第33話 最後に笑うのは
「……でね、ノインさんは『VRだから食事なんてしなくてもいい』なんて言うんだよ? どう思う?」
「…………」
「……あの、Rui子ちゃん?」
「へっ? あっ、ごめん聞いてなかった!」
「いや、別にいいんだけど……大丈夫? 顔色も良くないよ?」
「だ、大丈夫だよ。えへへっ」
――Rui子ちゃんの様子がおかしい。
翌朝、いよいよ第20階深層の攻略を開始したのだが、ユキはRui子の異変を感じ取っていた。
いつものような元気はなく、話題を振ってもうわの空。時折、何か考え込むかのように眉間に皺を寄せている。
この状態を「大丈夫だ」と言われて、素直に聞き入れるのは難しいだろう。
昨晩はこんな感じではなかったのは確かだ。ということは、昨晩別れた後に何かあったということである。
「……はっ! もしかして……!」
「――っ!」
「もしかして――昨日の夜、寝付けなかった!? お姉ちゃんが一緒に寝ればよかった!?」
「………………ユキちゃん、ボクを何歳だと思ってるんだい?」
もはや小学校低学年レベルの扱いをされつつあるRui子は呆れた表情をした。
しかし……この時、彼女がほっと胸を撫で下ろしていたというのも事実だ。
このことは、まだ知られてはいけないのだから。
それはユキと別れ、クラン会議が始まった時のこと。
「……裏切る?」
「ああ、そうだ」
リーズは頷く。
「第19階深層からずっと同行して観察していたのだが……やはりリナ以外は使い物にならない。あれじゃ、第20階深層のボスでも何もできやしないだろう」
リーズの言ってることは間違ってない。ノインは実力を隠しているし、ユキと龍矢も経験が足りないのも事実。それでも二人がここまで生き延びてこれたのは、リナとノインのサポートがあってこそなのである。
「一緒に戦ったところでお荷物になるだけ。なら――奴らを最大限利用しようと思う」
「隊長。具体的にはどう利用するのです?」
「なに、簡単な話だ。奴らから先に第20階深層ボスへ挑ませる。パーティーが全滅してある程度時間が経過してしまったらボスのHPは元に戻るが……全滅寸前や直後に入ればHPは継続される。あのリナもいることだろうし、全く減らないってことはないだろう」
「なるほど、ボス戦は一度フィールドに入ってしまうと逃げられないですからね」
そう。RROではボスがいるフィールドへ一度入ると、ボスを倒すか自分が負けるかまでは脱出できない仕様となっているのだ。
「では、我々は……」
「うむ、ボス手前で奴らの戦闘が終わるまで待つ。まあ奴ら4人だけで倒せるはずもないからな」
「しかし、それにはまず奴らを先に入れるい必要がありますよね。それはどうするつもりですか?」
「これを使う」
と彼がインベントリから取り出したのは――野球ボールくらいの玉。
宙へ投げると、凄まじい光を放つ『閃光玉』である。
「こいつは俺のスキル、【シャドウワープ】との相性が非常に良くてな。相手の目の前で発動させれば、俺のスキルで真後ろに回り込めるということだ」
「なるほど、その隙だらけの奴らの背中から奇襲してボスの部屋に押し込む――そういうことですね」
と、『蝦の爪』の一人がうんうんと頷く。
「と、これが今回の作戦だ。何か異論のある者は?」
リーズの言葉に他の二人は黙っていた。どうやらこの二人の男たちも最初からノインたちを裏切ろうと企んでいたようで、何も躊躇いはないようだ。
「……キャプテン。つまり最初からそのつもりでユキちゃん達に近づいたんですね?」
だが、Rui子は違った。
軽蔑と敵意を持った目でリーズを睨みつける。
「ふむ。俺が奴らに期待していたとでも? 所詮、リナに縋っているだけの雑魚じゃないか」
「……そうですか。あの時の壁トラップの妨害の時も反対だったんですが……ここまで来ると、もう見過ごせません」
彼女はそう言うと、不意に立ち上がった。
「キャプテンたちがそういうつもりなら――ボクは全力で阻止するよ!」
その瞳には説得しようにも一切耳を貸さないくらい、確固たる決意が込められている。
「ふふ、そうか。阻止か」
……だが、対してリーズは変わらず冷静であった。それどころか、どこか余裕すら感じられる。
「お前がそう言ってくることなど、想定内だ。だからこそ、対策はあるのさ」
「……対策?」
「ああ、そうさ」
彼はそう言うと、Rui子に向かって指さす。
「もし我々の邪魔をするなら――Rui子。お前一人だけをボスに挑ませる」
「………………はっ!」
リーズの脅しにRui子は鼻で笑った。
それほどまでに、彼の脅しは脅しとして成立してないと感じたからだ。
「やりたきゃやれば? 言っておくけどボク、ゲームオーバーなんて全然怖くないよ?」
「そして、あの4人はこっちで足止めしておく」
「ああ、その方が助かるね。あの人たちにも迷惑かけずに済むし」
「……本当にそうか?」
しかし。
何言っても動じないRui子に対し、リーズは嫌な笑みを込めた言い方をしてきた。
「お前は本当にそう思うのか? 本当に何も困らないのか?」
「……どういうこと?」
「奴らと一緒になってから随分と親しげに話したり、中ボス戦でお前のことを必死に助けようとしていた子がいたよなぁ?」
――ユキちゃんのことか。
「今、俺が言ったことを実行したら……そいつはどう感じるんだろうな?」
「……!」
ここで……初めてRui子の顔が強張った。
つまり、Rui子の行動次第でユキが悲しむと言っているのだ。
中ボスでも必死に助けようとしていた彼女の優しい心を、この男は利用しようとしているのだ。
「お前を助けたくても、助けられない。そんなことになったら罪悪感で押しつぶされそうになるんじゃないか? せっかく出来たばかりのお友達が、な」
「……ユキちゃんをダシにしようっていうの?」
「おいおい、ダシだなんてそんな。それじゃあ、俺がまるで酷いことをしようとしてるみたいじゃないか」
大袈裟なリアクションをするリーズ。だが、彼が実際にやろうとしていることは卑劣であり、Rui子の顔がますます険しくなっていく。
「そうだな……お前がそれを納得いかないのだったら、解決方法は一つしかない」
そこで一度区切ると、彼女に向かって悪魔の囁きを放った。
「――我々の邪魔をしなかった上で、お前だけが4人の元に駆けつければいいんだよ」
――そう、これはあの4人……特にユキちゃんだけには知られてはいけない。
昨日分かち合ったばかりの仲だというのに言えない秘密を抱えてしまい、Rui子の足取りは重かった。
***
「そういえば、お前らゲームオーバーになった仲間がいたよな? 再突入とかさせてないのか?」
一方、前線で戦っていたノインがふとリーズに訊いてみる。
「いや、その命令はしてある。他にも、増援も呼んでくるようにとは言ってあるんだが……」
「なるほど。今ここに私たちがいるから、再突入ができないように制限されてるんだね?」
リナの推察に彼は「おそらくな」と苦々しげに呻いた。
おそらく深層の制限だろう。ノインたちと『蝦の爪』は同時刻に侵入したから、どっちとも入れてこれた。だが、一日過ぎて深層の中に一人でもいるのであれば、その深層は全員がいなくなるまで外部からの侵入を一切立たれるというギミックの可能性の方が高い。
「残ったメンバーじゃここまで来れないって可能性もなくはないが……確かにリナさんの言った方が可能性は高そうだ。ま、どっちにしろ増援なんて必要ないけどな。この8人がいれば攻略には十分すぎるほどだし」
「……ふん」
ノインの言葉に対してリーズは鼻を鳴らす。
――何もしてない奴がよく言うな。リナがいなかったらここまで生き延びられなかっただろうに。
リーズはまだ知らない。彼は第20階深層のボスを自分一人でも戦える自信があることを。
第20階深層の攻略開始から2時間経過。紫のオーラを纏ったゾンビモンスターたちを倒していき、最奥辺りまで到達したのではないかと洞窟を歩いている時。
「……!」
「……ようやく見つけたな」
ついに……ついに石で出来た大きな扉が8人の前に現れたのだ。
――さて、ここからだ。
全員に緊張が走る中、リーズは計画を実行する。
「みんな、聞いてくれ。これから作戦会議を行う」
と、まずは先陣を切ったのはリーズ。作戦会議と称して自分たちが有利な位置へと移動する為だ。
「まず、リナが【シャドウウォーク】を使って、お前ら4人は後ろから奇襲する役目だ。まあボスにスキルが効くかどうかは不明だが……」
リーズが説明している間、『蝦の爪』のメンバー2人はさりげなく4人の左右へ移動する。逃げ道を無くすかのように。
「で、後から我々『蝦の爪』が入り込んでヘイトを稼ぐ。こっちは長いことチームで連携が取れてるから、そのまま正面で戦い、お前らは後ろから攻撃を仕掛ける。ヤバそうだったらリナと俺でフォロー……という作戦でどうだ?」
――ここまでは計画通りだな。
そんなことを考えながら、ちらりとRui子の方を見てみる。
彼女は暗い顔をしたまま俯き、何も言わない。
――その様子だと妨害する気もないし、誰にも話してないようだな。
それもそのはず。平等さを謳うより情を優先するのが人間というもの。それが同い年の同姓だとしたら、尚更酷い目に合わせたくないだろう。
それを全て理解した上での脅迫だ。リーズは自分の思い通りに事が進んでいることに思わず笑みをこぼしそうになるが、慌てて顔を引き締める。まぁ黒のフルフェイスなので顔は見られないのだが、念のためだ。
――さあ、残すは最後の関門。
ここで何も反論がなければ、もはや勝ったも同然なのだが……。
「待った」
――流石にそう簡単にはいかないか。
「どうした?」
手をあげるノインにリーズはわざととぼけた振りをする。
「いや、その作戦は良くない。もし、敵が俺らを先に見つけた場合、ヘイトは俺らが持っていってしまう。そうなればリナさん以外は全滅だ。それなら、お前ら『蝦の爪』が先に入った方が安全策だろ?」
「ふむ……」
「別にゲームオーバーになるのは仕方ないが……出来れば最善を尽くしたい。なにせ今は協力プレイだからな」
『協力プレイ』というワードをやけに強調するノイン。その表情こそ落ち着き払っているものの、提案している内容はやけに慎重だ。
彼はリーズたちが裏切らないかをよほど警戒しているようだ。
――だが! お前らにそう言われた時のためにこれがあるんだよ!
「そうか……」
リーズはくるりと背を向ける。インベントリから閃光玉を取り出したのがバレないように。
「っ!」
Rui子はそんなリーズの姿を見て、とうとうあの作戦が始まることを悟った。
せめて何かしてあげたい。でも……リーズ以外の2人が睨みを利かせていて、動こうにも動けないのだ。
――くそっ! くそっ!
Rui子は何も出来ない無力な自分を呪う。
――何が『正々堂々と勝負したい』だ! 何が『フェアプレイじゃない』だ! こんな時、ボクは結局何もできないじゃないか!
思わず拳を力強く握りしめた。そして、その目からは悔し涙が静かに溢れ落ちる。
――こうなったら……悔しいけど、あいつらの言う通りにしよう。ボクもこの4人の中に入って、一緒に戦おう。
無力な彼女にはそれしか最善策はない。
……でも、もしリーズたちに押し込まれたユキは?
その時は……本当にRui子を仲間だと思ってくれるのか?
もしかしたら――『裏切り者』だと思われるのではないのか?
――その時は……もう笑うしかないや。せっかく出来た友達を裏切るような行為に見えても仕方ないしね。
と何も出来ない自分をせせら笑いしながら、Rui子は諦めていた。
もう何が起きても、自分じゃどうしようもないと思ったからだ。
――ごめんね、ユキちゃん。
「なら――作戦変更だ」
それがリーズたちの作戦開始の合図。
彼はくるりと振り返り――手に持っていた閃光玉を4人の前に放り投げる。
まるでそのまま空間に置いてくるかのような自然な動き。宙へ浮かぶ玉を誰しもが見つめているが……誰も反応できない。
――勝った!
リーズが勝ちを確信し笑みを浮かべた瞬間……ついに閃光玉が起動された。
「――っ!!」
「【シャドウワープ】!」
辺りが凄まじい光に包まれ、リーズは光が届かないうちに素早くスキルを発動する。
狙うは……何も出来ないくせにここまで追い込み、ずっと自分が仕切っているかのようにしてきた忌まわしきあの男。
「【シャドウスラッシュ】!」
リーズは勝ち誇った表情でノイン目掛けて剣を振るう。
背後からの不意打ちに加え、閃光で目を潰してる。閃光の効果は約30秒ほどで、ノインに攻撃を加えるなら十分すぎる時間だ。
厄介なところは味方にもその効果が出てしまうことだが……リーズには心配ない。【シャドウワープ】は一度相手の影に潜り込んで背後から現れる技。つまり、閃光玉の効力はないのだ。
あの男は為す術なく吹っ飛ぶだろう。
そして扉にぶち当たってボス部屋へ強制的に入れられる――そのはずだ。
「……?」
そのはずなのに……リーズにとある違和感が襲う。
悲鳴が聞こえてこないのだ。人間、誰しも不意打ちを食らえば何か叫び声をあげるはずなのに。
悲鳴もあげられないほどだったのかとも考えられるが……そうではない。
影が……ノインの影が全く動かないのだ。
「なっ……!?」
そして……彼の方が
本来なら何も出来ないはずの男が――当然のように盾を構えてリーズの攻撃をジャスガしていたのだから。
「……やっぱりこう来たか」
両目を閉じながら、ノインはニヤリと笑みを浮かべた。
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