第74話 ようこそ魔王城へ
第61階層の街『ルーネチア』には大きな観光名所が2つある。
1つは街そのもの。かの有名な水の都、ヴェネツィアをモチーフとした景観にファンタジー要素を取り入れた街は、プレイヤーの間でもかなりの人気を博している。
そしてもう1つは――魔王城。
かのトップランカー、魔王ラヴィニール率いる魔王軍が住まうギルドハウスである。
明るい街の最奥にある、真っ黒に塗りたくられた不気味な居城。美しい街というモチーフを台無しにしているかのようにも見えるが……そこはRROのプレイヤーたち。
ファンタジー要素があった方がより一層盛り上がるとのことで、中には入れないものの、フォトスポットとして専ら有名なのだ。
さて……そんな誰しもが知っている魔王城だが、入り口がないというのはあまり知られてない話である。
一応、正面口に大きな扉を設置してあるが……それはダミー。入り口としては機能していないのだ。
では、どうやって入るのか?
正解は……バグ技である。
――おっそろしぃ♪まーおうがやってきた♪
ヘンテコな歌が誰もいない城内に響き渡る。
――いっさましぃ♪まーおうがやってきた♪
歌はだんだんと大きくなり……やがて、城のダイニングルームから船が突き破ってきた。
床を一切傷つけることなく……まるですり抜けるかのように、船は滝でも昇るかのような挙動で現れたのだ。
「よーっし、到着! ニルヴィア、音楽停止!」
「ハッ!」
「全員、船から降りよ!」
ラヴィの指示と共に、それぞれが船からルームへ飛び降りていく。
全員が降りたことを確認すると、ロッドを振るう。すると船はみるみる小さくなっていき、最終的にはミニチュアサイズにまで変化した。
「っと。先輩、大丈夫か?」
「は、はいっ。なんとかっ……」
ほぼ直角の上下運動に酔いそうになりながらも、ユキはなんとか立ち上がる。
城に入るまで使ったバグは2つ。
1つは航行バグ。船というものは当然水の上でしか走れない。
だが……河川の水位が陸上と一致した時、
しかし、これも当然といえば当然なのだが……河川の水位と街の路上が一致する場所なんてあるはずがない。
そこで2つ目のバグ技――すり抜けバグの出番である。
一定の座標値において【ミラージュステップ】を繰り出すと、壁をすり抜けられる場所が存在するのだ。すり抜けた先はマップ外の場所。建物などを通り抜けることも可能で、好きなところまで通常の場所へ戻ることができる。
このルーネチアですり抜けバグが使えるのは……街の上部にある橋の下の壁。
魔王城へ入るのは、この2つのバグを使用しないといけないのだ。
まあ、魔王軍以外がこのステップを踏んだところで他クランハウスに許可なしで入ることはできないが。
「さて、久々の客人だ。茶を出そう」
「えっ、あっ、そんな! えと、お構いなくっ!」
「そう遠慮するな――リアミィ」
「はいはーい!」
ロッドを振るうと、何処からともなく赤いテーブルクロスがかかった長机と人数分の椅子が出現する。
「…………」
「……? どうした?」
「あ、あの……私、お恥ずかしいことに、テーブルマナーとかわからなくて、その……」
「あぁ、なんだ。そんなことか」
しどろもどろになりながら答えるユキに、ラヴィはニヤリと笑う。
「安心しろ。そんなもん心得てるやつなど――ここには誰一人としていない」
「…………」
「ま、好きなようにしろという意味だ。ここはゲームの世界、現実世界のマナーを持ち込む方が無粋であろう」
「は、はあ……」
そう言うのであれば――とユキは比較的ラヴィに近い席へ、ノインはその隣に腰を下ろした。
「ユキちゃん、お砂糖はどのくらい入れる?」
「あっ、えっと………………ちょっぴり! 微糖くらいのちょっぴりで!」
「ん? いいのか? 先輩、結構甘党だったような――」
「い、いいんですっ! 今日は大人な気分なんですっ!」
「そうか。あっ、俺は加糖で」
「! ふ、ふふーん。ノインさんは甘党ですもんね。今日は私の方がちょっぴり大人ですっ」
「むっ……リアミィ、我も微糖で頼む」
「えー、いいのー? ラヴィちゃん、砂糖は2杯入れないと――」
「よいのだ。今日は大人な気分でな」
「んなことで張り合うなよ。くだらねぇ……」
大人びた笑みを浮かべるラヴィに、ボソッと毒づくゲンマ。
「今日はダージリンティーだよー」
程なくして運ばれてくる紅茶。
「ん……美味しいな」
「ありがとー。えへへー、紅茶を淹れるのは得意だからねー」
普段から……というより、かれこれ50,000時間以上は紅茶なんて飲んでないのでよくわからないが、ノインにとってシンプルかつ率直な感想だった。
「「…………」」
そんな中、苦い顔してるのが約2名。
「あっ。角砂糖、置いとくねー」
リアミィは二人の反応を見るや、それとなく角砂糖の入れ物を机の上に置いておく。
すかさず角砂糖へ手を伸ばすラヴィとユキ。
――無理に大人ぶらなきゃいいのに。
……なんて、ここにいる大体の人が思ったが、敢えて言わないようにした。
「っていうか、二人ともすごいとこのクラン所属だったんだな」
「んんー? まぁねー。これでも普通よりは名の知れてるプレイヤーだと思ってるから、そこまで言わなくていいかなーって」
「とはいえ、君のようなプレイヤーもいるのだな。私たちもあまり慢心してられないものだ」
――いや、魔王軍のこと知らないプレイヤーなんて、ノインさん以外いないと思うんです。
謙遜するニルヴィアにユキは心の中で少し申し訳なく感じた。
そう断言できるぐらいに有名なのだ、『ラヴィニール魔王軍』というクランは。
「――っていうか。ノインさん、いつからお二人と面識あったんですか……?」
「ん? ほら、前に言っただろ? 『鍛冶ジョブを選ぶ時に親切な人たちからアドバイスをもらった』って」
「そんな説明じゃ、あのリアミィさんとニルヴィアさんだって全然わかりませんが!?」
「いや、ちょっと強そうな一般プレイヤーかと……」
「一体どこにLv.80後半台の一般プレイヤーがいるっていうんですかぁ!」
ツッコミの絶えないユキに、「まぁまぁ」とラヴィが制す。
「人それぞれに価値観の違いというものはあるからな。今や我々の名を知る者は多いが、元々は名の知らぬ一般プレイヤーの集まり。お主と同じ、ただのプレイヤーに過ぎないのだ」
「うっ……ま、まぁ……」
――や、やりにくい!
いつもなら無知のノインに全力でツッコミ抜くところだが……いかんせん、あの魔王に制されると、何も言えなくなってしまう。
「あっ、名前といえば……魔王様、俺の名前を最初から知ってたよな?」
「ん? まあ知っていたというか……前回のスタンピードであれだけ暴れ回っていれば、ちょっと情報を集めるだけですぐわかるぞ?」
「……先輩、そうなのか?」
「いや、私に訊かれましても……ただ、この前の私たちの作戦は端から見れば無茶苦茶だと断言できますが」
「あ、そうなのか……」
ノインからすれば勝つための作戦に過ぎなかったのだが……そんなことが簡単にできたら、誰も苦労しないだろう。
そのくらい、とんでもない方法だったということである。
「それに、名前も少し気になったのでな」
「名前?」
「あぁ。その『ノイン』という名前……由来はドイツ語の9か?」
「あっ――!」
『由来』というワードに……思わず小さな声をあげてしまった。
『ノイン』というプレイヤー名の由来。それは――
「あぁ、そうだ」
「……!」
と。
ラヴィの質問へ即座に答えるノイン。
「ふむ、やはりそうか。良い名だな」
「だろ? ユキ先輩が考えてくれた、大切な名前なんだ」
「…………」
本来は違う意味で付けられた名前だ。
それは、あまりにもネガティブな自虐的な言葉から。
だが……今はこうして『大切な名前』と即答してくれている。
その事実に、ユキは緩みそうな頬を必死に我慢していた。
……なお、尻尾は嬉しそうにブンブンと振られているので、まったく隠されてないが。
「『9』というのが実に良い。我の好きな数字だ」
「そうなのか?」
「うむ。一桁の数字では一番大きな数字だからな。そして、聞いて戦け!」
ビシリとラヴィが指を差す。
「なんと――今、我は9歳なのだ!」
「………………え。あ、うん」
「わかるかノインよ! つまり、一桁台の年齢では、我が一番上なのだ! はーはっはっは!」
――一桁台の年齢でこんな威張る子、初めて見た。
胸を張って高らかに笑う彼女に拍手しているのは隣にいるニルヴィアのみで、他のメンバーは温かい目線を送るのみ。
……どうやらこの少女がこの発言をするのは日常茶飯事らしい。
「おい、さっさと本題に入れ。そんなどうでもいいこと言いに、二人を呼んだんじゃねぇだろ?」
唯一絶対零度のような目線を送っているゲンマが呆れた声を出す。
魔王よりも偉そうな態度に瞬時に剣を抜こうとするニルヴィアだが、それを片手で制したラヴィは「そうだな」と切り出す。
「ノインよ、わざわざ呼んだのは他でもない――お前には第40階深層を攻略してもらいたいのだ」
「っ!」
――深層攻略!
ユキが目を見開く。
深層。通常のダンジョンでは行けない、隠しダンジョン。
その難易度はとんでもなく高いことを、彼女は身に染みて知っているのだ。
「まずは第36階層へ向かってくれ。リナが先行して調査している」
「ん? リナさんを知ってるのか?」
「知ってるもなにも。以前、リナと共に深層を攻略しただろう? あれを依頼したのが我だ」
「へぇ、そうなのか」
「っていうことは……」
「あぁ。今回もこれを使ってほしい」
と、懐から手のひらサイズの黒い直方体のアイテムを取り出す。
『タイムメモリー』。以前、第20階深層を攻略した際にリナが使用したアイテムである。
――これは、とある人に託されたモノでね。
思い返されるは、あの時のリナの台詞。
あれはラヴィ魔王様のことを言っていたのだ。
――でも、なんで?
ふと疑問を抱く。
――なんでラヴィ様は……自ら攻略しないんだろう?
Lv.99……謂わば、トップの中のトップ。彼女に攻略できない場所など、ほぼないはず。
だというのに……ノインやリナに攻略してもらおうとしている。
その理由が、どうしてもユキにはわからない。
「どうだ? ノインほどの腕前なら、深層攻略もできると思うのだが」
確かに第20階深層をソロ周回しても余裕なノインのことだ。例えギミックやモンスターが違うとはいえ、攻略できる可能性は高いだろう。
それに……彼は純粋にゲームを楽しんでるプレイヤー。深層攻略なんて聞けば、すぐさま首を縦に振るだろう――と、そこそこ付き合ってるユキは容易に予測できていた――のだが。
「いや、ダメだ」
「っ!?」
彼女の予想は大きく外れた。
高難易度大好きなノインが考える暇もなく首を横に振ったのだ。
――なんなら深層でも縛りプレイしそうな、あのノインさんが!
これにはラヴィよりもユキの方が驚いていた。
……しかし、どうやらそうではないらしい。
「……理由を聞いてもいいか?」
「理由もなにも。ただ、お願いする相手を間違えてるってだけだ」
「相手とな?」
「あぁ。訊くんだったら、まずユキ先輩からにしてくれ」
「わ、私!? 私ですか!?」
突然の指名に思わず声を上げてしまう。
「いやっ! あのあの、あのっ! 私にそんな決定権があるとは思えないんですがっ! ノインさんが決めていいんですよっ!?」
「いや、ユキ先輩は俺のクランのリーダーだからな。先輩が嫌だって言うんなら、俺もそれに従わせてもらう」
「え、えぇ……じゃ、じゃあ、いつも目を離したら平気で徹夜するのを止めないのは?」
「あれは俺のプレイだからな。今回はクランの話だろ」
「……う、うーん」
――なんか納得のいくような、いかないような。
どうすれば彼のバグった時間感覚を正せるか、今後の課題になりそうだとユキは額に手を当てる。
「……ふむ。それは失礼した」
とラヴィは納得したようで、ユキの方を向いて、今一度問いかけてきた。
「ならばノルズのリーダー、ユキよ。第40階深層を攻略してくれないか?」
「え、えぇっと……!」
まさかこんなことになるとは思わず、動揺して返事できない。
だが、きっと動揺してなくても彼女は迷っていただろう。
というものの、深層はそう簡単に攻略できるようなダンジョンではないのだ。
ノインさえいれば安心できるというのは過言ではないが……それでも高難易度ダンジョンにはそう簡単に二つ返事できないだろう。
なかなか答えを返せずにいるユキを見て、「ふむ」とラヴィは顎に手を当てる。
「そういえばユキよ。お前、かの有名な『桜斬り』に憧れているそうだな?」
「えっ、あっ、は、はい! よ、よくご存知で!」
――あれ? 『桜斬り』に憧れていることは、リナさんにも言ってないような……?
「謎多き存在だが、一つだけ情報を知っている」
「えっ……さ、桜斬りのですか!?」
「そうだ」
腕前しか知られてない伝説のプレイヤー。
そんなプレイヤーの情報があるというのなら――食いつかないはずがない。
身を乗り出したユキに、ラヴィはニヤリと笑みを浮かべる。
「以前、桜斬りは――第40階深層を攻略していたらしい」
「――!」
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