなんとか言い出して……ノインくんと二人でいると、どっちが正しいのかわからなくなっちゃうよ!」


 ――わかる、超わかる。


 常日頃ノインの非常識っぷりに苦労しているユキは、頭を抱えるRui子を見て大きく同情する。


「え、ええと……で、その順番を数えたら、次はどうするんですか?」

「あぁ、次はこいつだ」


 と、ノインがインベントリから取り出したのは……青い液体のポーション。『ハイMPポーション』だ。


「あっ、わかった! 染色するんだね!」


 ポーションを見た瞬間、ソウタは閃いたようにポンと手を打つ。


「染色、ですか?」

「うん、花を好きな色に変えることができるんだよ! 現実だと茎から染色液を着けなくちゃいけないんだけど、RROの世界なら花弁に垂らすだけで染色できるんだ! ほら、街中でお花屋さんやってるプレイヤー見たことあるでしょ? ルリ・サファイアの染色は、夜になると色が変わることでかなり人気で――ハッ!?」


 いつもとは打ってかわって早口で語り出すソウタだが、全員から視線を集めていることに気がつく。


「……ってことをぉ、お花屋さんから聞いたことがあってぇ、僕は全然詳しくないっていうか」

「いや、んなわけないでしょ」


 慌てて言い訳するが、冷静にRui子からツッコミを入れられる。


 ――お花が趣味って……女の子っぽいな。いや、やっぱソウタさん女の子なのでは?


「まあ、そういうことだ。こいつで染色していく」

「ふむ、順番通りにか?」

「いや、違う。素数だ」

「そ、素数?」

「あぁ。これを見てくれ」


 と、ノインが一枚の紙を取り出す。

 紙には6×5の丸が書かれていて、それぞれ数字が割り振ってある。


「この数字、素数だけをなぞっていくと……ほら、鍵のマークになるだろ?」


 彼の言う通り、繋げていくと鍵のような形を象っていった。


 ……しかし、ユキにはどうしても気になることが。


「あの……ノインさん」

「ん?」

「これ、一発で導き出したんですか?」

「いやまさか。他にも答えがあるんじゃないかって、試してみたさ」

「なるほど……あと、もう一つ。確か染色って青一色だけじゃなかった気がするんですが、何色でもいいんですか?」

「そんなことはない。青じゃないと扉は開かないんだ」

「それも色々試したのですか?」

「あぁ、勿論。全部の色を試してみた」

「……あの。どのくらいのポーションを消費したんですか?」

「あぁ、そういうことか」


 おそるおそる訊いてくるユキの意図を理解したのか、ノインは優しく微笑む。


「安心してくれ。総計で1,500本に抑えておいた」

「――鎌鼬ぃっ!」


 間髪いれずユキの刀が振り抜かれた。


「ちょわっ!?」


 たまたま近くにいた龍矢にダメージが入るが、肝心のノインは当然のごとくジャスガしている。


 だが、ジャスガされることは既に予想済み。

 わかっていながらも、抜かざるを得なかったのだ。


「ノインさん、その前話したこと覚えてます!? 今、ポーションは品薄で貴重なアイテムになってるんですよ!?」

「あぁ、わかってる。が、俺のミッションは深層に侵入する方法を探ること。ありとあらゆる可能性を考慮して、きちんと結果を伝えないといけないしな」

「うぐっ……まあ、確かにノーヒントでここまで辿り着くのは、かなり困難ですね……その、いきなり斬りかかってすみません……」

「いやまあ、実は2日の時点で辿り着いたんだがな」

「私の謝罪を返せ八咫烏ぅ!!」

「ひょぉおっ!」


 二撃目も来るのは予想してたのか、即座にバックステップして躱す龍矢。


「じゃあ、そこで終わりじゃないですか!? 全部試す必要あります!?」

「研究にはありとあらゆる可能性を――」

「別に研究しろだなんて言ってませんからね!? っていうか、各ポーションをそんなに買ったら、お金なくなりますよね!?」

「必要経費」

「その範疇を超えてるって言ってるんですよ! Rui子ちゃんもどうして止めなかったの!」

「えっ、あっ、いやー……あははー……」


 ――本当はユキちゃんの為に、他の方法もないかって意味で色々模索してたことを言ってもいいんだけど……ノインくん、こういう陰ながらの努力は隠したがるからなぁ……。


「そ、それよりっ、素数の数字順に染色するんでしょっ?」


 これ以上突っ込まれても答えにくいので、慌てて話題を逸らす。


「……まあ、お説教はまた後にしますからね。じゃあ、まず1から」

「先輩、1は素数じゃないぞ」

「し、知ってます! ちょっと間違えちゃっただけです!」


 メモ通りに白く光っているルリ・サファイアにハイMPポーションを垂らしていくと、光が青に変化していく。


「――で、29は同時に2つ……と」


 ノインが最後に2つ同時に垂らすと、青く光る鍵マークが完成した。


 すると――花畑がどんどんと消えていき、大きな穴が出現する。深層への入り口だ。


「さて。この穴はかなり深いところにあるんだが……こういう時の為にロストバスターを――」

「いらん。行くぞマイ」

「ヤー」


 ノインがロストバスターを取り出すが、βとマイはそのまま穴の中へと飛び込んでいく。


「……ユミリンさんはどうする? 大剣は装備できなさそうだし、二人みたいに飛び込むか?」

「い、いやっ!? 流石にあんな命知らずじゃなかったり!?」

「ふむ。なら俺の背中に掴まってるといい」


 命綱なしのバンジージャンプなど例えゲームの中でも経験したくないユミリンは、慌てて龍矢の背中に腕を回す。


「んしょっ……龍矢くん、だっけ? ごめんね、重くない?」

「ふっ……問題ない。いつも感じる真実の圧に比べたら、軽いものさ」

「……? えーっと……?」

「あ、この人が言ってることは気にしないでください。意味なんてないので」


 首を捻るユミリンに、糸を射出して降りる準備が整ったユキが助言を入れる。


「それにしても、ユミリンさん危なかったな」

「へっ? 何が?」

「いやほら、さっきのことだよ。あそこで倒されてなくてさ」

「あ、あぁー……そうだねー、いきなり攻撃されかけて、怖かったりー。だから、止めてくれた君には感謝だったりー」

「いや、俺も自分の利益になる選択肢をしたまでだ。礼には及ばないさ」

「いやいやー、そんな謙遜しなくてもよかったりー?」



 ――本当、感謝するよノイン。あのまま倒されてたら、面倒なことになってたからな。



 満面の笑みを浮かべながら……ユミリンの心中はひどく冷酷なものだった。



 ――いや、あのまま倒されているのも手だったかもしれないな。問答無用で襲われれば、この面子も私の方に信頼を置き、を上手く隠せたかも。



 そう――偽物はユミリンである。


 彼女の目的はノインたちの深層攻略を阻止すること。その為に、偽物の助っ人として現れたのだ。


 ――確かこの深層は戦力を綺麗に分断できるはず。一人ずつ始末していくにはちょうどいい。


 第36階深層の情報は把握済み。例え一人だろうが、ユミリンは既に有利な立場にいる。


 ――まずはこちらに味方をつけるか。あの様子を見る限り、ユキは完全にこちら側についているだろう。そして、この龍矢という奴も所詮は男。手の打ちようはいくらでもある。優柔不断そうなソウタは多数味方してる方を選ぶだろうし、そうなってしまえばRui子も私を信じるに違いない。


 ただ、唯一の不安要素があるといえば……。


「先輩、そんな怖がらなくても大丈夫だって」

「で、ででででもでも! 下、真っ暗ですよ!? 超怖いんですけど!」

「いや、この前の深層はこれなしで入れたじゃないか」

「無理矢理突き落とされたんです! めちゃくちゃ怖かったんですからね、あれ!」

「そうか。なら、こうやって壁を歩いていくってのはどうだ?」

「いやっ……いやいやいや! なんですかそれ!? なんで壁歩けてるんですか!?」

「簡単だよ。糸を射出しつつ、風魔法を調節して――」

「そんなサーカスのショーみたいな芸当、誰でも出来るわけないですからね!?」


 ――プレイヤー名、ノイン。こいつは何者なんだ?


 平然と壁を歩いて降りるという化け物じみたことをしてみせるノインを見て、ユミリンが目を鋭くさせる。


 ――さっき、攻撃を同時にジャスガしていた。私も咄嗟に反撃しようとしてたことさえも、見抜いていたかのように。


 本来、ジャストガードは初見で行えるものではない。

 だが、ノインは一瞬見ただけで即座に対応していたのだ。


 ――Lv.80台の攻撃にいとも容易く対処できる……相当な腕前を持っているのは確かなはずだが、こいつの情報はやけに少ない。


 出てきた情報は前回の初級スタンピードで、ノルズを1位に導いたということのみ。それ以外の情報はいくら探しても出てこなかった。


 これほどの実力の持ち主の情報が出てこないというのは、不自然にも程がある。


 ――なんにせよ、最大の不安要素はノイン。まずは……こいつから始末するとしよう。


 ゆっくりと降りていく中……第36階深層のギミックを駆使して、ノルズを壊滅させる為にユミリンは思考を巡らすのであった。

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