第31話 宵闇の住人は魔窟を制す
さて、第19階深層に入ってから道中のモンスターが劇的に変わった。
【ゴブリンゾンビ Lv.84】
【ゾンビウルフ Lv.84】
今までスケルトンだけだったモンスターに肉がつき、ゾンビとなったのだ。唸り声をあげていて、動きも気持ち悪い。もっとも、見た目はそこまでグロテスクではないが。
しかしこのゾンビモンスター、スケルトンとは明らかに違う特徴がある。
それは……全身から紫色のオーラが溢れだしている点だ。
「……!」
「謎が一つ、解けたな」
第16階層での目撃証言。
微かに紫のオーラを帯びていたモンスターと特徴が一致しているのだ。
「でも、第16階層に出現してたモンスターのレベルはそこそこ程度でこんな高ランクじゃなかったよ? しかもゾンビじゃなかったし」
「んー……まあ、それはこっから奥に進んでいけばわかってくるだろ」
とノインは答えながら牙を剥くゾンビウルフの相手をする。
動きはスケルトンよりかなり速い。腐ってるとはいえ、筋肉が存在してるからだろうか。
「っと」
ゾンビウルフの突進に敢えてタイミングをずらしてガード。
【ノイン
HP 567/944
MP 150/150】
――被ダメージは356。リナの防御バフが最大限かかってるし、ちゃんとガードはしてるからそこまでダメージ量は多くないな。
はたしてHPの3分の1が一気に減ることが本当に多くないのかはともかく。
「【ヒールエリア】!」
リナの発動した自動回復スキルにより、ノインのHPが少しずつ回復していく。
「悪いなリナさん」
「ううん、これくらい。気にしないで」
「……ふん」
二人のやり取りを見ていたリーズが小さく鼻で笑ったのが聞こえた。
たまについ癖でジャスガしてしまっていたノインだが……彼らにはまだ気づかれてないようだ。
というのも、当然まだ『蝦の爪』を信用しきっているわけではないからである。ここで対抗心で変な行動されても、逆に頼られすぎても困るのだ。
しかしノインも無駄に演技しているわけではない。タイミングを敢えてずらすことにより、ジャスガの許容範囲内、先に出すのと後から出すのとどっちが被ダメが少ないか……等々。色々試してみているのだ。
――俺ももっと学んでいかないとな。油断してたら、ユキ先輩に追い抜かれちまう。
ユキが聞いたら全力で否定しそうだが、ノインは本気でそう感じている。そのくらい、彼女を評価しているのだ。
――さて、そろそろか。
「……なぁ。そろそろ休憩にしないか?」
「っ!?」
ゴブリンウルフを倒し、一段落したところを狙ってノインが提案する。
そう……あのノインが、だ。
「なんだ、もう疲れたのか?」
驚きのあまり口をパクパクさせているユキだが、それに気づいてないリーズはやけに上から目線で返してくる。
「いや、勿論それもあるが。一度ここまで来た道のマッピングとかした方がいいんじゃないかって思ってさ。ほら、未知のエリアなんだから、誰もわからないだろ?」
「……まあ、そうだな。それなら休憩にするか」
リーズもしぶしぶ彼に賛同すると、他の面々も地面に腰を下ろし始めた。
「……どういうことですか?」
「ん?」
リーズがリナに第19階深層について相談している姿をぼーっと眺めていると、ユキが訝しげにノインへ寄ってくる。
「ノインさん、絶対疲れてないですよね?」
「おいおい、俺だってごく普通の一般人なんだし、疲れる時だってあるさ」
「とぼけないでください……何か企んでますね?」
ユキの鋭い視線。
だんだん誤魔化しが効かなくなってきたなとノインは深い息を吐く。
「そろそろ帰ってくる時間だからな。わざと提案したんだ」
「帰ってくる時間?」
「……ノイン、戻ったぞ」
「わわっ!?」
と。
音もなく後ろから現れた龍矢にユキは思わず退く。
「おかえり、どうだった?」
「うむ。やはり闇を一人歩くのは落ち着くものだな……いや、闇が俺という存在を受け入れてくれたのかもしれない。おかげで極秘任務も滞りなく完了したぞ」
「そうか。ならよかった」
「……極秘任務?」
首を捻るユキにノインは頷く。
「龍矢にはこっそり別行動で先回りしてもらってたんだ」
「えっ、龍矢さんいなかったんですか!? 私、てっきり後ろからついてきてるとばかり思ってました……!」
「…………」
「……先輩。今のは流石に龍矢が可哀想だ」
「あっ、えと、ご、ごめんなさい!」
流石に悪いと思ったのか、ユキが即座に謝る。
「ふ、ふふ……いいのさ……俺は闇の住人……小さい頃、デパートの駐車場で車に乗ってないのに、母親に置いていかれたほどだからな……」
「え、えーっと……で、でも! そのおかげで誰にも気づかれずに極秘任務を遂行できたわけじゃないですか! 龍矢さんにしかできないことですよ、これは!」
「ふふふ……俺にしかできないこと、か……」
ユキの必死なフォローは、龍矢を励ませているのかされてないのか。
3人の間で微妙な空気が流れ始めるのを感じ、ノインがこほんと咳払いをする。
「まあ、それはともかく。龍矢、地図を見せてくれ」
「言われた通り、簡易的にしか描かなかったが……本当にこれでよかったのか?」
「あぁ、十分だ。よくやった」
龍矢から手描きの地図を手渡され、ユキも横から覗き込む。
確かにまだ現時点より先の地図のようだ。まだまだ未完成で中ボスのフロアも見つかってないようだが……いくつかの分かれ道も書いてあり、使えるには十分すぎるほどである。
「なるほど。私たちがマッピングしたのと照らし合わせるんですね」
うんうんと、ノインの意図を読み取ったユキが頷く。
この地図を見せれば一気に攻略が捗るだろう。ノインが言ってたハードスケジュールもこれで多少は解決するというわけだ。
「――いいや。悪いが見せない」
しかし、彼は首を横に振った。
「えっ、でも、見せなきゃ意味ないんじゃないですか……?」
「いやいや、このまま見せても大した時間短縮にはならないだろう。だから……少し頭を使うのさ」
「…………?」
意味深な笑みを浮かべるノインの思考が読めず、ユキは頭に疑問符を浮かべるのみ。
「いや、本当によくやってくれた龍矢。敵に見つかってゲームオーバーになったら仕方ないと思っていたが……さすが俺の見込んだ男なだけあるな」
「あっ……そうですよね。もし敵にバレたら倒せない上に一撃死だから、これ結構リスクが高い任務ですよね。龍矢さん、よくできましたね」
「ふっ、当然のことをしたまで……いや、ノインに『お前にしかできない任務』だなんて頼まれたら、遂行するのは必然的さ」
「本音は?」
「………………見つかったらと考えたら、怖くて泣きそうだった」
「…………」
本当に今にも泣きだしそうな龍矢を見て、やっぱりバカなんだなと思ったユキだが……ここまでの功労者にそんなことを言うのは酷なものだろう。今回は敢えて黙っておくことにした。
「じゃあ次にユキ先輩の報告を聞こうか」
「えっ……私、何か報告することありましたっけ?」
「ほら、例のバスケ少女について。話してみて、どんな感じだった?」
「……あぁっ!」
そういえばノインに頼まれてRui子に話しかけていたのだ。あまりにも彼女のことが気に入りすぎて、そのことがすっかり抜け落ちていた。
「Rui子ちゃん、めちゃくちゃいい子ですよ! しかも可愛いし!」
「へぇ、そうなのか」
「はい! 半分くらい何言ってるのかわかりませんが……とにかくルールに則った上で行動する、いい子なんですよ!」
「……ふむ。ユキさんがそこまで言うほどなのだから、よほど純情な子のようだな」
という龍矢の言葉にユキはうんうんと頷く。
「そうなんですよ! なんていうか、本当に真っ直ぐに育ってきたような子で! 『私のこと、お姉ちゃんって呼んでいいよ』って言ったんですけど、なんか言えないらしくて……そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。そう思いません?」
「いや、恥ずかしいんじゃなくてボクも同い年だからね!? あと厳密に言うと、ボクの方が早く生まれてるから!」
と話を聞いてたらしいRui子がすかさずツッコミを入れてきた。
ユキがツッコミを入れられるのは割と珍しいな――なんて思いつつ。
「まあ、もう仲良しになったようで何よりだ。もうちょっとだけ彼女と話しててくれるか?」
「はい、喜んで!」
彼女の楽しそうな表情を見て、とある計画を密かに立てているノインはほくそ笑んだ。
***
第19階深層の攻略から更に一時間が経過した。
「思ったより早く到達できたな」
中ボスフロアへと繋がる石の扉を前に、リーズが満足げに頷く。
「というより、あれからかなり簡単でしたね」
「うむ。ほとんど分かれ道がなかったな」
「ここまでほとんど一本道のようなもの……まあ、ランダムに形成されてる深層ならあり得ないことはないですね。我々は余程運がよかったのでしょう」
「…………」
リーズとその仲間の会話に聞き耳を立てていたユキは複雑な表情をする。
――あれからほぼ一本道がすべて偶然? いや、そんなことはないはず。
あまりにも都合がよすぎるのだ。この深層に潜ってから4フロアを回ってきたが……ここまで簡単だったことはない。
まるで誰かに仕組まれたかのような道。それが出来るのは……。
「……ノインさんの仕業ですよね、これ」
「いやいや、仕業だなんて。悪行をしたわけじゃないさ――俺はただ、中ボスへと続かないだろうフロアに壁を置いていっただけだぜ? あいつらのようにな」
そう――第19階深層の簡略化。これこそがノインの真の目的であった。
「龍矢が持ってきたマップと俺たちが歩いてきたマップを照らし合わせた時、中ボスへと繋がる場所は大体把握できた。だが、俺がそんなこと言っても『蝦の爪』の連中はそう簡単に信じないだろう」
ユキは思い出す。自分たちに対して上から目線のようなさっきまでの態度を。
確かにノインがいくら説得したところで、自分たちの方が上だと思っている連中は素直に従うようには見えない。
「全踏破するのは確かに確実性はあるが……無駄に体力と時間を使うからな。だから、あいつらが素直になるよう、ちょっと仕組ませてもらったのさ」
「……はぁ」
いたずらっ子のように微笑むノインは、果たして天使か悪魔か。
「でも、中ボスの場所なんてよくわかりましたね。彼らが言うには、深層のマップは入る度に完全ランダムのはず……」
「いいや、完全ランダムなんかじゃないさ。確かに本来の階層とかなり異なるが……共通してる部分もあるんだ」
「共通してる部分?」
ノインはインベントリから二枚の紙を取り出す。
「こっちは第17階層のマップ。で、こっちは第17階深層のマップだ」
「……うーん。やっぱり共通してる部分なんて見当たらないんですが……」
「ほら。普通の階層は降りたら外に出るが、必ず洞窟があるだろ? 中ボスへと繋がる洞窟が」
「え、えぇ。通常フロアでは外からスタートで洞窟に行って中ボスエリアがある。それが共通点です」
「それは深層でも同じことが言えるんだ」
「……?」
まだよくわかってないユキに、ノインが丸をつけていく。
「ほら。ここが第16階層から第17階層への入り口、洞窟の入り口、中ボスのフロア。これを深層のマップを照らし合わせると……」
「……あっ!」
二つの紙を重ねた時、ユキはようやく気が付いた。
ノインが丸をつけた場所は、深層で必ず通らなくてはいけないルートと全て繋がっていることに。
「タネさえわかれば、後は簡単さ。さっきみたいに龍矢を先回りさせて、俺が指示した場所に壁を置かせていくだけだ」
「……でも、その壁はどこから?」
「第18階深層に余ってた壁トラップがあってな。全部壊さず、インベントリに回収させてもらった」
「いつの間にそんなこと……」
「まあ壁が足りなくなったらどうしようかと思ってたが……ギリギリ足りたみたいだな」
「もしかして……第19階深層に入ったらこうなるってことがわかってたんですか?」
「まさか。俺は占い師でもないし未来予知も持ってない。ただ、念のために持ってただけだよ」
――本当に……本当にこの人は抜け目がないな。
「ノインさん……もし『蝦の爪』が全滅してたら、その壁はどうしてたんですか?」
なので少し意地悪な質問をしてみると、彼は「うーん」と少し考えこみ……ニヤリと笑って一言。
「その時は俺も中ボスまでのルートに壁を敷いて、修行の一環としてみんなに攻略させてるかな」
――いや、本気でやりそうだなぁこの人。
ノインの冗談に、ユキはため息をつくばかりだった。
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