第34話 やりたいようにやってみろ

「『蝦の爪』は最後の最後で裏切ると思う」


 時は戻って昨晩のこと。

 『蝦の爪』が全員テントに戻ったことを確認したノインは3人にそう言い放ったのだ。


「……まあ、そうだろうね」

「うむ。そんな簡単に心を入れ替えられたら、世界はとっくのとうに蒼く染まっているだろう」


 リナと龍矢もノインの意見に賛同する。

 散々邪魔を繰り返してきた連中のことだ。あんな簡単に改心とは思えない。


「ま、待ってください! それ……Rui子ちゃんも私たちを裏切るということなんですか!?」


 だが、ユキは受け入れられなかった。

 ノインが言う『蝦の爪』――その中にRui子が含まれているかのような言い方だったからだ。


「先輩はどう思う? あの子はそんなことをすると思うか?」


 静かに問いかけるノイン。だが、ユキの答えは既に決まっていた。


「――Rui子ちゃんはそんなことするわけありません!」

「……そうか」


 彼女の目を見て、ノインは優しい笑みを浮かべる。


「なら他の3人を疑って、あの子だけは信じるんだ。例え何があっても、な」

「……はい! 言われなくてもそうします!」


 とユキも同意したところで、ノインは人差し指を立てた。


「さて、俺らには二つ考えておかないことがある。一つ、裏切られなかった場合。これはごく簡単で、そのまま共闘すればいい。あいつらの狙いがどうであれ、俺らの狙いはただの攻略。それとリナさんの目的さえ達成できればいいんだからな」


 そして中指も立てる。


「だが……二つ、もし裏切った場合。これは奴らが手柄も報酬も全て横取りする行為だ。具体的には何をしてくるかわからないが……大体見当はついてる」

「見当はついている、というと?」


 龍矢の質問にノインは目を細めた。


「そうだな……俺が向こう側で裏切る予定だとするのなら――相手をボス部屋に押し込み、ボスを消耗させたところで手柄を横取りするのが一番安全かな」



***



「つまり……こっちの考えは全てお見通しだったというわけか貴様! その為に実力を隠していたのだな!?」

「いや、全部わかってたわけじゃないぜ? まさか閃光玉を使ってくるだなんて思わなかったな。おかげで何も見えやしない」

「――だったら! 何故俺の攻撃を受け止められるのだ!?」


 怒り狂いながら剣を振るうリーズ。

 だが……ノインは目を閉じながら全てジャスガする。


「視覚が使えなくても、聴覚と感覚はあるだろ?」

「…………!?」


 今――なんて言った?


 つまり……ノインは今、耳と勘だけでジャスガをしているというのだ。


「ば――化け物め!」


 震えながらも乱雑に斬撃を放つ。


「俺から言わせれば、お前らの方が欲望の化け物だがな――【バーサーク3rdモード】、【アクセル】」


 と。

 ノインはスキルを発動。見えてないはずなのに、正確にリーズの懐に忍び込む。


 皮肉にも視界が見えてるはずのリーズにはノインの動きを追うことが出来なかった。


 そして。


「吹っ飛んでいけ――【プレス】!」

「なっ――!?」


 気が付いた時にはもう遅い。


「う――おおおぉぉぉぉぉっ!!」


 ノインのスキルにより、がら空きだったリーズの身体はいとも容易く後方へ吹っ飛んでいく。

 そして吹っ飛んだ先にあるのは――。


「しまっ――!」


 30秒経過。不意打ち閃光玉を食らったメンバーも視界が戻っていく。


「……あぁっ!?」


 悲鳴をあげたのは――『蝦の爪』の2人の方だった。


 吹き飛ばされたリーズは……一人ボス部屋へと押し込まれていたのだから。


「……おー、ちゃんと入ってたか」


 ようやく周りが見えてきたノインもリーズの姿を確認すると、ほっと一息つく。


「き、貴様!」

「おっと、俺を相手してる暇があるのか?」


 2人はノインに武器を構えるが……彼は黙ってリーズの方を指さした。


「ぐっ、うっ……!」


【リーズ・サルト

HP 2567/3451

MP 150/150】


 きちんとガードしたのにも関わらず……リーズのダメージは1,000に近い。


 そんな彼を嘲笑うかのように、薄気味悪い肌をしたリザードキングは巨大な斧を振り回す。


【リザードキング・ゾンビ Lv.90】


「――!」


 Lv.90台。


 そのレベル差は伊達ではなく、リーズはリザードキングの斧から身を守ることしか出来てない。


「さて、お前らの隊長がピンチなわけだが……それでも俺を狙うか?」

「……くっ!」


 二人は顔を歪めると……リーズの元へと走っていった。


「……で。お前はどうする?」

「……っ!」


 とノインに声をかけられ、さっきまで棒立ちだったRui子が顔を上げる。


「Rui子、何してる! 早く来い!」


 ボス部屋から聞こえてくるのはリーズの怒声。


「俺たちは同じクランだろ!? こっちに来るのが当たり前だろうが!」


 リーズの言うことは正しい。

 クランとは助け合いが重要であり、一心同体でもあるのだ。


 ……だが、それは信頼も伴っていることを彼は忘れている。

 Rui子の意見を無視し、挙句の果てに脅しをかけてくる仲間をはたして信頼できるというのだろうか?


「ボ、ボクは……!」


 自然と声が震える。

 リーズのやる事にいつも反抗してきた彼女だが……なんだかんだでついてきた。それは一刻も早くこのゲームをクリアして現実世界へ帰る為に、一番人数が多い『鷹隼騎士団』へ加入していたからだ。


 バスケットマンとしてのプライドを捨て最短の道を取るか、それとも最短の道を捨てプライドを取るか。


 普段なら即答できる彼女だが……なかなか答えを出せない。

 恐れているからだ。


 リーズに? ――いいや、最近できた友人に、だ。


 もしかして嫌われたのではないか、ここでこっち側についてももう友人として見てくれないのではないか。


 そんな不安がぐるぐると頭の中で駆け巡っていく。


 チラリとユキを見る……が。


「ユキ先輩に助けを求めるな」


 ノインの一言にRui子はビクリと身体を震わせる。


「お前自身が決めるんだ、Rui子。どっちを取る?」


 その言葉は厳しくもあり……温かくもあった。


「……すぅ……はぁ……」


 Rui子は深呼吸する。


 これは試合前のプレッシャーと同じだと彼女は感じた。

 プレッシャーに気圧されると、いつも通りのプレイもできなくなってしまう。


 だから、深呼吸をしたのだ。

 精神を落ち着かせ、思い描くのは――いつも通りの自分。


 ――なんだ、答えはもう出てたじゃん。


「……キャプテン、今までありがとうございました」

「Rui子、貴様……!」


 メニューからクランの画面を表示させると……とあるコマンドを選択していく。


【クラン:『鷹隼騎士団第5支部 蝦の爪』から脱退しますか? Yes/No】


 それは――クラン脱退のコマンド。リーズたちと縁を切るという意味でもあるのだ。


 しかし、彼女はもう迷わない。


「色々考えたんですが……ボク、フェアプレイできないチームにはいたくないので」


 Rui子はそう言い放つと――迷いなく『Yes』を選択した。

 ユキたちを取ったのだ。


「――Rui子ちゃんっ!」

「っ!」


 ようやく自分たちの方に味方してくれたと確信づいた行動をした彼女に、ユキは我慢できずに抱き着く。


「よかった――よかった! ぐすっ……Rui子ちゃんを信じて、本当に、よ、よかった……うわあああぁぁん……!」

「……なんでそっちが泣いてるのさ」


 泣きじゃくるユキにRui子もつられて涙目になってしまう。


「わ、私……不安だった……! こんなことして、Rui子ちゃんが私たちを嫌わないか……不安だったの……!」

「…………」


 ――ああ、なんだ。


 泣きながらもユキの本音を聞いたRui子は、なんだか胸のつっかえが取れたような感覚がした。


 要するにユキも不安だったというわけである。Rui子が卑怯なことをしないというのは信じていたが……彼女が最終的にどっちを取るかまではわからなかったからだ。


 しかし、それでも彼女は信じたのだ。本当はRui子に声を掛けたかった気持ちを押し殺し、黙って信じていたのだ。


 ――それを、ボクは何を一人でうじうじと考えていたのだろう。


「こちらこそありがとう、ユキちゃん。ボクを信じてくれて」

「で、でも、よかったの……? 自主的にクラン脱退って、確かペナルティーが――」

「いいんだよ」


 ユキの言葉をRui子の頬にも……一滴の涙が伝う。


「だって――ここ、ゲームの世界じゃん? ボクがやりたいようにやってもいいんだから」


 それはさっきの悔し涙とは違う、温かい涙だった。




「あっ、私、こういう友情ものダメだ、めっちゃ弱いの……! ハンカチ、ハンカチ……! ほ、ほら龍矢くんも……!」

「お、俺は別に、泣いてなど……泣いてなど……ぐすっ……ううっ!」


 ついでにリナと龍矢ももらい泣きしていた。


 せっかくの感動が台無しになっているのを感じながらも、ノインは『蝦の爪』たちに目線を向ける。



【リーズ・サルト

HP 1567/3451

MP 150/150】



「――くっ! 回復だ!」

「はいっ!」


 なんとか攻防を繰り広げてきたリーズたちだが、とうとうHPが半分を切ってしまった。いくらタンク職と言えど、これ以上のダメージは危険である。


「【ハイ・ヒール】!」


 一人がロッドを掲げ回復魔法を放つ。




 ……のだが。


【リーズ・サルト

HP 1567/3451

MP 150/150】



「……は?」

「あ、あれ?」


 エフェクトは出た。確かに魔法は発動されたのだ。現にサポート担当のMPは減少している。


 だというのに、リーズのHPは1すら回復してないのだ。


「――だったら!」


 と、取り出したのはエクスポーション。


【リーズ・サルト

HP 1567/3451

MP 150/150】



「なっ――!」


 しかし……やはり回復しない。


「ま、まさか、これは第20階深層ボスの特殊能力――」

「そっち行ったぞ!」


 そう、ヒーラー職は回復魔法を放ち、回復のアイテムまで使ってしまった。

 つまり……ヘイトを稼いでしまったのだ。


「はっ!?」


 今更気が付いたヒーラーだが……もう遅い。


「――うあああああっ!!」


【King_Cat

HP 0/900

MP 1445/1475】


『You Are Dead』


 巨大な斧はヒーラーの首を刎ね、一撃死させた。


「……よくも! 【ファイアスラッシュ】!」


 と、もう一人のアタッカーがリザードキングに攻撃を仕掛ける。


『98』


 しかし、ロクなバフもついてない状態では与えられるダメージは100も越えない。

 リザードキングはギョロリともう一人の方へ顔を向けると……その巨大な身体には似合わない速度で肉薄してきた。


「うっ、ぐっ!」


 迫り来る猛攻をなんとか躱していく……が。


「なっ……!?」


 斧ばかり集中していたアタッカーは急に身体のバランスを崩してしまう。


 そう――キングリザードは尾を使って、足払いをしてきたのだ。


「しまっ……く、くそがああああああ!」


 地面に転がった姿など恰好の餌食。


【Wはんと

HP 0/1184

MP 768/1036】


『You Are Dead』


 最後の抵抗も虚しく、2人目も光の粒子へとなっていった。



 残るは……たった一人。


「くそっ……くそっ!」


【リーズ・サルト

HP 984/3451

MP 150/150】


 リザードキング・ゾンビの猛攻をなんとか躱しながらも、ジリジリとHPが削られていく。


「――勝てる! 勝てるはずだったのに! こんなはずでは!」


 愚かにも彼はまだ気づいてなかった。

 自分たちがリナに救われてここまでやってきたことを。


 そして――陰ながらヘイト管理などのサポートをしてきたノインに助けてきてもらったことも。


 要するに完全に実力不足なのだ。


【リーズ・サルト

HP 38/3451

MP 150/150】


「シャ、【シャドウハンド】っ!」


 ついに、あと一撃でも食らったら間違いなく死ぬHPまで下がり、慌ててバインドスキルを放つ。


「――っ!」


 だが――所詮リーズのスキル。1秒足らずでバインドは解除されてしまった。


「う、うあ――!」


 迫り来る死に恐怖し、立ちすくみを起こしてしまうリーズ。


「うあああああああああっ!!」


 もはや小細工など必要ないという風にリザードキングは大きく斧を振り上げた。


「そんな……そんなバカな! 俺は選ばれし存在だ! 俺こそがを手に入れるのにふさわしいんだ――!」


 無慈悲に彼の頭上へと振り下ろされる斧。


 頭の中で走馬灯が流れ、彼は無我夢中で盾を構える。


 思い浮かぶのは――さっきまであの男がしていた動き。



「――ジャストガード!」



【リーズ・サルト

HP 0/3451

MP 150/150】


『You Are Dead』



「――ぁっ」


 ジャスガならず。


 彼は光の粒子となって消えていった。




「……い、今から私たち、アレと戦うんですか……!?」


 感動の一面から一転。一部始終を見ていたユキの顔は青ざめていた。


 明らかなレベル差。そして、Lv.84のリーズがまるで赤子の手をひねるかのよう。

 これを見て、怯えない方がおかしい。


「な、なあノイン。ヤバい、絶対ヤバいって!」


 と龍矢もキャラを捨ててノインに訴えかける。

 彼の本能が告げているのだ――『アレは次元が違いすぎる』と。


「いや、問題ない。あいつら、ダメージは全然与えてくれなかったが……ヒントとしてはきちんと役立ってくれたな」


 ……のだが、他の3人は全くと言っていいほど恐れてない。


「ほらっ、龍矢くん行くよ! 男の子なんだから、戦う前からへこたれない!」

「いやだ、いやだぁぁぁああああ!」


 リナにズルズルと引きずられながら情けない声をあげる龍矢。


 そして……ユキの手はRui子がしっかりと握りしめていた。

 まるで絶対離さないかのように。


「あ、あの、Rui子ちゃん……? 私たち、女の子だよ? あんなのと戦っちゃダメだって! 無理無理! 一緒に逃げよう!? ねっ、ねっ!!?」

「あのねユキちゃん」


 取り乱すユキに対して、Rui子はニコリと笑って一言。


「――ここ、ゲームの世界なんだし。やりたいようにやってみようっ」

「い、い、いやあああああああああ!!」


 さっきと同じ台詞だというのに、あの感動は何処へ行ってしまったのやら。


 悲鳴を上げるユキをRui子は無理矢理引っ張っていく。


「ふぅー………………さて」


 ノインは深く息を吐くと、ゆっくりとリザードキング・ゾンビを見据える。


 彼の身体は震えていた。

 恐怖にではない。


 ――久々に出会えた強敵との戦いが、楽しみで震えているのだ。


「さあ、全力で楽しもうぜ!」



 こうしてノインたちとLv.90の、傍から見れば明らかに無謀な戦いが幕を開けた。

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