第71話 戦犯プレイヤー

「――あっ、その話ならボクも教えてもらったよ!」


 早速リナから聞いた情報を全員に話すと、Rui子がいち早く反応した。


「鷹隼騎士団にも上級スタンピードに参加したクランがいてねー。なんか凄かったらしいよ?」

「ふむ。凄かった、とは?」

「えっとね、あらゆる敵に無我夢中で突っ込んで、暴れまわった挙げ句に自爆してた……とかなんとか」

「えぇ……大丈夫なのそれ?」


 ヒーラーとは思えないような暴れっぷりにユキが眉をひそめる。


「まあ、俺たちも他人のこと言えないけどな」

「むぅ……それはそうですが……」


 確かにノルズも防御無視の超攻撃先方だったが……それは初級だからこそできたことだ。


「とりあえず、その戦犯プレイヤーに会ってみるのがいいんじゃないか? 百 聞は一見に如かずとも言うだろ」

「……確かにそうですね。龍矢さんは第一印象からして、明らかにヤバい雰囲気漂ってましたもんね」

「ふっ……先陣を切る者はいつの時代だって奇異な目で見られるものさ……」

「いや、あなたの場合は先陣じゃなくても奇異ですから」


 とはいえ、まともな意見であることには違いない。


「じゃあ、早速そのプレイヤーを探しに」

「まあ、そのプレイヤーならここにいるんだが」

「――いきましょう……ってぇ!? えぇぇっ!?」


 リーダーらしく振る舞おうと高らかに指示を出したユキだが、ノインの一言により尻尾を立たせてビックリしまう。


「な、な、なんでっ!?」

「あぁ、ロードの住民の情報通から聞いてな。とりあえず話をして、ここまで来てもらった」

「……っ!」


 そういえばどの層にもノインの姿が見当たらないと疑問に思っていたが……どうやら更に下の、第21階層へ行っていたらしい。


「つ、連れてきたのなら、先に言ってくださいよ!?」

「えっ、だって先輩がやけに嬉しそうに、我先にと報告してたんじゃないか」

「う、うぅぅーっ! 今回ばかりは私が先に情報を掴んだと思ったのに!」

「ダメだったか?」

「ダメじゃないです! ですけど、ノインさんに先を越されたのが悔しいんですっ! うぅーっ!」


 ――それは別にどっちだっていいんじゃないか?


 まるで小動物のような唸り声をあげるユキに首を捻る。

 しかし、ユキにとってこれは重大なことである。仮にもリーダーらしくあろうとする、彼女なりの意地なのだ。


「悔しい悔しい悔しい! 次こそは負けませんよっ!」

「あ、あのぅ……」

「――ハッ!?」


 と。

 しびれを切らしたのか、呼び出されたプレイヤーの方から歩み寄ってきていた。


 ユキはビクリと耳と尻尾を立たせると、「こほん」と咳払い。


「――こ、こんにちは。私、ユキって言います。『ノルズ』というクランのリーダーとして勤めています」


 ――今更そのキャラ付けは無理があるんじゃないかな、ユキちゃん!?


 一体、今さっきの姿のどこがかっこよくて頼れるリーダー像に見えるのだろうかと心の中でツッコミを入れるRui子。


「それで、あなたは……えーっと……」


 まじまじと前に現れたプレイヤーを見つめる。


【ソウタ Lv.67】


 名前からして男だ。男なのだろうが――容姿を見るとそうでもないかもしれないという疑問が生まれてしまう。


 背丈は少しユキより高いくらい。ブロンドの髪を肩まで伸ばしていて、白と紺色の神官服を身に纏っている。

 大きな瞳と整った形はどこか中性的な顔立ちをしているのだ。


「………………男性の格好をした女性、でしょうか?」

「あぁ、やっぱりそう見えますよね……すみません、僕、これでも男なんです……」

「あぁいえ! こちらこそ失礼いたしました!」


 なんて慌てて頭を下げるものの……チラリと今一度その容姿を見直す。

 プレイヤー名さえ見えなければ女性にしか見えない。顔は普通に可愛いし、鈴のような声も完全に女性と聞き間違えるほど。


 こんな顔をした男性がこの世にいていいのかというくらいに、可愛らしい女の子に見えるのだ。


「えと、僕、ソウタって言います……」

「訊いたところによると、前のクランは抜けたらしい。今はフリーだそうだ」

「抜けた、というより半強制的に追い出されたという方が正しいですけどね、ははっ……」


 ノインの付け足しに少年――ソウタは力なく笑う。


「そ、そうなんですか……でも、それならこちらとしても都合がいいですね」

「えっと、そのことなんですが……」

「はい?」

「ここまで来て、こんなことを言うのもアレなんですけど……僕を誘うのは

「……と、いうと?」


 何処となく自信なさげに顔を俯かせるソウタにユキは首を捻る。


「僕の噂、聞きませんでしたか……? その、スタンピードの上級で戦犯をやらかしたっていう」

「……話は伺ってます」

「知ってるなら、少し考えた方がいいと思うんです。その……僕なんかが一緒にいたところで、皆さんの迷惑になるだけなので……」

「――大丈夫だよっ!」

「へ、へっ?」


 と、明るく答えたのはRui子だった。


「ボクたちも大体同じプレイしてるしっ! そんな迷惑だなんて考えなくてもいいんだよっ!」

「で、でも」

「少年よ。ここは所詮ゲームの世界――結局、自分がやりたいようにするのが一番なのさ」

「あっ! 龍矢くん、それボクの台詞なんだけどー!」

「Rui子に言いたいことを先に言われてしまったからな。俺も遠慮なく使わせてもらっただけさ」

「え、えと、あの……」

「――な? 言っただろ?」


 狼狽えるソウタの背中をノインが優しくポンと叩く。


「戦犯だろうがなんだろうが気にしない。俺たちは一緒に戦ってくれるプレイヤーを探してるって」

「う、うぅ……」


 まさかここまで簡単に受け入れてもらえるとは思わず、チラリと不安げにユキの方を見る。


「……まあ、そうですね。一体、どんなプレイをしたのかわかりませんが……もっとヤバいプレイをしてる人ならたくさん見てきましたからね」

「ほらな? ユキ先輩も色んなプレイヤーを見てきたから、そこまで不安がることないさ」

「いや他人事のように言ってますけど、あなたのことですからね!?」

「えっ、そうなのか?」

「むしろノインさん以上のヤバいプレイをしてる人なんて、見たことありませんから!」


 閑話休題。再び咳払いして、ソウタの方を向き直る。


「ヒーラーなんですね?」

「は、はい」

「前衛でも戦えるんですよね?」

「えと、まぁ……はい」

「じゃあ合格です。というか、こちらからお願いです。仲間になってください」


 前衛でも戦うヒーラー。普通に考えたら、ただの地雷プレイだが……ユキたちはむしろそういったプレイヤーを望んでいたのだ。


「先輩、それだけじゃないんだぜ。ソウタ、お前のジョブは?」

「え? えぇと、He/Beですが……」

「仲間になりましょう! 是非!」

「え、えぇ、なにゆえ……?」

「私たち、全員サブがBeバーサーカーなんです!」


 サブ職をBeバーサーカーにするのは地雷職。だからこそ、他のプレイヤーは嫌煙しているのだが……ノルズは全員サブにBeバーサーカーを置いている。


 つまり、ソウタは正にノルズの新メンバーとしてピッタリの人材なのだ。


「とりあえず、何処にも声がかけられてないのなら私たちのクランにいませんか!? 嫌だと思ったら抜けてもいいので!」

「い、いや、あのっ。そんな頭を下げないでくださいっ。わかりました、わかりましたから」


 と、ソウタは手をブンブン振る。


「は、入りますっ。こんな僕でもよかったらなんですけど……」

「そんなそんな! むしろありがとうございます! これからよろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします……」


 かくして。

 ノルズの新たな仲間として、ソウタが加わったのであった。


 ――でも。


 ソウタと握手と交わしながら、ふとユキは一つ疑問に感じる。


 ――ここまで常識的そうな人なのに……どうして戦犯って言われてるんだろう?



***



 ソウタの腕を確かめる為、ノルズ一行は第55階層の洞窟内を攻略していた。


「あ、あのぅ……腕試しなら、60階層の方がいいんじゃないですか……?」


 おずおずとソウタがユキに提案する。

 確かに第60階層のボスは腕試しとして最適のボスだと言われているのだ。


 ……しかし、今のノルズではどうしても出来ない。


「私もそうしたいのですが……ノインさん、まだ攻略できてないんです」

「えっ?」

「えぇと、なんて説明したらいいのかわからないんですけど……簡単に言うと、あの人だけ遅れてゲームを始めているんです」

「へ、へぇ……? ちょっとよくわからないけど……とりあえずまだ攻略してないんですね、ノインさんが」


 自己紹介はさっきしたばかりなので、ソウタはチラリと前衛を見る。


「……あんなに強いのに?」

「………………はい。あんなに強いのに、です」


 噛み締めるように頷くユキの視線の先には、クリムゾンバットの群れをたった一人で相手するノインの姿があった。


「――ん? 先輩、どうしたー?」


 こういう時は勘がいいのか、ふと後ろにいるユキへ向く。


「あぁいや、なんでもないです。なんでもないので、さっさ前向いてさっさ倒してください」

「ん、りょうかーい」


 なお、この間もクリムゾンバットの猛攻は続いており、ノインは当たり前のようにノールックジャスガを決めていた。


 クリムゾンバットは濃い赤色をしているコウモリである。闇に溶けるように生息し、集団で獲物に襲いかかるモンスターだ。


 今も完全に視覚から消えていて、且つ完全に後ろを向いてるのに……彼は無音で襲いかかるバットたちを完全に見切っているかのよう。


 ――数は10体といったところか。


 熟練者でさえ暗闇の中だと姿を判断するのは難しいというのだが、ノインは姿や数、それぞれの動きを正確に把握している。


 せっかく来た新しいフィールドに新しいモンスター。あと100時間くらい遊んでいたいというのが彼の本音だが……それをユキが許してくれるはずがないということは、よく理解している。

 ……普通の人は100時間ぶっ通しで戦闘をできるわけがないということは、まるで理解してないが。


 ――ここ!


 複数で動き回るクリムゾンバットが直線上に集まった瞬間……ノインは狙いを定めた。


「【プレス】!」


 銀の盾が全てのクリムゾンバットを捉えた。


『13,521』『13,512』『13,526』『13,502』『13,532』『13,527』『13,522』『13,514』『13,523』『13,530』


「やっぱりバット系のモンスターはHPが低めに設定されてるんだな……速度に多く振られてるからか」


 光の粒子となって消えてゆくクリムゾンバットの姿を見ながらふとノインがぼやく。


「……えっ、えっ、えぇっ? な、なんですか、今の?」


 そして、後ろから見ていたソウタは静かに戦慄していた。


「な、なんかクリムゾンバットを一瞬で全部倒したような……」

「あぁ……えぇと、はい。倒しましたね」

「ダメージおかしくなかったですか? まだLv.50台ですよね?」

「あの人、バーサークモードを第3段階まで解放してますので……」

「しかもノインさんDeだから、心眼使えないですよね? どうやって光源なしに動きを捉えていたんですか?」

「ノインさん曰く……音と気配、だそうです」

「………………化け物ですか?」

「はい、あの人は化け物です」


 もう何度も間近で見てきたプレイなので、ユキたちにはすっかり見慣れてしまった光景だが……やはり普通のプレイヤーにはノインの動きはおかしいようだ。


 あまり驚かなくなった辺り、だいぶ彼に毒されてきたんだな――とユキは第三者の意見で気づかされる。


「さて、と。ここがボスか」


 歩くこと数分。自然の洞窟の中で出来た明らかな人工物の扉の前に、ノルズ一行は立ち止まった。


「Rui子、ボス戦はいつもの動きでいいのか?」

「ん? あーいや、彼はまだ動きわからないと思うからね。ローテーションだけでいいんじゃないかな」

「ん、了解」

「ローテーション……?」

「えっとね、基本的に五角形の形となって――」


 首を捻るソウタに、Rui子は地面に図を描いて説明する。


「……えっと、これ、バスケの動き、ですか?」

「おっ。やってた?」

「あっ、いえ、僕じゃなくて友人が……僕は、その、運動は全然ダメなので……」

「大丈夫大丈夫っ! ここはゲームの世界だからね!」

「で、でも、VRMMOは運動神経も多少関係してくるって……!」

「あぁ、そうじゃなくてね。ゲームの世界だから失敗してもいいんだよって意味。やるだけやってみよう!」

「う、うぅ……が、頑張ってみます……」

「うんうん、その意気その意気!」


 こうやってすんなりと人をやる気を出させられるRui子の才能を羨みつつ……ユキは今までのソウタの動きを振り替える。


 とりあえず後衛として動いてもらっていたが……今のところ危なっかしい場面もなかったので、ほぼやることはなかった。それでも少しのバフデバフは打ってくれていて、自ら前に出る行為はしてない。

 そもそもソウタの性格からして積極的に戦うタイプじゃないのだ。


 だからこその、不可解。

 このプレイヤーがどうして戦犯となったのか……未だにわからない。


 ――考えられる可能性は。


 チラリとソウタの後ろ姿を見やる。


 バフデバフ以外にやってないのは……バーサークモード。

 バーサークモードを発動すると、龍矢のように衝動的に前へ突っ込みたくなるタイプか、それともRui子のようにテンションが上がるタイプか……。


「――先輩? どうした?」

「えっ。あっ、いえ、なんでもないです! いきましょう!」


 その謎も今からの戦闘でわかるだろう――とユキは気を引き締めて、扉の先へと向かった。

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