第65話 桜吹雪く狂戦士

 ――一体、どういうことだ?


 Akiは未だ現状を理解できてなかった。

 今さっき、確かに攻撃を食らわせ、九つの炎は全て消したはず。彼女のバーサークモードは終わったはずなのだ。


 ……そのはず、なのに。


「いきますよ……Akiさん」


 鬼斬を構えるユキの後ろからは赤いオーラが迸っている。


「……ハッ。今から何をしようが、僕の勝ちに変わりないよ?」


――落ち着け。相手はLv.47.5。格下が何をしようが、有利なのは変わりない。


 圧倒的なステータス差。ノインのような狂ったプレイヤーならまだしも、相手はユキ。Akiでさえ知っている、ただのか弱い少女だ。


「その状態になったところで、せいぜい第2段階程度だろう? そんな速度は既に見切って――」

「――【鵺】」


 一陣の風が吹いた。


「……は?」


 一瞬で消える少女。描かれる赤い軌道。風を切る音。


『347』

「グルァァアアッ!?」

「――っ!?」


 急に背後から相棒の悲鳴が聞こえ、思わず後ろを振り返る。

 そこには、すぐそこにいたはずのユキがドラグーンに刃を突き立てているではないか。


「はぁっ――!」


『102』『110』『107』『105』『112』


 彼女の攻撃は止まらない。

 連続で刀を振り抜いていき、着実にドラグーンへダメージを与えていく。


 ――まずい!


「くっ……【暴風刃サイクロンカッター】!」


 無数の風の刃がユキへ襲いかかる。


「――!」


 ユキは速度を上げ、見えない刃から離れていく。


「さっきこの技から逃げられなかったのを忘れたかい!? ブラストドラグーン!」

「グルォォォオオオッ!」

「――【炎風刃ブラスト・ウインド・カッター】!」


 炎と風の刃がユキへと襲いかかる。


「ふっ――!」


 ……だが、今の彼女には全てが止まって見えた。

 ひらり、またひらりと攻撃を掻い潜っていき、ドラグーンの懐へ忍び寄る。


 そう、この技の弱点はドラグーンの懐。範囲攻撃外の位置であり、次の攻撃で転じやすいのだ。


「【八咫烏】!」


『256』『278』『249』


「グルォオッ!」


 ――バカな!?


 さっきまでユキはこの技を避けきれなかったはずだったのだ。信じられない速度にAkiが目を見開く。



 ――Akiさんには自動回復スキルがついているけど……ブラストドラグーンにはそんなスキルはない。ならば!



「はぁあっ!」


 一閃。また一閃。ドラグーンへ集中砲火していく。


「グルォオッ……!」


 先ほどまで与えていたダメージが蓄積していたのか、ブラストドラグーンがどんどんと弱っていく。


「このドラゴンさえ倒せば……Akiさんのステータス補正はなくなりますね」

「くっ……させるか! 焼き払え!」

「グルォォォオオオオッ!」


 最後の力を振り絞り、ドラグーンがユキへ巨大な炎を吐き出す。

 しかし、それは悪足掻きに過ぎない。


「すぅっ――」


 Akiは風の刃に炎を乗せ、複合魔法として扱っていた。

 ならば……ユキにだって、できるはず!


「【天狗】!」


 刀が振り抜かれ、衝撃波が飛ぶ。

 ドラグーンが吐いた火炎にぶつかると――衝撃波は炎を纏いながら、火炎を引き裂いていった。



『826』

「グルァァアアアッ!?」


 炎の衝撃波がドラグーンへ襲いかかる。


「――ァァッ……!」


 まともに攻撃を受けたドラグーンは……そのまま力なく倒れてしまった。


【名前:Aki

メイン:ナイト Lv.68

 サブ:テイマー Lv.62

 HP:1048/1176

 MP:774/774

 攻撃:464

 防御:774

 魔功:526

 魔防:774

素早さ:712

スキル

【テイム Lv.4】【風刃ウインドカッター Lv.7】【風弾ウインドバレット Lv.6】【暴風刃サイクロンカッター Lv.6】【風双刃ウインドクロス Lv.4】【暴風弾サイクロンバレット Lv.6】【突風刃イニシャルカッター Lv.4】【龍の加護 Lv.5】



「……加護が消えましたね」

「ぐっ……!」


 大幅にステータスダウンするAki。

 ついにユキは反撃へと転じた。


「はぁっ――!」


 ――速い!


 一気に迫りくる小さな影。とてもじゃないが、今のAkiに避けきれそうにない。


 ……だが、そんな彼女にも弱点はある。


「【風刃ウインドカッター】!」


 あと一歩まで近づいてきたタイミングでAkiはスキルを放つ。


 ――おそらくユキは第2段階状態! ならば、防御力は0! まともに食らえば、一気に勝敗は決まる!


「くっ……!」


 まだ速度に慣れてないのか、Akiの攻撃を完全に避けきれずダメージを受けてしまう。


『32』


 ――まだ浅いか。ならば!


「【暴風弾サイクロンバレット】!」

「!!」


 至近距離の無限弾。

 攻撃力が低いもの――このまま突っ込めば確実に当たる!


 ――退くか?


 ユキは一瞬、迷う。

 しかし……答えはすぐに出た。


 ――いや!


 逃げるんじゃなくて……前へ踏み出せ!


『5』『6』『6』


「ぐぅっ……!」


 突っ込むことにより、ダメージが重なる。


『6』『6』『5』


 それでも前へ。


『6』『5』『5』


 前へ。


『6』『6』『6』


 前へ!


『6』『6』『7』


 ――踏み出すんだ!



「――【鵺】ぇぇえっ!」

「ぐぅうっ!?」


『72』


 まさか突っ込んでくるとは思わず、モロに彼女の突きを受けてしまう。


 怒涛の攻撃は止まない。


「はぁっ――!」


『24』『26』『27』


「なっ、ぐっ、あぁっ!?」


 次々と繰り出される連撃。

 ステータス補正がなくなったAkiにとって、かなり痛いダメージ。


 ――いや、それよりも!


「――!」


 先に退いたのはAkiの方だった。

 大きくバックステップし、ユキの攻撃範囲外へ逃げる。


「はぁっ……はぁっ……おかしい……ありえない……!」


 荒く息を吐きながらも、Akiはビシリとユキを指差す。


「ありえない――ありえないありえないありえない! 今の攻撃力! 確実に第2段階のダメージ! なのに、僕の攻撃を受けるダメージ量が少なすぎる!」


 そう、第2段階にしてはおかしすぎる。

 Akiから受けたダメージは大したことないが、ユキが放つダメージは凄まじい。

 防御力を0にするモードでは、ありえないことなのだ。


「は? ありえない?」


 ユキは一度刀を仕舞う。


「第2段階って……何知った口叩いてるんですか」

「は? いや、だって――」


【名前:ユキ(バーサーク)

メイン:ナイト Lv.50

 サブ:バーサーカー Lv.45

 HP:526/815

 MP:250/250

 攻撃:1812

 防御:356

 魔功:250

 魔防:261

素早さ:1998

スキル

【バーサーク Lv.4】【ブラスト Lv.4】【鎌鼬 Lv.7】【八咫烏 Lv.5】【天狗 Lv.5】【河童 Lv.3】【鵺 Lv.4】【餓者髑髏 Lv.2】【小豆洗 Lv.4】【絡新婦 Lv.1】

エクストラスキル

【彷徨】


「私の数値、舐めてませんか?」

「――っ!?」


 表記されたユキのステータスに目を剥く。


「なっ、なっ、なっ……!?」


 高すぎる攻撃力と素早さ。

 彼の知っている数値の上がり方じゃない。


「そうですね、言うならば――バーサーク2.45!」

「なにぃぃぃっ!」


 妖狐をバーサーク1.5とするのならば、九尾は2.45。

 第2段階を遥かに上回るステータスを手にしているのだ!


「――はぁっ!」


 再びユキが突っ込んでくる。


「うぐぉおっ!」


 避けようにも――避けられない。

 速度に差がありすぎるのだ。


「そ、それなら……尚更おかしい! 何故防御力やHPがそのままの数値なんだ!? こんなの、ありえない!」

「いいえ、ありえるんです――

「た、対価……!?」


 ユキの言葉にハッとする。


「何故、私がMP切れを起こしてまでロストバスターを使い続けたと思います? 何故、HPを削りながら自動回復するだなんて無茶な戦い方、したんだと思います?」

「ま、まさか――!」


 攻撃を受ける度、背後にあった炎が消えていったのは――力を使ったからではなく、力を吸収していったから。


 つまり、今のユキの数値は……Akiが先ほど与えたダメージによって形成されている!


「――これが、私の第2段階です!」

「こ、こ、こんな……こんなっ……!」


 柄を握る拳がブルブルと震える。


「こんな第2段階が――あってたまるかああああああ!!」


 形勢逆転された立場。弱者に見下ろされる側へと堕ちたAkiは怒号を上げた。


「【突風刃イニシャルカッター】!」


 怒りに感情を任せ、スキルを放つ。


 風のように速度を増したAkiがユキに斬りかかる。


 ……が。


「――【絡新婦じょろうぐも】」

「っ!?」


 対するユキは――半身をずらして、Akiの軌道に刀を添えるのみ。


『56』


「ぐぁあっ!?」


 瞬間、Akiにダメージが起こる。


「そんな一直線の攻撃、ミノタウロスより避けるのが簡単ですよ?」

「だ――黙れぇぇぇっ!」


 もはやユキの挑発にも簡単に乗ってしまうような状態。


 そんな相手に――彼女は負けない!


「【暴風刃サイクロンカッター】!!」


 無数に襲いかかる風の刃。


 いつもなら見えない攻撃に戸惑うが……今は違う。


 神経が研ぎ澄まされた彼女の目の前には――確かに桜が舞っているのだ。


 花びらが風に揺れる。


 ――右!


 左へ躱し、前へ。


 ――左上! 下! 右下! 左! 右上!


 見えない刃を花びらが教えてくれる。

 それを紐解くように――全て躱していく!


 攻撃を躱しきり、隙だらけの胴体に一太刀。


「こ、のっ!」


 花びらがまた動く。


 Akiの力任せの剣を受け流し、もう一太刀。


「ぐ、ぅっ……!」


 よろめく身体に向かって――斬、斬、斬!

 斬って、斬って、斬っていく!


 桜の花びらとは風の動きそのもの。

 その動きを見切れば――相手の動きを読みきったも同然!


【Aki

HP 152/1176

MP 456/774】


「な、ぁあっ……!?」


 気がつけば――彼のHPは虫の息。


 ユキは冷たい視線を送りながら、彼の鼻先に刃を向ける。


「……Akiさん、さっき私をテイムだとかどうとか言いましたよね? 今の状況でも、私をテイムできると思いますか? 逆にテイムされると思いませんか?」

「ヒッ……!?」


 相手に体を支配され、自由を失う――それを想像しただけで、Akiは身震いする。


「わかりますか、テイムされる恐怖が。自由を奪われるという不安が。人生が操られるという絶望が!」


 以前までノインがいなければ、Akiには勝てなかった。

 負けるのが怖くて、逃げていた。

 圧倒的な力を目の当たりにして、諦めたりもした。


「自分が――どれだけ酷いことをしようとしていたのか! 理解できますか!?」


 だが――もうそんな心配は要らない。


 手に入れたのだ。

 自分で自分を守れるだけの力を。



「【ブラスト】……」

「う、うわああああああああああっ!! ウ、ウ、ウ、【風刃ウイングカッター】!!」


 夢見るだけの少女じゃない。

 主人公に守られるだけのヒロインでもない。

 たった一人では何もできない存在なんかじゃない。


 ――あの背中に追い付くまで!


 彼女は――どこまでも走り抜ける、戦士なのだ!



「――【鎌鼬】ぃぃぃっ!!」


 花びらが一直線を描いた。

 ユキの風速を越えた居合抜きが、流れを全て持っていく。




 花びらの軌道を描きながら振り払われるその様子は――まさに桜吹雪のよう!



『266』


「あああぁぁっ――!」


 表記されたダメージにAkiの顔が青ざめる。

 自身の身体がどんどんと光の粒子へと変換されていく。


「――残念でしたね、Akiさん」


 ユキはゆっくりと刀を鞘へ戻す。


「あなたの、負けです」

「――っ!!」


 怯えきった表情でユキに何か言う前に。

 完全に光の粒子となり……Akiは消えていった。


「………………ふぅ」


 完全にAkiが消えたのを確認すると――ユキは力抜けたように、その場でへたりこんでしまう。


「よ、よかった……勝てて、よかった……! 怖かった……!」


 あんなことを言っていたが……内心不安でいっぱいだったのだ。

 それもそうだろう。今まで自分をモノ扱いしようとしていた相手と1対1の勝負。トラウマのこともあり、震えが止まらなかっただろう。

 おまけに相手は格上の存在。負ける恐怖やプレッシャーは相当大きかったはずだ。


「勝てた……あのAkiさんに勝てたんだ……!」


 それでも――勝ったのだ。


 過去を断ち切り。

 トラウマを乗り越え。

 因縁の相手に決着を付けたのは――全て、ユキ自身の力なのだ。


 ――このことを報告したら、あの人はなんて言ってくれるだろう。


 きっと……いや、間違いなく優しい笑みで頭に手を乗せながら誉めてくれるだろう。温かく迎えてくれるだろう。想像しただけで、ユキの身体が熱くなる。


「――っと、いけないいけない。まだスタンピードは終わってないんだ……!」


 慌てて身体を起こし、岩陰にそっと身体を潜ませる。


『最終フェーズ開始』


 程無くして流れてくるアナウンス。


 すると、さっきまで死闘を繰り広げていたところに光が集まっていった。


 集団となって現れるゴブリンとハイゴブリンたち。そして、その集団を指揮するかのように現れたのは……。


 ――ゴブリンナイト!


 馬に乗った騎士のようなゴブリン、ゴブリンナイトを確認した時、此処がハズレだったということを確認する。


 ――だとすれば、ゴブリンキングが出現したのは第25階層にいる龍矢さんとRui子ちゃんの方、それか……!


 ユキは視線を第23階層――ノインがいるであろう方向へと向けた。

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