第39話 お茶会~魔女と魔王~

「……すぅう……はぁあ~」


 燦々と輝く太陽、吹き抜ける心地よい風、聞こえてくるプレイヤーたちの他愛ない会話。

 ユキはそれからゆっくり噛みしめるように深呼吸すると、屈託のない笑みを浮かべた。


「帰ってこれたんだ、私たち! 地上に!」


 ようやく深層から帰ってきた実感が湧いてきた彼女は思わず声に出す。


 第20階深層のボス部屋の奥にあった魔法陣に全員入り込んだところ、第16階層の洞窟前に転移してきたのだ。


 そして、ところ変わって第16階層の町『ナイト』。

 時刻は既に夕方。太陽はもはや沈みかけているが、それでもユキには十分の暖かみだった。


「うんうん、日の光っていうものはいいねぇ。ボクもついつい走り出しちゃいたくなるよ」

「ふっ……二人とも子供だな。俺はずっと夜のままでもいいのさ。何せ、夜に生きる住人だからな」

「じゃあ大人な龍矢さんは今夜もう一度深層に突き落としてあげますよ、もちろん一人で」

「わぁい、お日様! お日様は偉大だなあ! もうお日様なしの生活なんて考えられない!!」

「はあ……」


 即座に手のひら返しする龍矢にため息をつきつつも、日常が帰ってきたような気がしてきてどこか嬉しくも感じている。


「さてと……じゃあ、私はここでお別れかな」

「あっ……」


 大きく伸びをするリナにユキは思い出す。


 彼女は一時的に組んでくれただけであって、そもそもトップランカーという存在。いつまでもユキたちと一緒に行動してくれるわけじゃないのだ。


「そうか。じゃ、元気でなリナさん。きっと8,000時間後くらいにはみんなでリナさんに追いつくように頑張るぜ」

「うむ。蒼茫の地でまた会おうじゃないか」

「次会う時は全国大会だねっ!」

「……本当、私の知ってる連中並みにキャラ濃いよ君たちは」


 三人を見て思わず苦笑してしまうリナ。


「……あ、あのリナさん! 本当にありがとうございました!」

「あははっ。ユキちゃんは固い固いっ」


 対してユキは深々と頭を下げてきた。これはこれでなんだかむず痒く感じてしまう。


 しかし、彼女はこれだけでも感謝しきれないほどだった。きっとリナがいなかったらこの深層の攻略は上手くいかなかっただろう。いや、そもそもリナがきっかけで深層のことを知ったのだ。もし彼女と出会わなかったら、深層にすらたどり着けなかったかもしれない。


 この超高難易度の攻略で……ユキは大切なものをたくさん得たのだ。それはきっと、彼女の今後について必要なものであろう。

 つくづく人の繋がりというものは馬鹿にできないものである。


「……ユキちゃん」


 リナはユキに目線を合わせるように屈むと、その小さな肩を掴んで優しく声をかけた。


「ユキちゃんは自分が思ってる以上に凄いんだよ。もっと自信持ってね」

「リナさん……」


 思わずうるんだ瞳でリナを見る。

 その言葉はいつかトップランカーと肩を並べられるような存在になることを夢見ているユキにとって、どれほど嬉しいものか。


「ありがとうございますリナさん! また――絶対、また会いましょうね!」

「うん、またね! ……あっ、それとねユキちゃん」

「はい?」


 と。

 先ほどとは違う意味を込めたような笑みを浮かべたリナは、そっとユキの耳元で囁く。


「ノインくんのこと、頑張ってね。私は応援してるよ」

「~~~っ!!」


 それがどういう意味なのか……瞬時に理解したユキの顔が一瞬で真っ赤になる。


「なっ、なっ、なっ!!」

「あははっ、やっぱユキちゃん可愛いねぇ。じゃ、またね!」


 リナは何か言われる前に片手をあげるや否やどこかへ転移していった。


「ユキ先輩、最後リナさんになんて言われたんだ?」

「っ! ノ、ノインさんには絶対言いませんからっ!」

「えっ、なんで?」

「なんでもですっ!」


 ――まったく!


 最後の最後にとんでもない爆弾を置いてくれたものだと、ユキは火照る顔を必死にノインから背ける。


「まあ深くは訊かないことにするが……何がともあれ、こっちの目的も達成したな」

「へっ? 目的?」

「ほら、仲間集めだよ。これで4人揃っただろう?」

「……あっ」


 龍矢、Rui子、ノイン、そしてユキ。


 4人揃ったということは――クランが結成できるというわけだ。


「Rui子ちゃんに話しかけるように言ったのはその為だったんですね……」

「まあな。俺もRui子はいいプレイヤーだと思ってたし」

「やだなあ。褒めても何も出ないよ?」


 目の前で褒められ、いやんという風に身体をくねらせるRui子。


「でも、ノインさん。私が話しかけるようにって指示したのはなんでですか? そりゃ、Rui子ちゃんとは仲良くなったし、結果的には感謝してるんですが……ノインさんが最初からRui子ちゃんを引き抜くように動けば、私抜きでもクラン結成できたと思うのですが」


 というユキの疑問に、「いやいや」とノインは手を横に振る。


「やっぱりリーダーの判断は必要だろ」

「………………………………………………リーダー?」


 しばらく彼の言ったことが理解できず、ユキの思考がフリーズしてしまう。


「そう、リーダー」

「えっと……そのリーダーって誰です? この流れだと私みたいな言い方ですが」

「うん、だって先輩がリーダーだもん」

「……………………」


 再び長い沈黙。


「……いやいやいや! 無理無理! 無理ですって!」


 ようやく理解が追いついたユキは、首も手も全力で横に振って否定し始めた。

 しっかりしているとはいえ、まだ14歳の少女。学級委員長なんてやった経験もないので、そう素直に受け入れられなかった。自分には荷が重すぎると彼女は思っているのだ。


 しかし、ノインは至って真剣な表情でユキを見つめる。


「ノインさんがなってくださいよ!」

「いいや、ユキ先輩じゃないと駄目なんだ」

「な、なんでですか!」

「先輩は人を惹きつける力がある。俺にはない力だ。その資質があるからこそ、頼んでるんだ」

「…………」


 最初は暴れていたユキも、冗談を言ってない口ぶりに落ち着いてきた。


「で、でも……ノインさんはいいとして、二人はそれでいいんですか?」


 しかし……その彼女の不安は杞憂であり、龍矢とRui子は優しい笑みを浮かべる。


「ふむ、俺もユキさんにはリーダーとしての資質は十二分にあると思うぞ。むしろ、それ以上にだってなれるだろう」

「うんうん、ボクもユキちゃんがキャプテンになるのは賛成だねっ!」

「うっ……!」


 もはやユキに逃げ場はない。

 しかし、それでも煮え切らない気持ちの彼女に、ノインが「それに」と続けた。


「本当に俺でいいのか? 俺がリーダーになったら……まず、全員100時間耐久修行から始めるぞ?」

「――っ!!」


 その言葉を聞き、ユキは思い出した。

 ユキに言われるまで食事をしない上に睡眠までしない彼の時間感覚のことを。


 ――この人は本気でやる!


 これは単なる脅し文句ではないということは、今までノインと長く付き合ってきているユキには即座に理解した。


「………………し、仕方ないですねっ!」


 結果、彼女は認めることにした。

 いや、認めるしか選択肢はなかった。


「ノインさんは平気で無茶なことしようとするだろうし、龍矢さんは変なことしか言わないだろうし、Rui子ちゃんはまだ小さい子だから任せちゃダメだし!」

「いや、ボクとユキちゃん同い年だよ?」

「もう私がやるしかないんですねっ!」


 Rui子のツッコミは完全に訊いてないユキは覚悟を決めた。


「これから――クランのリーダーとして、よろしくお願いしますっ!」



***



「たっだいまー」

「……ん。おかえり」


 第86階層。森の中を抜けたリナは、クランの居住地へと戻ってきていた。

 彼女が帰宅すると、すぐさまクランリーダーであるユーステラがカップを手に持ちながら返事をする。


「あれ、ナッちゃんは?」

「別の用件を任せてる」

「そっかぁ。あの子にはお礼を言いたかったのになぁ」

「我としては報告を待ってるのだが?」

「あっ、ラヴィ魔王様」


 と、リナはユーステラと同じく紅茶を優雅に飲んでいる来客の存在に気がつく。

 水色の髪をツインテールに纏めた少女。椅子の背もたれよりも低い身長をしていながらも、黒を基調としたローブとその余裕のある態度はどこか大人っぽい雰囲気を醸し出している。


 その溢れるカリスマ性にプレイヤーたちは尊敬と畏怖を込めて彼女のことをこう呼んでいる。

 ――『魔王ラヴィニール』、と。


「で、リナよ。成功したか?」

「もうバッチリ! ちゃんと起動したよ! はい、どうぞ!」

「うむ、助かる。やはりリナは優秀だな」


 自分より明らかに年下の子に偉そうな態度をとられてもリナは差して気にしてない様子である。


 ……というのも。


「さすが、天才ラヴィ魔王だねっ!」

「っ! ふふーん、そうであろう、そうであろう? 我、天才さんであろう?」


 リナが褒めると否や、ラヴィは大人びた表情から一変。鼻を高くするその姿は、まさに年相応であった。


 ――チョロいなぁ。


 その様子にユーステラは心の中で呟くが……決して口には出さない。言ってしまうとラヴィにはもちろん、何故かリナにまで怒られるからだ。


「まあ、何せ我特製のアイテムだからなっ! 失敗するはずもないからなっ! はっはっは!」

「あぁ、可愛い……」


 自慢げに語るラヴィの様子を見てリナがニヘラと笑みを浮かべる。ユキを可愛いと思ったのも、この魔王が原因なのかもしれない。


「で、リナ。他にも報告することはあるんじゃない?」

「?」

「ほら、一緒に同行してた連中」

「……あぁー」


 ユーステラに言われ、リナはポンと手を叩く。


「そうそう、これはちょっと聞いてほしいかな。ちょっと面白い子たちと会ったんだけどね――」


 そこから彼女は深層での出来事を語った。

 今まで冒険してきた仲間のことを。


「……ふむ、Lv.90台でも相手できるLv.50台か。そんなに強いのか?」

「うんうん、化け物並みのPSだったよ!」

「まあトップランカーは全員化け物揃いだが……そのレベル台で化け物と呼ばれるプレイスキルか。実に興味がある」


 とラヴィが興味を引いたのはとある男の話だった。

 それは――Lv.90台と渡り合えているLv.50の男。

 言わずもがな、ノインのことである。


「そうそうそう、本当に強いんだよ! 最後のボスも彼がほとんど一人で相手してて!」

「Lv.95相手に?」

「そうなんだよ! 何もできなくて情けないなーなんて思ってる反面、こんな凄い人見たことないって感動もしてたんだ!」

「……ふぅん、本当なら確かに強いね。僕と同じくらい?」


 ユーステラもノインのことが気になったのか、リナに質問してきた。


「え? あー、うーん……ユーステラとは全然タイプが違うからなあ。戦ってみればわかるんじゃない?」

「……そっか」

「あっ、もしかして……優ちゃん、妬いてるの?」

「優ちゃんって言うな! あと、妬いてなんかない!」

「そんな照れ隠ししなくてもいいのに~。優ちゃん、可愛いねぇ」

「だから優ちゃんって言うな! 人の実名をゲーム内で言わないでってば!」


 どうして自分の周りはリアルネームをこうも軽々と言ってしまうのだ――と頭を抱えるユーステラ。


 そんなもう見慣れてしまった光景にラヴィは苦笑しつつも、彼女もまたノインのことを考えていた。


 ――近いうちに会ってみるか。彼もまた、我の目的に役立ちそうだ。


 そんな野望を瞳に宿しながら。


~第2章 完~


―――――


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました! いつも皆さんに応援や評価をしていただき、大変励みになっております!


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 また、レビューや応援コメントで感想なども喜んでお待ちしております!


 第3章は一番書きたい章。ノインくんの秘密が明らかとなる『緊急クエスト編』です! よろしくお願いします!

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