第62話 vs鷹隼騎士団

 最終フェーズ開始まで残り7分。


 第25階層へ辿り着いたRui子と龍矢は、すっかり冷えきってしまった砂漠の中を走っていた。

 目指すはノインがマークをつけた地点。鷹隼騎士団よりも早く辿り着くのが目的である。


「――ストーップ!」

「むっ……」


 到達地点まで残り数十メートルとなったところで、Rui子の掛け声により龍矢は足を止める。


「……目的地に敵がいないね」


 ――なるほど、【心眼】の射程距離範囲内か。


 【ロックオン】は相手の姿が見えないと発動しないのに対し、【心眼】は障害物や暗闇の中でも姿がよく見える。


 しかし、敵がいないとなれば好都合。先に割り込めるチャンスだ。


「よし、今のうちに場所を抑えるぞ!」


 いざ向かおうとする龍矢。


「――違う」


 それを、Rui子が止めた。


「Rui子?」

「違うよ龍矢くん……相手の姿が見えない方が問題なんだよ……」


 彼女は警戒するかのように辺りを見回す。


「ボクたちより先に、鷹隼騎士団が向かっていたのは確実。第25階層にリスポーン地点があるのもわかってるはず……なのに、いないっていうのはおかしいんだ」


 ――言われてみれば確かに。


 相手だって熟練者だ。わからないわけがない。


 ……ということは、どこかに隠れている可能性が高いということを意味合いしている!


 龍矢も辺りを見回し始める。

 しかし、何処を見てもなだらかな砂丘ばかり。障害物なんてなく、近くに隠れられるような場所なんてない。


「……?」


 ふと、影が目に入る。

 月の青白い光に照らされ、砂の上にくっきり映し出されている真っ黒な自分の影。


 ――今、影の動きがおかしかったような?


 龍矢が振り向いた瞬間……右手が2つあったような。

 その後、遅れて融合したかのような。


 そんな気がしたのだ。


 ――そういえばあの時。相手は巨大な影みたいな龍を操っていた。リーズ・サルトという男も、深層では相手の影から現れるスキルを持っていた。

 ――完璧に身を隠し、確実に狙える位置にいるとしたら……まさか!


「Rui子、影だ!」

「へ?」


 龍矢が叫ぶのと同時に、




「奴らは――!!」


「【シャドウクロー】!」

「……【ガン】」

「――っ!」


 影から抜け出した鷹隼騎士団――リーズとクロサからスキルが放たれる。


「う――おおぉっ!」


 迫り来る影の爪をギリギリで躱す。


「わ、わっ!?」


『10』


 反応が遅れたRui子は影の弾から少しダメージを食らいながらも、直撃は避けられたようだ。


「……よく気づいたね」


 影から現れた紫紺色のローブを纏った緑髪の少女が龍矢を見つめる。


「意外……ノルズなんて、あの銀甲冑のお兄さん以外大したことないと思ってた」

「……ほほう? 俺らも随分と低く見られたもんだな?」

「うん、まあ」


 無自覚な挑発に目くじらを立てるが、彼女には確かな自信があった。


「鷹隼騎士団はRRO内で一番大きなギルド。じゃあ、なんで今、私たち二人だけだと思う?」

「……確実に勝敗を決める為と、リスクの軽減だ。今、このスタンピードの参加人数は500人満員。もしゲームオーバーすれば、空いた枠に待機勢が入ってしまう」


 そう、この試合はゲームオーバーすれば完全敗北を意味する戦い。

 一度負ければ、もう入れなくなってしまう。


「そして、その待機勢の中に鷹隼騎士団の面々を入れておく。こうしておくことで、もし仮に負けたとしてもクランとしてのポイントは入ってくる保険がつくからな」

「……前半当たりで後半外れ。確かに保険にはなるけど、別に負ける可能性を考慮してるわけじゃないの」

「なら、どうしてだ?」

「正解は――あのお兄さんさえいなければ、私たち二人で十分だってことよ」


 瞬間。彼女の周りに現れる2体のヒト型のモンスター。

 全身影で出来たような存在。骸骨のような顔だけがくっきりとしており、更に不気味さを醸し出している。

 この階層のモンスターではないが……龍矢には見覚えがあった。


 ――シャドウスケルトン!


 第60階層付近に出現すると言われているモンスター。その出現率は極めて低く、滅多にお目にかかれないレアモンスターである。


 そんなモンスターを彼女は2体も使役しているのだ。


「……やっぱり、第4支部の隊長だったんだね」


 やはり第21階層の攻撃に心当たりがあったのか、クロサの顔を見るなりRui子の目が鋭くなる。


「2体使役してるってことは……」

「うん、メインジョブがTaテイマーWiウィザードだよ」


 Wiウィザードは最もメインジョブに選ばれやすいジョブである。

 というのも、Wiウィザードを選ぶのなら魔法使い一択になってしまう。サブで運用するのは勿体ないほどの性能を持ち合わせていて、かつ最大限に活用できるのは魔法使いしかないからだ。


 ……だが、稀にWiウィザードをサブで運用する変態型プレイヤーも存在する。クロサもその部類だ。


 闇魔法とシャドウスケルトンを使役する魔法使いであることから、こうも呼ばれている。


 ――ネクロマンサーと。


【名前:クロサ

メイン:テイマー Lv.86

 サブ:ウィザード Lv.90

 HP:1452/1452

 MP:1825/1825

 攻撃:956

 防御:172

 魔功:2356

 魔防:2053

素早さ:900

スキル

【ネクロマンス Lv.10(Max)】【サーベル Lv.6】【リープ Lv.9】【スナイプ Lv.7】【スニーク Lv.7】【ビルド Lv.8】【プライベート Lv.6】【死神の慈愛 Lv.7】



「【ネクロマンス】」


 クロサの杖に紫色の光が灯る。

 その光に反応するかのように――シャドウスケルトンたちの形態が変化し始めた。


「――っ!」


 1体は巨大なトカゲのような見た目へ、また1体はコウモリのような見た目へと。


「龍矢くん、リーズさんにマンツーマンで! ボクは第4部隊の隊長をつくから!」

「承った!」


 それぞれ戦闘の相性がいい相手同士へと、二人は1対1の形へ武器を構える。


「いくよ――成田、児玉」


 クロサも杖を構えると、2体のシャドウスケルトン――もとい、トカゲとコウモリがRui子に牙を剥いた。


「【スピンムーブ】!」


 迫り来る影トカゲの突進を躱し、一気にクロサの元へ迫る。


 Wiウィザードの弱点は近距離戦。Fi ファイターにとっては、近距離に持ち込めれば一気に有利となるのだ。


「……【リープ】」


 Rui子の狙いに気がついたのか、次のスキルを発動する。


 杖の先に付けられる湾曲した影の刃。その見た目は正に死神の鎌。


「――!」

「おおっと! 【ドライブ】!」


 横薙ぎを屈んで避け、一気に距離を詰めていく。


 ――その鎌はあくまで中距離攻撃! 近距離にさえ持ち込めば、ボクに勝機はある!


 目にも止まらぬスピードでクロサの懐へと忍び込んでいくRui子。


 ――もらった!


「【レイアップ】!」


 未だ反応できてないクロサの顎めがけて、アッパーをかます。




『8』


「あ……れ……?」


 表記されたダメージ数に、思わず思考が停止する。

 今、確かにスキルを直撃させたはず。彼女本人も感触はあったのだ。

 確かにバーサークモードもブラストも使ってないが……ここまでダメージが低いわけがない。


「残念ね」

「っ!」


 クロサが杖を構え直す。

 即座にクロサの背後に回り込むRui子だが――それは全くの意味を為していなかった。


「【サーベル】」

「なっ!?」


 次の瞬間――闇魔法で剣の形を纏った杖が形成される。


「ふっ――!」

「ぐっ、うぅっ!?」


『68』


 慌てて避けようとするが、一手遅い。

 決して低くないダメージがRui子の頭上に表示された。


「フェ、【フェイドアウェイ】!」


『3』


 ――また!


 Rui子のジョブの特色は攻撃力の高さ。だから防御力の低いクロサとの相性はいいはずだ。

 ……だが、どういうことなのだろう。Rui子の攻撃は二桁にも達してないではないか。


「不思議そうな顔してるね。そんな考えてる暇、あるの?」

「わわっ!?」


 距離を取って一息……なんてことはできない。クロサには2体の使者がいる。


 ものすごい勢いで突進してくる影トカゲ。なんとかいなすと、今度は空から影コウモリが牙を剥いてきた。


「っ! 【フェイク】!」


 右に避ける――と見せかけて、左へ。影コウモリはそのままRui子の残像へと突っ込んでいく。


「てやっ!」


 隙だらけとなったコウモリの横顔に向かって拳を叩き込む。


『2』

「――っ!」


 表示されたダメージを確認すると、すぐさまバックステップをして距離を置いた。


「……なるほどね、そういうことか」


 今の攻撃は無意味ではない。

 ゴーストスケルトンは物理攻撃に強いモンスター。輪郭がはっきりしている顔を狙わないと、ダメージが通らないのだ。


 Rui子自身もそれを知っていて――それでも尚、攻撃したのだ。


 クロサに攻撃がまったく効かない秘密を暴くために。


「確かテイマーにはテイムモンスターの特徴が付与されるんだよね」


 例えばドラゴンにはステータスを上昇させる『龍の加護』が。

 そして、ゴーストスケルトンには……。


「物理攻撃軽減――それがゴーストスケルトンをテイムした時のスキルだね!」

「……【死神の慈愛】だなんて可笑しな名前だよね。死神なんかに愛されても、良いことなんてないのに――だから、私はこれを『呪い』って呼んでるの」


 クロサは自嘲げに笑みを浮かべる。


 ――まずい。


 唯一の突破点だった近距離戦が完璧に封じられている。せっかくの攻撃力も意味がないどころか、無闇に近づけば相手の近距離攻撃の餌食となってしまう。

 有利だと思っていた立場が逆転してしまっているのだ。


 そして、立場が逆転しているのはRui子だけじゃない。


「【ナイトモード】」

「くっ……また……!」


 リーズのスキルにより周囲が黒い煙に包まれていき、龍矢は顔を歪める。


 『ロックオン』は狙った相手にエイムアシストするジョブスキル。ホーミング機能はないものの、相手が動かなければ外すことなどない。


 ただし……それは相手が見えている前提の話である。

 そう、相手が見えてなければ当たらないどころかロックオンされないという欠点があるのだ。ロックオンから逃れられないように見えて、対処法は割りと楽である。


 例えば――煙幕によって、自分を見えなくさせるとか。



 ――どこだ!?


 暗闇に向けて矢を放つ。だが……ダメージ表記はされず、リーズの位置が掴めない。


 自身の周囲に黒い煙を出現させるリーズのスキル、【ナイトモード】。自分の身を隠すのに適している反面、自分も相手の姿は見えなくなる。その為、隙をついて攻撃することは難しい。


 ――のだが。


「【シャドウワープ】!」


 リーズはスキルを発動し、影の中に溶け込む。そして――


「――ぐっ!」


『52』


 突然真後ろから現れたリーズに反応はするが、身体はついてこれず。大剣を振り払われ、ダメージを受けてしまう。


 相手の視界から消えるスキルと、相手の影から出現するスキル。この無敵の組み合わせにより、龍矢は圧倒的不利となっている。


 本来、Arアーチャーにとって、近距離向きのジョブは有利な立ち位置。ロックオンは相手との距離関係なく発動し、巧く立ち回れば近距離から遠距離までの全てに対応できるはずなのだ。


 しかし、完全にArアーチャーの弱点をつくようなスキル構成と経験の差が違う格上の相手。龍矢が敵う相手ではないのだ。


「龍矢くん、マークマンチェンジ! ちょっと相手が悪い!」

「あぁ、わかった!」


 お互い相性が悪いとわかったのか、Rui子の提案に龍矢も頷く。

 お互い相手が変われば、少しでも流れが変わるだろうという作戦だ。


 龍矢の相手はクロサ、Rui子の相手はリーズへ。


 ――同じ接近戦同士の戦い! 心眼を使えば、相手の位置も把握できる!


 Rui子のジョブスキルはリーズの【ダークモード】を無効化できる。つまり、最強コンボに対抗できるのだ。


 ――しかし。


「……あ、あれ?」


 心眼を発動したRui子だったが、リーズの姿を掴むことができない。


 心眼でも見れないということは……この場にいないのだ。


「ぐぁあっ!」

「っ!?」


 後ろから龍矢の悲鳴があがり、驚いて振り向く。


 すると、そこにはクロサが縦振りして地面に突き立てた鎌から現れたリーズが、龍矢の背後から攻撃を仕掛けていた。


「……悪いけど、私とリーズの相性はいいの」


 ――【シャドウワープ】か!


 何かの影へとワープできるリーズのスキル。

 そして、影の魔法を操るクロサ。


 これこそ二人の真骨頂だったのだ。完全なる不意打ち、2対1に持ち込めるコンビネーション。


 これほど相性のいいコンビがあるだろうか。


「いくよ、リーズ」

「はっ!」


 ――まずい!


「……合流させないよ」

「くっ……!」


 慌てて龍矢に駆け寄ろうとするRui子だが、クロサが仕向ける影トカゲに阻まれてしまう。


「【シャドウクロー】!」

「うあっ!?」


『63』


 更に、影トカゲの上から飛び出してくるリーズの攻撃。もはやクロサの力があれば何処にだって出現できてしまうのだ。


 ――どうする、どうする!?


 必死に思考を巡らす。


 このままでは何もできずに負けてしまう。それだけは避けなくてはいけない。


 だが……このコンビネーションを崩すなんてRui子と龍矢には不可能である。


 相手の怒涛の勢いに思わず押し負けてしまいそうになった……その時。


「――【バーサーク】!」

「なっ!?」


 龍矢の体に赤いオーラが宿り出した。


「り、龍矢くん!? 焦っちゃダメ! 今、防御力を下げたら――」

「Rui子ぉっ!!」


 慌てて指示を出すRui子だが――龍矢の張り上げた声にビクリと止まる。


 そう、彼は自暴自棄になったわけじゃない。

 残された手で、この場面を切り開こうとしているのだ。


「こういう時は、ハンズアップ……だろう?」

「っ!」


 ハンズアップ。バスケにおけるディフェンスの基本であり、手を上げることで相手に自分を大きく見せる行為。

 また、一度冷静になる効果もある。


「……そう、だったね」


 これはバスケと一緒だ。オフェンスに振り回されてしまえば、守るべきものも守れない。


「すぅ……はぁ……」


 ゆっくり深呼吸。焦っていた思考を一旦停止させる。


 ――相手のコンビネーションを崩すのは不可能? ……何を弱気になってるんだ、ボクは。


 不思議とRui子の視界がクリアになっていく。


 鼓動がどんどん高鳴る。


 不安? プレッシャー? ……いや、どれも違う。


 こういう時、Rui子の鼓動が早くなる理由はたった一つ。


 ――そうだ、こういう不可能みたいな状況こそ! いつだって!


「――ゾクゾクする」

「っ!!」


 Rui子のその台詞を聞いた瞬間――リーズの体が強張った。


「【バーサーク】!」


 発動される赤いオーラ。

 Rui子もまた、防御を捨ててきたのだ。


「龍矢くん! いつも通り、はお互いね!」

「あぁ、任せろ!」

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