第64話 キュウビ
「はぁっ……はぁっ……!」
第24階層洞窟内。
【ユキ
HP 358/815
MP 250/250】
ユキのHPは徐々に削られてきていた。
「んんー……驚いたよユキちゃん。見ないうちに、ここまで成長してただなんてね。拍手拍手」
息を乱すユキに拍手を送るAkiはまったく疲れを見せてない。
――くそっ!
余裕綽々のその態度に、心の中で思わず悪態をつく。
彼なら――ノインなら、こんなレベル差、ものともしないだろう。
しかし……いくら成長したとはいえ、彼レベルまでには達してないユキにとって、Lv.65という存在はあまりにも大きすぎた。
「でもね、ユキちゃん? 君がいくら頑張っても、数値の差というのは大きい。誰しもがあの男のように上手くいくってわけじゃ――ないのさ!」
「っ!!」
――来る!
頭ではそうわかっていながらも……身体の反応速度にも限界はある。
「――ぁぐっ!?」
勢いよく迫ってくるAki。その速度を避けられず、簡単に細い首を掴まれ、片手で持ち上げられてしまう。
RRO内で首絞め行為をしても直接的な攻撃にはなり得ない。
痛感は完全に遮断されている為、幸い死には至らないし、一切苦しくもならないが……目の前の男に弄ばれるという、これ以上ない屈辱を彼女は味わっていた。
「くはっ……こ、のっ……!」
「アハハッ。そうそう、その悔しそうな顔。最近気づいたんだ、君のそういう所が一番可愛いって」
「……あ、悪、趣味っ!」
「なんとでも言ってくれたまえ」
懸命に手を引き剥がそうとしてみるも、Akiの力は想像以上に強くびくともしない。
「生憎、今回はメイン職をナイトにしてるからね……残念ながら今、君をテイムすることはできない」
「っ!」
テイムという言葉を聞いた瞬間、ユキの身体が強張る。
「けれども、心配はない。またこうやってチャンスは巡ってくる。君が僕より弱いままでいてくれる限り、何度だって……ね」
「……っ! っ!」
「でもね、ユキちゃん。そんな君にも気にくわない点が一つだけあるんだ」
Akiは未だに抵抗し続けるユキに冷ややかな目線を送りながら、以前から気になっていたことを口にする。
「君は何故、僕に勝とうとするんだい?」
「――は、ぁっ!?」
「ずっと……ずっと疑問だったんだ。僕に限った話じゃない、あのミノタウロスもソロで倒そうとしていた時もだよ。何度も言ったよね? 『倒せなくてもいいんじゃないか』って」
「それ、はっ!」
それは――どういう意味だろうか。
まるでユキに強くなってほしくないような、そんな言い回し。
「だって、そうじゃないか。僕から言わせてみれば、ユキちゃんという人物は既に完成されている。なんでそれ以上になろうとするんだい? ……ほら、みんなよく言うだろ? 『オンリーワン――唯一無二の存在を目指すだけでいい』って」
「――!」
「主人公より強くなるヒロインが何処にいる? ヒロインという立場を確立している中、何故変化を求めるんだい? 何故強くなろうとするんだい?」
「…………」
「ほら、なんか言い返してみなよ。『伝説の剣士』になりたいユキちゃん」
「………………っせんね」
「ん? なんだって?」
「なら――あなたは私に勝てませんねっ!」
ユキは武器変更していたロストバスターをAkiの手に向けた。
「っ!」
「くっ……!?」
途端に襲われる風圧。この勢いには耐えられず、Akiは手を離し後ろへ下がる。
「……私、みんなが言うオンリーワンって意味、嫌いなんです」
風圧で自身も地面に叩きつけられたユキが、ヨロヨロと立ち上がった。
「別に他の人の主張は気にしません……その人がそう考えているのなら、否定する気もありません……でも」
――それは自分自身に使いたくない。
「強くなれないかもしれない。一番じゃないかもしれない。どうしようもないくらい大きな壁にぶつかるかもしれない」
深層をクリアした時から考えていた。
一体、自分は何処へ向かっているのか――と。
『伝説の剣士』になりたい。それは紛れもない事実。曇ることのない目標。
でも……それは何故?
何故『桜斬り』を目指す? 何のために? なって何がしたい?
悩みに悩んで――求め出した答えは。
「それでも――それでも私は、オンリーワンより、ナンバーワンを求めたい!!」
勝ちたい。このRROの誰よりも強い存在でいたい。唯一無二でいいだなんて考えに甘えたくない。
この世界で生きている限り、一番になりたい――この貪欲に勝利を求め続ける姿勢こそがユキの原動力の全てだ。
「……それで? 僕にさえ勝てないくせに、本当にできると思ってるの?」
「思ってますよ……今からあなたに勝つんですから」
「へぇ?」
Akiは目を細くし、うっすらと笑みを浮かべる。まるで、やれるものならやってみろと言わんばかりに。
「勝つといえば、ちょっと面白い話を小耳に挟んだよ。あのノインについてなんだけど――」
「っ!!」
「彼の名前の由来、マケルっていう渾名から持ってきてるんだってね? 完全無欠かと思っていたあの男にも、弱点はあるんだなって」
「…………」
彼にとってはこの上なく愉快な話だろう。この前散々な目に合わされたあのノインの弱みを握れたのだから。
そして……この揺さぶりをかけることで、ユキが激昂するという情報も既に得ていた。
彼女がノインをどれだけ慕っているのか、Akiは知っている。
――さあ、我を忘れて怒りなよユキちゃん。冷静さを失わせた上で、完膚なきまでに叩きのめしてあげる。
彼の目的はユキへの完全勝利。彼女が自分に負けることにより、ノルズは三日月の迷い猫に勝てなかったという事実が出来上がる。
つまり、間接的にだがノインにも敗北を味わわせることができるのだ。
――さあ………怒れよ、ユキちゃん。
「……Akiさん、ノインさんのことをわかってないんですね」
だが――ユキの反応は違っていた。
怒るどころか、冷静さを一切乱さぬままAkiを鼻で笑ってきたのだ。
「わかってない……?」
「そうです。ノインさんの由来はそんな意味じゃなくて――ドイツ語ですよ」
「……ドイツ語?」
「ええ」
それはいつしか龍矢が言っていた知識。
「ノインさんの由来はドイツ語の『9』です」
情報があやふやな由来なんて、ねじ曲げてしまえばいい。
誰よりも彼の傍にいるユキがそうだと主張すれば、真実は
最終フェーズまで、あと3分。
――来た!
「ノインさんと一緒に作り上げたスキルだから……この名前なんです」
運命の3分間。
この為にバーサークモードを温存しておいたのだ。
そう、全てはAkiに勝つ為に。
「【バーサーク――
ゆらりと。
彼女の周りに九つの火が灯った。
***
「え? バーサークモード第2段階の完成を手伝ってほしい?」
「はい……」
それはスタンピード開始まであと2日になった夜のこと。
スキルのレベルアップはできたものの……まだ未完成であるバーサークに頭を悩ませていて、ノインを第1階層『ステップ』の広場に呼び出して相談しに来たのであった。
「はぁ……ようやく完成した妖狐なのに、全く上手く制御できなくて……」
「……ん? ちょっと待ってくれ先輩。完成した妖狐って、どういうことだ?」
「え?」
思いがけないノインの質問に、ユキは思わずキョトンとしてしまう。
「どういうことって……そのままですよ? 妖狐は元々第2段階の為に作られたものなんです」
それがどうかしたのかと考えていると、「うーん」と彼は腕を組み……やがて指を一本たてた。
「いいか、先輩」
「はい?」
「妖狐は既に完成してるんだ」
「………………はい??」
意味がよくわからず、首をひねる。
「ん? どうかしたか?」
「いや、だって、いつも使ってるモードは防御力を完全に0に振ったわけじゃないですか……」
「いや、それでいいんだ」
「いいって……」
そもそも妖狐のように防御を1/4状態にするモードだなんて聞いたことがない。どうしても第2段階へと進化できずに、彼女は苦肉の策として編み出した。だから今の妖狐が既に完成されてるだなんて言われても、ピンと来やしない。
それでも煮えきらないユキに、ふと噴水の傍に置いてあるベンチに腰かける。
「ほら、先輩も」
「……んぅ」
ノインに手招きされ、ユキも倣うようにして隣に座った。
「俺、この前言ったことがあるだろ? 『1/4に調整できるのはすごい』って」
「……そんなこと、言われましたっけ?」
「ほら、俺と先輩が初めて会った日だよ」
「……あ、ああー。そういえばそうでしたね。懐かしい」
『この前』だなんて余計なこと言うからイマイチピンと来なかったが、確かに言われていた覚えがある。……まあ彼の時間感覚はバグっているので、彼にとってはこの前の出来事なのだろう。
「1/4の状態になれるんだったらさ、それでいいんじゃないのか? そのままで」
「そのままで……」
「そう。だからさ――ユキ先輩はユキ先輩なりの第2段階を作ってみたらどうだ?」
【名前:ユキ(バーサーク)
メイン:ナイト Lv.50
サブ:バーサーカー Lv.45
HP:358/815
MP:250/250
攻撃:1145
防御:356
魔功:250
魔防:261
素早さ:1219
スキル
【バーサーク Lv.4】【ブラスト Lv.4】【鎌鼬 Lv.7】【八咫烏 Lv.5】【天狗 Lv.5】【河童 Lv.3】【鵺 Lv.4】【餓者髑髏 Lv.2】【小豆洗 Lv.4】【絡新婦 Lv.1】
エクストラスキル
【彷徨】
】
「――【鎌鼬】!」
ロストバスターを構えたユキの居合い抜きが発動される。
「【
Akiも剣を振るい、攻撃を相殺した。
「【
「っ!」
反撃とばかりに無数の弾が襲いかかる。
ユキは素早く風魔法を噴射すると、大きくバックステップした。
「逃がさないよ?」
「くっ……!」
しかし、Akiの攻撃は攻撃を続けてくる。
――見えない弾は弾けない。ならば!
「はぁあっ!!」
風魔法を最大限に出力。迫りくる風の弾に向けて、大きく振り抜いた。
「……なるほど、見えないなら範囲の斬撃で撃ち落とせばいい。君なりに考えた策だね」
連続で剣を振りまくるユキを誉めた後、「でも」と続ける。
「忘れたのかい? 僕には相棒がいるってことを!」
「グルァアアッ!」
Akiに呼応するかのようにブラストドラグーンが咆哮し……口から炎を噴き出す。
「
風と炎の複合技。風の弾に火炎が宿る。
「ぐっ……!」
『12』『16』『13』
弾が視覚化されたため見やすくなったものの……威力が増したため、今度は防ぎきれなくなりいくらかダメージを食らってしまうこととなる。
ユキに纏っている炎が一つ、消えた。
「――【天狗】!」
それを確認したユキは攻撃に転じる。風魔法を逆噴射し、Akiの側面まで突っ込んできた。
「っらぁぁあ!」
「おっと」
迫りくる刃。それをAkiはバックステップして躱す。
だが、ユキの目的はAkiだけじゃない。
『159』『162』
「グルァア!」
風の斬撃を受けたドラグーンは悲鳴をあげた。
【ユキ
HP 348/815
MP 122/250】
「……なるほど、
そう、与ダメージによる自動回復。今のHPのままじゃ、Akiに勝てないのはユキにだって重々承知なのだ。
また一っ、ユキに纏っている炎が消える。
「けど、このままやられっぱなしってわけにもいかないな――ブラストドラグーン!」
「グルォォォオオッ!」
ドラグーンはたちまち咆哮。翼を大きく広げ、空高く飛び上がる。
「逃がしませんよっ!」
ユキは地面に風魔法を打ち付けると、飛翔。ドラグーンまで体を引き寄せていく。
「知ってたよ。ユキちゃんならそうするだろうってね」
「っ!?」
だが、これはAkiの作戦。
「【
スキルを地面に打ち付け、ユキと同じ要領で飛び上がる。
「足場のない空中戦なら――君はますます不利になる」
「っ!」
大きく目を見開くユキ。彼の指摘に間違いはない。
「【
「グルォォォオオッ!」
Akiとドラグーン、風と炎の刃が交差しあって襲いかかる。
「――っだぁぁぁああ!!」
ユキも負けじと剣を乱雑に振るっていく。しかし、Akiにはもう一つ目的があった。
風と炎の攻撃を風の刃で捌いていくユキ。かなりギリギリのラインで、しかし上手く体を捻ってダメージを追わないようにしている。
その最中――ユキの炎が一つ、消えた。
――やはり!
「ユキちゃん……その技、まだ未完成なんだね?」
「っ!」
Akiの指摘にユキの体が強張った。
「隠さなくてもいい。思ってたんだ、第2段階にしてはステータスが低いってね」
しかし、攻撃力や速度は段違いに上がっている。Akiに接近した時も、ドラグーンに攻撃を与えた時も今までのバーサークモード以上の力を発揮していた。
しかし、彼女の第2段階は他の
ステータスが低かった意味は? それでも威力が上がる理由は? 彼女の周りに纏う炎の正体は?
「答えは一つ――攻撃する時だけ、出力をあげてるんだ」
――バレてる!
そう……彼女の新たなバーサークモード、『九火』は無理矢理能力を第2段階に引き上げているスキル。その為、普段は第1段階のステータスと変わりなく、攻撃する時や移動する時だけ意図的に能力を引き上げているのだ。
「その周りにある炎は、言わばタイマーの役目をしている。君が能力を使えば使うほど、炎は消えていくんだ」
「……! 【天狗】!」
ユキはスキルを使い、ドラグーン側へ飛んでいく。
――図星か!
「ブラストドラグーン! 纏え!」
「グルォオッ!」
Akiの指示にドラグーンは勢いよく火を吐き……自身の体へ纏わせた。
「なっ……!」
「グルォォオ!!」
容赦ない突進がユキに向かって放たれる。
『45』
決して軽くないダメージが表記された。
「くっ――ああぁっ!」
ユキも負けてはいられない。ドラグーンの巨躯に向かって、刃を打ち付ける。
攻撃され、攻撃して。激しい攻防にユキの炎はどんどん消えていく。
「ドラグーンと対等みたいだけど……そこに僕が加わったら、今の状態のまま戦えるかな!?」
「っ!!」
Akiは一気に迫りくると、ユキに一太刀浴びせる。
「く、ぅうっ!」
『38』
流石に彼の攻撃は捌ききれず、モロにダメージを受けてしまう。
炎がまた一つ、消えた。
残り二つ。
「ハッ! ハハハッ! ほらほら、しっかり避けないと、負けちゃうよ!?」
「ぐっ……!」
――時間がない!
ユキに与えられた時間は1分。それが過ぎてしまえば――彼女に勝ち目はない!
迫りくる剣撃をいなし、反撃の横振り。Akiには躱されるが、そのまま一回転させてブラストドラグーンに当てていく。
「はぁっ――!」
尚も攻撃をやめない。鬼斬ではできないような乱暴な斬撃でドラグーンを斬り裂いていく。
炎がまた一つ、消えた。
――残り一つ!
「んー……頑張ったみたいだけど、もう後がないみたいだね? その焦りようでわかるよ」
【ユキ
HP 422/815
MP 20/250】
【Aki
HP 1423/1470
MP 563/968】
現在、ユキのHPは残り半分を行き来している。対してAkiのHPはほぼ満タン。無傷だと言ってもいいだろう。
――彼女の炎は残り一つ。それさえ消えれば……もう僕の勝ちは決まる!
「――【鎌鼬】!」
ブラストドラグーンに向かって一閃が走る。
……が。
「なっ……!?」
振り抜いた風の刃は途中で途切れてしまった。
【ユキ
HP 422/815
MP 5/250】
風魔法の効力が消える――つまりMP切れだ。
そして、このチャンスをAkiが逃すはずがない。
「突っ込め!」
「グルォォオオオッ!」
ドラグーンは無力となったユキに向かって、突進をかます。
「ぐ、ぅっ!」
『38』
多少ダメージを食らいながらも、なんとか押さえ込む。
だが……その後ろから迫ってきたAkiにはさすがに対処できなかった。
「【
「ぁっ――!?」
避けなくては――頭ではわかっているものの、体は動かない。
……そして。
『76』『82』
「かひゅっ――!」
強烈なダメージが彼女へ打ち付けられた。
攻撃をモロに食らい、そのまま地面に叩きつけられる。
Akiも地面に降り立つと、ユキが落ちた方へゆっくりと歩んでいく。
「っ! はひゅっ……!」
【ユキ
HP 226/815
MP 20/250】
息を乱して倒れこむユキ。残念ながら倒しきれはしてないものの……彼女に纏っていた炎は――ゼロ。一つもなくなってしまった。
「ハッ……ハハッ! 僕の勝ち、だな」
「あ゛っ!」
Akiは小さな腹を踏みつけながら、勝利宣言する。
「君のバーサークは解除された。もう、僕を倒す手段を失ったんだ」
ユキは答えない。燃え尽きたかのように、体が動かない。
「さて……何か言い残したことはあるかな? 君の愛しのノインに伝えてあげよう」
「――」
今、伝えたいことはなんだろうか。
負けた悔しさ? どうしようもない絶望?
だが、そんなことを今さら伝えても――もう終わりなのだ。
「も、もう……終わり……」
「うん? そうだね、もう終わりだ。君の負けは決定――」
何か言いかけたユキにAkiは返答し――その途中で口が止まった。
地面に転がる、彼女の目。
どうしようもない状況だというのに……その瞳はまだ希望が宿っていた。
それだけではない。彼女の体からただならぬ雰囲気も感じる。
――なんだ、この異様な感じは?
あと少し。この無防備となった彼女に攻撃をするだけで彼女に勝てるはず。
だというのに……嫌な予感が収まらないのか何故だろうか。
「終わりです……あなたのっ!」
1分経過。
瞬間――ユキの体が浮き上がる。
「っ!?」
慌てて距離をとって離れるAki。
彼女の背後から赤いオーラが勢いよく噴き出し、体を押し上げたのだ。
「感謝、しますよ……! 間に合わせて、くれたことに!」
そう、全ての炎が消えた時――ユキの目的は果たされたのだ!
オーラが燃え盛り……やがて九つの尾へと形成されていった。
「
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