第73話 魔王がやって来たぞ!

「ま、魔王だ! 魔王軍がやって来る

ぞ!」


 そんな速報が届いたのは、ノルズ一行が第61階層『ルーネチア』にたどり着いた時のことだった。

 街中じゅうに河川が通っており、公路よりも水路の方が大きく、船で移動する人も少なくないという少し変わった街である。


「えぇっ!? マジかよ!?」

「マジだよマジ! 早く整列しろ!」

「おいおいおいおい! 今日は来るだなんて聞いてないぞ!?」

「いいから急げ! 水路から退くぞ!」


 『魔王』という言葉一つだけで波紋が広がっていく。今さっきまで楽しそうに景観を眺めていた男女のカップルでさえ、途端に引き締まった顔と変わってどこかへ行っていった。


 船に乗っていたプレイヤーたちも船から降りて道に上がってくる。


 誰しもが騒然とする中、呑気そうに眺めているプレイヤーが一人。


 ――なにこれ?


 そう、ノインである。


「ユキ先輩、これなんかのイベントか?」

「はぁっ!? そんなわけないでしょう!? 文字通り、魔王様がここに来るんですよ!」

「そうか、倒せばいいのか」

「なんて恐ろしいことを言うんですか! 魔王様は敵なんかじゃありません!」

「? 魔王なのに、敵じゃないのか?」

「あっ、そういえばノインさんは知らないんですね! ええと、とにかく説明は後! 私に着いてきてください!」


 ――いや、なにこれ?


 結局よくわからないままユキに手を引かれていき、ノインはますます首を傾げた。

 狭い歩道にプレイヤーたちが押し寄せてきたため、人で溢れかえっている。


「なぁ先輩。一度みんなと合流した方がいいんじゃないか?」


 ちなみにノルズたちはそれぞれ買い出しの途中だ。

 特に買い足す物がなかったノインはなんとなくユキに着いてきていたが、他の3人はバラバラに行動してるだろう。


「うーん……ここまで混雑してると流石に捜せないと思いますし……もし仮に見つかったとしても、多分動けないんじゃないかと思いますよ」

「そうか? バーサークモード使えば可能だろ?」

「あの、街中で戦闘モードに入る前提で話すのやめてもらっていいですか?」

「え? ダメ?」

「ダメに決まってるじゃないですか!」


 基本、街中で戦闘は起こすのはあまりよろしくないことだ。

 モンスターの生息地とは違い、HPが0になってもデスペナルティーを受けない利点があるが……それでも街は街。戦士の休息の場であり、戦う場所ではない。


 ふと、ユキは今までノインの行動を思い出す。


 第1階層の街『ステップ』では、Akiと決闘。

 第21階層の街『ロード』では、ロードの住民たちと乱闘騒ぎ。

 その他etc……。


 ――いや、街中で暴れてばっかだな、この人!?


 理由がどうであれ、『街中で戦ってもいい』という間違った常識を得てしまっている。


 これはリーダーとしていずれ直さなければならないな――と、小さきリーダーは秘かに使命感を抱く。


「あぁ、そうだ先輩」

「今度はなんですか!? この人混みを使って気配探しの訓練とかしませんからね!?」

「あぁいや、そうじゃなくて」


 と。

 ノインは手を伸ばしてユキの小さな手を握ってきた。


「はぇっ……?」


 突然の出来事に、思わず間の抜けた声が出てしまう。


「この人混みだとはぐれるかもしれないからな。こうしておきたい」

「…………」


 いつものユキなら「子供扱いしないでください」と尻尾を逆立てて威嚇するところ……だが。


「は、はい……」


 ノインに手を握ってもらえるという嬉しさの方が勝り、赤くなった顔を俯かせた。


「で? どこへ向かえばいいんだ?」

「あっ、えっと……とりあえず、川沿いの、川が見える場所を確保したいです」

「ん、了解。なるべく早く見つける」

「あっ、いや! その……そんな急がなくても、いいです……」

「え? でも」

「い、いいんですっ」


 ――少しでも長く繋いでいたいから。


 なんて本音を言えるはずもなく。


 彼女ができることは、せいぜい手を握る力を少し強めることくらいだった。



***



「――それで、この騒ぎはなんなんだ?」


 一緒に回ること数分。とりあえず空いてる場所を見つけたので、周りと同じく横一列に並びつつ、ノインはずっと気になっていたことを訊いてみる。


「もうすぐ魔王様が来るんですよ」

「はあ。その魔王ってのはモンスター? NPC?」

「いえ、私たちと同じプレイヤーです」

「……なんで魔王って呼ばれてるんだ?」

「本人がそう名乗ってるからです」


 ――龍矢のようなロールプレイを楽しむタイプか。


「来たぞ!」


 と。

 誰かの声により、河川に注目が集まる。


 ――おっそろしぃ♪まーおうがやってきた♪

 ――いっさましぃ♪まーおうがやってきた♪


 ――……えっ、何この歌?


 何処からともなく不思議な歌が聞こえてくる。


「おっそろしぃ♪」

「「「まーおうがやってきた♪」」」

「いっさましぃ♪」

「「「まーおうがやってきた♪」」」

「……先輩、この歌は?」


 聞こえてくるどころか周囲のプレイヤーも歌いだし、堪らず訊いてしまう。


「魔王様をお出迎えする行進曲です!」

「えっ……あ、うん」


 ――言いたいことは山ほどあるけど……もう、そういうことにしておこう。


 ツッコミどころ満載の状況に、ノインは諦めることにした。


 そうして満を持してやってきたのは――不気味な海賊船。


 黒塗りの禍々しい雰囲気を醸し出した海賊船。ただ、河川で運航できるようにしてるためなのか、やや小さめのサイズである。

 そしてそのデッキに髑髏のレプリカが付けられた禍々しい椅子に座しているのは――小さな少女。


 水色の髪をツインテールに纏めていて、椅子の背もたれよりも低い身長。

 黒いローブと余裕のある笑みを浮かべた表情は年相応に見えない。


【۞魔を統べる王۞LoveyNeil Lv.99】


 ――なんか、マジで誰かと似たようなネーミングセンスしてるな。


「うおおおお! 魔王様ー! ラヴィ魔王様ー!」

「こっち見てー!」

「今日も可愛いよー!」


 どう見ても小学生くらいしか見えない少女――ラヴィニールの登場に、ギャラリーの歓声が沸く。


 その様子は、まさに誰もが畏怖する魔王の出現……というより、たまたま街中で出会った国民的アイドルに群がる光景に近かった。


「キャーッ、キャーッ! ラヴィ様ー!」


 そして、ノインの隣で黄色い声をあげている彼女も例外ではない。


「あの人、そんなにすごいのか?」

「いやいや、すごいに決まってるじゃないですか! だってLv.99ですよ、99!」

「はあ」


 ――リナさんとそんな変わんなくね?


 なんて考えているが……そもそもリナもトップランカーの一人であり、十分に凄いことを彼は気がついてない。


「魔王様はですね、トップランカーの中でもトップ! 現状RROでは1位の存在なんですよ!」

「へぇ、強いのか」

「まあ、強いというのもありますが……トップだと言われる所以は、あの威厳のある立ち振舞いです! 溢れだすカリスマ性は誰もが慕う、まさに魔王様なんです!」

「カリスマ性……ねぇ」


 やや興奮気味に説明するユキに、チラリと魔王の方を見てみる。


「魔王様万歳! 魔王様万歳!」

「魔王様天才! 魔王様天才!」

「魔王様最強! 魔王様最強!」


 もはや宗教じみている魔王様コールに、ラヴィニールは優雅に座しながら手を振っていく。


「……ふふん♪」


 だがその顔は、完全に緩みきっている笑みを浮かべていた。


 ――いや、カリスマ性なんて見えないなぁ。


「……ん? あれ?」


 と、どんどん近づく船を眺めながらノインは気がつく。


 おっとりとした雰囲気の金髪ストレートの少女と、軍服を着こなした銀髪ポニーテールの女性。


 魔王の船に乗っているプレイヤーの内の二人に、見覚えがあることを。


 向こうもノインに気がついたらしく、金髪ストレートの少女――リアミィがにこやかに手を振ってきた。


 銀髪ポニーテールの女性――ニルヴィアも軽く一礼すると、そっとラヴィに耳打ちする。


「……おぉ、あれが! ゲンマ、船を止めよ」


 ラヴィとも視線が合うと、彼女は席から立ち上がった。


「そこの銀甲冑のプレイヤー!」

「……ん? 俺のことか?」

「え? いやいや、まっさかー。ノインさんじゃなくて、他の人のことですよー」


 船はどんどん近づいてくる。


「そう、お前のことだ。白髪の和風プレイヤーの横にいるお前だ」

「ほら、やっぱり俺のことじゃん」

「えっ、えっ、えっ!? えぇっ!? マジじゃないですか!?」


 船はどんどん近づいてくる。


「我の名はラヴィニール。この世界では魔王と呼ばれている」

「はあ」


 船は間近まで迫ってくる。


「俺の名前は――」

「既に知っている、ノインだな? お前の活躍はよく耳にしているぞ」

「ノインさん、いつの間にそんなビッグになったんです!?」

「いや、俺というよりノルズでの功績のことだろ。ほらスタンピードとか」


 とうとう船はノインとユキの真横にまで近づいた。


「その腕を見込み、折り入ってお前に頼みたいことがあるのだ」

「俺に?」

「そうだ。なに、ここはゲームの世界。変に気負わなくてよい」


 間近まで近づいた船は――そのまま止まることなく。

 余裕綽々の笑みを浮かべているラヴィニールはノインたちを追い越していった。


「さぁ、とりあえずこの船に乗ってくれ。話をしよう」

「いや、追い越されちゃってるんだが」


 船は止まることなく、どんどんと離れていく。


「ごらぁっゲンマァ! なぜ追い越す!? 我は止めよと言っただろうが!!」

「船は車じゃねえんだよ。そんな急に止まれるかボケ。もう少し考えて発言しろ」

「貴様の方こそ発言に気を付けろゲンマ! ラヴィ様になんて口を利いてるんだ! ぶった斬るぞ!」


 さっきまでの威厳ある態度は何処へ行ったのやら。

 恐らく同じクランであろうプレイヤーたちと騒ぎ立てるその姿は、ただの少女であった。


 ちなみに、この間にも船は動いている。


「――ちょっ、すまんノイン! 話がしたいから、飛び乗ってくれないか!」

「……ん、わかった。ほら、先輩も」

「へっ?」


 ノインはユキの腰に手を回すと、脇に抱えてながら手すりの上に飛び乗った。


 空いた片手でロストバスターを取り出すと、船に目掛けて糸を射出する。


「ちょっ、あの、ノインさん!?」

「行くぞ」

「だから街中で武器を使ったり、目立った行動をとるのは――」


 ユキの制止も聞かず……ノインはそのまま手すりを蹴りあげた。


「ダメだって! 言ったのにぃぃぃいいっ!!」


ノインとユキはそのまま川へと落下していく。


「ぎゃぁぁぁああっ!」

「よっと」


 川へ落ちる直前に糸を巻き上げると、グンと身体が引っ張られていった。


 派手な水しぶきを立てながら船へ飛んでいく姿は、まるで水面を滑走しているかのよう。


 一気に船体へ近づいていくと、最後に水面に風魔法を打ち付けて高く飛び上がる。


「――っ!!」


 身体中に衝撃を響き渡らせながら、二人は魔王の船へと着地した。


「来たぞ」

「うむ、よくぞ来てくれた」


 淡々と告げるノインをラヴィは快く歓迎する。

 魔王の他に、船体にいるのは四人のプレイヤー。


【nill-via Lv.88】

【リアミィɞ Lv.86.5】


「ノインくん、おひさー。元気そーな姿を見れて、おねーさん嬉しいぞ♪」

「これで君と会うのは二度目、か。今度はゆっくり話ができそうだな」


 相変わらずの二人であるが……他の二人は初めて見る。



【一日一造するレイフ Lv.92】


 逆立てた茶髪、鋭い目つき。立派な顎髭も生やしているところから、まるで獅子のような威圧感。


 黒いタンクトップと作業着らしき橙色のズボン、その上から初期装備の胸当てのみを着けている格好をしている、不思議な男である。


【ゲンマ@低浮上 Lv.98.5】


 そしてもう一人も――これまた異質な格好。

 赤と黒が入り交じったかのようなパーカーを深く被り、顔にはガスマスクを着けている。

 その正体は何もわからず、ノインよりやや低めの身長と男性っぽいということぐらいしか情報が入ってこない。


「ん……?」


 と。

 ゲンマを見るなり、ノインは首を傾げる。


 ――あれ、この子……。


「急に呼び出してすまないな」

「ん? あぁ」


 と声をかけられ、視線をラヴィに戻した。


「で、話ってなんだ?」

「うむ。我も本題に入りたいのは山々なのだが……」


 チラリとノインの隣を見つめる。


「とりあえずゆっくりしていけ。お前の連れも少し落ち着きたいだろうしな」


 ――そこには、着地した衝撃で未だ荒い息を立てて四つん這いとなっているユキの姿があった。


「先輩、大丈夫か?」

「………………たち……」

「ん?」

「――かまいたちぃぃぃっ!!」


 瞬間、一閃が走る。


「きゃふんっ!?」


 不安定な体勢でスキルを使用したからか、そのまま尻餅をついてしまうユキ。


「おぉ。その体勢でも使えるんだな、その居合い抜き」


 そして、対するノインは当然のようにジャスガしていた。


「てか、あれ? 先輩、さっき街中では武器を抜いちゃいけないって」

「うるさいうるさいうるさぁーい! いきなりジェットコースターみたいな動きをさせるようなおバカさんにはいいんですっ!」

「ずいぶん限定的な条件だな」

「反省しろって遠回しに言ってるんですよ! ノインさんのバカっ!」

「あぁ、そういうことか。それは悪かった」

「まったくもう!」


 直接的に言わないとわからないノインに、頬を膨らませる。


「………………あっ」


 ……のだが、ユキは今自分がいる場所を思い出す。


 あの魔王率いるクランの船内。


 つまり――今のやり取りをトップランカーたちに見られているのだ。


「え、えと! あのそのっ! こ、これはっ……!」


 ユキにとっては既に日常と化しているが……他人に見られていると意識すると、急に恥ずかしくなり徐々に顔を赤く染めていく。


 なんとか言い訳をしようと身振り手振りするユキに、いち早く反応したのはリアミィだ。


「……あぁー、大丈夫大丈夫ー。そんな恥ずかしがらなくても、今みたいなやり取りはおねーさんたちも見慣れてるからねー」

「……そう、だな。もうすっかり見慣れちまったな」


 とレイフもうんうんと頷く。


 ゲンマにも何か心当たりがあるのか、無言のままそっぽを向いていた。


「見慣れている? どういうことだ?」


 ――のだが、わかってない者もいたりする。


「「…………」」

「む? 二人とも、なぜそんな温かい目で我を見る? ニルヴィア、わかるか?」

「さぁ……私にもさっぱり……」

「…………」

「お? どうしたゲンマ、こっちに来て……ははーん、さては我が他の男プレイヤーと会話をして嫉妬したのだな? そうなのだな? よしよし、愛いやつめ。我が頭を撫でて――あいったー!? 叩かれた!? 我、頭叩かれた!?」

「ゲンマァ!!」


 ――斬!


 とうとう堪忍袋の緒が切れたニルヴィアは腰に携えていた剣を振るわれた。


 目に見えぬ斬撃がゲンマを襲う。


 ――は、速い!


 その速度はまさにユキの鎌鼬と同じレベル。

 だが、ニルヴィアはスキルを発動することなく、光の速度並みの斬撃を連続で放っているのだ。


「こ、のっ……! 避けるなぁっ!」

「いや、攻撃されて避けるなって方がおかしいだろ」


 しかし、意外にも優勢なのはゲンマの方だった。

 不意打ちに近い攻撃、目にも止まらぬ連撃をしているのに対し、ゲンマは体を一切動かしていない。


 いや、動かしていないというより――


「まーまー。ニルちゃん、お客さんの前だから抑えて抑えてー」

「ええい、止めるな! というか、貴様らも加勢しろ! ラヴィ様を叩くなど、言語道断だろうが!」

「んー……今のはラヴィちゃんの方が悪いって、おねーさん思う」

「同じく」

「「なんでぇっ!?」」

「気を落とさないで、ゲンくん。いつか気づいてくれるから……」

「……ちっ」


 ――あー……。


 なんとなく見えてきた関係性に、ユキは妙な既視感を感じてきていた。


 どうやらいくら格上のクランとはいえ、こういう雰囲気はあまり変わらないらしい。


「と、とりあえず……ここで話すのもなんだ。場所を変えようではないか」

「変える……というと?」


 ノインが首を捻ると、ラヴィは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに得意げな顔をした。


「案内しようではないか――我々の居住地、魔王城へ」

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