第41話 鍛治を学ぼう

 鍛治スキルを習得するにはジョブを変更しなればならない。

 というのも、先に戦闘スキルを身に付けてしまうと、鍛治や農業といった戦闘以外のスキルを習得することが出来なくなってしまうからだ。


 メインのジョブ構成をまるっきり変更しないといけないことから、プレイヤー間では戦闘外スキルを習得することを『副業』と呼ばれている。


「……うーむ」


 そんなわけでノインはユキたちと別れた後、第1階層の街『ステップ』でクラス変更のボードで睨めっこをしていた。


 鍛冶スキルを習得するには、DeとBe以外のジョブを選択しないといけない。そして、ユニークスキルは鍛冶職でも使用できる。ということは、副業でもきちんと構成を考えなければならないのだ。


 ――一つは既に決まっているのだが、もう一つをどうするべきかな。


「ねーねー、そこの君っ」

「……ん?」


 と。

 残された時間は限られているので早めに決めてしまわないと、と考えているノインの肩を誰かが優しく叩いてきた。


 振り返ってみると、そこにはノインより頭半分くらい背が低い少女がにこやかに手を振っている。

 腰の辺りまで伸ばしているストレートロングの金髪。澄んだ青い瞳はサファイアのよう。ノースリーブショートパンツというやや刺激が強い恰好の上に黒いマントを羽織っている。


 ノインより少し年下に見える少女だが、どことなくおっとりとした雰囲気を醸し出していた。


「さっきからずっと見てるよね? 何かお困りなら、相談に乗ろーか?」


【ʚリアミィɞ Lv.80.5】


 声をかけてきた少女――リアミィはリナほどではないが、それでもかなりレベルが高い。


「……あぁ。えっと鍛治スキルを習得したくてな。どのジョブがいいか、悩んでいたんだ」


 参考にしてみるのもいいだろうと考えたノインは、彼女に相談してみることにした。


「なるほど、鍛治スキルかー。男の子って、そーゆーの好きだよねー」

「……まあ、確かにな。クラフト系は割と俺も好きだ」

「えへへー、素直な子はおねーさん好きだぞ♪」


 ところで……さっきからどう見ても年下の女の子なのに、子ども扱いされているような気がするのは気のせいだろうか。

 なるほど、これがユキ先輩に子ども扱いされているRui子の気持ちか――とノインは心の中で苦笑する。


「ノインくんの今のジョブは?」

「Be/Deだな」

「……面白い構成だねー。うーん、Deを使ってるのかー。となると、別のジョブにするしかないのかー……ノインくん、希望とかある?」

「えっと、1つは決まってるんだ。メインはKnにしようと思っててな」

「メインをKn? それは決定事項なの?」

「あぁ、メインはそれで決めてるんだ」

「……へぇ?」


 一瞬……リアミィの目が鋭くなった。


「なるほどねー……じゃあ、Heとかどう?」

「He?」


 ヒーラー。

 ウィザードと同じく魔法を使用できるジョブなのだが、主に支援魔法を得意とするのが、攻撃魔法を得意とするウィザードとの差異である。


「そーそー。普通はWi/De、まあ君の場合はWi/KnとかWi/Taが一般的なんだ」

「……随分とWiが重要視されてるんだな?」

「そりゃー、複合魔法を付与できるとなればね」

「あー……なるほどな」


 ウィザードのジョブスキル、【複合魔法】。確かに武器に複合魔法を付与できるのであれば、強力な武器となり得るだろう。


「ん? なら、Wi/Heが一番いいんじゃないか?」


 攻撃魔法と支援魔法の複合魔法。組み合わせ次第で汎用性が高い武器が作れるはずだ。

 しかし、リアミィは「残念」と首を横に振る。


「ノインくんの言う通り、確かに攻撃と支援の複合魔法があれば強力だろーね。でも、鍛治には攻撃力の数値が求められているんだよね」

「攻撃力?」

「武器の製造方法。西洋剣、日本刀……RROではどっちに作るにしても鍛造って製法でしか作れないの」


 鍛造とは金属を叩いて剣を作っていく技術である。圧力を加えることにより強度は高まり、この叩く工程を『鍛える』と表現し、『鍛えて造る』ことから『鍛造』と呼ばれるようになった。


 現実世界の製法に比べてだいぶ簡略化されているので、どんな人でも鍛治スキルを習得しやすい。だが、ハンマーなどで圧力を加える工程には攻撃力が必須なのだ。


「この鍛錬の技術によって武器の攻撃力や性能が変わってくるからねー。Wi/Heだとどうしても攻撃力が足りなくなるの。ま、ロッドやウォンドを作るんだったらまた別だけど」

「なるほどな」


 つまり、攻撃力を上げつつ複合魔法も付与するためにはメインをWiにして、サブに攻撃力のあるジョブを選ぶのがベストだということである。


「んで、この鍛造は速度が命。作っていくと徐々にHPが削られていって、0になったらそこで製造終了だからね。Deは確実に製造を成功したい人向け、Knはジョブスキルの自動回復で凌ぎつつ攻撃力を高めるバランス型を作りたい人向け、Taはテイムしたモンスターと一緒に作ることによって完成速度を上げたい人向け」

「ふぅん……」

「あっ、そーそー。最近の鍛治職界隈ではWi/Beって組み合わせが流行ってるんだよ」

「え、そうなのか?」

「うん、そうだよ。バーサークモードで攻撃力を上げる。更に鍛錬することにより3分間のリミットは引き延ばされ、慣れた職人が使えば最大10分間まで延長できるからね。このバーサークモードを使えば、誰でもレア度Sの武器を作れる『バーサーク製法』がトレンドなんだー」

「へぇ……」

「だから、バーサーカーは鍛冶向きジョブなんじゃないかとも言われているんだ。それこそ、メインの冒険職で使うジョブじゃないともねー」


 だから――ノインたちのようなプレイヤーは『地雷職』と呼ばれているのか。


「でも、君はDeもBeも冒険職で使っちゃってる。だから、普通おすすめするべきはWi/KnかWi/Taなんだけど――」

「リアミィさんはKn/Heを推してくるんだな?」


 彼の言葉にリアミィは大きく頷いた。


「そゆことー。そっちの方が君に合ってるんじゃないかなーって思ってさ」

「というと?」

「ノインがさっき指摘した通り、付与できる魔法が違うの」

「……支援魔法、か」

「そーそー。属性武器ももちろん強いんだけどね? ただ、モンスターとの相性ってものがどうしても出てきちゃうんだ」

「あー……」


 確かにそうだ。深層の時もリナが与えるダメージが魔法やモンスターによって違っていたのは、相性の問題なのだろう。


「その点、支援魔法は能力そのものを干渉するからねー。あっ、もちろん造り方によっては相手にデバフもかけられたりできちゃうよ」

「今の利点だとHeを使うのも十分にアリだよな。でも、さっきあげた一般例にHeを使う組み合わせはなかった。ということは――何かデメリットがあるんだな?」

「……鋭いねぇ」


 というノインの言葉にリアミィは目を細めた。


「まず一つ、属性武器の優遇。無属性はどんな敵にも対応できるけど、相手の属性に合わせた武器を使った方がダメージが出るんだよねー」

「まあ……そうだよな」


 確かに属性が有利になるのは当然だろう。無属性より掛け合わされる数値もあり、相性が良ければ数値が高くなるのも当然だ。


「次に成功率。付与は魔攻が高いほど成功率が上がるんだけど、Wiの基本魔攻が10に対してHeは5しかないの」

「単純計算で2倍の差があるわけか」

「そゆことー」


 確かにそういうことならばHeよりWiの方が多く使われるだろう。


「それを知ってるはずなのに、リアミィさんはHeを勧めてくる。理由はなんだ?」


 そう、ここがノインにとっての疑問点である。

 属性武器の方が火力が上がり、付与する魔法の成功率も2倍の差。誰がどう見てもHeを使うだなんて発想はしないはず。

 だが、このリアミィという少女はノインに『合っているから』という理由でHeをオススメしてくる。その理由がイマイチわからないのだ。


「スロット数」

「ん? スロット数?」

「そう、武器にはスロット数ってものがあるんだよ。一つの武器に対して決まって5つ。属性魔法は2つ、支援魔法は1つ消費するんだ」

「……つまり、属性を2つ付けるとスロットを4つ消費する。残りスロット数1つだけだと3つ目の属性は付けられなくなる。対して、支援は5つまでつけることができる……そういうことか?」

「せいかーい! ……ま、だからこそ複合魔法の出番なんだけどね。スロット2つで複数の属性を付与できるからみんな使うんだ」

「……なるほどな」


 だんだんとWiとHeの違いがはっきりしてきた。


 まとめると……Wiの利点は属性が付与できる、複合魔法が使える、付与成功率が高い。対してHeの利点は付与が最大5つまで付けることが可能しかない。こう比較してみると、どう考えても鍛治職ではWiの方が有利だ。


「――でもさ、ノインくん」


 が……今まで緩い雰囲気を醸し出していた彼女は一変、鋭い眼光でノインを見てくる。

 その表情は……まるで獲物を目の前にした、飢えた肉食獣のよう。


「付与魔法をフルで付けられた時……その威力は他の属性武器なんか軽く凌駕するよ」

「…………」

「属性という安定を求めるか、支援という浪漫を求めるか。君ならどっちを――あいたっ」


 と。

 急にリアミィの背後に誰かが来たかと思えば、彼女の頭を軽く小突いてきた。


「まったく、急に何処かへ消えたかと思えば……何をやってるんだお前は」

「あっ、ニルちゃーん? ひどいよー、いきなり叩くことないじゃん」

「いつも自由行動が過ぎるリアミィがいけない」


 途端に緩い雰囲気へと戻ったリアミィが頬を膨らませるが、ニルちゃんと呼ばれた女性のツンとした態度は変わらない。

 現れた女性はリアミィと正反対の存在。白髪を纏めたポニーテール、橙色の瞳。黒を基調とした軍服を着こなしている。

 ノインから見て毅然とした態度を取る彼女の印象は、ばりばり仕事が出来るウーマンだ。


【nill-via Lv.88】


「すまない、私の連れが何か無礼なことをしたか?」

「あ、いや、そんなことはない。むしろリアミィさんに色々教えてもらってたんだ。えぇと……ニル……」

「……あぁ、この名前、初めての人には読みにくいからな。申し遅れた、私はニルヴィアだ」


 ノインの目線に気が付いた軍服女性――ニルヴィアが苦笑しながら挨拶する。


「まあ迷惑をかけてないのであればよかったのだが……」

「ニルちゃんは私が迷惑かけるような人に見えるの? いやいや、ゲンくんやガイくんと一緒にしないでよー」

「いや、私の中では『人騒がせトリオ』だと思ってるからな」

「ひどくなーい!?」

「そういうことは自分の行動を客観的に見てから言うんだな……それより、そろそろ時間だ」


 どうやらニルヴィアはリアミィを連れ戻しに来たらしい。ふと時計を見た彼女はがっくりと肩を落とした。


「えー、もうそんな時間かー……ごめんねーノインくん、私これから行かなくちゃいけないところがあるんだー」

「いや、頼ったのは俺だからな。色々付き合ってくれてありがとう」

「こちらこそ、楽しかったよー。また何処かで会おーねー」

「ああ、また」


 ――親切な人だったな。


 ノインは遠ざかっていく二人に手を振りながら、再びボードを見つめる。

 リアミィの助言を元にすると、ノインの選択肢は二つ。


 安定を求めたWiか、それとも浪漫を求めたHeか。


「……考えるまでもないか」


 ノインはふっと笑みを浮かべると、ジョブを選択していった。




「……何故彼に近づいた?」


 一方。

 目的地へと向かう途中、ニルヴィアは厳しい目つきでリアミィを睨みつけた。


「えー? 別にいいじゃなーい? ただ、たまたまクラス変更に悩んでいた子がいたから、相談に乗っていただけだってー」


 対してリアミィは語尾にハートマークがつきそうな口調で返す。

 そんな彼女の態度に、ニルヴィアの目つきがますます鋭くなった。


「『たまたま』? ……白々しいな。お前、彼が『調査対象』だということを知らずに話しかけたとでも言いたいのか?」

「あー、あの子が例の子なんだねー。いやーん、全然知らなかったー」

「……リアミィ」

「あっ、ちょっ、わかった、わかったから! ごめんね、ニルちゃん!」


 とぼけ続けるリアミィにとうとうしびれを切らし腰に携えている剣の柄に手をかけるが、それを見た彼女は慌てて両手を上げる。


「……あの子に近づいたのは、面白そうだったから。ただ、それだけ」

「面白そうだったから?」

「だって――そうでしょう?」


 そう言うリアミィの雰囲気は、先ほどとはまるで別人のよう。

 ニルヴィアに負けないくらいの威圧を放ちながら薄く笑っている。


「あの深層をLv.50以下でクリアできた子。そんな子の運命を導くのも面白そうかなって思って」

「……変なこと吹き込んだわけじゃないよな?」

「まさかー。ただ、『鍛治職なら君はHeが向いてるよ』って言っただけだよ」

「やっぱり変なこと吹きこんでるじゃないか」


 今の彼女の台詞をレイフが知ったらなんて答えるのだろう、とニルヴィアは額に手を当てる。


「まあいい。それより緊急クエストについて、ラヴィ魔王様から作戦があるらしい」

「きゃーっ、ラヴィちゃんの作戦はいっつも刺激的なんだよねー! おねーさん、ドキドキしちゃうっ」


 そう――彼女たちの所属するクランは『ラヴィニール魔王軍』。

 そのクランリーダーに立つ者こそ、つい最近ノインに目を付け始めたラヴィニールなのだ。


 彼女たちがまたノインと再会するのはまた遠くない未来なのだが……それはまた別の話。



***



「――悪いことは言わない。ジョブを変更しろ」


 ――あ、なんかデジャヴ。


 ところ変わって【進軍基地+】。

 めでたくジョブを決めふれぃどさんの元へお願いしにいくと、彼から告げられたことはその一言だった。

 投げかけられたその言葉は、ノインが始めてステップへ来た時に言った台詞と全く似ていて、彼はどこか懐かしさを感じる。


「Kn/Heって……お前さん、それ冒険職の組み合わせじゃないか」

「あぁ、そういえばそうだな」


 とても鍛治職の組み合わせに、ふれぃどさんは深いため息をつく。


「いいか? Heはな、付与できる確率が「あっ、それは知ってる」Wiの半分だし、属性の方が有利な「大丈夫だ、なんとかなる」ゲームなんだ。ここは王道のWiを取り入れて「いや、変えるつもりはない」――ぉおい!? 話は最後まで聞けよ!?」

「いや、それでも変える気はないぞ?」

「いいから、最後まで聞けって!」


 ――あ、このやり取りも懐かしいな。


「確かに支援魔法をつけられるのは強力だ。ただ、それはつけられたらの話だがな」

「つけられたら?」

「魔攻で確率が変わる――つまり、支援魔法が5つもつけられるかどうかはほぼほぼ運だからだ」


 先程リアミィの話があったように、Heの付与できる確率はWiの約半分。そう簡単にノインが望むモノは手に入れられないわけである。


「しかも、支援魔法となっては完全にランダム。属性みたいに魔石を使って付与することもできないしな」

「ん? 魔石を使う?」

「例えば、だ」


 とふれぃどさんがインベントリから魔石を1つ取り出す。


「【エンチャント・フレイム】」


 表面に触れスキルを発動。すると、水色だった魔石が一瞬で赤く変化した。


「と、まあこんな感じであっという間に火属性の魔石の完成だ。これを鍛造の時に一緒に打てば、必ず火属性の武器が作れる」

「へぇ、なるほどな」

「だが、支援魔法はこの方法が使えない」


 ふれぃどさんは魔石をインベントリに仕舞いながら残念そうに首を横に振る。


「支援魔法がつくのは全部で12個ある。攻撃・防御・素早さ・魔攻・魔防のバフとデバフ、それからHPとMPの回復……これが完全ランダムなんだぜ? やってられないだろ?」

「それでも、やってみたいんだ」

「……まあ、ジョブ変更はいつだって出来るしな。ついてこい」

「え、いいのか? 店を放置して」

「大丈夫だ。店で置いてあるものを盗む行為は出来ない。それに……」

「それに?」

「俺の店、ちょっと放置してても誰も来ないから……」

「……苦労してるんだな」


 悲しげに背中を丸めるふれぃどさんに同情しつつ、店を少し離れるノイン。


 出店のエリアを離れ、二人は『ステップ』の端の方へと歩いていく。端の方へ行くごとに人は少なくなっていく。


「こっちは工房エリア。日中はみんな露店を開いてるから、今はあまり人がいないんだ」

「なるほど」


 工房エリアに並んでいる建物はどれも似たようなものだった。

 味気のない砂色のレンガの建物で、大きな窓がついている。と言ってもガラスが張られているわけではなく、ただの大きな正方形の穴が開いているだけだ。

 中を覗いてみると、真ん中に大きな炉と台が置いてあるだけ。どの建物もそんな感じであり、完全に鍛治職用に作られたエリアとなっている。


「で、ここが俺の作業場だ」


 歩くこと数メートル。『17』というプレートがつけられた扉をふれぃどさんが開く。


「日中は露店開いてるからよ、この時間なら好きに使っていいぞ」

「本当か? 助かる」

「とりあえず……まず鍛治スキルの習得だな。お前さん、鉄鉱石は持ってるか?」

「そう言われると思って。ちゃんと採掘してきたぜ」


 深層に行く前の頃のアイテムはほとんど売ってしまっていたが、どこで何が採れやすいかというメモはしっかり持っていた。これから鍛治職を始めるとなると必要かと思い、事前に鉄鋼石を採掘してきていたのだ。


「まず1つ、炉に入れるんだ」


 ふれぃどさんに言われた通り、インベントリから鉄鉱石を取り出して炉の中に放り込む。すると、炉に火が灯りだす。


「よっと」


 入れて数秒もしないうちにふれぃどさんがトングで取り出すと、ものの見事に真っ赤な鉄鉱石となっていた。


 ――なるほど、ゲームならではの短縮か。


 現実では手間のかかる工程を省いたというわけだ。リアルなことが出来つつ、こういう短縮ができるところがVRMMOの強みだろう。


「ほれ、打ってみ」


 と、ふれぃどさんにハンマーを手渡される。


 ノインは真っ赤になった鉄鉱石に向かって、勢いよく振りかざした。


【スキルを習得しました

 鍛造 Lv.1】


「……おぉ、習得できた」


 まだ一発しか打ってないのに流れるアナウンス。これで鍛治スキルを無事に習得できたらしい。


「これでお前さんも鍛治職だ……まぁ、そのジョブをいつまで続けていられるかだがな」


 新しいジョブに新しい職。

 どこか新鮮な空気にノインは高鳴る鼓動を感じる。


 ――ちょっと楽しくなってきたな。


「もうちょっとだけ打たせてくれ。ちょっとだけだから」

「……はあ。まあ、俺も夜になるまでは帰ってこないし別に構わないが」


 すぐに根をあげるだろう――と、目を光らせるノインを見てふれぃどさんはため息をつく。


「じゃ、俺は店に戻るぞ」

「あぁ、ありがとな」


 しかし……ここでノインのことを熟知しているユキがいたら、必ずこう訊いていたであろう。「一応訊いておきますが、ちょっとだけというのは大体どのくらいですか?」と。


 彼の言う「ちょっと」を素直に受け入れてしまったふれぃどさんは……この後、とんでもなく後悔することになるのをまだ知らなかった。

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