第70話 ヒーラーを探せ!

「ヒーラーを仲間にしましょう」

「ほう」


 第51階層の街『リバース』にて、ユキの指示が下された。


 作りは『ステップ』と非常によく似ている街。違う点と言えば、主に暖色系の色彩を使っている『ステップ』に対して『リバース』は寒色系の色彩を主に使っている点だろうか。

 ちょうど中間地点ということもあり、『リバース』を利用するプレイヤー人口はそれなりに多い。


「それまた急にだな。何か考えがあるのか?」


 ノインが呑気な声で訊いてみると……ユキは微妙な表情をした。


「ええ、まあ……考えというか、原因というか……」

「?」

「……この前のスタンピードで、回復アイテムを買い占めたの覚えてますか?」

「ん? あぁ、買い占めたな」


 ふと、1ヶ月ほど前のスタンピードを思い返す。


「それが影響で、ここ周辺だと回復アイテムが不足してるんです……」

「へぇ、そうなのか」


 基本、回復アイテムはそこまで重宝されない。パーティーの中にヒーラーが入れば十分であり、Knナイトは自動回復のスキルを持っているからだ。

 アイテムポーチを圧迫することにもなるので、回復アイテムは必要最低限の量であることがRROの基本である。


 しかし……ノインたちが実行した作戦により、最近は少し変わってしまった。そこまで重要視されていなかった回復アイテムが、一斉に買い占められるというこの事態。


 ただでさえ第1階層から第25階層までのプレイヤー人口は高い。『回復アイテムの不足』という影響は、ノインたちが考えているより高かった。

 第60階層までの店にプレイヤーが殺到し、あっという間に回復アイテムは品薄状態になってしまったのだ。


 どうしてかというと、50,000時間という閉じ込められた時間が環境を変化させてしまったから。


 普通のゲームならアイテムのストックは当たり前、回復アイテムであれば尚更Max値まで倉庫に揃えておくものだが……長年閉じ込められていることもあり、RROが今の現実となりつつある。


 食料品を必要最低限の量だけストックしておく主婦のように、RROのプレイヤーたちも回復アイテムは必要最低限の量しか持ってないのだ。



 しかし、ここはゲームの世界。もちろん、自給自足なんて方法もある。


 『雪の花』というアイテムと別のアイテムと調合することで、回復系アイテムは作ることが可能。『雪の花』自体の入手はそう難しくない。


 だが……今まで『雪の花』を対して採取してなかったプレイヤーたちが一斉に狙い始めたらどうなるのか?

 当然、奪い合いになる。ゲームの世界なのでクールタイムが過ぎればまた復活するが、それもまた誰かのプレイヤーに取られるという自体に陥ってしまうのだ。


 となれば、今までコツコツ貯めてきたプレイヤー、アイテム商売を行っているプレイヤー、そして自分達の畑を持っているプレイヤーたちが回復アイテムを独占できる。

 今の状況を見て頑なに保持する者、もしくは品薄商法で敢えて今は売りに出さないと画策している者がアイテムの流通にストップをかけているということだ。


 一方この元凶であるノルズは、ノインが一切ダメージを受けずヘイトを稼いできたために大して回復アイテムを使用せずに第50階層まで攻略を進めてこれた。


 だが、まだ買い占めたアイテムのストックは残っているとはいえ、この情勢がどのくらい続くかわからない。なので他人を回復できる人材……要はヒーラーという役目がクランメンバーの中に1人は欲しい、という結論に至ったのである。


「ボクは賛成! やっぱりバスケは5人いなくちゃ始まらないもの!」

「いやあの、Rui子ちゃん? 別にバスケがしたくて仲間集めしたいわけじゃないからね……?」

「大丈夫、大丈夫! わかってるって!」


 Rui子も以前から「メンバーがもう1人欲しい」と言っていたので賛成してくれるとは考えていたが……さすがはバスケ脳。常にバスケが最優先のようだ。


「ふむ、俺も異論なしだ。蒼茫を目指す者が1人増えれば、それもまた一興というものさ……」

「……言っておきますが、龍矢さんみたいな人は1人で十分ですからね?」


 龍矢のような中二病が増えると考えると胃が重くなる……と考えつつ、最後の1人を見る。


「ノインさんは……その、大丈夫、ですか?」


 おそるおそる声をかけると、ノインは「ん?」と首を捻った。


「あぁ、もちろん賛成だ。俺は先輩の意見なら、それに従う」

「そ、そうですか……」

「というか先輩、俺が反対すると思ったのか?」

「いやほら、最初の時言ってたじゃないですか。私さえいれば充分だとかなんとかって……」

「あぁー……言ってたな。でもまあ、大人数で攻略するって楽しみも最近わかってきたからな。特に反対しないよ」

「……それなら、よかったです」


 ユキも一応リーダー。反対意見があれば無視するわけにはいかないので、全員の意思確認をしておこうとは思っていた。


 しかし全員が賛成だったので、案外すんなりと仲間探しを開始できる――


「ユキちゃんさえいれば充分……って、ノインくんが言ったの?」

「――ハッ!?」


 ……はずだったのだが。


 ユキの思い出エピソードにRui子がニヤニヤと反応していた。


「へぇーへぇーへぇー。そんなことがあったんだぁ? 初耳だなぁー」

「あ、あのRui子ちゃん! そうじゃなくてね!」

「あぁ、俺もノインに誘われて後から入ったのだが……既にその時から二人の絆は固く結ばれていたな」

「ちょ、ちょっと龍矢さん!」

「いやいや、そんな照れなくてもいいじゃんー。お熱いねぇ、お二人さんっ」

「あぁ。先輩と俺は熱い絆で結ばれてるようなものだからな」

「あなたは話をややこしくしないでもらえますか!?」

「え? でも間違ってないだろ?」

「そ、それはっ……その、そうじゃくて!」

「あっ、ほら否定してないー。可愛いねぇユキちゃん」

「~~~っ! あぁっ! もうっ! 違うもんっ!」

「ノインくん、他にもユキちゃんエピソードがあったりする?」

「うーん……そうだな、一回だけユキ先輩と一緒に――」

「わーわーわー! ノインさんもこれ以上話すのはやめてぇ!」


 ……結局。色々聞き出そうとするRui子を止めるために、仲間集めを開始するまで小一時間かかってしまった。



***



 新メンバー獲得の為、ユキは第36階層の街『ネモルリ』へ訪れていた。


 獲得するなら出来るだけ自分たちと同じレベルがいいのではないかという案で、ユキとノインと龍矢はそれぞれ下の階層で野良プレイヤーを探している。


 一方、Rui子は


「鷹隼騎士団の知り合いから話を訊いてみる!」


 とのことで、それぞれの支部の知り合いにあたっているようだ。


 メンバー探しから既に2時間経過。やはりそう簡単には上手くいかず、どう探そうかと頭を悩ませていた時だった。


「あれ、ユキちゃん?」

「……え?」


 街を歩き回っていると、声をかけられ後ろを振り向く。


 淡い橙色の髪を肩まで伸ばし、パッチリとした水色の瞳。

 前髪を桜色の星がついたヘアピンで右側に留め、高校の制服を模したような藤色の衣装、全身パステルカラーの女性がユキの方を見ていた。


 ユキもこの女性プレイヤーのことを……いや、誰しもが知っているプレイヤーである。


「リ、リリリリリナさん!?」

「やっほやっほー。元気そうだねぇ」


 思わず素っ頓狂な声をあげるユキに、女性――リナはにこやかに手を振ってみせた。


 プレイヤー名、リナ。数少ないLv.90台にいるトップランカーであり、『淡色の魔女パステルウィッチ』の名でもプレイヤー間に知れ渡っている。


「あ、えと、その! お、お久しぶりです!」

「あはは、固いよユキちゃんってば。もうタメ口でいいのにー」

「い、いえ! リナさんは私の憧れなので、そんなことは!」

「ま、それもユキちゃんらしいと言えば

らしいか。ノインくんたちも元気?」

「は、はい。みんな元気ですっ。その、リナさん、珍しいですね。この階層にいるなんて」

「今、深層の調べ事しててね」

「あぁー、なるほど……」


 彼女がノルズと知り合ったのは第16階層。裏ダンジョンである『深層』で一時的にパーティーを組んだこともあるのだ。


「ユキちゃんは? 1人で何か探してるの?」

「ええと、探していると言いますか……仲間を募集中でして……」

「あー、そゆことか。もし良かったら、私も協力してあげよっか?」

「ほ、本当ですかっ!」


 情報を提供してくれるのであれば、是が非でもない。ユキは尊敬の意を込めてリナを見つめる。


「お姉さんに任せなさーいっ。とりま、どんなプレイヤーを募集中なのかなー?」

「えっとえっと、募集してるのはヒーラー職で!」

「うんうん」

「前衛と後衛、どちらも出来て!」

「うんうん」

「私たちをサポートしつつ、自分1人でも戦えるような感じで!」

「うんうん」

「あと、できれば常識を持ってる!」

「うんうん」

「そんなプレイヤーを募集中です!」

「うんうん。なるほどねー」


 ユキの要望にリナはコクコクと頷き……一言。


「――うーん。そんな都合のいいプレイヤー、そう簡単にいないんじゃないかな?」

「……ですよねー」


 現実的な回答に、ユキも苦笑いを浮かべる。

 ヒーラー職を生業とするプレイヤーは基本的に後衛だ。下手に前へ出たところで死ぬ確率が高まるだけなので、攻撃専門の前衛プレイヤーを後ろからサポートするのが基本的な型である。


 だが……ノルズは前衛と後衛を交互に使い分ける、謂わば型破りの戦法。全員がアタッカーでありサポーターでもあるので、募集するメンバーにも同じ動きを求めてしまうのだ。


「うーん、流石にサポーターとアタッカーの兼任は難しいかもねー……私でも難しいかも」

「そ、そんなそんな!? リナさんなら絶対出来ますって!」

「あはは、そう言ってくれるのは嬉しいな」

「と、当然ですよ! リナさんはあのトップランカーの1人なんですから! リナさんなら、今の条件なんて余裕でクリアできちゃいますよ!」

「あれ、もしかして誘われてる?」

「い、いやいやいや! 私がリナさんを誘うだなんて、そんな畏れ多いっ!」

「でも、ノインくんは誘ってきたよ?」

「あの人はバカなだけですっ!!」


 まあ50,000時間もチュートリアル世界に閉じ込められていたから、世間知らずなのは仕方ないというのもあるが。


「相変わらずノインくんと仲が良いねー」

「なっ、なっ、なっ!? なんで今のでそうなるんですかっ!?」

「じゃあ、悪いの?」

「――っ」


 きょとんとした顔で訊いてくるリナに、言葉を詰まらせる。


 思い返されるは……前回の緊急クエストのこと。


「いや、あのっ……仲が良い悪いとかじゃなく、ノインさんは私がいないとダメと言いますか、その……」

「…………」


 ――あらやだ。私の知らないところで更に発展してるじゃない。


 ユキの恋愛事情を応援している一人でもあるリナは、やや赤面しながら口ごもるユキを見て静かにラブコメの波動を感じていた。


「――っていうか、今ノインさんのことはどうでもいいんです! 新しい仲間が欲しいんです!」


 とは言うものの……リナでさえユキの提示した条件に当てはまるプレイヤーは思い当たらないらしい。


 少し条件を緩和するべきか……と考えていたところ、「あっ」とリナが声をもらした。


「その条件に合うかどうかはわからないけど」

「?」

「ちょっと気になる噂なら聴いたよ」

「噂……ですか?」


 ユキが首を捻ると、彼女は人差し指を一本立てる。


「うん、この前のスタンピードあったじゃん?」

「はい、ありましたね」

「あれね、上級のスタンピードだけ失敗しちゃったんだよ」

「えっ……あぁ、まぁ上級ですもんね。そういう時もありますよね」


 上級のスタンピードとなると、動きや勝手が違ってくる。他のクランとの連携が上手くいかなければ、失敗することもあり得るだろう。


 だが、リナは首を横に振った。


「そうじゃないっぽいの。聴いたところによると、どうやら1人のプレイヤーのせいらしいよ」

「1人のプレイヤー……?」


 ますます首を捻るユキ。


「えぇ。その戦犯と言われるプレイヤーは――どうやらヒーラーらしいの」

「……!」

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