第30話 共闘とバスケ少女
グリフォン・スケルトンは嘴を激しく打ちならした。
が、だんだん勢いを失っていき……最後にはその巨大な嘴は地面へと落ちる。
「……ふぅ」
光の粒子となって消えていく骨のグリフォンを見て、ノインは緊張を解いた。
「朝練にはうってつけの、なかなか手強い相手だったな」
「いや、普通にめちゃくちゃ強かったですよ……私死ぬかと思いました……!」
爽やかな笑顔とは対照的に、ユキは肩で息をしている。
「でも、前より動けてるじゃないか。ちゃんと成長してるぞ先輩」
「いや、それはノインさんが守ってくれてたからじゃないですか……」
「それがタンクの役目だからな」
「………………はぁ」
あなたの場合、タンク・アタッカー・ヒーラーの全部をやってるようなものです――なんて言っても仕方ないような気がしたので、ユキは代わりに小さなため息をついた。
「とりあえず中ボスも倒したことだし、ドロップアイテム確認しようぜ」
と、ノインが出現した宝箱に触れる。
マルチプレイのドロップアイテムは基本的にランダム制である。部位破壊報酬などは存在しない為レアドロップ率は非常に低い。なので、欲しい素材がある時はかなりの根気が必要となるのだ。
【ドロップアイテム
・30,890ゴールド
・ハイスケルトンの上魔骨×5
・死霊獅子鳥の上翼×2
・死霊獅子鳥の魔鉤爪
・魔石 Lv.9
・魔石 Lv.8×3
】
「うーん……」
表示されたアイテム欄とにらめっこしたユキが唸る。
見る限り大体レア度Aのアイテムばかり。やはりそう簡単にレア素材は落ちないようだ……いや、彼女からしたらレア度Aのアイテムの時点で十二分にレア素材だと思っているが。
「まあ、そんなポンとレアドロップなんてしないですよね――」
「あ、嘴出たわ」
「なんですとぉっ!?」
さらりとレアドロップ発言するノインに思わず目を見開く。
【死霊獅子鳥の嘴 レア度:S
死霊となった獅子鳥の嘴。風魔法が備わっている。】
「んー……レア度は高いけど、使い道はよくわからないな」
「…………」
唖然としてしまうユキ。
世の中には『物欲センサー』なるものがある。欲しいと思っている人に反応して通常のレアドロップ率より低くなるという、はた迷惑な機能だ。
が、ノインのような物欲なんて微塵もないプレイヤーには物欲センサーは反応しない。故に通常のレアドロップ率……いや、体感上それ以上に高くなっている。
「これが無欲の豪運ってやつですか……!」
別に今すぐ必要というわけではないが、レアなら欲しい考えのユキにとってはレアドロップするだけで羨ましい限りだ。
「ユキ先輩あげるよ。俺必要ないし」
「いりませんっ!」
「え、でも、めっちゃ欲しそうじゃん」
「レアドロップは自分自身でしないと意味がないんですっ!」
「そういうもんか」
「そういうもんです!」
ゲーマー心は複雑である。
さて第18階深層の中ボス、グリフォン・スケルトンを無事撃破したノイン一行は、第19階深層へと向かうことにした。
「そういえば『蝦の爪』はどうなったんでしょうか……?」
第19階深層へ繋がる階段を下りていく中、ふとユキが昨日の出来事を思い出す。
「私の見立てはかなりの人数がゲームオーバーになったんじゃないかなぁ? なんせ、昨日攻略しに行ったのは悪手だったからね」
と真っ先に答えたのはリナだ。やはりトップランカーの経験があるのか、昨日の蝦の爪の判断は良くなかったらしい。
「落ち着きを失くしては勝てる戦にも勝てないからな。常に求められるのは冷静ささ」
「よく暴走状態に陥る龍矢さんが言うのもどうかと思いますが……そうですよね、確かに冷静な判断は必要ですよね」
ユキにも身に覚えがあることだ。ミノタウロスに挑んだ時、冷静に判断できたからこそ討伐できたと言っても過言ではない。
「ま、奴らがどうなったかはこの下に行ってみればわかるだろ。案外被害は少ないかもしれないし、もしかしたら全滅してるかもしれない」
ノインは淡々と残酷なことを告げる。
しかし、彼の言う通り、下に行ってみればわかることだった。
階段を降り第19階深層へとたどり着くと……4人を待ち構えていたのは『蝦の爪』の面々だったのだから。
「……!」
ユキはすぐさま臨戦態勢をとるが……彼らの様子を見て、武器を構えるのをやめた。
人数が圧倒的に少ないからだ。20人程はいたであろうメンバーは今や4人しかいなくなっている。
そして、メンバーの大半に覇気を感じられない。……一人、バスケットボールを持って遊んでいる子はいるが。
「昨日の計画内容は本当だったんだな」
とリーズがノインたちを見る。しかしこの声は完全に疲弊しきっており、突入する前の威厳の良さは消え失せていた。
「……なんの用ですか?」
警戒を解かずにユキが訊くと、驚くべきことにリーズは頭を下げてきたのだ。
「これまでの妨害行為に関して謝罪する。すまなかった」
「…………」
いきなり謝罪され、ユキは黙り込む。
そんな簡単に許せるわけではないのだが、このまま『蝦の爪』が攻略を進めていけば自滅するのは目に見えている。許そうが許すまいが結末が見えているからだ。
「……それで、なのだが」
リーズは歯切れ悪く続ける。
「深層クリアまで、我々と組んでくれないか?」
「……はあ?」
これにはユキも黙ってなかった。
つまりこの男は、この期に及んで縋ってきているのである。
「いや、虫のいい話だということは重々承知している。それでも、我々はこの深層をクリアしなくてはならないのだ」
「なら勝手に自分たちで攻略すればいい話じゃないですか」
「もう残ってるメンバーはこの4人だけ。これではとても攻略できそうにない」
「こっちも4人ですが?」
「その4人構成でありながらもここまで攻略してきた腕を見込んで話している……お願いだ。一緒に攻略してくれ」
「…………」
リーズの必死なお願いにユキの表情はひどく冷淡なものだった。
というのも、返答は最初からわかりきっているからだ。
クリアできないと罵り、行く手を妨害し。
そんなことをしておきながら、自分が不利になったら一緒に攻略してくれ?
この先、この4人がいたら心強いだろうか?
……いや。
リナとノインがいる限り、そんなことはないだろう。この二人がいる限り手助けなどいらないし、そもそも『蝦の爪』に力を貸す理由もない。
よって、答えは一つ。
「断りま――」
「よし、いいだろう」
しかし、はっきり断ろうとしたユキの発言に被せるように……ノインが前に出て答えだした。
「じゃあまず、第19階深層の攻略についてだが――」
「ストップ、ストーップ! ノインさん、ちょーっとこっち来てもらっていいですか!? リナさんと龍矢さんも!」
そのままの流れで話を進めようとする彼を慌てて遮り、ぐいぐいっと手を引いて移動する。
そして少し離れた場所で4人は小さくなり会議が始まった。
「どうした先輩?」
「どうした、じゃありませんよっ! なんで許しちゃうんですかっ!」
「ノイン、あんな奴らの手助けなんかしなくていいんだぞ?」
「うーん、私もユキちゃんと龍矢くんの考えに賛成かな。見捨てちゃいなよ」
ノイン以外の3人はもちろん反対派である。
しかしノインはそう簡単に折れなかった。
「いや、俺も許すつもりなんてない。そこの考えは一緒だ。だが、見捨てるのはちょっと違う」
「違う? ……あの、ノインさん。親切心でそんなこと言ってるなら真っ向から否定しますよ? 私たちを罵った挙句、妨害までしてきた人たちにそこまで優しくする必要はないんです。大体、こんなことしてあの人たちにしかメリットないじゃないですか」
「いいや、メリットならこっちにもあるさ」
「…………え?」
「そう。それも踏まえて、ユキ先輩に一つお願いしたいことがある」
「私に……ですか?」
ポカンとするユキの肩を掴み、彼はとある指示を出す。
「『蝦の爪』の4人の中にいる一人――あのバスケ少女と話してみてくれ」
***
――あのバスケ少女と話してみてくれ。
なんて指示を受けたものの……ノインがどういう意図でそんなことを言ってきたのか、よくわからない。
彼曰く、『とにかくたくさん雑談してほしい』とのことだ。
なんだその指示は……と疑問に思いつつもユキは例のバスケ少女の隣で歩く。
現在、第19階深層の攻略中。行く手を阻むモンスターたちはほぼほぼリナとリーズが相手している中、後ろで仲良く雑談しろというのはなんだか他人任せな気がして良心が痛むが……そもそもこのメンバーとは一緒に行動しないつもりだったので、あんま考えなくてもいいかと思考を放棄する。
――さて。
第一印象というのはすごく大事だ。故に初めに声をかける言葉は慎重でなければならない。
ノインがユキに頼んだのは、ノインやリナだと怖がられる可能性があるからだろう。だから、年が近そうなユキを選んだのだと推測する。
龍矢に至っては論外。会話がまず成立しない。
なので、これはユキにしかできない失敗できないミッションなのだ。
これが年上だったらハードルが高いが……幸いにも明らかに年下である。
意を込めて、ユキが声をかけた。
「あ、あの、こんにゃちゃちゃ! あっ……」
噛んだ。
盛大に噛んだ。
第一印象である最初で噛んでしまった。
――あぁ、失敗できないのに……!
彼女の中で何かが終わったような気がした。
「あっ、こんにちは! ボク、Rui子だよ!」
しかし、バスケ少女――Rui子はユキが噛んだことに気にも留めなかったように挨拶を返してくれる。ユキは少し救われた気分になった。
「あっ、えと、私、ユキって言うのっ」
「あははっ、見ればわかるよ。頭上に名前載ってるからね」
「あっ、そ、そうだよねっ」
自分の方が年上のはずなのに、しどろもどろになってしまう。というのも、ユキより年下のプレイヤーに会ったことないので、タメ口に慣れてないのだ。
「あっ、昨日はごめんね……ボクとしては正々堂々勝負したかったんだけど、キャプテンがどうしてもって指示出しちゃってて……」
「……あー」
頭を下げるRui子にユキな微妙な表情を浮かべる。
――そうだ、この子も『蝦の爪』の一員なんだ。
いくら年下の女の子とはいえ、さっきまでは敵同士。もしかしてノインがRui子と話してきてほしかったのは、敵の情報を得たいからかもしれないのだ。
「しかもこんなお情けで共闘するような形になっちゃって……ボクとしては、これも最初は反対したんだよ?」
「えっ……どうして?」
不思議だ。あの状況で『蝦の爪』が攻略をクリアできるとは思えず、どうして深層をクリアしたいのなら共闘を望むはず。
首を捻るユキに「だって」とRui子は続ける。
「こんな他人様にファウルプレイばっかしておいて、こっちばかり都合いいことじゃん。そっちは何も得なんてしないでしょ?」
「それは、まあ、うーん……で、でも、私たちと共闘しなかったらクリアできなかったかもなんだよ? Rui子ちゃんは、それでいいの?」
「そん時はそん時。もちろん試合には勝ちたいけど……負けたらまた挑めばいいし。だってこれ、ゲームじゃん?」
「…………」
なんとなく――なんとなくだが、この少女は『蝦の爪』のリーダーと考え方が違うような気がしてきた。
「それにしても……Rui子ちゃん、よくここまで生き残ってこれたね?」
【Rui子 Lv.55】
頭上に表記されているレベルを見つつ、ユキは疑問に思っていたことを訊く。
レベルは龍矢と同じくらい。ノインやリナのような激強プレイヤーがいるわけでもなさそうである。
そんなパーティーが半壊状態の中、よくここまで生きて抜けてきたなと感心しているのだ。
「あははっ、ユキちゃんがそれ言う? ボクよりレベル低いじゃん」
「まあ、そうなんだけど……こっちには、その、チートみたいな人がいるっていうか……」
「あー、
もちろんRui子もリナのことは知っているようで、流石という風に褒める。
「あっ、それとも……あの鎧を着けた人のことも言ってるのかな?」
「――っ!?」
これには目を見張った。
てっきりリナが主戦力のパーティーだと思われていると思っていたのに、彼女はそうは思ってないらしく……特にノインを名指ししてきたのだ。
「わ、わかるのっ?」
「そりゃあ、Lv.50前後でここまで一人も欠けずに来れた時点でみんな凄い人だってわかり切ってることじゃん」
「い、いや、それはそうなんだけど……でも、なんでノインさんがチートみたいな人だってわかったのかなって。だってあの人、この中では一番レベルが低いんだよ?」
【ノイン
HP 665/944
MP 150/150】
ちなみに、現在ノインは自分の実力を隠す為にわざと攻撃を掠らせている。この作戦は3人以外知らないはずなので、今の戦闘を見てもそこまで強いと思わないはずだ。
「いや、ボクにはわかるね。あの人の動き、一切の無駄がない。まるで相手の攻撃を完全に読み切って、いつでもスティールできるようなディフェンスをしてるみたいだ」
その例えはよくわからないが、どうやらノインの事は只者じゃないと感じているらしい。その観察眼にユキは少しゾッと体を震わせた。
「あ、それでボクがここまで生き残れた理由だよね? それはね、ちゃんと体力のペース配分を考えて動いていたからだよっ! バスケは攻防の激しいスポーツだし、体力は大事だからねっ!」
「は、はあ……」
はたしてこのゲームはバスケの試合と同じなのかどうかは疑問ではあるが。
「それに、昨日の壁トラップ設置にもボク参加しなかったからねー。体力はそこまで消耗してなかったんだ」
「えっ……そ、そうなの?」
「そうだよー。だってさ、あんなのフェアプレイじゃないじゃん? ボクの流儀に反するからサボってたんだよねー……あっ、この話はあの3人に内緒だよ?」
――あっ、いい子! めっちゃいい子だ!
とわざとらしく声を抑えて茶目っ気を出すRui子に、ユキは完全に心を許した。
最初は敵同士かと思っていたが……蓋を開けてみれば、対等な勝負を望むただの女の子ではないか。
こういう良識がある子を是非ともパーティーに入れたいユキだが……あいにく、もう既にパーティーに入ってることが惜しまれる点だ。
「Rui子ちゃん! 困ったことがあったらお姉ちゃんにどんどん頼っていいからね!」
ついでに自分をお姉ちゃん呼びして頼りがいのある一面を見せるユキ。
だが……Rui子はその言葉を聞き、少し怪訝そうに顔を潜めた。
「ん? あれ? お姉ちゃん? ……あのユキちゃん。こんなこと訊くのはあれなんだけど、現実だと何歳?」
「え? ええと、14歳かな?」
「……ユキちゃんから見て、ボクは何歳に見える?」
そんなことを訊かれ、今一度Rui子の容姿を再確認する。
ユキより低い身長。
あどけなさが残る顔。
纏めているサイドテールは実に子供らしさを醸し出している。
「うーん……12歳、いや11歳くらいかな?」
如何にもランドセルが似合いそうなRui子にそう答えると、彼女は初めて激昂したような表情を見せた。
「ボクも14歳だっ!」
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