第4章「第36~40階深層編」

第69話 噂の『奴ら』がやってきた

 第50階層。


 ゲームの中間地点に待ち構えるボスの名はサイレント・ミノタウロス。気配を完全に消し、死角から襲いかかるという戦法のモンスターである。


 上級プレイヤーでさえ油断すれば即死してしまうこのモンスター。RRO内のプレイヤーからはこう呼ばれている――『本当のチュートリアル』と。


 そう……第50階層のサイレント・ミノタウロスを倒してからこそが本番。第51階層からはモンスターの凶暴さが増すのだ。


 サイレント・ミノタウロスはマルチよりソロの方が倒しやすいと言われている。死角と言えど、向けられるヘイトは一人のみ。パターンさえ覚えてしまえば、ある程度は防げてしまう。


 数多のプレイヤーたちがこのモンスターに苦しまされてきた中……今宵も新たな挑戦者たちが、第50階層へ踏み入れていた。


「――じゃあ、ボス戦の前に! もう一度ミーティングするよっ!」


 いかにもな扉の前、パーティーの前に立ったのは栗毛の小さな少女。ぴょこんと跳ねるサイドポニーが一層幼さを引き立たせている。


【Rui子 Lv.64.5】


「サイレント・ミノタウロスはいつの間にかインサイドへ攻めこんでくるモンスター。ボクの心眼や龍矢くんのロックオンでも見失うことがある。よって、マンツーマンで動くのは好ましくない」


 時折、妙な単語が紛れ込んでいるのは彼女の癖。バスケットを嗜むRui子にとって、バスケット用語は欠かせない。


「そこで、今回はボックスワンを使おうと思うよ!」

「ふむ。ボックスワンとは?」

「簡単に説明すると、一人だけマンツーマンで他はゾーンディフェンスするって形だね! あっ、今回龍矢くんはゾーン側だから、遊撃じゃないよっ!」


 Rui子の説明に目元まで藍色の髪の毛を伸ばした男は「ふむ」と唸る。

 上から下まで全て藍色の衣装を着込んだプレイヤー。


【♰濃藍の天を駆ける『龍矢』は世界の蒼茫さを知る♰ Lv.59】


 ……長いので、龍矢とクランメンバーからは呼ばれている。


「なるほど、今回の俺の使命は前衛か……ふっ、任せておけ。必ずや奴を蒼茫の光に導いてみせよう……いや、導かれるのは俺の方か」


 小難しいを通り越して意味不明なことを発しながらニヒルに笑う彼は、見ての通り重度の中二病。しかし、彼の言動は今に始まったことではないので、他のメンバーは総じてスルーである。


「うんうんっ。で、マンツーマンするのはノインくん! サイレント・ミノタウロスの位置を割り出す役割だけど――」

「ごめん、Rui子ちゃん。ちょっとストップ」


 と。

 Rui子と同じくらいの背丈の少女が微妙な表情をしながら手を上げた。


 白髪の狐耳が特徴的な和風の衣装を着た少女。


【ユキ Lv.57】


 このメンバーの中のリーダーである。


「ん? どしたのユキちゃん? このゾーン戦法、まずいかな?」

「いや、作戦に問題はない……っていうか、言いたいのはRui子ちゃんにじゃないの」


 ユキはもう一人の男をジロリと睨む。


 白銀の鎧を着た黒髪の男。視線が向けられていることに気がつくと、「ん?」という風に首をかしげた。


 ――その右手に、紫のキノコを持ちながら。


「ノインさん……それは?」

「あぁ、これか? これはな、ブドウダケっていうキノコだ。第38階層付近の樹林に生えてるものなんだが――」

「食べると毒状態になる、というのは知ってます」

「おぉ、流石ユキ先輩だ……ん? じゃあ、なんで訊いてきたんだ?」

「いや、そうじゃなくてですね。なんで、そんなデバフアイテムを持ってるのか、と訊いてるんです」


 なんとなく……なんとなく嫌な予感がしていたユキがおずおずと訊いてみると、対するノインは「あぁ」と澄ました顔で答える。


「もちろん、食べるためだ」

「……………………」


 長い沈黙が訪れた。


「……あの、ノインさん」

「ん?」

「ここのボスのこと、ちゃんとわかってますか?」

「あぁ、サイレント・ミノタウロスだろ?」

「RROプレイヤーにとって難関モンスターってことも、ですか?」

「あぁ、昨日も先輩から教えてもらったしな」

「……なら、どうして毒状態で挑もうなんてしようとしてるんですか?」

「え? そりゃあ――」


 彼女の問いに、ノインは子供っぽく笑ってみせる。


「――そっちの方が面白いだろ?」

「……………………」


 再び長い沈黙が訪れた。


 予想外の答えだったからではない。予想通り過ぎる答えだったからこそ、ユキは黙ってしまったのだ。


「………………ふぅうー」


 やがて、長い息を吐いた。


 ――うん、そうだよね。そういうことだよね。この人が考えることなんて、そういうことしかないもんね。


 自身に納得させるように何度も反芻する。


「……ノインさん」

「ん?」

「いつも――いつもいつもいつも、いっつも思ってたことなんですけど、改めて言わせてもらっていいですか?」

「ん? おう、いいぞ」


 ノインから許可を取ったところで……ニコリと笑い。




「――あなた、バカですねっ!? 相も変わらず、バカなんですねっ!?」


 心の底からのツッコミを入れた。


「毒状態で挑もうだなんてなに考えてるんですか!? 舐めてるんですか!?」

「いやいや、そんなことはない。この奥にいる奴が強いってことくらいは、ちゃんと理解してるさ」

「じゃあなんで!?」

「高難易度を縛りプレイで更に難しくしたら、面白いと思わないか?」

「――鎌鼬ぃぃぃっ!!」


 一閃。


 人間の目では追えないような速度の居合い抜きがユキによって放たれる。



「おっと」


 ――が、ノインは不意打ちにも関わらず、いとも容易くユキの攻撃を盾でジャストガードした。


「ま、まーまー! ユキちゃん、その辺でっ!」

「ふしゅぅっ! ふしゅぅぅぅっ!」


 次の攻撃に転じようとしたユキを慌ててRui子が後ろから羽交い締めにする。

 怒りのあまり耳と尻尾をピンと立てて変な声を上げる彼女の姿は、まさに獣そのものだった。



【ノイン Lv.52】


 彼は龍矢やRui子、ユキとは別ベクトルで頭のおかしいプレイヤーである。


 初見の攻撃を全てジャスガは当たり前であり、他にも目に見えない攻撃、全方向攻撃……更には状態ダメージでさえもジャスガしてしまうという、誰もが卒倒してしまうようなとんでもないPSを持ち合わせた男なのだ。


「あともう1つ! なんでブドウダケを2つ持ってるんですか!?」


 羽交い締めにされながらユキが訊くと、ノインはキョトンとした顔で一言。


「これ、先輩の分なんだが?」

「離してRui子ちゃん! この人の顔面、殴れないっ!」

「だからダメだってば! というか、ノインくんならジャスガされて終わりだよ!?」

「うぅーっ! うぅぅーっ!」


 ――威嚇してる犬みたいだな。


 犬歯を剥き出しにして唸り声をあげるユキを見て、ノインは呑気にそんなことを考えていた。


「でも、先輩も戦うだろ? 毒状態になって」

「なりませんけど!?」

「ほら、九尾の練習だよ。これをコントロールできれば、いつでもフルパワー発揮できるだろ?」

「うぐっ……それは確かにそうですけど、だからと言ってボスで練習する必要はあるんですか!?」

「ちゃんとあるさ。面白さが倍増するっていう」

「その分、難しさも倍増するって意味なんですそれ!」

「でも、先輩もこういうの好きだろ?」

「それは私にバカって言ってるんですか!? バカって言ってるんですね!?」


 尚も噛みついてくるユキにノインは「いやだなぁ」と笑みを浮かべる。


「先輩がバカだなんて思ってないさ。俺と同じだって意味だよ」

「あっ、自分がバカだって自覚ないんですね!?」



***



「――ゥゥゥァァアアッ!」

「っとぉ!」


 静かな咆哮と共に真っ黒な影が襲いかかってきた。


 一切音がしない突進からは考えつかないスピードとパワー。一撃でもまともに食らえば、即死してしまうかのようだ。


 完全に不意打ちを狙ったサイレント・ミノタウロスの攻撃だが、いち早く気が付いたノインによってジャスガされる。


『62』『65』『63』


 そしてジャスガした際に反撃。短剣を振るい、目にも止まらぬ連撃をミノタウロスに与えていく。


「【その連撃は天を割くドラゴンクロー】!」


 近くにいた龍矢もスキルを放つ……が、彼の攻撃が当たる前にミノタウロスは暗闇の中へと溶けていった。


「さすが第50階層のボスだな。まるで動きが違う」

「いや……そう思うなら、なんで縛りプレイなんてするん――」

「先輩、右だ」

「――で、すぅぇあ!?」


 喋ってる途中に指示を受け、慌てて身体を捻る。


 瞬間、ユキの身体スレスレでミノタウロスが突進をかましてきた。


「【プレス】!」


『162』


「――ゥゥオッ!?」


 ノインはタイミングよく合わせてスキルを発動すると、ミノタウロスの巨躯を地面へ押し潰す。


「【鵺】っ!」

「――【全ては蒼茫に返るだろうピアシングアロー】!」

「【ダンク】!」


 怯んだ隙を狙い、他の3人も次々とスキルを発動していく。


 サイレント・ミノタウロス最大の弱点。それは漆黒の二本角にある。

 ミノタウロスの特徴である巨大な角。サイレント・ミノタウロスには、その角に自身の気配を消すことができる魔力が宿っているという設定だ。


 いくら不意打ちが主体のモンスターと言えど、きちんと攻略法はある。

 要するにその二本の角を折ってしまえば、サイレント・ミノタウロスの気配を消す能力は使えなくなってしまうのだ。


「――くっ! 思ったより硬い!」


 一斉攻撃を仕掛けても角は折れず、ユキが悔しげに下唇を噛む。


 仕方ないといえば仕方ない。ノイン以外の3人はバーサークモードへなってないので、Lv.55はあるミノタウロスの角を一発で破壊することは不可能に近い。


 そして――唯一バーサークモードを発動しているノインはただいま絶賛毒状態。もちろん、ブドウダケを自ら食したのが原因だ。


「――っと」


 攻撃を仕掛けつつ、自らの身体に衝撃を加える。

 その瞬間……ノインの身体が輝き、ジャスガ判定された。


【ノイン

HP 1/1

MP 0/0】


 ちなみに、これが今のノインのステータス。全ての数値を攻撃と速度に振っているため、一度でもミスれば彼は即死してしまう。


 ――でも、こうやって怯んだ隙をみんなで狙うのを繰り返していけば……!


「ふむ……やはり正攻法というのは俺たちらしくないな」

「……へ?」


 ユキの考えはものの数秒で砕かれた。


「【バーサーク――総ては朱の大地となるレッドガイア】!」

「ちょっ――!?」


 突如龍矢がバーサークモードを使い始めたのだ。


「何してるんですか龍矢さん!?」

「ふっ……知れたことだ。相手をジリジリ追い詰めるより、一気に仕留める方が性に合ってる」

「あなたの性なんて知りませんが!?」

「おいおい、勘違いするなユキさん。性に合ってるのは、俺のだけじゃない……俺たちの、だ」

「っ!」


 ユキの肩がビクリと反応した。


「おっ、たまにはわかりやすいこと言うね龍矢くんっ! ボクもそっちの方が楽しそうかな! 【バーサーク・後半戦】!」

「る、Rui子ちゃんまで!?」

「連携はもちろん大事だけど、このメンバーの強みは個人プレイの高さだからねー。強敵相手に多少の無茶をする方が――ほら。ゾクゾクするでしょ?」

「――っ」


 普段は連携プレイをするRui子だが……一度スイッチが入ってしまうと、戦闘スタイルは超攻撃モードへと一変する。


 ――だが、それは彼女にだって言えることなのだ。


「ユキちゃんも今はリーダーとかそういう肩書きなんて忘れちゃって、遊ぼうよ!」

「うっ……!」

「ここまで敢えてチームプレイに拘ってたのは、リーダーとしてだよね? 本当はもっと暴れたかったよね? なら……この敵は、好きに戦っちゃお?」

「うぐぐっ……!」


 ユキには夢がある。RROで噂されている伝説の剣士、『桜斬り』のようになるという夢が。


 基本、確実性を求めてプレイする彼女だが……ただ、クリアしたいわけじゃないのだ。


 不安げにノインを見る。


 自ら毒状態のデバフを受けながらサイレント・ミノタウロスと対峙するノインの横顔は……実に楽しそうであった。


 ――あー、もうっ!


 ユキがインベントリから取り出したのは……紫のキノコ。


「――っ!」


 彼女はブドウダケとノインを交互に睨むと――意を決して、口の中へ放り込んだ。

 噛んだ瞬間、ブドウによく似た味が口全体に広がる。


「んぐっ……はぁっ――【バーサーク・九火】!」


 きちんと全部飲み込んでから、スキルを発動。ユキの周囲に9つの火が灯った。


「――ノインさん!」

「ん?」

「さっきは、えと、その……」

「?」

「……わ、私も付き合いますよ! ノインさんの縛りプレイに!」

「えっ、いいのか?」

「いいも何も、もう食べちゃったので! そ、それに……伝説の剣士を目指すならば! このくらいのデバフ、どうってことないですから!」


 ――素直じゃないなぁ。


 二人のやり取りにRui子はニヤつきそうな顔を必死に抑える。


「――さあ! 相手はサイレント・ミノタウロス! 気を引き締めて暴れますよ! えい、えい、おー!」

「「「おー!」」」



 ――第23回緊急クエスト、スタンピード。


 その初級エリアにて、頭のおかしいプレイングをするクランがいた。


 今までにない方法と無茶苦茶な戦法で参加プレイヤー全員を掻き回し、圧倒的な差でMVPを叩き出したたった4人のクラン。


 ――そのクランこそ、今噂のこの4人。『ノルズ』である。


 『やべーやつらしかいない、やべー集団』と最近噂になってる4人は、今まさに新たなステージへ進んでいた。

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