第3章「第23回緊急クエスト編」

第40話 名前の由来

「そういえばさ、みんなのプレイヤーネームの由来ってあるの?」


 ――それは些細なきっかけだった。




 龍矢、Rui子を仲間にしたノインとユキは、無事クランに必要な最低人数を揃えた。


 早速、第16階層の町『ナイト』でクラン手続きを行う……つもりだったのだが。

 Rui子は自主的にクランを抜けた為、新たなクランに所属するまで7日間のペナルティーが課せられてしまっているのだ。


「あはは……ごめんね、ユキちゃん」

「だ、大丈夫だよ! 7日間ならまだ間に合うから!」


 笑顔ではいるが声に元気がないRui子をユキは慌てて励ますように声をかける。

 『ナイト』の中にある喫茶店。途方に暮れた一行は一度ここで会議をしようということになったのだ。


「……間に合う? 何がだ?」


 何か予定があるのだろうか――首を捻るノインに、ユキが「あぁ」と声をあげる。


「そういえばノインさんは知らないんでしたね、緊急クエストのこと」


 ――緊急クエスト。


 ネトゲのMMOで定期的に行われるイベントであり、通常では現れないモンスターや特殊なクエストが出現するのだ。

 そして……緊急クエストではレア度の高い武器や特別なアイテムが貰えるのもまたお約束の一つである。


「RROの緊急クエストは3ヶ月に1回……あっ、この世界の3ヶ月で、1週間の期間です。現実世界では約9日に17時間の間、発生します。今回はプレイ時間50,568時間となった時、第23回の緊急クエストが来るんです」

「なるほどな」


 ユキの説明に頷いてたノインだが、「ん?」ととある疑問が浮かぶ。


「50,568時間? なんか中途半端な時間だな?」

「あぁ、そうなんですよ。確か本来なら50,400時間が第23回目の緊急クエストなんですが……なんか168時間、えっとちょうど1週間分ズレてるんです。なんでかはよくわかりませんが」

「ふぅん……?」


 よくわからないが、そういうことらしい。


「現在のプレイ時間は50,370時間。つまり、あと198時間後に緊急クエストは始まります」

「残り1週間ちょっとか」

「はい。で、今回の緊急クエストなんですが……クランであることが必須なんです」

「……なるほど、だから先輩は早く仲間を集めたがっていたんだな」


 ここでようやく彼はユキの目的に気がつく。

 要するに彼女はこの緊急クエストに参加したかったのだ。だからこそ、あんなにも急いで仲間を集めていたのだろう。


「詳しい内容は168時間前にアナウンスが来ます。どんな内容になるかはその時次第ですね」

「となると、フリータイムはたったの30時間しかないわけだな」

「30時間が果たしてたったのかどうかはわかりませんが……まあ、そういうことになりますね」

「……なるほど、了解した」


 するとノインは立ち上がり、ウインドウを開き始めた。


「すまん、俺は今から別行動だ」

「へ?」

「ちょっとふれぃどさんの元で鍛治スキルを学んでくる。大丈夫、30時間後には絶対戻るから」

「いや、ちょっ――」

「それじゃっ」


 ユキの静止も訊かず、彼は早口でそう言うや否や、すぐさま転移していってしまった。


「…………」

「……どうする? 今日の円卓会議は終わりにするか?」

「っていうか、残されたボクたちは何しようかね」


 呆然としていた彼女だが、龍矢とRui子に声を掛けられ、ハッと我に返る。


 ――だ、ダメダメ! 私がリーダーなんだから!


 正直、ユキは自分のことをリーダー向きだとは思えない。みんなを引っ張っていくリーダーシップなんてものはもちろん、統率力も戦略性もないということが彼女自身が一番わかっているのだから。


 それでも3人はユキをリーダーに選んでくれたのだ。ここまで信用されては、きちんと役割を果たさなくてはいけないと彼女は考えていた。


 ……と立派に考えてはいるものの、ここからの予定がまったくない。

 クラン申請はまだ出来ないし、これからやることがないのだ。


「………………ク、クラン名! みんなでクラン名を考えましょう!」


 迷いに迷った挙句、ユキがなんとか絞り出した案がそれだった。




 そして……今に至る。


 結局のところクラン名は決まらなかった。

 というのも、それぞれの個性が強すぎたのである。


 そんなこんなで会議がグダグダ続いた結果、三人ともほとんどやる気が削がれていき、何かを考えるふりをしてティータイムを楽しむ雰囲気となりつつあった。



 そろそろ終わろうかと誰かが言い出すのを待っている――そんな時、ふとRui子が訊いてきたのだ。


「そういえばさ、みんなのプレイヤーネームの由来ってあるの?」


 と。


「え、えと、由来がどうしたの?」

「あーいや。みんなプレイヤーネームでさ、今出た案の個性が出てそうだなって思ってさ」

「……うーん、まあ確かにね。で、でも、名前の由来とかの話題はちょっと控えた方がいいんじゃないかな?」

「えっ、なんで?」

「ほら、リアルネームでプレイしている人たちとか、名前バレしたくないかなーって」

「あっ、その心配はないよ。だってボクが本名まんまだからねっ!」

「――だから! そういうの! Rui子ちゃん、そういうことを軽々しく言っちゃダメだよ! 悪い人に誘拐されちゃうよ!?」


 よくネトゲのネームを本名から取り入れるプレイヤーも少なくない。それが女性プレイヤーとなると、ゲーム内だけではなく最悪リアルにも影響が出る可能性が高いため、本名プレイであることは隠しておいたほうがいいのだ。


「まったく……私くらいの歳でも危ないのに、Rui子ちゃんはもっと危ないんだからね?」

「あの……何度も言うけど、ボク同い年だよ?」

「Rui子ちゃんはまだ小さいんだから。もうちょっと大きくならないと」

「ち、小さくて悪いかぁっ! バスケは背だけじゃないんだぞっ!」

「Rui子落ち着けっ! ユキさんは決して悪気があるわけじゃないっ!」

「う、うぅー!」


 今すぐ暴れ出しそうなRui子を必死に抑える龍矢。

 しかし彼の言う通り、ユキには悪気はない。彼女は本気でRui子を心配しているだけであって、そのことをRui子もわかっているからこそ、龍矢の言葉に反論できないのである。


「そ、それはそうと! ならば、Rui子の出した案には納得できるなっ。自分に素直なところがよく出てるっ」


 このままでは埒が明かないと判断した龍矢は、やや強引に話題を進めることにした。


「まあ確かに……『バーサーカーズ』とか『RROバスケ部』とか、Rui子ちゃんらしいよね……」

「そもそも俺ら、バスケ部じゃないしな……」

「あ、あはは……ボクも何かいい案があったわけじゃないし、自分がつけるとしたらって思ってね。でも、だとすると、ユキちゃんの案はちょっと不思議なんだよ」

「ふぇっ、わ、私?」


 と急に話題を振られたユキが目を丸くする。


「……ふむ、言われてみれば。ユキさんの案は『紅桜』とか、いかにも和風の案を出していながらもプレイヤー名は普通にカタカナだな」

「あぁー。えーっと、これ、ちょっと恥ずかしい話なんですけど……もちろん最初は和風みたいな名前をつめようと思っていたのですが、ファンタジー作品だからプレイヤー名に漢字は入れられないのかなって勘違いしちゃってて……」

「あー……」


 ユキの説明に龍矢も納得する。

 ファンタジー作品だから名前はカタカナでなくてはいけないと勘違いする、もしくはその世界観に合わないのではないかと危惧して敢えてそういう名前に決めるプレイヤーも少なくはない。


 ユキの場合は前者なので、あとでプレイヤー名を変更すればなんとでもなるのだが……生憎、このRROでは一度決めた名前は変更できない仕様となっている。ユキも諦めざるを得なかっただろう。


「さて、俺の名前の由来だが――」

「あっ、龍矢さんはパスで」

「あー……ボクも龍矢くんの由来についてはいいかなー。大体想像つくし」

「二人とも、俺に対して冷たくない!? そういうの、よくないよ!?」


 龍矢が涙目になって抗議するが、それも仕方ないだろう。なにせ龍矢なのだから。


「いやだって……どうせまた中二病的な内容でしょう?」

「いや、決めつけはよくないって! これ、結構深い意味あるんだよ!?」

「深い意味って?」

「よくぞ訊いてくれたRui子よ。これは俺がまだ小学6年の時にな、ふと空に一匹の龍が――」

「ほら、やっぱりそういう内容じゃないですかっ! だからパスだって言ったんですよ!」


 というか、小6に拗らせた中二病をいまだ引きずっている彼の精神面はどうなってるんだとユキは呆れた顔で彼を見つめる。


「っていうか思い出したぞ! さっき、俺が一番案を出したというのに、二人とも即答で却下しまくってたな!?」

「いや、だって……ねぇ?」

「『世界の蒼茫を求める者たちトラベラー』とか……そんな痛々しいクラン名、名乗りたくないですもん」


 龍矢のネーミングセンスは言わずもがな。彼のスキル名を見れば、その実態は一目瞭然だろう。


「はあ……でも、これじゃいつまで経っても決まりませんね」

「んー、後でノインくんにも訊いてみる?」

「そうだね、ノインさんなら――」


 と。

 Rui子の案に賛成したユキだが、ふと何かに気が付いたように口を止める。


「……ん? どしたの?」

「あっ、いや……そういえば、ノインさんのプレイヤー名の由来ってなんだろうなあって」


 それは彼女が前々から気になっていることでもあった。

 なんで『ノイン』という名前なんだろうって。


「んー……そうだねえ、彼の性格からして本名から取り入れてる可能性が高いよね。案外、本当にリアルでもノインって名前だったり!」

「……あー、確かにそういう読み方をする人最近増えてるもんね。私も校内で何人か見かけたことあったし」


 Rui子の推測にも十分可能性があるなと納得するユキだが……反対に龍矢は「やれやれ」と肩を竦めていた。


「Rui子もユキさんも、ノインのことがわかってないんだな」

「え?」

「やはり性別の差だろうか。だが俺にはわかるぞ、あいつの名前の意味が」

「随分と自信があるようですが……これで的外れなこと言い出したら、怒りますよ? 例えば龍矢さんの作るポエムだとか当て字だとか」


 ユキがむっとした表情をするが龍矢は自信たっぷりの表情を崩さない。


「いやいや、これは造語じゃなくて元々ある言葉さ。それはずばり……ドイツ語の数字だ」

「ドイツ語の数字?」


 首を捻るRui子。


「あぁ。ノインはドイツ語で『9』を指すんだ。俺は初めてあいつに会った時、間違いないとピンときたもんだ」

「……私もわからないので、確かめようがないのですが。まあ、龍矢さんの言う通り『9』の読みだとしたら、いくつか疑問点があります」

「ほう?」

「なんで数字の9なんですか?」

「……………………………………………………」


 そこまでは考えていなかったようで、龍矢は押し黙ってしまった。


「…………………………あっ。苗字か名前に『九』って漢数字が入るんだ! うん、そうに決まってる!」

「今、『あっ』って言ったよね」

「明らかに今思いついた案じゃないですか。なんで『前からわかっていたぜ』みたいな済ました顔してるんですか」

「い、いや、それはともかく! 可能性は十分にあるだろう!?」

「うーん、確かにあるけど……彼がわざわざドイツ語を使うような性格には見えないな、ボク」

「私も同感です。あの人、そういうタイプじゃないと思います。どちらかと言うと、龍矢さんがつけたがりそうな感じじゃないですか」

「うぐっ」

「しかもそんなワードがパッと出てくる辺り、なんか会話は出来ないけどいくつかの単語は知ってる感じなのでは?」

「うぐぐっ……」


 まさにユキの予想通りであり、龍矢は何も言い返せなくなってしまう。


 ――まあ、だとしたら謎はますます深まるばかりなんだけどね。


 一番可能性が高いのはRui子だろう。ノインの性格上、本名を取り入れているのはユキも納得がいく。もしかしたら本当にノインという名前なのかもしれない。



 ――でも、もしそうじゃないとしたら。どうして『ノイン』って名前をつけたんだろう……?



 しかし……今回の緊急クエストでノインの意外な名前の由来が明らかになるとは、この時まだ誰も知る由もなかった。

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