第68話 『ノイン』

 第81階層。

 RROの中でもトップのプレイヤーたちが集う街に、一人のプレイヤーが降り立った。


【DATA無し

HP 1320/1320

MP 760/760】


 『匿名フード』をすっぽり被ったプレイヤー。ロードの住民に紛れてても誰にも気づかれなさそうな風貌である。


 黒フードがまず向かったのはギルドのジョブ変更ボード。受付のNPC以外誰もいない、物寂しいギルドの中でジョブを選んでいく。


 黙々とジョブチェンジをした男はギルドを出ていった。


 第81階層の街『サン』。実に明るい名前だが……その実、この街に陽の光は一度も降り注がない。大きな時計台の上のオブジェである太陽のモニュメントがあるだけで、いつ来ても厚い雲で覆われているのだ。これはモニュメントが太陽代わりであるという設定だとかなんとか。


 そんな暗い街にいたがるプレイヤーは数少ない。トップしか到達してない連中と絞りこまれれば尚更だ。


 ――それでも、こんな街に住み着く物好きはいる。


 ギルドを出て、右から3番目と4番目の家の間。猫一匹しか通れなさそうな狭い路地に黒フードは入り込んだ。


 路地を奥まで突き進み、まもなく壁にぶつかる。

 この壁の先は広大な樹林……つまり完全にモンスターが生息する場所。


 ここで男は壁に向かって飛び込んだのだ。


 Heヒーラーのジョブスキル2、『ミラージュステップ』。回避行動を行うことにより、一瞬だけ無敵時間を得られる能力。走り出しと、着地時は効果が切れるので、永遠と無敵時間になれることはない。


 かくして『ミラージュステップ』を踏んだ男。しかし壁に向かって行っても、まったく意味がないはず。


 だが――ステップを踏んだ瞬間、


 ここは『サン』でも第86階層の樹林でもない――。一部すり抜けバグを利用した謎の空間である。


 と、ここで男は『匿名フード』を外した。


 黒フードを剥ぎ取ったプレイヤーの格好は……赤黒いパーカーにガスマスクをつけた男。もし夜道に彼を見たら、誰しもが悲鳴をあげるであろう不気味な格好をしている。


 ――あ、そうだ。


【クラン:『B』から脱退しますか? Yes/No】


 ガスマスクの男はクランの脱退メニューを開き、即座に『Yes』を選択。もう潜入任務は終えたのだ。


 男は音を立てず石畳の廊下を歩いていくと……やがて扉が見えてくる。


「――戻ったか、ゲンマ」


 扉の先は……先程の狭苦しい廊下とは打って変わって、広々とした空間だった。


 壁には青い炎がいくつも灯り、怪しげな雰囲気を醸し出している。

部屋の中央に6メートルはありそうな長い机。深紅のテーブルクロスがかかっており、それぞれの椅子に只ならぬ雰囲気を纏ったメンバーが座していた。


 『魔獣』リアミィ。

 『魔剣』ニルヴィア。

 『魔道』レイフ。

 入ってきたガスマスクの男――『魔人』ゲンマ。


 そして、中でも豪華で大きな椅子に座す、小さな水色ツインテールの少女。


 『魔王』ラヴィニール。


「あぁ、報告はしなくていい。どうせノルズが勝ったのだろう?」

「…………」

「予想通り……いや、予想以上の結果だったな。ふふ、さすが我の完璧な作せ――んゎひゃぁっ!? にゃ、にゃにをしゅりゅ!?」


 ゲンマは黙ってラヴィの元へ歩いていくと――思いっきり小さな頬っぺたをつねりあげた。


「ゲンマ、貴様ぁ! その手を放せぇ!」


 反応したのはニルヴィア。鬼のような形相をし、携えている剣を抜く。


 が、ゲンマにとってはどうでもいい。それよりも今、目の前にいるツインテールロリッ子に怒りを顕にしていた。


「……選択肢バグを使わせなきゃ拮抗できなかった作戦の、どこが完璧だって?」

「わ、わりぇはっ――!」

「もっと早く手を打てば、こんな苦労せずに済んだんじゃないか? あ?」

「な、なっ――」

「しかも、こんなド派手に動き回ってたら――ことがバレる可能性だってあるんだぞ? それで、お前の目的は遂行できるのか?」


 まだ幼げが残る少年の声で、ひたすら強い言葉を連なる。

 何か言い返そうと睨み付けるラヴィだが――ガスマスクの奥から火が燃え盛っているかのような瞳が彼女を睨み返す。


「……ご、ごめぅにゃひゃぁい……!」


 結果、彼女は負けた。


「放せと言っただろうがぁっ!」


 と、ゲンマとラヴィの間にニルヴィアが入り込み、強制的に彼の手を離させる。


「だ、大丈夫ですか!? あぁ、ラヴィ様のお可愛いほっぺがこんな……!」

「う、うぇぇぇん! ニルヴィアー……!」

「ご安心ください、もう奴に手出しはさせませんよ。このニルヴィアがあなた様をお守りします」

「……ちっ。すぐ甘やかすなよ」

「あ゛ぁっ!? ぶった斬るぞ!?」

「まーまーまー。ゲンくんもニルちゃんも抑えて抑えてー」


 そんな殺気纏う二人に、独自の緩い雰囲気で緩和させるのはリアミィ。


「大体、貴様らもゲンマに何か言ったらどうだ!? 我らを導く魔王、ラヴィ様にあんな仕打ちをしたのだぞ!?」


 矛先を向けられたリアミィとレイフはきょとんと顔を見合わせる。


「――大変だったな、とか?」

「ゲンくん、ラヴィちゃんと仲良しなんだねぇー」

「そうじゃないだろうがっ!」


 二人もボケはじめ、いよいよ収拾がつかなくなりそうになったその時。


「――ハッハッハ! 相変わらず仲良しだな、お前たちは!」


 再びドアが開かれた。


 入ってきたのは燃えるような赤髪を逆立た男。ひょろりとした細い体に不釣り合いの、3Lはありそうな白いロングコートを着ている。そして入ってくるなり、ワイワイと騒いでいる面子に高笑いする。


「「「――っ!!」」」



 男の姿が見えた瞬間――今さっきの喧嘩していた集団の空気が一変した。


 無言で武器を構え、部外者へ迎撃体勢を取り始める。


「よ、よい……我が呼んだのだ。みな、武器を下ろせ……ぐすん」


 緊張が走る中、長であるラヴィが制す。ただし、半泣き状態のまま。


「ハッハッハ! あの魔王が泣きべそをかいてるなんて! ハッハッハッハッハッハ!」

「ラヴィ様を笑うなヒーロー王!」


 笑い続ける赤髪の男にニルヴィアがかみつく。


 男のプレイヤーネームはベィル。

 またの名を――名誉欲ヒーロー王。


「……む? ハーレム王はどうした? 一緒に来いと伝えたはずなのだが」

「あぁ、あいつなら途中で『面白いプレイヤーを見つけた』だとかなんとかで、遅れて来るぞ」

「はぁ……また女か……」


 どいつもこいつも自分勝手な奴ばかりだと、ラヴィはため息を漏らしてしまう。


「まぁ、奴がいなくても問題あるまい! 何せ、この俺が来たのだからな! ハッハッハ!」

「………………うっせぇなこいつ」


 部屋全体に響き渡る笑い声に、ゲンマがボソリと呟く。


「まぁ、よい。とりあえず茶を出そう――リアミィ」

「はーいっ。ヒーロー王は微糖派? 無糖派?」

「超甘党派だ!」

「ゲンくんは無糖でいいんだよね?」

「……あぁ」


 このままラヴィを責めてても話が進まないだろう。ゲンマも自分の席に座ると、ラヴィの次の言葉を待った。


 この少女が立てる、次の作戦を。


「さて……ヒーロー王よ、そろそろ期は熟したのではないか?」

「……と、いうと?」

「攻略だ――第40階深層及び第60階深層のな」



***



 ボールの跳ねる音が早朝の街に響き渡った。


「――っ!」


 Rui子は切り込み、ユキがそれについていく。


 ――無理に攻めたところで後ろには龍矢さんがいる! ……となれば、目的は一つ!


 Rui子はゴール下までドライブすると……そのままシュートするふりをして、パスを流した。


 その先に待っているのは、ノイン。


 ――やっぱり!


「龍矢さん!」

「任せろ!」


 ユキの掛け声に、0度まで下がったノインに龍矢が大きく手を上げた。


「うっ――!?」


 だが……ノインの進む方向は前じゃなかった。

 ボールを受け取った瞬間、ハイポスト側へと上がっていったのだ。


 これには龍矢も面食らいながらも、スローテンポの展開についていくことは難しくない。ノインへマークを続ける。


 そのまま上へと上がっていったノインは――瞬時にボールを持ち、シュートモーションへと入る。


「――っ!!」


 ――速い!


 その速度はほぼ一瞬。龍矢が手を伸ばした時には、既にノインの手からボールは離れていた。


 ボールは弧を描きながらゴールへと飛んでいく。


 ――けど! こんなに速いシュートなら、入りっこないはず! 落ちたボールを取ればいいだけ!


 マークマンのRui子を背中に回し、ゴールに向かって落ちてくるであろうボールに向かって構える。


 ――のだが。彼女の目の前に銀の影が走った。


「へっ?」


 そう、ノインはこのシュートを最初から捨てていた。


 だから――わざと外した上で、自ら取りに行くつもりだったのだ。


 ボードに当たり、バウンドしたボールを空中で捉える。


「よっと」


 ポン、と。

 キャッチしたというより……片手で優しく弾くような再びのシュートで、そのままボールはリングの中へと吸い込まれていった。


「ナイッシュー、ノインくん!」


 Rui子は嬉しそうに手を叩く。


 ……のだが、ユキは何処か不服そうに頬を膨らませた。


「ちょっと――ちょっとちょっと、ちょっとぉ! なんでノインさんもそんなバスケ上手いんですか!」


 確か訊いた限りではノインもユキと同じ初心者のはず。更に言えば、より練習しているユキの方が上手いはず。

 ……だというのに、その動きは経験者そのもの。これでは話がまるっきり違う。


「まさか、初心者っていうのは嘘だったんですか!? 私を欺くための!?」

「いや、嘘じゃないさ。俺もスタンピード前から始めたんだ」

「う、ううぅ! 悔しい悔しい悔しい! バスケなら……バスケならノインさんに勝てると思ったのにぃ!」


 予想外の展開にユキは思わず地団駄を踏む。


 ……だが、不思議と悪い気分でもなかった。


「………………ノインさん」

「ん?」


 一通り悔しがり終えたユキは、ふと声をかける。


 彼の名前を、堂々と言える。


 『No Winノーウィン』なんかじゃない、マケルなんかでもない。


 このメンバーを集めた、そしてユキの背中を押してくれた男――それがノインなのだ。


 蔑称ではなくただの名前――その当たり前のことが、ユキにとって何よりも嬉しかった。


「――つ、次は負けません! もう一度です!」


 けれど、彼女は隠す。

 本当はずっと名前を呼んで甘えたいところを堪える。

 今にも緩みそうな顔を必死に引き締め、ノインにビシッと指差して次の勝負を促す。


 ユキの言葉に、ノインは笑みを浮かべた。


「――あぁ、いいぜ。俺も負けない」

「言いましたね!? 今、言いましたね!? よぅし、負かしてやりますからね! いきますよ龍矢さん!」


 ――素直じゃないなぁ。


 そんな二人のやり取りを見つめていたRui子はふと思い出す。



 それはスタンピードの内容が判明した夜のこと。


「夜に少しだけでいい。一対一で練習させてくれ」

「まあ、ボクは全然構わないけど……」

「助かる。朝と昼は忙しくて、しばらく練習できないからな。夜しか時間がないんだ」

「……でも、なんで?」

「ん?」

「なんでこんな、コソコソと隠れるようにしてノインくんは練習するつもりなのかなって」

「……あー」

「……?」

「その……先輩がいるからな」

「えっ、ユキちゃん?」

「あぁ。だって――だろ?」

「……!」



 ――その想い、伝わるといいねぇ。


「ほら、Rui子ちゃん! 次やるよ次!」

「はいはーい。そんな急がなくても、ボールは逃げないよー」


 ユキに急かされ、Rui子は3人の方へ歩いていった。


~第3章 完~



――――――――――


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました! いつも皆さんに応援や評価をしていただき、大変励みになっております!


 まだの方は、もしよろしければ☆や♡で応援をしただけると嬉しいです!

 また、レビューや応援コメントで感想なども喜んでお待ちしております!


 第1~3章で一区切り。第4章は『第36~40階深層編』! いよいよ、ノインくんたちの前にあのキャラが関わってきます……! そしてノルズに新たなメンバーも!

 お楽しみに!

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