第67話 一歩
――バカな!?
「【ブレイク】!」
「おっと」
未だ最終フェーズは続いていた。
ユウジンの一撃を軽くジャスガするノイン。
――10秒!
【ノイン
HP 1/1
MP 0/0】
――何故!?
また10秒が経過したにも関わらず……ノインのHPは減らない。
「【アクセル】!」
「ぐっ――【オーバーソニック】!」
ノインの加速に合わせ、ユウジンも逃げようとする。
だが……最早フルパワーのノインを避けきることはできない。
『53』『56』『54』『55』『53』
「うがぁあっ!?」
相手はもう死の一歩手前。まだユウジンの方が優勢。
だというのに――彼に勝てる気がしないのは何故だろうか。
「く、くそっ――!」
――毒状態が切れたのか!? い、いや、あの量は短くても30分は持つはず! 解毒する以外の方法はない!
ならばノインは既に解毒している? ……いや、それもない。今まで彼は解毒薬を取り出してなかった。第一、残り10秒前までは、確実にHPが消耗していたのだ。
――なのに! なのに!
「ふっ――!」
『53』『54』『55』
「くっ――そがぁぁぁ! 【カウンター】!!」
怒りに任せ、拳を振るう。
「よっと」
ノインはそれをジャスガすると、懐へ入り込んだ。
「しまっ――!」
「【プレス】!」
『72』
盾の衝撃波により、ユウジンの身体が吹き飛ぶ。
「ぐがぁぁぁあああっ!」
――くそっ、くそっ、くそっ! あと一歩なのに!
ノインを倒すまであと一歩。あと一歩だけなのだ。
だというのに……その一歩が果てしなく遠い。
「――っ!」
その時――ユウジンは見た。
後方へ吹き飛ばされる最中、確かにこの目で見た。
一瞬、ノインの身体が輝いたことに。
「――ぅぐっ!」
ユウジンは地面を転がりながらも、すぐさま起き上がる。
【ノイン
HP 1/1
MP 0/0】
また10秒経過。
ノインのHPは減ってない。
――まさか!
今さっき見た光はなんだったのか?
――まさかまさか!
偶然? 目の錯覚? 何かのスキルの発動?
――まさかまさかまさか!
いや――そんなのじゃない。
ユウジンは知っていた。
あの輝き。攻撃のタイミングに合わせ、ガードすると……一瞬だけ輝くあの光を!
あり得ない。あり得ないが……ノインが倒れない理由は、これしかない。
「お、お前! お前、まさか――! 毒をジャスガし続けてるっていうのかぁあ!!?」
「あぁ、正解だ」
そう、この男――ダメージを食らう瞬間、自分の体に衝撃を与えて毒をジャスガし続けているのである!
「う、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! そんな化け物じみたこと! できるわけが――!」
「いや――実際出来てるから、まだ倒れてないんだろう?」
『53』『54』『51』
「ぐっ、がっ――!」
肉薄するノインの刃に反応が遅れる。
普段なら避けられる攻撃さえ食らってしまう。
それほどまでにユウジンは混乱していた。
「タイミングを掴むのは結構難しかったな……だが、慣れてしまえば簡単さ」
「――っ!!」
この5年間、毒をジャスガするプレイヤーなんていただろうか?
いや――そんな頭のおかしいプレイヤー、いるはずがないのだ。0.01秒の狂いも許されぬジャスガをし続けられるプレイヤーなど。
それを難なくこなしているプレイヤーが――今、ユウジンの目の前に立ちはだかっていた。
もはやプレイヤーの域を越えて――化け物である。
「う――うぁぁあああっ!!」
恐怖のあまり、情けない声を上げながらも拳を叩きつけていく。
その様子はいつもの余裕ぶった表情も冷静さもない。
まさに自暴自棄。防御を考えない無茶苦茶なフォーム。
――か、勝てるわけがない! こんな化け物に!
それでも攻撃を止めない。
まるで何かにすがりつくかのように。
『52』『53』『51』
「ぐぉぉぉおおおっ!」
しかし――この拳が届くことはない。
「――ぁぁぁああっ!!」
恐怖を誤魔化すように荒れ狂い、怒り叫びながら迫り来る拳を全てジャスガしながら――ノインはふと語り出す。
「ハヤト……俺さ、チュートリアルを終わらせて満足してたんだ」
『50』『52』『53』
「だって、絶対倒せないと思ってた師匠を倒せたんだぜ? 俺にとって最強の存在だった、あの師匠を」
それは孤高の存在。
どんな相手だろうが全力で殺しにかかる、本物の戦士。
――あんたに勝ちたい。
あの決意を思い出す度――全身の血が滾る。
『53』『52』『54』
「嬉しかった。『これでみんなからバカにされない』『みんなと肩を並べられた』って」
『51』『50』『52』
「……でも、そうじゃなかった。それを気づかせてくれたのは――ユキ先輩なんだ」
『52』『53』『53』
「あの人、すごいんだぜ。誰よりも強い精神を持っていて、どんな相手にも諦めないんだ」
『51』『50』『52』
「そんな先輩が……俺に怒ったんだ。『悔しくないのか』って」
それは不屈の存在。
何度打ちのめされようが、叩きのめされようが……何度も何度も何度も抗ってきた小さな女の子。
だが、ノインにとっては自分よりも誇り高き戦士だ。
――私にとっては『今』なんです! 今、小馬鹿にされてるんですよ!
あの言葉を思い出す度――心の底が熱く燃え上がる。
「それで気づいたんだ……先輩は今も歩いているんだって」
『52』『51』『50』
そう、ユキは歩き続けているのだ。
伝説の剣士、『桜狩り』になるために。
ノインの背中に追いつくために。
そして――誰よりも強くなるために。
一歩一歩……歩き続けているのだ。
「じゃあ今の俺は? ――師匠を倒した途端、止まっちまってたのさ」
『53』『54』『52』
「――うぐぉおおおっ!?」
目にも止まらぬノインの攻撃に、ユウジンが吹き飛ぶ。
師匠という目標を越えて……彼は終わってしまった。
どんな相手にも平等に戦い、平等に楽しんでいたのだ。
一切、前に進もうとせずに。
「……だから、さ」
吹き飛んだユウジンに向かって、ゆっくり歩み出す。
「や、やめろ……!」
少しずつ近づいてくるノインに、身体がガタガタと震える。
――来るな……!
一歩。
――来るな……!
また一歩。
――こっちに来るな……!
さらに一歩。
「来るな……来るなあああああっ!!」
「――俺も一歩、進むよ」
その瞬間――ノインの盾に眩い光が灯る。
【古代の盾が進化しました!】
【反撃の盾 レア度:EX+E
攻撃±0 防御±0
守りを捨てた異形の盾。ジャスガ成功時のみ攻撃が+20%される。
】
古びた盾から銀の丸盾へ。
ノインの盾が進化したのだ。
瞬間、ユウジンは悟る。
「――嫌だ」
自分が負けるということを。
「――嫌だ嫌だ嫌だ! 負けたくない! こいつに負けたくない!」
子供のように喚き叫びながらも……身体の震えは止まらない。
それどころか、更に激しくなっていく。
「こいつなんかに――マケルなんかにぃぃぃっ!」
最後の力とばかりに、ストレートを打ち込む。
ノインは難なくジャスガすると――ユウジンの身体を蹴りあげた。
「う――ぁぁぁっ!?」
持ち上がる身体。
ユウジンは宙へと投げ出された。
そしてその先にいるのは――
「――ハッ!?」
――キングゴブリン!
「――【ブラスト】!」
ノインも飛び上がり、身を屈めた。
彼の身体の先は――ユウジンとキングゴブリンを一直線に繋がっている!
「もう俺はマケルじゃない――『
ノインが盾を蹴りつけると――サイドから一本の刃が飛び出した。
その形は――9!
「――メテオオオォォォォォッ!!」
――白銀の刃が
『1,556』
『178,521』
「がぁあぁぁぁああっ!」
「グォオオオオオッ――!」
ユウジンとキングゴブリンの悲鳴が木霊する。
凄まじい衝撃が走り、木々を全て薙ぎ倒していく。
「――ぁっ」
【ユウジン
HP 0/2982
MP 452/568】
『You Are Dead』
表記される敗北の証。光の粒子となって消えゆく中、彼の視界に入ったのは……一人の男。
それは過去、底辺の中の底辺。誰しもから小馬鹿にされ、誰にも届かなかった男。
しかし――その男は今、ユウジンの遥か先まで駆け抜けていた。
「マケ……ルゥ……!」
遠くに行ってしまったその姿に、思わず手を伸ばす。
だが、粒子へと変換されているその手が届くことはなく……やがてユウジンの視界は暗転した。
『GAME CLEAR』
『防衛成功しました』
***
「おっ、MVPの登場だ!」
「1位おめ!」
「お前がナンバーワンだ……!」
全てのスタンピードが終わった。
結果を見ようとロードのギルドへ入ったノルズを待っていたのは……いつもの黒フードの集団。
「今回のスタンピード、なんやかんや面白かったよな!」
「近年稀に見る神回」
「ほんそれ」
「やっぱお前らと祭りするの、くっそ楽しいわ!」
「あ、あの、皆さん……」
上機嫌で騒ぐロードの住民に対し、おずおずとユキが手を挙げる。
「私たち、最終場面で裏切っちゃったわけなんですけど……ほ、本当によかったんですか……?」
「ん? いやいや、お前らが裏切らなかったら、俺らが先に裏切ってたし」
「大丈夫だ、問題ない」
「仲間割れは日常茶飯事よ」
「俺らの目的は下克上。まさか独走状態だったお前らも、蹴落とさないだなんて思ってたのかぁ?」
「まあ何が言いたいのかっていうと――」
「「「面白きゃ何でもおk!!」」」
まるで合言葉のように意見が合致するロードの連中。
――そういえばこの人たち、そういう人たちだった。
街中で暴れ回り、魔改造し、ひねくれにひねくれた集団。それがここの住民だ。
さて、気になる最終結果だが……もう見るまでもないだろう。
【スタンピード(初級)途中経過ランキング
1位・『ノルズ』42,764pt
2位・『B』28,235pt
3位・『A』28,005pt
4位・『レクロウス』27,369pt
5位・『C』27,112pt
…
】
「知 っ て た」
「いやあ、レクロウスを落とせなかったのは悔しいな」
「ま、しゃーなし。実際、鷹隼騎士団強かったし」
「対応も早かったよな」
「むしろ全員ランク入りしてる時点で万々歳よ」
目に見えた結果。ノルズはぶっちぎりの1位で、見事王冠を手にしていた。
「――認めねえ!」
と。
そんな空気をぶち壊すかのように、張り上げた声が聞こえてくる。
「認めねえぞ……こんな結果、認めねえ!」
声の主は誰であろう、ユウジン。髪を大きく乱しながら、ノインたちを睨み付けていた。
「おっ。誰かと思ったらランキング入りしなかったタイガートリガーのユウジンさんじゃないですかー」
「ねえねえ今どんな気持ち? どんな気持ちぃ?」
「タイガートリガーさん……20位!」
「あっこりゃああああああ」
「20位(笑)」
「20位さん、ちーっす!」
「認めないなんて……さすが20位さん! 惨めでかっこいい!」
「スレタイ思いついた。【悲報】タイガートリガーさん、現実が見えなくなってしまう【俺は認めねえ】」
「草」
「草」
「それは草」
「惨めすぎて大草原」
「て、てめえらぁ……!」
その姿を見るなり煽り出す黒フードたち。煽り耐性がほぼ皆無のユウジンは唇を噛み締めるが……結果は、彼らの方がずっと上なのだ。何も言い返せるはずがない。
「……お、おい、知ってるか? お前ら、その男の名前な、『
だから……矛先をノインに向けた。
第三者を対象にすることによって、自分へのダメージを軽減しようと告げ口を始めたのだ。
「で?」
「……は?」
しかし……ユウジンを見る目が更に冷たくなるばかり。
「でも負けたのお前らじゃん」
「それがどうしたなんけど」
「もうやめてやれって! 結果を出せなくて勝者の陰口を叩くことしかできないクソザコ陰キャくんを、そんな風に言っちゃ可哀想だろ!」
「お前が一番酷い定期」
煽りあい罵りあいは彼らの日常。そんな中、浮いた存在が出てくれば一瞬で全員の標的となるのは当然なのだ。それは相手が反応すれば反応するほど、面白がって更に叩く。
動力源は嫌がらせ――良くも悪くも、それが彼らの本質である。
「――なんですか、負け犬の遠吠えですか」
その中で特段蔑んだ目で見つめるユキがゆっくりと口を開いた。
「認めない? 私たちが勝ったことを? ランキング入りしなかったことを? ……あなたには、この結果が見えないんですか? 目、大丈夫ですか? それとも……現実逃避するタイプです?」
「――っ!!」
それは――いつしかノインとユキに向かって放った、彼の煽り。
しかし、こうして自分に返ってくるとは、ユウジンは思いもしなかった。
「て――てめえぇぇぇ!」
とうとう限界に達したユウジンは声を張り上げると……ユキに向かって突進してきた。
ユキもそれに合わせて懐の刀を構える……が。
「おっと」
「――がぁぁあ!?」
それより先に、ユウジンは床に叩きつけられていた。
いち早く反応したノインが足払いをし、腕を捻りあげたのだ。
「おいおい。勝負に負けたからって、今手を出すなよ。暴力はよくないって先生に教わっただろ?」
「……ぐっ、うぅっ!」
格下だと思っていた相手に正論を言われ、ユウジンの顔が真っ赤になる。
「悪いことは言わない、別の街に転移しろユウジン。今ここに集まってる連中は――誰も味方してくれないぞ」
「っ!!」
冷たい視線を送る者、可哀想な目で見る者、敵意を送る者、玩具のように面白がる者。
いずれも彼に味方する者は、誰一人としていなかった。
「……く、くっそぉぉぉぉぉおおおおおおっ!!」
ユウジンは空いている片手でメニューを開くと……別の街へと転移していった。
「いや、だっっっさ!」
「最後の最後まで負けっぱなしやんけ」
「よくあんなデカい面できるよな。俺なら恥ずかしくて生きていけないよ」
「それな」
「んじゃ、邪魔なやつもいなくなったし! 祝勝会でもあげようぜ!」
「俺らの勝利に乾杯するぞ!」
「「「よっしゃぁ!」」」
有言実行。頷くと否や、全員がせっせと動き出す。
「さて、俺たちも蒼茫の光を祝すための準備を始めようか」
「そうだね! 試合が終わってからのパーティーだ!」
「あ、あのっ!」
と。
つられて龍矢とRui子も動こうとするが、その前にとユキが二人を止めた。
「あ、あの……ノインさんの名前、なんですけど……そのっ……!」
そう……彼女はまだ二人にノインの名前の由来を言ってなかったのだ。
このまま隠し通せるとは思っていなかったが……こんな形で暴露されるとは思わず、内心焦っていた。
幻滅しただろうか――どうしても不安がよぎってしまう。
「……はあ」
と。
言いにくそうに口ごもる彼女に、龍矢がわざとらしいため息をついた。
「ユキさんと最初に会った時に言ったはずなんだが? みんな名前で縛りたがる、真名なんてものはない……ってな」
「うんうん! ノインくんはノインくん! ボクたちの仲間だよ!」
「……っ!」
――あぁ。何を恐れていたんだ、私は。
そうだ、こういう二人だったからこそ……ユキは仲間になったのではないか。
隠す必要など、最初からなかったのだ。
「……うん。ありがとう」
ユキがお礼をするのはおかしな話だが……それでもお礼がしたかった。
「ささっ! 祝勝会の準備準備!」
「そうだね……あっ! ふれぃどさんも呼びましょう!」
「おっ、あの人、こっち来てくれるのか?」
「ええ、来ますよ……ノインさんがステップの砦を破壊したせいで人が減り、売り上げがなかったって泣いてましたから」
「……それは、ちょっと悪いことしたな」
「ふむ。なんなら、今回参戦した野良たちにも声をかけてみるか」
「おっ、いいな。トリプルクライシスも誘ってみようぜ」
「あっ、鷹隼騎士団も呼ぼうよ!」
「……時々思うんだけど、Rui子ちゃんって割と心が広いよね……私は、Akiさん絶対呼ばない。まあ、いるのは構わないんだけど」
いつでも日の光を浴びず夜の雰囲気が漂う街、ロード。
そこに住み着いているのは黒フードを被った怪しい連中だが……今宵はちょっとばかし賑やかな雰囲気になりそうだ。
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